表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
勇者、誕生
6/63

死闘、トゥールヴィル神殿

「どうなってんだ、こりゃ・・・」


 神殿の内部にある程度進むと不思議なほどの静寂が訪れていた。いくら巨大な神殿といっても無限に人員が収納できるわけはなく、今まですれ違った人達で内部にいた人はほとんど出て行ったのだろう、遠くに聞こえる喧騒はいまだ入り口に揉めている兵士達と人々の声だ。

 神殿の様子は思ってよりもまともだった。人々が混乱して動いたためか燭台が倒れ、その蝋が床に小さな溜りを作ろうとしていたり、かなり価値がありそうな調度品が無残な姿を晒し、その上を歩かせるのを躊躇わせるぐらいだ。

 逃げた人々が持っていた荷物だろうか、まだ綺麗なままの林檎が転がっており、思わずそれを手に取ったジャンは一口齧り付くとノエルにそれを渡す、ノエルもそれを半分ほど回すと一口齧る。甘酸っぱい味を舌は感じ取るが、どうにも喉が中々嚥下してくれない。

 その原因はこの異様な雰囲気によるものだろうか、既に障害もなく進むだけの状態でありながら二人の足は驚くほどに重い、危険を察知する本能があるとするならばこれがそうなのだろう。

 そんな状態にありながら彼らが引き返そうとしないのは何故なのか、若者特有の無謀さが歩みを進めているのは確かとして、どこかこの場に漂っている特別感に酔っているのかもしれない。

 確かにこの場は非日常だけで出来ている、響く足音を高く鳴らすたびに違う世界へと足を踏み入れるようだった。


「ノエル」

「・・・あぁ、これね」


 声だけ掛けて手を差し出してきたジャンに僅かに戸惑ったノエルは、少しだけ間を空けてもう大分身の少なくなってきた林檎を手渡す、ジャンはそれを無造作に前方へと放り投げていた。

 一年に一度の公開のために開け放たれていた大扉は、多くの人々の混乱のベクトルを受け止めたためか、中途半端な半開きの形で止まっている。

 その先には祭儀を飾るためか、神聖な雰囲気を演出するためか薄い絹のベールが掛けられていた。それも何かに切り裂かれボロボロとなり、今は不気味さを醸し出しては視界を阻害するばかり。

 二人に齧られて球形を失った林檎は、残っていた重さに準じて比較的まっすぐと飛んで、床にバウンドしては破片をパラパラと零しながら、横へ横へと不規則に転がっていった。

 最終的には開いた扉の縁へとぶつかったそれは、半分ほど向こう側へと姿を隠す。気まずい沈黙が流れた空間に、ジャンが肩を竦める衣擦れの音だけが響いていた。


「・・・行くか」

「うん」


 少し強めに握って果汁が指に付いたのか、太腿辺りの布地に手を擦ったジャンは、恐る恐る足を踏み出す。前方を注意深く観察するために頭は前に固定され、右手だけが後ろを探っては、ノエルがちゃんとついてきているかを確認している。

 自然と慎重になる足運びはどうしてもゆっくりなものとなるが、何の訓練を受けていない二人には完璧は期待できない。所々で瓦礫にぶつかりそれでなくとも立てる足音は、離れていない二人の距離感を伝える役割ともなっている。

 ノエルはジャンの斜め後ろを歩いていた。その不安げに揺れる手がそれでもジャンの手を掴まないのは、彼のささやかなプライドを物語っていたのかもしれない。


「・・・開けるぞ」

「・・・ん」


 やがて辿り着いた扉の縁に爪先が転がった果実を弾く。不細工な形に歪んだそれは奇妙な軌道を描いてもう一度爪先にぶつかる、決意込めた言葉を吐いたジャンは扉を思いっきり押し込んだ。

 ガンッ、と音を立てたのは扉のストッパーか、止まった扉につっかえぶつけたジャンの頭か。手前に引く仕組みの扉を押し込んでも、勢いよく弾かれた林檎がどこかへといってしまうだけ。巻き込まれた空気が隠したヴェールを僅かに捲ると、嗅いだことのない死臭が漏れ出して足が竦んでしまう。

