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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
62/63

英雄と勇者

 森の木々の間を、馬にしがみつく様にして走る人影がある。

 全ての余裕を失ったゴセックは、泡を食った表情で必死に馬を走らせている。彼はもはや後ろに乗せているノエルの事を気遣う余裕などないのだろう、先ほどからバンバン当たっている木の枝や何やに、ノエルも彼と同じような姿勢を取らざるを得なくなっていた。

 かなりのスピードを出している馬に、迫り来る木々を避けるのに全神経を注いでいるゴセックには後ろを気にする暇がない。


「ゆ、勇者様ぁ!?追っ手は、追っ手は来てますかぁ!!?」

「えっと、一人・・・一騎、来てます!」


 それでもやはり追っ手の存在は気になるのか、彼はノエルにそれを確認するように頼む。ノエルが後ろを振り返るとそこには、木々の間に僅かに覗く黒いシルエットが見えていた。


「一騎ぃ!?ま、撒けそうですか!?」

「いえ!すごい勢いで近づいてきて、あの黒い鎧の人・・・早くて、撒けそうもないです!」

「黒い鎧・・・?お前が、お前が自ら来るのか。ステファノォォォォ!!!」


 ノエルにはそれが誰かなど分からない、しかしそれを耳にしたゴセックの反応は劇的だった。わなわなと手を震わせたかと思えば、急に後ろを振り返って誰かの名前を絶叫する。

 その先に目的の人物の姿はなかった。

 その名前にはノエルにも心当たりがあった、確かジャン辺りが自慢げに語っていたような。


「ステファノ・・・?それってもしかして、英雄――――――危ないっ!!?」

「ぐぅっ!!?」


 後ろからやってくる追っ手へと気を割いてしまったゴセックは、前方から迫る木々への注意を怠ってしまう。衝突を望まないのは馬自身もそうで、どうにか避けようと身体を傾かせるが、限界に近い速度は方向転換も難しくしていた。

 ドン、と響いた衝撃は強く、何とか正面衝突を避けた馬のダメージも深い。

 なによりその衝撃によってゴセックが放り出されてしまった。操る者のいなくなった馬は衝撃の痛みに興奮し暴走を始める、どうにかそれにしがみついているノエルも、手綱を握るどころの状況ではなかった。


「うわぁぁぁ!?待って、待ってって!」

「がはっ!?・・・っつつ、なんだ、なにが・・・?おい!?待て待て待て、私を置いていくなぁ!!?」


 地面へと叩きつけられたゴセックが事態を把握する頃には、ノエルがどうにかしがみついている馬は遠くに行ってしまっている。しかしそれも確かといえる訳ではない、制御を失った馬は動きは予想が出来ず、気がつけばまたゴセックへと近づくルートを通っていた。


「落ち着け、落ち着けって!!大丈夫だから!!」

「よし、いいぞ!そのまま、そのまま・・・勇者様!私も馬にっ!!」

「は、はい!掴まって下さい!」



「・・・ノエル?ノエルゥゥゥゥゥ!!!」



 伸ばした腕は途中で止まる。

 森の中に突如響いた大声は、木々の間から飛び出してきた少年が齎したものだ。

 その栗色の髪を、憶えている。


「・・・ジャン?ジャァァァァァン!!!」


 森の奥から飛び出してきたジャンの後ろには二人の男がいた。彼らの内の年かさの方はその背中にボロボロの少年を背負っており、もう一人のノエルと同じ年代の少年は、飛び出したジャンを庇うように前へと立っている。

 その二人にも見覚えがある、確か名前はアルマンとガストンだったか。

 再会の喜びを高らかに叫んだノエルも、馬の制御にはまだ成功などしていない。一瞬だけ手に取れるほどに近づいた二人の距離も今では、遠く離れてしまっている。


「勇者様!?そんな、こんなところにっ!?」

「なんだと!?くそっ、下がれジャン!お前はクロエを頼む!!」

「でも、ノエルが・・・くそっ、わかったよ!」


 ノエルの姿を認めた二人はそれぞれに驚きを見せる。暴走する馬にすぐに遠ざかってしまったその姿に、二人はジャンを守るように取り囲む。

 彼らは近くにいるゴセックに対して警戒を顕にしていた。彼らがゴセックとノエルが一緒に行動しているところ目撃したかは分からないが、この場にいる彼らの知らない人物は、かなりの確率で敵であることは分かりきっている。

