偽憔悴
「ということで行ってくるわ。土産も買ってくるぜ」
「あの、ブーケさんありがとうございました。」
「いってきまーす」
「皆気をつけてね」
三人と一匹は一斉に飛び上がり山の彼方に消えてゆく。
「わぁ幸せ。風は気持ちいいし悪魔に囲まれてるし」
「ミミィっていつの間にか飛べたんだ」
「昨日覚えた。意外と簡単だったよ」
「ねぇおじさん。もしかしてブーケさんのこと好きなの?」
「ハァ?何言ってやがる。確かに面倒見が良くて胸でけぇしいい女だが、あいつは糞野郎に捨てられて子供も二人死別して、心の亀裂が大きすぎる。俺みたいな半端者が家族の代わりにはなれない。友達で十分だ」
そういえば、旦那さんを見なかったな。
「バロウさん。できる範囲でいいのですがブーケさんのこと教えて貰ってもいいですか?」
「あいつは、俺達とは違って元からこの世界にいる悪魔だ。んで、その夫は反吐が出るくらい嫌な奴でなぁ、仕事が忙しいだの大事な議会だの、ほぼ家族に顔を合わせない。最低な奴だったぞ。今は行方不明になってる」
「ブーケさんかわいそう」
「3人とも一気にいなくなったから何十日もずっと泣いてたんだよ」
「あの馬鹿でかい宿も、元々は両親で経営してたらしくて、その両親もあいつが子供の時に事故で死んだ。何十人もの手がいる作業を一人でこなして、本当に苦労人ってもんじゃない」
「もし今回の件で解決策が見つからないようでしたら、私がブーケさんのお手伝いをしようと思います」
「恩に切る」
「あたいもそうするよー。受付嬢やってみたい」
「受付俺の仕事なんだけど…」
出掛け始めたころは太陽らしき物が山の向こう側に見えていたが、今は空の天辺近くにある。
感覚的に6時間は飛びっぱなしだな。
「あーもうかったるい。」
ミミィがどんどん下降していきコルテスが受け止める
「ぐえっ。あの洞穴で休まない?俺も疲れてきた」
バロウは時が止まったかのように制止する。
「丁度いい。話したかったことがあるんだ」
かなりの標高で少し肌寒い。しかし麓は妙な生き物が右往左往していて危険だ。
「おじさん。話って何?」
「ヒドラとミミィには特に大事な話だ。お前達、この世界に来て何か力を感じたことは無いか?空を飛べること以外に」
「あたいはめっちゃでかい奴を投げ飛ばせたけど?」
「それは元々ある力かもしれないな」
「私は分からないです」
「そうか。今いるこの世界。つーんだが基本的にどの生物も一つか二つの能力を持っている。天使と悪魔だけでも数字で表せられない位の種類がある。ちなみに俺は〈儺化〉て能力だ。簡単に言うと、劣化の逆。生きながらえる程肉体が強くなる。比較的当たりの能力だな」
「それすごくない?だからそんなにムキムキなんだ」
「最初に会った時、バロウはヒドラよりも細身だったんだよ」
私もかなりの痩せ型なのに、あの筋骨隆々の体からは想像出来ない。
「ガベザードには能力の判明師がいる。クレンホードにもいるが高額だ。こっちなら宝石一袋分持ってきゃ仕事してくれるだろ」
突然辺りが暗くなった。
「バロウ。そろそろ離れた方が良くない?あいつが上にいるんだけど」
空を見上げると青紫色の巨大な鳥が舞っている。
「ゼヌだ。気を付けろ。ほぼ一年中繁殖期で気が立ってる。あの図体で音や風より速く移動するからな。絶対に目を合わせるな」
凄まじく大きい。100mはあるだろうか。なんてでかさだ。
『ギアアアアアアアアアア!!!』
唐突な咆哮と共に暴風が巻き起こる!
「っ!何かに捕まれ!!」
バロウが右腕を岩壁に減り込ませ、もう片方の腕でミミィの体を抱える
「おじさんどこ触ってんのよ!」
バロウの目が光る
「死にたくなければ黙ってろ」
「はい…」
私はすぐさま底石にしがみついた。
この風は…?弱い?
コルテスは枯れ木に噛みついて必死に堪えている。
「やはい!飛ばはれるぅ」
明らかに強い風だ。しかし、飛ばされるような圧迫感は無い。
「お前……どうして平気なんだ?」
私はいつの間にか地面が持っていかれる程の暴風が吹き荒れているにも関わらず呆然と立っているのだ。
『いるだろう?香ばしい獲物が』
また。夢の中の人物と同じ声…。
バサッ
『そう。行け。野蛮を喰らえ』
ズドンッ!!
悪魔の腕は的確に動脈を貫いた。
『ギァ…ギアアアア!!』
私は何をしている?何故鳥に奇襲を掛けている?
数十滴の血を垂らしながら鳥は去っていく。
「………」
「おい」
「………」
「おい、聞こえるか?」
「え?あっ」
意識が途切れ途切れだ。今は地に足をついているのか。
皆が不安な表情をして私を見つめた。
「危なかったぞ。急所を外してたらただじゃ済まねぇ。」
「もう!いきなりあんなのに突っ込んでくなんて…死ぬ気だったの?」
「違うんだ!誰かに操られたような感覚に襲われて…自分の意思じゃない!」
私は昨日の夢での事を話した。
「すまないが俺は身に覚えが無い」
「あたいもそんなのは見てないけど?」
「ねぇねぇ、さっき風の抵抗を受けなかったのとヒドラの能力に関係があるんじゃない?」
「風系の能力か?いや、何かを消滅させる能力?とりあえずはずれではなさそうだな」
「おじさん。はずれの能力ってどんなやつ?」
「こいつのほうが詳しいぞ」
指をさされたコルテスが答える。
「即座に病気になれるとか地面から絶対に離れられないとか戦うにあたってどう考えてもデメリットしかない能力もあるよ」
「へー。あたいはなんだろうなー」
「これから行ってみたら分かる。あとヒドラ。その手に付いた血をくれ」
「もしかして、これもお金になるんですか?」
「おうともよ。少量で滅茶苦茶長時間燃える便利な液体だから高価取引されてる」
「あとゼヌは俺の種族並みに絶滅しそうなんだよ」
「じゃあ私はかなりまずいことをしたのでは?」
「胴体だけになっても死なねぇからあいつ」
「平気平気。もう今頃治ってるんじゃない?」
まさしく化け物と言うべきか。
「あと少しすれば到着だ。まだ危険な区域だから油断するなよ」
空を飛べるとはなんて有意義なことだ。
山下にいる膨大な数の生物を見て常々思う。
「ヒドラ、おんぶして、さっきので翼がちょっと変なの」
「いいよ」
ミミィの体はすごく軽い、私の筋力が前世と違うだけかもしれないが。
「あはは、ミミィが涎出しながら寝てるよ」
肩が涎で濡れても、どういうわけか気分が悪くない。正直この子が好きになりそうだ、だけど、好きで止めた方がいい。対極の存在が結ばれるなど、創作での話に過ぎない。
天使と悪魔の街ガベザード。
入り口に三人と一匹が降り立った。