 ぶつけた頭を擦ることで怯えていることを誤魔化したジャンは、その時間が終わってもその場から動けずにいる。扉の向こう側には空気の通り道があるのか、産毛が感じるほどの微弱な風が吹いており、今も背筋を凍らせるような匂いが漂ってきていた。


「・・・なぁ、ノエル。今なら・・・」

「行こう、ジャン。そうだろ?」

「そ、そうだな!じゃ、じゃあノエル、合図出してくれ」

「うん、じゃあいつもので」


 弱気になったジャンの言葉の続きはノエルによって押し留められた。門と身体を平行にして背中を伸ばしたジャンは、一度大きく息を吐くと横目でノエルを見る、そこにはどこか羨望が混じっていたが、ノエルの唇も緊張で強く結ばれ、不安定な自分を支えるように胸元の布を掴んでいた。


「3、2、1」

「・・・行くぞ!」


 合図の終わりに呼吸を飲み込んだのは、まだ覚悟が決まっていなかったからか。自らのカウントで一歩を踏み出したノエルが背中にぶつかって、自然と押し出されたジャンは一度目蓋を強く結ぶと一気に駆け出した。

 回転するように扉を抜けても通路まだ続いている。痛んだヴェールはまだ先にあり、一歩進むごとにその先の光景がチラリチラリと覗いているが、半端な景色が不気味な想像を駆り立てるばかりで目を伏せる。

 大してありもしない距離に気づけば肩を撫でるのは絹の手触り、不自然なほどに上がった息は目的の達成に足を止めろと喚きだす。自らの足が止まっていることをジャンは、背中にぶつかり声を上げたノエルによって気づかされていた。

 神殿のメインホール、吹き抜けとなっているその空間は、この巨大な神殿のほとんどを占めるといっていい。その全てがその中心に存在するちっぽけな塊のためにあるといわれれば、首を傾げるかもしれない、しかしそれを目にすればその事実を否定するものなどそうはいない。

 聖剣トゥールヴィル、岩に突き刺さった選定の剣。人類の救済を謳うその剣は、浴びる光よりも強く自らで輝いているようだった。


「っ!ノエル、危ねぇ!?」


 その輝きに目を奪われていた二人は、近づいてくる羽音に気がつかない。ジャンがそれに先に気がついたのは、単純に立ち位置の違いから来る視界の差に過ぎない。

 咄嗟に掛けた声はノエルの顔をこちらへと向けただけ、もうハーピーはその側頭部の傍にまで迫っている。ジャンに出来たのは彼の身体を腕で押すことだけで、訳も分からずに突き飛ばされたノエルの呆けた顔だけがこちらを見つめている。


「ジャン!?うわっ!!」


 突き飛ばした反動にジャンの身体も傾いている、ノエルの頭を狙って急降下してきたハーピーは、急に動いた二人に狙いを定めかねて、彼らの真ん中へと猛スピードで通り過ぎていった。

 それはそのハーピーの襲撃の失敗を意味していたが、被害がなかったというわけではなかった。元々ノエルを狙っていた軌道は、外れた狙いにも衝撃を彼へと伝えている。

 ジャンに体勢を崩されていたノエルは、さらに襲ってきた衝撃になす術もなく吹き飛ばされてしまう。ジャンが通り過ぎた突風にようやく目を見開いた頃には、彼はもう手の届かない距離にまで離れてしまっていた。


「あっぶねぇ・・・待ってろノエル、今そっちに行くからな」

「わ、わかった・・・ひぃ!?」


 離れた距離に合流しようと動き出したジャンに、ノエルは身体を起こして応えようとした。それは頭上から突如降ってきたガラスの破片によって遮られてしまう。

 そのガラスは破壊された天窓の残った部分だろう、多くの部分が破壊され不安定なバランスで枠組みに留まっているだけのそれらは、今にも落ちてきそうな状態で光を乱反射させている。

 尻餅をついた状態から、上体を起こして立ち上がろうとしていたノエルは、その傾かせた頭の傍をガラスの破片が通過して頬を裂く。舞った血潮にも、そのまま座り込んでいれば足に突き刺さった軌跡に、その結果は幸運ともいえた、突然の痛みに怯え両足を暴れさせる彼には関係のない話だったが。