 クロエを背負ったままではまともに戦えないと考えたアルマンは、ジャンに彼を任せようとその身体を下ろす。去っていくノエルの姿に未練を残して抵抗しようとしたジャンも、戦闘能力のない自らに言葉を飲み込んで了承を返す、彼は地面へと下ろされたクロエを丁寧に担ぎなおしていた。


「なんだ貴様らは!?私を、私を誰だと思っている!!」

「へぇ・・・その口ぶりからすると、もしかしてあんたが黒幕かい?おいおい、ガストン君。お手柄かもしれないぞ!」

「勇者様の確保を優先したいのですが・・・そういう訳にもいかないのならっ!!」


 男二人に取り囲まれつつあるゴセックは、混乱と怒りからか感情のままに言葉を口走ってしまう。

 アルマンは彼の口ぶりから察するものがあったのか、事の顛末を悟ってみせる。剣を抜き放った彼は嬉しげに口元を歪めるが、それを向けられたガストンは無念な思いを断ち切るように、早速ゴセックへと切りかかっていた。


「うぉ!?馬鹿な!?待て、待て待て待て!!お、お前達、こっちにつく気はないか?金なら幾らでも出すぞ!!」

「そんなものでっ!!ちょこまかとー!!」

「く、くそっ!狂信者共めっ!!」


 木々が立ち並ぶ空間に、剣を満足に振るえる場所は少ない。

 身体の小さなゴセックが少し動けばそこは、剣筋を阻む壁となっていた。木の幹へとめり込んだ剣をすぐに引き抜いたガストンは、慌てて買収を試みるゴセックに追撃をみまう、それも彼のすばしっこい動きにかわされてしまった。

 ガストンの態度に買収の見込みがないと悟ったゴセックは、一目散に逃げ出していた。言い捨てる台詞に彼は後ろを向いている、その前方を防ぐように現れたのは鎧を纏った男だ。


「まぁまぁ、そう言ってくれるなよ?俺達にも立場ってもんがあるんだから。まさか俺たちが、勇者を攫った連中と手を組むわけにもいかないだろう?」

「ぐぅ!?ま、待て!!買収しようとしたのは謝る!!しかし考えた方がいいぞ、お前達が大事なのは勇者だろう!?それが危険な目にあっているぞ、見ろ!!」

「なんだと・・・?」


 ぶつかったゴセックを捕まえたアルマンは、その首筋に剣を突きつける。彼の背中を圧迫するように馬乗りになったアルマンは、ゴセックを拘束する準備を進めていく、彼は横に目をやるとなにやら身体を探っているガストンの姿が見えた。

 アルマンに身体を拘束されているゴセックが動かせる範囲は狭い。それでも彼は必死に頭を動かして、アルマンにある方向を注視するように促した。

 彼は疑いながらもそちらへと目を向けたのは、その内容に気になるものがあったからか。そこには暴走する馬に乗るノエルと、それに迫っている漆黒のシルエットが映っていた。


「止まれぇ!!止まらぬならば、敵意があるとみなし斬り捨てる!!!」

「ま、待って下さい、これはボクの意思じゃ・・・!!」

「問答無用!!!」


 真っ直ぐに漆黒の鎧を纏った男へと突っ込んでいくノエルに、男はこれも黒い装飾の大剣を抜き放つ。それは馬上で振るうためだろうか、通常よりもかなり長い刀身を持っており、男の体躯もあいまり馬ごとノエルを一刀両断出来そうな迫力があった。

 暴走する馬に何とか掴まりながら、ノエルは必死に手を振って彼へと抵抗の意思がないこと示してみせる。しかし男はすでに大剣を上段に構えて臨戦態勢になっており、ノエルの声に聞く耳を持たないようだった。

