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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
勇者、誕生
9/63

祝いの手はそこに

 馬で駆けて来る集団に多くの群衆は慌てて道を開ける。中には退避に焦るために持っていた荷物を落としてしまった者もいたが、向かってくる重量の迫力に手の伸ばす勇気を持つものはいないだろう。

 彼らの関心はそんなものよりも走り抜けた集団の後方に向かう、ようやく訪れた救援に巻き上がった土煙の向こう側へ、大勢の後続を探すのを当然のことだった。結局彼らは視界が晴れた後もしばらくその先を見つめ続けていた、訪れるはずのない後続を探して。

 やがて上がり始めた失望の声は何時か歓喜の囁きと変わる、彼らは通り過ぎた集団の先頭に黄金のはためきを見つけていた。通り過ぎた一瞬にその姿を確認できた者がどれほどいただろうか、しかし一つ聞こえた呟きは隣近所へと伝播していき、やがて誰しも願うように口にする言葉となった。

 聖女様と、その言葉は祈りの声と似ていた。


「ふっふ~ん!流石だね聖女様、人気者じゃん?いいの、こう・・・手を振って、聖女様だよ~って奴やんなくて」

「今はそれどころではないわ、一刻も早く神殿を奪還しなければっ!」


 見ればいつの間にか彼らの前には道が出来ていた。恐怖に支配され無秩序な人の波と化していた民衆も今や、一つの希望を見据えて二つに割れる、波打つように広がる人の道は彼らが通り過ぎるとすぐに塞がっていた、彼らの瞳にはもはや恐怖は残っていない。

 決意に強く結ばれたフローラの唇は、ダフネの軽口にもその端を緩めることはない。その目が見据えているのは信徒兵の指揮官が集まっている場所だろう、彼らは今も何かを言い争っているのか、こちらに気づきもせずに互いを小突いては罵り合っている。


「・・・・・・ダフネ、あなたはいいの?私達についてきて」

「いや、魔物に襲われてるこの状況であんたから離れるのは馬鹿でしょ。あんたがこの中で最強なんだから、ちゃんと守ってよ?あたしのこと」


 ふと、隣で軽口を叩く友人の事が気になったのか横目を流すフローラ。彼女の言葉に呆れるような仕草を返したダフネは、それでも目だけは真剣にフローラを見つめていた。

 それも当然だろう、一行の中で彼女の価値は驚くほどに低い、というよりも聖女の価値が余りに高いため、危険な状況になれば彼女の存在は無視されるだろう。そのため彼女を守ってくれる存在など目の前にいる友人しかいなかった、それは範囲をこの一帯に広げても変わることはない。

 その視線に含まれた意味を読み取ってしまったのか、一瞬悲しそうな表情をした友人に、すぐにおどけた笑顔を見せたダフネは、それでも不安に震える肩を隠せてはいなかった。


「それよりさぁ、よかったのさっきの?あんな子に任せ、フローラ!!?」

「―――――っ!?」


 もしかすると悲鳴が上がる方が早かったかもしれない、馬上を進んでいたフローラの身体が突然真横へと弾けて消える。

 上空高くから強襲してきたハーピーの一撃によって、彼女は強かに地面へと打ちつけられていた。聖女が中空を舞ったのは一瞬のことだろう、しかしその瞬間は誰の目にも静止画のように映り、頭が理解するよりも早く、口が悲鳴の形を作っていた。

 頭に食らっていれば終わりだった一撃に、咄嗟に半身を捻って致命傷を避けたのは流石の反応だったろう。それでも地面に叩きつけられた衝撃は、意識を奪うには十分だった。

 無防備に横たわる彼女の身体を、後続の馬達が轢き殺さなかったのは賞賛すべき手際といえる。武器を手にした一行は、既に下馬して彼女の元へと駆けつけようとしていた。


「聖女様が・・・」「聖女様がやられたっ!」「お助けしろ!!」「聖女様ー!!」「畜生、殺してやるっ!!」

「お前達!くそ、離れろ!!」「道を、道を開けてくれ!」「フローラ!!」


 聖女の悲劇を間近で目撃した民衆は、我先を争って彼女の下へと駆け寄ろうとした。その人の波に弾かれて、抜剣した護衛達が聖女へと近づくことが出来ない。

 彼らは揉みくちゃにされながらも人々を傷つけないように苦心しており、唯一丸腰だったダフネが一番早く、彼女の近くへと辿り着けていた。


「う・・・・ぁ、ぃ・・・・ぃ、ダ・・・・ェ?」


 朦朧とする意識に飛び込んでくるのは人の手、手、手。

 聖女の身体の上に跨ったままのハーピーは、群集によって揉みくちゃにされている。威嚇するように広げた両翼も怒り狂う人々にとっては毟る取る対象に過ぎない、人間を優に越す膂力を秘めるその翼も、今は羽根の大半を失いボロボロの様相を呈すばかり。