「ひぃぃぃぃ!!」

「お、おい!ノエル、そっちに動いちゃ・・・!!」


 頭上から突如襲い掛かってくる危険に、ノエルはパニックになりながら走り始めてしまう、その動きは自然と光を求めていた。

 天窓のステンドグラスが破壊された後の日差しは、今のノエルにとっては安全を知らせる調べともなる。例えそこがジャンの居る場所から遠く離れ、魔物たちにとって格好の獲物となろうとも。

 ジャンもどうにかノエルの元へと向かおうと動くが、彼自身パラパラと落ちてくるガラスの破片が気にならないわけではない、まして目の前で友人の身体が傷つけられるを見てしまえばなおさら。

 自然と彼の動く方向は天窓のある中心を外れ、結果的に遠回りしてしまうようなルートを選んでしまう、その歩みはいつかスタート地点である入り口の方へと近づいていた。


「おい!お前達なにをしている!早く逃げろっ!!」

「っひゃあ!?あ、あんたは!」


 後ろから急に肩口を掴まれたジャンは、跳ねさせた背中のままにひっくり返る。その視線の先に現れたのは、先ほどまで散々ジャン達を強請っていた門番だった。

 無意識の内に尻を隠すように両手を動かしたジャンの姿に、門番の男は苦笑いを漏らす。彼の後ろから現れた三名の兵士は彼から軽く指示を受けると、辺りを警戒するように散開する。

 彼らは周りに倒れた人々の容態を確認しているようだったが、どれも首を横に振るばかりで良い報告が届くことはない、ジャンは自分の見立てがあっていたことに安心と悲しみを同時に味わっていた。


「ここは俺達が何とかする、お前はさっさっと・・・あれはなにをしているんだ?」

「っ!そうだノエル!はやくこっちに・・・!?」

「キィィィィ!!」


 甲高い鳴き声が響き、何かがノエルに向かって急降下してくる。光の中を歩いていたノエルに一瞬影がかかったと思うと、次の瞬間にはノエルは床へと倒れ伏していた。

 一瞬の出来事に、全てが作り物に思えるほど静かに思えた。頭上から舞い降りた影は止まることすらなくノエルの頭をシルエット通り過ぎた。悲鳴すら上げることがなかった彼の姿は、瓦礫に阻まれてその最後まで見守る事すら出来なかった。

 ジャンにはその一連の出来事を見送ることしか出来ない、呼びかけと同時に伸ばしていた腕も今は行方を失って震えるばかり。近く、耳元で金属が擦れる音がする、呆気に取られる周りと違い魔物の出現に即座に反応した門番の男は、腰に差した剣を抜き放って頭上を睨んでいた。


「総員抜剣して警戒!!魔物、おそらくハーピー!数は不明、鉤爪の攻撃に警戒しろ!!」


 大声で指示を出した男の声に、辺りを警戒していた兵士は慌てて剣を取る。一人知り合いを見つけたのか、死体の傍に膝をついていた兵士が僅かに遅れた。

 ハーピーはその隙を見逃さず襲い掛かると、どうにか剣を抜こうとした兵士の肩口を抉る。頭を狙ったはずのその一撃は、剣を抜くために捻った身体がかわしてくれて、どうにか致命的な傷を避けてくれる。

 すかさずそのハーピーに門番の男が切りかかるが、浅く切り裂いただけで致命傷とはならなかった。ハーピーはすぐに上空へと舞い上がり、こちらからは手を出せない位置へと戻る、気づけばその数はどんどんと増えていき、新たな獲物を探して旋回を続けている。


「デュルュイ!まだいけそうか!?」

「い、いけます!レスコー隊長!」

「馬鹿野郎っ!その身体で戦えるか!お前は下がって、さっさと応援を呼んでこいっ!!」


 お互いに怒鳴りつけるようなやり取りの途中にもレスコーは、襲い掛かってきたハーピーを切り払っていた。魔物特有のその硬質な表皮や鱗は、特にその武器とする部分に強く現れる、座り込んだままのジャンを守るために鉤爪に刃を合わせていたレスコーの剣には、既に刃こぼれが見え始めていた。

 どうやら既に動かすことが出来ないであろう左手を、ぶら下げながら剣を構えていたデュルュイは、襟を引っ掴んだレスコーに後方へと投げ飛ばされる。

 一瞬反抗的な視線をレスコーに向けようとするデュルュイは、先ほどまで自分がいた場所へと襲い掛かってきたハーピーの攻撃を受け流し、その勢いを利用して回転してはハーピーの背中から剣を突き刺したレスコーの姿を見ると、何かを悟ったように武器を捨てて走り出していった。


