無意味な静定
宿に戻った。
一階の広場で寛ぐ。
ミミィはブーケの看病を受けている。
「一度空を限界まで登ってみませんか?コルテス、バロウさん。行けますか?」
バロウが腕を組む。
「飛べはするが見ろよこの肉体美。筋肉付き過ぎてあんまし上まで行けねぇんだ」
「しかもおじさん汗臭い」
「それは関係ねぇ」
「ああ。空はいくら登っても何も無いよ。息が苦しくなるだけで」
「見つけたとしてあたい達で何とかできるの?あいつ、ものすごい威圧感で話が全然通じなかったけど」
ミミィの言う通りだ。何もしていないはずなのに恐怖や脱力感、疲労に眩暈まであらゆる症状が襲ってきた。罰を与えると言ってきた相手。下手をすれば殺される。
「なぁヒドラ。正体を知りたいのは分かるが、こっちの世界も楽しいもんだぜ。いい女たくさんいるし移動は楽だし。それに、お前は病気で死んだんだろ?どの道元の世界には行けないんじゃないか?」
「私は、聖職者でした。天使に憧れていたのに、この禍々しい姿が憎い。何としてでも別の形になりたいんです。」
「ねぇブーケさん。聖職者って何?」
「メフュオって言えば分かるかな?」
「えっ!それだとヒドラは天使の味方だったってこと!?」
コルテスは驚きの表情で私を見つめる。
バロウは太もものポケットから小さな本を出した。
「記憶が無くなる前に書いたんだ。実は俺も、聖職者だ。妻がいて、毎日教会で働いて、ワインを飲んだ後睡眠を取ったら奴がいた…。ヒドラ。お前は今天使寄りの性格をしているがいずれ俺の様に悪魔に染まり切るだろう。以前はありとあらゆる方法を探していたが手掛かりは全く見つからなかった。厳しいことを言うが、受け入れなければならない」
「バロウ、私そんなの聞いてないわよ」
「俺が元悪魔の敵だと思われたら面倒臭ぇと思ったんだ」
「でも、あたいもこんな姿嫌。皆が羨ましい」
そうか。私はもうこの姿で生きなければならないのか。
死にたい。
いや、それは聖書の規則に背くことになる。
どうすればいいんだ。
「仕方ねぇ。もう一度行ってみるか。ガベザードに。あそこは出禁じゃねぇしな」
「ガベザード?」
「天使と悪魔しか住んでない街のことよ」
ブーケが地図を指差す。
「この黄色いピンが現在地ね。北にある大きな山を越えたら白黒の森があるの。その真ん中に街があって図書館も配備されてるわ。そこで手掛かりが見つかると思う」
「ありがとうブーケさん。早速行ってこようと思います」
「あの山でかい肉食鳥がいて危ねぇから俺がついてくぞ。あと天使の嬢ちゃんにトカゲも連れてった方がいいだろう。普通に全員戦えるからな」
「いつでもこの宿に戻って来ていいからね。あとバロウは宿代払ってよ」
「ああ。鉱山で宝石でもくすねてくるぜ」
「あの…あたいまだ治って…あれ?火傷の痕が消えてる」
先程まで足が真っ赤に染まっていたのにもう完治しているようだ。
並みの治癒速度ではない。
「もう夕方になったから泊ってきなさいな」
「一等室で頼むわ」
「あんたはそこのソファーよ」
「んだよ」
あの途轍もなく大きな山を越えるのか。早めに休息を取ろう。
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頭が猛烈に痛い。誰かに呼ばれている?
夢か?
『おーようやく対面出来た』
人では発声が出来そうにない奇怪な声だ。
夢の中の闇を探っていくとそこには人相の悪い天使が胡坐をかいて座っていた。
「あなたは誰ですか?」
念のため正体を聞く
『知ってるぜぇ。お前が今の状況を望んでいないことを』
「望んではいません。これから打開策を立ていくつもりです」
『それだと俺が困るんだよね』
「何故です?」
『今は無理だが、そのうちお前の肉体は俺のものになる。まあ、いくら足掻こうが悪魔のままだろううよ。』
「いいえ、きっと見つけてみせます。あなたの思惑通りにはさせません」
『意外と強情な奴だ。乗っ取った後は大切に使ってやるから心配すんな』
『はぁ、もう時間か』
「待ってください。まだ聞きたいことが」
気が付くと天使の姿は無く、私だけが空間に取り残された。
目が覚めると、激しい頭痛は嘘のように消えていた。