 彼は言葉でもそれを示していたが、ノエルは今だに平和的な解決方法を模索していた。


「はぁ!?ありゃ、ステファノ将軍だろ!?なんだってこんな所に、いやそれよりなんであの人が勇者様を・・・くそっ!今はそれより、ガストン頼む!!」

「は、はい!!」


 予想外の人物の登場に素っ頓狂な声を上げたアルマンは、頭に渦巻く疑問をさておいて、手の空いているガストンをそちらへと向かわせる。

 徒歩で駆けていく彼の姿に間に合うわけがないのは分かっていたが、一撃で決着がつくとも実際に衝突があるとも分からない状況に、ともかく事情を説明する人員が必要だった。


「俺もこいつを縛ったら・・・あぁ?」

「甘いわ、小僧!!」


 剣で切り取った布の切れ端で、とりあえずゴセックを拘束しようとしていたアルマンは、手ごたえのない両手に違和感を覚える。少し遠くから掛かった声に顔を上げれば、そこにはとっくに抜け出していたゴセックの姿があった、彼はアルマンの注意が逸れた瞬間に拘束から逃れていた。

 アルマンの手には彼が纏っていた上着が握られている、その中には土や石が詰められており注意が散漫になっていたアルマンは、それを小柄なゴセックの身体と誤認してしまっていた。

 去っていくゴセックの後姿に、アルマンはそれを地面へと叩きつける。ゴセックの後を追おうと咄嗟に動いた身体はでも、二の足を踏んでノエルの方へと向かっている。


「待ってください、トラントール卿!!彼はっ!!!」

「ノエルッ!!!」


 駆けつけるガストン達もその距離はまだ遠い。彼らが必死に張り上げる声は、ノエルやそれに迫る男には届かないだろう。

 暴走を続けるノエルの馬は、蛇行を繰り返し真っ直ぐは進まない。彼の馬は木々を避けることにだけ集中し、どこか一定の方向を定めることを知らないようだ。

 その動きに漆黒の男は追いつくのに苦労しているようだった。それも並走を始めた今に、じきに終わりを迎える。


「鬼ごっこは、もうお終いか?」

「逃げているのは、ボクの意思じゃない!!くそっ、言っても分からないなら!!」

「・・・そうでなくてはな」


 ノエルは先ほどから何度も、抵抗の意思は無いことを表明している。それでもステファノはそれを取り合おうとはしなかった。

 接近している二人の距離にもはや猶予は残されていない、ノエルは馬に括り付けていた聖剣を手に取った。彼に握られたことで力を取り戻したそれは、すぐに自らを縛る紐を切り捨てる。

 その姿にステファノが漏らした笑みを、誰も目にすることはなかった。


「止まらないのならば、斬るっ!!」

「こんな分からず屋に、殺されるなんてっ!!!」


 二人の間を隔てる樹木に一瞬離れた距離は、ステファノは意図的にノエルは偶然に再び縮まった。間合いに入ったノエルの姿にステファノは上段から剣を振り下ろす、彼はその巧みな乗馬技術によって十全の力をその一撃に込めていた。

 暴れる馬にしがみついているのがやっとのノエルに、そんな芸当ができるわけも無い。彼は聖剣が齎す力で無理やり馬の腹を両足で締め付けて身体を固定する、そのあまりに強すぎる力に暴れる馬が嘶きを上げた。

 剣を振り下ろしたのはステファノの方が先だ、ノエルの聖剣はそれを迎撃するように斜め下から振り上げている。それはステファノが動き始めた事をはっきりと目視してからの行動で、どうしようもないほど遅すぎる。


「ほぅ!?これは予想以上だな!流石は伝説に謳われた剣といった所か、だが―――」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ノエルの頭へと迫っていたステファノの剣先は、尋常ではない聖剣の速度に半ばから切り落とされる。

 身体ごと振りますようなノエルの動きは、半分足らずになったステファノの剣でも、そのまま振り下ろせばどこかを裂いていただろう。聖剣のあまりの鋭さに目を見開いた彼は、それを途中で止めていた。

 普通ならばとっくに、馬上から放り出されている勢いで身体を傾けているノエルは、返す刀でステファノの身体を狙う。彼の剣を断ち切ったことである程度目的を果たした状況も、命を狙われた興奮が彼に我を失わせる、閃く聖剣はステファノの命を奪う速度で加速した。


「持つ者を選び間違えたな。これでは剣も浮かばれまいよ」

「あっ・・・」


 身体ごとぶつけるように動くノエルは、剣先よりも先に頭をステファノへと向けている。彼はそこを軽く柄頭で叩くだけでよかった。

 気を失いゆっくりと倒れていくノエルは、動き続けている馬上に、そのままでは樹木へと激突してしまう。彼の身体はその寸前にステファノに受け止められ引き上げられる、一瞬周りへと目をやった彼は聖剣の姿を探していた。