「くそっ、こんなことなら槍も持ってくればな・・・マニアン!!っち、遅かったか・・・」


 注意を促す声を上げても遅く、ハーピーの攻撃をどうにか凌いでいたマニアンと呼ばれた兵士は、崩れた体勢に為す術もなく二匹目のハーピーに喉を切り裂かれる。硬質な音を立てて倒れ伏した兵士は、血を吐き出しながら声にならない声を上げるばかり。


「ノエル、おい冗談だろう・・・ノエルゥゥゥー!!」

「お、おい、待てって!くそっ、モラン!ここは任せる!」


 親友の死に放心状態に陥っていたジャンが、意識を取り戻して最初に行ったのはノエルへの下へと駆けつけることだった。

 心情的には同情したい混乱も、この状況においては舌打ちしたくなる失態となる。短い悪態を吐いたレスコーは唯一無事な部下に退路確保を任せると、自らはジャンの後を追って駆け出していた。

 何の訓練も受けていない少年の全速力と、金属製の装備を身に着けた訓練された男の速度はどれほどの差があるだろうか。結果としてみれば同じ程度のものであった。

 それはレスコーが度々襲い掛かってくるハーピーを切り払っていたということも関係あるだろう。ハーピー達はどうやら脅威となるものを優先して襲っているようで、仲間を殺したレスコーに特に攻撃が集中していた。


「ノエルー!ほんとは生きてんだろぉ!?返事しろよぉー!!」

「っ!伏せろぉぉぉーー!!」


 無我夢中でノエルが倒れた場所へと駆けるジャンは、自らのすぐ頭上に迫る脅威に気づくはずもない。レスコーは自らにも襲い掛かってくるハーピーを切り伏せながら、せめて避けるようにジャンに警告の声を上げる。

 その声がジャンに届くはずもなく、レスコーに残された手段は一つしかなかった。


「ってぇ!?なんだよっ!?」

「ぐはっ!?」


 漏れた苦悶の声は二つ、突き飛ばされ床へと激突したジャンと、肩口から背中を強かに抉り倒されたレスコーのもの。服の下に着込んだ鎖帷子ごと切り裂かれ、薄っすらと骨すら覗かせるレスコーは致命傷に見える。

 それでも手に持った剣を取り落とさなかった彼は、すぐに反転して次の攻撃に対して備えていた。たとえ荒い呼吸に胸が上下するばかりで、傷を負った方の手がすでに力を失っていても。

 腹から落ちたジャンの身体に、何も突き刺さらなかったのは運が良かったから。軽くバウンドしては今度は胸を強く打ち付ける。

 その衝撃はジャンの呼吸を止めて思考も白く塗り替える。その一瞬の空白も吐き出すように激しく酸素を求める頃には、どうにか混乱した程度の意識を取り戻してくれていた。


「おっさん、あんた・・・」

「・・・いいから、お前はとっとと逃げろ。俺ぁはもう・・・」


 もはや視界を確保するために顔を上げていることすらきつくなってきているのか、頭を床に預けては見上げるようにジャンの姿を視界に収めたレスコーに、ジャンは縋り付くように近づいていく。

 四つんばいの手の平が広がり続ける液体に触れて汚れるよりも先に、死の予感は確かにその瞳に映っていた。


「くそっ!」


 握った拳に引いた四本の線はもう消えた。叩きつけた床に血の跡を付けても、それもいずれは消えてしまうだろう、まだ遠いその距離はレスコーの命の期限のようにも見えた。

 その悪態がなにに対して吐き出されたのかはジャン自身もわからなかった、叩きつけた拳も今は震えるばかりで、ボロボロと溢れる涙は目の前の血の海を薄めもしない。そんなジャンの様子を眺めながら、レスコーは不思議と満足そうに薄く笑っていた。


「ジャン、俺のことはもういい・・・お前は逃げろ」

「おっさん・・・すまねぇ・・・」


 ジャンの涙を拭おうとしたレスコーの腕は力を失い途中で落ちる、その腕が自らの血で汚れる前にジャンが捕まえる。多くの血を失い感覚を失くしたその腕ではいくらジャンが強く握り締めても、何かを返すだけの力すら失っていた。

