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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
55/63

三つ巴の戦い 3

 続く剣戟は、伯仲した実力を示す。

 それはお互いの関係性が作り出したものであるが、互角の姿を見せているのは表面上だけだ。戦いの経験がないに等しいノエルは、強すぎる力に二重の命の危機に苦しめられていた。

 それは自分と、相手のもの。自らの命が奪われる恐怖は本能が、相手の命を奪ってしまう恐怖は未熟な技量が苦しめる。戦いの中で一人、ノエルだけが異常なスピードで精神を消耗させている。

 今も打ち込んできたベルトンの一撃を弾いたが、それが十分ではなく立て続けに追撃を食らってしまう。

 一撃、何とか引き戻した聖剣の腹で受け止める。

 二撃、いつの間に拾っていた左手の斧で横薙ぎに払われるが、身体を倒してかわす。反撃は牽制だとばれていたようで、簡単にいなされる。

 三撃、お互いに僅かに体勢を立て直す。相手の攻撃のタイミングをいち早く察知し、武器を切り捨てることで戦闘能力を奪うことを狙う。それは、フェイントだった。

 四撃、斧を切り裂くことを狙っていた腕は、全力で振り切ってしまっている、ベルトンの攻撃はもう目の前まで迫っていた。


「おらぁ!!」

「はっはぁ!!」


 横合いから伸びてきたレスコーの剣がその斧を叩き落す、洞窟の固い地面へと落ちた斧が軽い音を立てて転がっていく。それはあまりに簡単に手放してはいないか、ベルトンが吐いた声は勝利を確信した明るさが混じっていた。

 五撃、流れていた左手に添えた右手は、全身全霊の力を持って斧を振り上げる。

 レスコーの救援に安堵していた身体は、今だに振り切った腕をそのままにしてしまっていた。今更力を込める両腕は何もかもが遅く、不完全な状態ではその一撃は受けきれない。


「しまったっ!?」


 どうにか致命傷を避けた迎撃も、不完全な状態ではベルトンの全力に押されもする。聖剣へと刃をぶつけた瞬間に捻るような動きをみせたベルトンは、見事なほどに綺麗にノエルからそれを弾き飛ばす。

 流石に力加減までは出来なかったその動きに、弾き飛ばされた聖剣は通路の向こうまで飛んでいってしまう。狙ったものとは違った結果でも、欲しがっていた効果なのは間違いがない、抗う術を失ったノエルに、ベルトンはその斧を振り下ろす。


「調子乗ってんじゃねぇぇぇ!!」

「来ると思ったぜぇ!おらぁ!!」


 ノエルの危機に振るったレスコーの剣は、途中で引き上げたベルトンの腕によってすかされる。

 例えフェイントだと薄々感づいていても、レスコーは動かざるを得なかった。聖剣を失ったノエルはあまりに無防備で、致命的な一撃をかわそうともしていない。

 レスコーの攻撃をすかしたベルトンは、そのまま彼の身体を蹴り上げる。すかされた一撃にバランスを崩していたレスコーは、それに何の抵抗も出来ずに吹き飛ばされてしまう。

 ノエルは今更弾かれた聖剣を取りに向かおうとするが、聖剣の力を失った彼の動きはただの少年のそれに戻っていた。ゆっくりとその後ろへと迫っているように見えるベルトンの歩みすら、体格の違いに差が開くことはなかった。


「勇者様よぉ!最後ぐらい、潔く戦って死なねぇかい?なんなら、この斧を貸してやろうかぁ!?」

「ひぃ!?」


 ノエルの背中に追いつき、追い越したベルトンはその逃げ道を塞いでいる。

 彼は身体を折り曲げては、ノエルの顔を覗き込むように見上げている。その目は純粋に戦士としての勲しを求めていただけだが、ノエルには恐怖を齎すには十分な迫力を帯びていた。


「逃げろ、ノエル!!」

「見えてるっつの・・・あぁ~ぁ、何かつまんねぇ感じになっちまったなぁ・・・まぁ、いいか」


 ベルトンに弾き飛ばされていたレスコーは、ノエルへと駆け寄りながら剣を投げつける。

 それをベルトンは軽く払って弾く。彼は自らの足元でただ蹲り震えているノエルを見下ろしては、心底つまらなそうに溜め息を吐いた。


「―――流石にやり過ぎよ、ベルトン。ドナ、ドニ!お前達で奴を止めろ!!」

「お、おう!!」

「わかった、頑張る、頑張る!!」


 ゆっくりと斧を振り上げていったベルトンに、今まで広間の隅で自分の身を守ることに専念していたゴセックが動き出す。彼にとってノエルの存在はようやく手に入れた成功への道標だ、それを殺そうとするベルトンの存在を看過できるわけもない。

 彼の指示を受けたドナとドニは、その見た目に対して意外なほど素早い動きでベルトンへと突進していく。それに気がついたベルトンも、振り上げた斧を構えなおして対応しようとするが、すでに彼らは斧が有効な間合いよりも内側へと入ってきていた。


「お、おぉぉ!!」

「う、ぐぅぅ!!」

「くそがっ!!重いんだよ、てめぇら!!」


 突進してきたドナを受け止めて耐えていたベルトンも、続けて突撃してきたドニの勢いには耐え切れずに押し退けられてしまう。

 彼らはもはやそれしか知らぬという勢いで、持ち上げたベルトンの身体を広間の壁にまで運んでいく。壁へと押し付けられたベルトンは彼らを足蹴にしては、抵抗を続けているが揃いの巨体を誇る彼らには、さして効果が有りそうには見えなかった。