 それでもハーピーは聖女の身体を離さなかった、それは周りの全てを合わせてもなお、彼女の方が脅威であることが分かっていたからであろう。

 肩へと深く突き刺さった鉤爪は、ハーピーが身体を揺する度に傷口を広げている。痛みに痙攣を始めたのは右手だろう、癒しを司る左手を咄嗟に庇ったのは聖女としての本能だろうか、朦朧とした意識の中でフローラは右肩に左手を伸ばそうとしていた。


「あぁ!!」

「こいつ!」「とっとと、聖女様を離しやがれっ!!」「殺しちまえ!!」「誰か、早く、早く!」「聖女様が死んじゃう!」


 今まで周りの群集を追い払うために使っていたもう一つの鉤爪を、傷口へと伸びる聖女の腕を押さえるのに使ったハーピーは、そのまま胸の辺りを鉤爪で抉る。溢れ出した血液がすぐに、彼女の純白の衣装を汚し始める。

 短い悲鳴を上げたフローラは痛みに背中を捻らせる、それも傷口を広げるものでしかなかったが、明確に聖女が痛みを訴えたことで群衆の怒りはピークを迎えていた。

 今まではやはり恐れからか、こちらへと向かってくる翼のみを対象にしていた彼らの暴力が、ハーピーの人間の女性を模した上半身にも向かうようになる。

 人間よりもずっと強靭な表皮や骨格を持つその身体に、戦う術を知らない彼らの拳は、逆に傷つく一方であった。しかし自らの血で塗りつける部分が増えるにつれ、流石の魔物もその力を徐々に失っていくように見えた。

 ボロボロとなったハーピーが突然その身体を伸ばす、空へと睨みつけるように顔を向けたその仕草を見るものが見れば警戒しただろう。

 成長し経験を積んだハーピーの中には、風の魔法を扱う個体が現れるという。それは彼女らの飛行の方法がそもそも魔法によったものからだといわれているが、その知識を持った者は今やっとその姿を視界に納め、慌てて両手を振り回しては伏せるように指示を出している。


「あれはっ!?危ない、伏せろ!伏せろぉぉぉー!!」


 このハーピーがその能力を獲得した個体かは分からない、単に命の終わりを悟ったがために最後に悪あがきをしようとしただけなのかもしれない。

 しかしそれは永遠に分からないままだ、ハーピーの喉元には深々とナイフが突き刺さっていた。


「まったく・・・逆でしょ、フローラ?」


 空を睨んだことで、大きく開いた急所にどこからか調達したナイフを突き刺したダフネは、震える身体を抱きしめるようにしてフローラに笑いかける。そんな表情を向けられたフローラも、どんな顔をすればいいか迷っているようだった。


「・・・ぁ・・・ァフネ!!」

「きゃっ!?」


 喉を突き刺されてもまだ息のあったハーピーが、自らに致命の一撃を与えたダフネに襲い掛かる。フローラがそれに気づいて警告するも、それに反応できる俊敏さをダフネは持ち合わせていなかった。

 不可避の一撃はあっさりと弾き返される、ようやく間に合った聖女の護衛達はダフネを襲おうとしていた翼を切り払うと、そのまま返す刀で切り落とす。喉をナイフで縫い止められたまま悲鳴すら上げられないハーピーを、今度は後ろに回った者が一刀両断しようと剣を振り下ろした。

 振り下ろされた剣は致命傷に、しかしハーピーのその硬い背骨に引っ掛かり、両断するには二度三度と振り下ろす必要があった。転がり落ちたハーピーの上半身は、すぐに民衆の手によってボロボロにされる。

 護衛の者達は大慌てで聖女の肩に突き刺さったままの鉤爪と下半身を取り囲み、取り除こうと躍起になっていた。


「ガストン君・・・なんで?」

「自分は、その・・・任されておりますので」


 ダフネの身体を引いてハーピーの攻撃から守ったガストンは、そのまま翼を切り飛ばすと彼女を守るようにその場に留まっていた。

 これ以上ダフネの身に迫る危険はないと判断したガストンは、彼女をその場に残して聖女救出の作業に加わる。その姿を見送るダフネは、後ろで騒いでいた民衆の一人に突き飛ばされてしまう、それは普段の彼女からは考えられないほど、ぼうっと突っ立っていたからだろう。

