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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
57/63

踏み出した地表に、彼らは出会う

 切り立った山肌が続く一角に、幾つかの高低差と大小の岩によって隠された洞窟の入り口があった。

 周りは深い森に囲まれているが、山肌の近くは日照の関係かそれとも人の手が入ったためか、背の高い木々の姿はなく僅かに視界が開かれていた。

 森の先に目を凝らせば、先に開けた街道の姿が見えたかもしれない。この場所はそこからそれほど離れてはいないが、鬱蒼とした森にここまで来ようと思う人間は少ないだろう。

 そこに一人の少年が横たわっていた。彼はかなりの重労働を行った後なのか、空を見上げてはその大口で必死に呼吸を求めている。

 僅かに開けた空間は彼に涼しげな風を届けるが、その丸っこい身体に溜まった熱を冷ますには十分ではないのだろう。吹き出る汗に、薄っすらと湯気のような蒸気が立ち上っている。


「ガストン君、そっちは大丈夫か?こんな状態だ、これ以上傷つけたくない。慎重にいこうぜ」

「分かりました!」

「じゃあこっちで上げるから、引き上げてくれ。そうしたらこっちから押し上げるから!」


 洞窟の入り口の方から聞こえてきた声に、少年はゆっくりとそちらへと身体を向ける。見れば彼の頬には痛々しい傷跡がある、元々丸っこかったであろう彼の頬は、倍近くに膨れ上がってしまっていた。

 向きを変えた身体に、膨らんだ頬が地面へと擦れて痛む。短い悲鳴を喘いだ彼は、反対側へと身体を向けるとゆっくりと立ち上がる、ふらふらと若干覚束ない足取りではあったが、彼は間違いなく洞窟の入り口へと歩みを進めている。


「はぁ、はぁっ、はぁ・・・・・・クロエを引き上げるんだろ?俺も手伝うよ」

「ぐっ!?っとと、ラコンデール様!?お休みになられてないと!お身体に触ります!」


 洞窟の入り口へと足を掛けて、中の様子を窺っていたガストンは突然後ろから声をかけてきた少年、ジャンに驚いて足を踏み外す。

 後ろに振り返る途中だった身体は後方へと体重を移している、滑った足に浮いた背中は段差となった岩盤に強かに打ちつけた。一瞬呼吸を止めたガストンは苦痛を飲み込んで、どうにか危うい足元を整えていた。

 明るい場所から急に暗い所へと目を向けたジャンには、その状況はよく見えていなかった。ガストン自身、同じ年頃の少年に弱い部分を見せるのを嫌ったのか、まるで何事もなかったかのように振舞ってみせる。

 その強がりはジャンの立場が自らと似ているからか。同じ特別の傍にいる者としての共感を、彼は密かにジャンに感じていた。


「俺の怪我なんて、なんてことないさ。それに、こいつは俺のせいで・・・だから、頼むよビュケ」

「ですが・・・」


 人の良さそうなジャンの容貌は、怪我の痛々しさを際立たせていた。それをなんて事のないように彼は笑顔を作って見せていたが、引きつった頬が唇の形を歪めてしまっている。

 彼の目線は洞窟の中のクロエの姿を見ていた。明るさの違いにその姿ははっきりとは窺えなくても、酷い状態だったのは知っている。

 ジャンの懇願する瞳にガストンは言葉を濁していた。正直に言ってしまえば鍛えられた兵士である二人と違い、ただの少年であるジャンの助力など、あっても邪魔にこそなれ助けになどならない、それでも純粋に友人を思うジャンの想いは抗いがたいものがあった。


「手伝わせてやれよ、ガストン君。それよりジャン!お前そっから滑り落ちて、俺らに余計な手間かけさせんなよ!」

「馬鹿にすんなよアルマン!そこまでどんくさくねぇよ!!」

「はははっ!そんだけ元気があれば、大丈夫か!でも、ほんとに足元には気をつけろよ」

「わかってるっつの!・・・・・・ありがとな」


 自分の身体越しに行われたジャンとアルマンの会話に、ガストンはただ顔を左右に振るばかり。自らを置いて進んでいく事態を見守る事しか出来ない。

 それでも明るくなっていくジャンの表情に、彼も僅かに笑みを見せる。聖女の護衛に忙しくあまり関われなかった彼も、ジャンのその笑顔は好ましく思っていた。


「よっ、っとと・・・いいぞアルマン、上げてくれ!」

「ガストン君も大丈夫か?」

「はい、いつでも!」


 一段低くなっている洞窟の入り口へと滑り落ちてきたジャンは、ガストンの右手側のスペースに着地すると、僅かに前のめりになってバランスを崩しそうになる。それはすぐさま彼の腹へと手を添えたガストンによって防がれるが、背中に固い岩盤を感じたジャンは、冷たい汗を滴らせていた。