 それは探すまでもなくノエルが握り続けている。技術もなく、ただ力尽くで剣を振り回しているだけの彼の姿に軽蔑を覚えていたステファノは、そのことだけは感心するように頷いてみせた。


「ま、待ってください、トラントール卿!!彼は、勇者様は、我々聖剣教団がお守りしております!!どうか、どうかお返しください!!!」

「守る?そうは見えなかったがな・・・お前は、見かけたことがあるな。そうか、あの娘の従者か・・・ではあれに言っておけ、我々にはお前達の信仰よりも古き盟約がある。それに楯突くというのならば、我がトラントール家と、国王陛下を敵に回すことを覚悟しておけ、とな」


 息を切らしながらやっとステファノ達に追いついたガストンは、彼に対して精一杯の懇願を行う。圧倒的な立場の違いにそれすら失礼な行いであったが、ステファノはガストンの顔をじっと見つめるだけそれを咎めることはしなかった。

 彼はガストンに自らが勇者を連れて行く正当性を告げる、その内容はただの従者に過ぎないガストンにはとても口を挟めるものではなかった。

 それでもなんとか言葉を発しようと口を動かしていたガストンは、結局何も口に出来ずに唇を結ぶ。俯いた彼に一瞥をくれたステファノはそのまま身を翻すと、やって来た方向へと向かい始める。


「待ってくれ、俺も連れてってくれよ!!俺は教団なんか関係ない!あんたがノエルを連れてくならそれでもいい!ただ、そこに俺も一緒に行かせてくれ!!!」

「・・・こいつは?」

「ジャン=ジャック・ラコンデール様、勇者様のご友人です」

「そうか。それでそれが何だというんだ?俺にはお前を連れて行く理由が見つからないな。リオネル様が欲しているのはこれだけだ、お前ではない」

「そんな!?それでも、俺は・・・!」

「だが、拒む理由もない。来たいのなら、勝手に来ればいい」


 去っていこうとしたステファノに、ようやく追いついたジャンが食い下がる。彼は必死に自らも連れて行くようにステファノに懇願するが、その目は冷たく彼の姿を見下ろすだけ。

 にべもなく立ち去っていくステファノに、ジャンはがっくりと肩を落とした。しかしステファノは最後にぽつりと一言漏らしていく、それは拒絶を告げる言葉ではなかった。


「それじゃ・・・待ってろよ、ノエル!!俺はすぐにそっちに行くからな!!」

「・・・歓迎はせんぞ」


 ステファノが漏らした言葉は、小さすぎて誰の耳にも届かない。

 ジャンが叫んだ大声は森に木霊するが、気を失っているノエルだけには聞こえないだろう。それでもステファノの後姿を見送るジャンは、満足げに笑顔を見せていた。


「おいおい、ジャンさんよぉ・・・ちょっとウチの扱い悪くないかい?あんなに面倒見てやっただろう?」

「悪いとは思ってるよ、でも俺は・・・!」

「ははっ!悪い悪い、ちゃんと分かってるって!しかしトラントール家の領地かぁ・・・遠いぞぉ」

「そうですね、本領であるクリッソンだとしてもかなり・・・」

「そうだな。当主であるリオネル様が隠棲しているトラントールだとしても、かなりあるなぁ・・・」

「おまえら・・・ははっ!そんなの関係ないだろっ!!」

「ま~な、勇者様を放っておくわけないだろ?俺達が」


 当たり前の事のように、ノエルを追いかけることを口にするガストンとアルマンに、ジャンは思わず笑みを漏らしてしまう。一人の旅路に悲壮な覚悟を抱いた心は、あっという間に絆されて今は暖かい気持ちで満ちていた。


「それよりは今は、クロエさんを聖女様に診せないと!!」

「そ、そうだった!急がねぇと!!」

「勇者様が乗っていた馬がそこいらにいるだろう!あれを使おう!!」


 ジャンの背中に抱えられたままの、クロエの存在を思い出した彼らは慌てて騒ぎ出す。おろおろと頭を巡らせるジャンに、アルマンは耳を澄まして近くにいる筈の馬の気配を探る。

 彼が指を示した方角は果たしてあっているだろうか、ともかく彼らはそちらへと駆けていった。

 深い森に差してくる日差しは弱い、日暮れを迎える時間にそれはさらに頼りなくなっていた。

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