 民衆のざわめきに聖女が立ち上がったことを知る。勢いをつけて引き抜いためハーピーの下半身を抱えた護衛達がそこいらに転がるが、彼らにとっては些細なことだろう。

 骨まで覗き千切れそうなほどの深手を負った傷口は、聖女が左手を掲げると見る見るうちに塞がっていく。胸元の傷に対しても同じように行った彼女の振る舞いに、ざわめきは大きくなっていく。

 噂でしか聖女の存在を知らなかった彼らにとって、実際に目の当たりにしたその奇蹟の力はあまりに衝撃的だった。

 胸元の傷に手を添えた聖女がその手を離すと、慌てて護衛達が思い思いの布を手に駆け寄ってくる。聖女自身は気にする素振りも見せないが、彼らにとって魔物によって切り裂かれ大きく開いた胸元を、そのままにしておくわけにはいかなかったのだろう。


「ダフネ、その・・・・・・ありがとう」

「一つ貸しね~・・・似合ってんじゃん、それ。普段の衣装もそれぐらいセクシーでよくない?周りも喜ぶでしょ」

「そう?考えとくわね・・・それと、ダフネ。貸しは一つ相殺でいいかしら?」


 流石に大きく開いた胸元が恥ずかしかったのか、左右の布を指で集めていたフローラは、ダフネの後押しに名残惜しそうにそれを離す。布地に引っ張られていた豊満な乳房が、開放の反動に大きくたわんで見せた。

 周りからは先程までとは違うざわめきが沸き起こったが、フローラが布で隠すことなどしないことを悟った護衛達が、すぐさま周りを取り囲んで衆目から隠している。

 その行動は何もそれだけを目的にしたものではない、上空にはちらほらとハーピーの姿が見えていた。彼らは明らかにフローラの位置を中心に旋回しており、隙あらばもう一撃をと機会を窺っているようだった。


「聖女様っ!よろしければ・・・」

「大丈夫よ、落ち着きなさい。周りが不安がるわ・・・・・・見なさい」


 危険の兆候に慌てる護衛達が焦って鎧を打ち鳴らす、その耳障りな音に民衆達も彼らが注意しているものに気が付いてゆく。その中の誰かが指を差し声を上げれば、彼らの多くは我先に逃げだろうとする者と、聖女を守ろうと駆け寄る者に別れていた。

 フローラはその穏やかな仕草で周り落ち着かそうと試みたが、護衛達と比べれば小柄な彼女の姿は既に民衆からは見えてはいなかった。それでもゆっくりと伸ばした指先は、不思議と多くの人の目を引いた。

 彼女の力を知る者ならば魔法の発動を期待して、瞳を向けたのだろう。しかし彼らは違う、彼らは純粋に彼女の存在感からか、もしくは信仰心からその手に引き寄せられていた。

 


「今だ、やれぃ!!」

「―――、光よ!!」



 轟音を伴った光の束がハーピーを射抜いて焼き尽くす、聖女の誘導によって多くの者が目撃したその魔法の威力に歓声が上がる。当の聖女と、丘からその魔法を放った者だけが狙いを外し、取り逃がしたハーピーが出たことに苦々しく口元を歪めていた。


「うわっ、すご!あれって、さっきの子がやったの?」

「ええ、ヴァレリーでしょうね・・・悪いけど、ジラルデ司祭では、ちょっとね」


 驚き丘の方を指差し興奮した様子で聞いてくるダフネに、フローラは肩を竦めて見せている。その視線は逃げ遅れたハーピーを追っていたが、やがて神殿の影で隠れて見えなくなると準備していた右手を払う、丘の上では再び魔力が高まっているのをフローラは感じていた。


「行きましょう、あちらもこちらに気づいたわ」


 一連の騒動に流石にこちらの存在に気がついた指揮官達が、慌てて迎えの用意を整えている。彼らの中の幾人かは、乗り捨てられ群衆の中で右往左往している馬達を、落ち着かせるのに四苦八苦していた。

 自然と先頭に進む聖女に護衛達が連なるようについて行く、出迎えの人間がいるためか周りにも目的地がはっきりと分かったのか、途中に佇んでいた人々が引いていき綺麗な道が出来る。

 その一連の様子に戸惑った現場で最も上位の指揮官だろう髭面の男が、左右に頭を振っては足元をカチャカチャと耳障りな音を鳴らしていた。

 