 冷たい汗が岩盤を叩く頃、整った準備にそれぞれが確認の声を上げる。最後に応えたガストンは頼りないジャンの様子に、全力でフォローしようと声にも力が入っていた。


「じゃあ、上げるからな!よっと!」

「よし、引き上げるぞ!」

「はい!!」

「おし、いけそうだな!そのまま上まで上げられるか?」

「やってみます!」


 腰から太股あたりを抱えたアルマンが持ち上げたクロエの身体を、ジャンとガストンが肩口から腕を取って、服を掴んでは引き上げる。ある程度身体が上がった段階で、抱える場所を足元に変えたアルマンは、それを持ち上げて引き上げる二人のアシストを行う。

 段差になっている入り口に、クロエの身体が見えなくなったアルマンは上の二人に様子を窺う。すでに余裕がなさそうなジャンからは呼吸音しか聞こえなかったが、ガストンはまだ余力があるのか元気良く返事をしてみせる。


「いけました!」

「おし!じゃあ、俺も登るからガストン君は上に上がってくれ。俺はそこのバテてる奴と上がるから」

「だい、じょうぶだから・・・俺の事は、放っておけって」

「そんな訳にもいかないだろ?よっと・・・」


 ガストンの声にクロエが地表まで運ばれたのを確認したアルマンは、自らも洞窟の入り口に続く岩盤へと手を掛ける。彼の声に素早く動いたガストンの姿はすでにない、十分な身体能力にも軽くはない鎧に苦労したアルマンは、背中を岩盤に預けてへばっているジャンの肩を叩く。

 いくら人の気配が一時的になくなっているとはいえ、ここは山賊のアジトである。そんな場所の入り口に、無力な少年であるジャンをいつまでも置いておくわけにはいかない、アルマンは荒い呼吸をしているジャンを無理やり立ち上がらせると、その背中を押し上げて地表へと登らせる。


「大丈夫ですか、ラコンデール様!こっちへ!!」

「っと、助かる・・・は、はぁ・・・はぁ、っと・・・へへ、楽勝だぜ」

「いけたかー?よーし、俺も登るからちょっとどいててくれよ!」


 なだらかとは呼べないほどの勾配に苦戦するジャンに、地表からガストンが手を伸ばす。その手を掴んで引っ張り上げられるジャンは、勾配の途中の幾つかの出っ張りに足を引っ掛けては、その都度短い時間休憩を挟む、彼が登りきる頃には逆にその呼吸は登る前より僅かに整っていた。

 最初段差ほど高低差の激しくない勾配に、アルマンはすいすいと登っていく。彼が向かう先にはジャンが横になって休んでいたが、ガストンが軽く叩いて知らせることで、億劫そうなジャンも横に転がるぐらいの配慮はみせる。


「っと、よし!んん~、やっと地表に戻ってこれたな。しかしあいつはどこに行ったんだ?結果としては、俺達は助かったが・・・」

「やはり不味かったでしょうか?」

「ん?ジャンを助けられたんだから、十分だろう?大体聖女様も、あいつに部下じゃなくて俺達をつけたって事は、こういう事も想定していたんじゃないか?」

「そう、でしょうか?」

「まぁ、どのみち一度報告に戻る必要があるな。彼・・・いや彼も早く聖女様に診せたいしな」

「?そうですね。ラコンデール様、移動してもよろしいですか?」


 地表に足をつけたアルマンは、一度その日差しを堪能するように伸びをする。彼は洞窟の方へと振り返ると、この場所まで同行していたもう一人の男の事を口にした。

 彼の事はガストンも気がかりだったのか、アルマンに肩を並べるように近づいてくる。アルマンの予想ではもう一人の男、レスコーの暴走は聖女達も織り込み済みの行動だったという。