 戸惑うようにその腕から手を離したジャンは怯えたように後ずさった、結局自らの血の海を落ちることになった腕は、バウンドする何度かに血飛沫を散らすがジャンの足元を汚すばかり。

 思い出したかのように周りを見渡すも、絶望しか見つけられなかったジャンはふらふらと立ち上がる。丸腰の姿に脅威に見られていないのか、その無防備な身体を襲う魔物はいなかった。


「おっさん・・・・・・・ノエル・・・すまねぇ、すまねぇ・・・!」


 しばらくノエルが倒れているはずの方向を眺めていたジャンは、何かを振り払うように頭を振ると姿勢を低くして駆け出した。自らが捨てていくものから目を背けようときつく目蓋を結んでいたため、すぐに何かに躓いたジャンはどうにか体勢を立て直して走っていく。


「ったく・・・前くらい、ちゃんと見て走りやがれ」


 蹴飛ばされた頭を振るのも億劫そうなレスコーは、どうにか顎を引いて通り過ぎて行ったジャンの後姿を眺める。今だにちゃんと目を開いていないのか、ちょっとした段差にも躓いてる様子は危なっかしかったが、その予想できない動きが魔物の襲撃を一度二度とかわしているのも事実だった。


「まったく、世話が焼けんなぁ・・・てめぇら!!こっちにまだ獲物が残ってるぞ!」


 まだ動かせるほうの腕を振り上げてレスコーはガンガンと剣を床に打ち付ける、走っているジャンに釣られていた魔物達も、敵の姿を思い出したようにキーキーと警戒音のような鳴き声を上げた。




 レスコーが退路を任していたモランは、今までどうにか粘ってハーピーを引き付けていた。しかしその姿は既にボロボロで、義務感と欲を言えば信仰心によってどうにか立っている状態であった。

 先が欠け刀身の歪んだ剣に、体重を預けて荒い呼吸を整えていた彼は、思い出したように剣を切り上げる。

 勢いをつけて飛び込んできたハーピーの一撃をどうにか弾いたその攻防も、余力のない身体には限界を刻一刻と告げる死の囁きとなる、バランスを崩したモランは膝をついてどうにか倒れるの防ぐの精一杯だった。

 それはすぐに追撃の一撃が来ること分かった備えであった。後方から迫る風切り音に強く柄を握り直し、襲いくる魔物に準備したモランはしかし、遠く聞こえた喧しい金属音に気を取られてしまう。

 信頼する隊長の生存のサインに、自らも助かる未来を幻視する。見せた隙は一瞬でも、それは取り返しのつかない遅れとなっていた。

 取り戻した活力はそれを補う勢いとなるか。振るった剣先は生涯で最高の速度を見せて、魔物の身体を真っ二つに裂いていた。

 二つに分かれた魔物の身体の半分は、モランの後ろに落ちて妙に軽い音を立てる。全身を捻るように振るった姿のまま固まったモランの口の端から血が溢れた垂れた、魔物の下半身はモランの身体へと突き刺さり、その鋭い鉤爪の先端はモランの背中から飛び出していた。


「隊、長・・・・・もう、しわけ・・あ・・り・・・」


 言葉の途中で堪え切れずに大量の血を吐き出したモランは、そのままゆっくりと倒れ伏していく。剣を掴む力すら失ったその腕は、レスコーの姿を探して伸ばされているのか、その指は横をすれ違ってゆく男の姿をなぞって過ぎる。

 床へと倒れてゆくモランの横を、ジャンが必死な形相で走り抜けていった。


「モラン・・・仕事は果たしたぞ・・・さぁ、俺ももう一仕事と行くかな」


 部下の勇姿を見送ったレスコーは満足そうに笑みを漏らす、その周りには多くの魔物が集まってきていた。彼らはレスコーの弱った姿にいたぶるためか、あえて止めを刺すような攻撃を控えているようだった。

 剣を構え直したレスコーには確かな力が宿っていた。その姿を見たためかそれとも他の標的がいなくなったからか、魔物達はいっせいに彼へと襲い掛かる。

 剣戟の音は激しく、しかしすぐに途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