「ジ、ジラルデ隊長、不味かったのでは?聖女様が襲われてしまったように見えましたが・・・」

「ふんっ!あの小娘があの程度で死ぬものか!!それよりもお主は先程の魔法の狙いが何故外れたかを反省せんかっ!万全のタイミングを見計らってあれでは、早めてもどうにもならんわっ!まったく・・・」


 聖女によって癒されたのか、致命傷に近かったこめかみの傷もすっかりと塞がれたジラルデは、元気に喚き散らしている。

 しかしその巨体には崖を滑り落ちた際にできたであろう傷が無数に刻まれており、目立つ場所には包帯が巻かれている。その包帯は青い布で作られており、彼の後ろに並ぶ隊員のうち幾人かが短くなった裾に、居心地が悪そうにしていた。

 聖女がその傷をそのままにしたとは考えずらい、つまりそのボロボロの姿は彼が自ら望んで負っている負傷なのだろう。その意図がどこにあったのかは分からないが、少なくともこめかみの傷を癒した時点で、意識が回復した彼の強靭さに驚くべきだろう。

 儀式魔法の発動者として丘の突端に立っているヴァレリーは、不安そうにジラルデの方を窺っている。その顔色は魔力の消耗に青ざめているようにも見えたが、どうやら自らの失敗に怯えて震えているだけのようだ。


「こやつ、あれだけの魔法を行使していながら消耗している様子がない?魔力量はわしよりも上か、まさか単独・・・いやそれはない」

「・・・?」

「あの小娘が推薦しただけはあるか。気に入らん、まったく気に入らんな」

「ジラルデ隊長、なにかおっしゃいましたか?」

「なんでもないわっ!!お主は次の魔法の準備をしておればよい!どうだっ、原因は分かったのか!?」

「は、な、なんのことでしょうか?」


 丘の上から目を凝らして、必死に聖女の無事を確かめようとしていたヴァレリーは、どうやらジラルデの話を聞いていなかったらしく、目を泳がせながら生返事を返す。その様子にジラルデはビキビキと血管浮き立たせて怒りを露わにした。

 すぐにでも怒鳴り声が飛んでくるかと身構えてヴァレリーは、いつまでもやってこない怒声に目蓋を恐る恐る開く。そこには無言で肩を怒らせながら詰め寄ってくる巨体があった。

 逃げようと後ろに足を運んでもそこは丘の端、摺り足の慎重さで距離をとっても地面を削って土を落とすだけ、すぐにジラルデの豊かな腹回りがヴァレリーの腹を叩いていた。


「お、落ちてしまいます、隊長!?」

「ふんっ、落ちたところで死にはせんわっ!それとも一度落ちれば、真剣に取り組む気になるか!!」

「そ、それは、隊長だけなのでは?あっ!」


 ギリギリのところで体勢を保っていたヴァレリーも、接触した状態で受けるジラルデの怒気に押されてついに押し出される。厚みのある巨体を押し付けられることで仰け反った身体は、まだ地面に残っている足を支点に回転するように落ちていく。

 掴むべき地面も見失ったヴァレリーは祈るように両手を組む、やがて来る衝撃に怯える両目はきつく結ばれた。しかし何時までもやってこない衝撃に、ヴァレリーは恐る恐る片目を開く、その目に映ったのは今にもぶつかりそうな距離の地面で、慌てて彼は両目を閉ざしては祈り語句を呟いた。


「何時まで呆けておる、さっさと次の魔法の準備をするぞ!」

「救いたまえ、救いたまえ、この哀れな僕にっ・・・あれ?」


 足首を掴まれてぶら下げられていたヴァレリーは、背中を叩かれるようにして引き起こされる。その衝撃は覚悟していたよりは弱かったが十分な痛みで、死を覚悟した彼はまだ呼吸が続くことに戸惑いながら目蓋開いた。

 その視界の先には、魔力の消耗によってぐったりとした様子を漂わせる同僚達がいた。


「技術など使っているうちに覚えるわっ!次はあの神殿に隠れた奴を狙うぞ、準備はいいかお主ら!ヴァレリー、聞いているのか!!」

「は、はいぃぃぃ!!」


 ヴァレリーの悲鳴が元気よく響く中、消耗し座り込んでいた幾人かの隊員がノロノロと配置につく、ジラルデは彼らを監視するように周りを歩いていた。

 彼の口元には僅かに笑みが浮かんでいる、それは確かな野望が窺わせた。

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