 彼らにとっては外様でしかないアルマンと、まだ年若い少年であるガストンを彼につけることで、レスコーの暴走を仕方のないものとして処理したかったのであろう。

 貴重な戦力である彼の部下に余計な汚名を着させることなく、レスコーの能力も十全に生かしたいという苦肉の策は、しかし不安定な立場のアルマンを犠牲にしている。

 それも問題にはならないと聖女は知っているのだ、アルマンは皮肉げに口元を歪ませる。自らの出生はどうにもならない、しかし忌み嫌っていたそれに今更助けられるとは、少し笑いたくもなる。


「あぁ、俺の事はジャンでいいよ、こっちもガストンって呼ぶから。同じぐらいだろ、俺達?」

「ですが、それは・・・」

「いいっていいって!・・・それよりさ、移動するってどうするんだ?俺は勿論、クロエを早く聖女様に診てもらいたいが・・・いくらあんたらでも、人一人担いでそんなに動けるもんなのか?悪いが、俺をあてにしてくれるなよ?」


 他人行儀な呼び方はジャンにはどうにもむず痒いのだろう、ましてやそれが同じ年代の少年であればなおさら。お互いの立場に言いよどむガストンに対して、ジャンは無理やり話題を打ち切って了承を強制する、彼には移動の手段の方が気になっていた。

 ここまで連れて来られる際に気を失っていた彼には距離感は分からない、しかしここがエリスタール村や神殿まで歩いていける距離ではないことは分かっていた。


「いえ、我々がここまで乗ってきた馬が少し行ったところに繋いでありますので・・・ラコ、ジャン様は乗馬経験はおありですか?」

「一応乗ったことはあるけど・・・あんまり自信はないな」

「でしたらジャン様は・・・私の後ろに乗っていただけますか?アルマンさん、クロエさんのことはお願いしてよろしいでしょうか?」

「あぁ、任せろ。そういや、レスコーが乗ってきた馬はどうする?ここに置いてくか?」


 ジャンの言い淀んだ時間と表情が、言葉以上にその苦手さを雄弁に語っている。その様子を見たガストンは視線を巡らせると、彼を自ら後ろに乗るように促した。

 ガストン自身、馬の扱いに自信があると胸を張っていえるほどの経験はなかった。意識のないクロエを運ぶのはデリケートな作業だろう、それを行うのは自分よりも経験がありそうなアルマンの方が適任だと、彼には思えた。


「そうですね・・・どうしましょうか?レスコーさんが戻ってくるなら、そのままにしていた方が・・・」

「いや、あいつがここに戻ってくるとは思えねぇし、連れて行っちまおう」

「なんだ?あのおっさんも来てるのか?」

「ん?ジャンもあいつを知ってるのか?まぁ、俺達は元々あいつのお守りみたいなもんだったんだよ。あいつは一人でどっか行っちまったけどな」

「ふ~ん・・・」


 移動の気配に準備を始めた彼らは、益体のない会話で間を埋めている。共通の知り合いの話は彼らの口を軽くするが、お互いの言葉の端から漏れるぞんざいな感情に、その人物に抱いている共通の印象が窺い知れる。


「とりあえず彼を運ばないとな。ガストン君、そっちを持ってくれるか?」

「あ、はい。分かりました!」

「じゃあ、俺が前を見るよ。こっちで合ってるか?」

「助かります。そうですね、そっちで合ってます」


 クロエの足の方を持ち上げたアルマンに、ガストンは慌てて彼の肩口を抱える。縦になって進む彼らは前方を確認し辛いだろう、ジャンはすぐに先導役を買って出ては前方を指差した。

 切り立った山肌によって視界が遮られているその先が、ガストン達が馬を繋いだ場所だろう。振り返ったガストンはそれを確認するとすぐに頷いてみせる。


「なぁ・・・あんたらって、三人で来たんだよな?」

「そうですが・・・?」

「じゃあ、あいつらは何なんだ?」


 少し歩いたところで先頭のジャンが声を上げる。彼が聞いてきたのはあまりにも当然のことで、ガストンは当惑した返答を返すことしかできない。

 ジャンが指差した先には、視界を遮る山肌が途切れて彼らが乗ってきた馬達の姿が見えている。そしてその周りに集まっている、複数の人影の姿も。

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