「今です勇者様!今のうちに聖剣をっ!!」

「は、はいっ!」

「待てノエル!俺もっ!!」


 ベルトンの拘束に成功したゴセックは、ノエルに聖剣の奪還を急がせる。彼もそれに従って動き出すが、その動きにレスコーもついて行こうと駆け出した。

 その頬の横を掠めて、短剣が壁へと突き立った。


「あなたは・・・行かせない」

「ティクシエ!そっちは頼んだぞっ!!」

「はっ、ゴセック様!お早くっ!!」


 ノエルの後を追おうとしていたレスコーに、新しい短剣を取り出したティクシエが立ち塞がる。彼はその目元だけが覗く覆面で、レスコーを鋭く睨みつける。

 彼がゴセックを急かしたのは、彼我の実力差を悟ってのものだろう。搦め手を得意とする彼は、正面からレスコーのような実力者を相手をすることは想定もしていなかった。


「っち・・・てめぇみたいなタイプは苦手なんだよなぁ・・・面倒くせぇ」

「ほぅ・・・それでは私にも勝ち目はありますかな?」

「はっ、言ってろ」


 言葉と吐くと共に飛び込んできたレスコーのスピードに、ティクシエは一瞬で勝ち目がないことを悟っていた。

 勝算のない戦いに、彼は一か八かで短剣を投げつける。レスコーはそれを軽くいなすと、必殺の間合いへと踏み込んでいた。



「うぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?火が、火が、火がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」



 突如響き渡った絶叫に、広間にいた全ての人の動きが止まる。


「・・・なんだ?」

「っ!ゴセック様、危険です!!」


 振り下ろしつつあった剣を途中で止めたレスコーは、その絶叫が響いてきた通路へと顔を向ける。

 そこには丁度、通路へと向かおうとしていたノエルとゴセックの姿があった。彼らは通路と広間を隔てる壁の縁へと手を掛けていたが、先ほどの絶叫でその先の異変を察知したのかそこで留まっていた。

 自分から注意を逸らしたレスコーに、主人の危険を察知したティクシエはそちらへと駆け出している。それに反応したレスコーは止めた剣を振り下ろすが、その切っ先は振り返り翻った布地を切り裂くだけ、彼自身も僅かに遅れてティクシエの後を追って駆け出し始める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!あぁぁ!!あぁぁ!あぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

「うわっ!?」

「っ!?あの炎は・・・まさか、もう・・・?」


 通路の陰から飛び出してきた人影が、絶叫上げながらのた打ち回る。

 その全身にはまるで、消える事はないような炎が纏わりついている。鼻先を掠めたその人影に驚いたノエルは、すぐ後ろにいたゴセックによって支えられる。

 受け止めたノエルを脇へと立たせてやったゴセックは、その燃え盛る男を見ては目を見開いている。彼は頻りにその男と通路の方へと顔を行き来させる、まるでそこに絶対に確かめなければならない事があるように。


「あれはっ!?」


 燃え尽きるようにして地面へと倒れ付した男は、ずっと大事そうに何かを抱えてのた打ち回っていた。彼の命が尽きたためだろうか、徐々に弱まっていく炎にその姿が見えてくる。

 その存在にノエルが最初に気がつけたのは、やはり特別な絆が存在するからだろうか。

 聖剣トゥールヴィルは、地面へと静かに横たわる。誰かの欲望の残滓を燃やして。


「ティクシエ!早く、早くそれをこっちに!!」

「は、はい!!」

「させるかよっ!!」


 広間に入ってから少しの間のたうった男に、聖剣の一番近くにいたのはティクシエだった。

 先ほどから焦りの表情を強めていくゴセックは、彼に早く早くと急かしたてる。彼の顔は今も通路の方を気にしては、頻りに振り返っていた。

 ゴセックの態度に何か感じるものがあったのか、ティクシエにもその焦りは伝播している。

 彼は飛び込むようにして聖剣を抱きかかえる。そこに彼を追走していたレスコーが攻撃を仕掛けるが、それを予想していたティクシエは、勢いを殺さずそのまま転がることでその攻撃を避けてみせた。


「ちっ!?逃がすか―――」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!勘弁してくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 突如、通路から飛び出してきた男は、何も目に映らないといった様子で一心不乱に走り去っていく。

 聖剣を抱えたティクシエへと放ったレスコーの追撃は、彼が纏った鎧に叩いて流れる。本来狙ったポイントではないところにヒットした一撃は、その威力のほとんどを損なわれてしまっている、それでも鎧を叩いたレスコーの剣は流れて、走る男の肉を僅かに切り裂いていた。


「っ!なんだってんだ、くそっ!?」


 予想外の衝撃に痺れた手首を振るっているレスコーは、走り去っていった男の方へと顔を向ける。

 彼はレスコーの攻撃を気にする素振りも見せずに、もう一つの通路の方へと駆け抜けていった。その先からも何か騒がしい声がしたが、彼を止めることは出来ないだろう。


「ティクシエ、早くこっちへそれを寄越せ!!」

「はい、ゴセック様!」

「っと、っとと!よし!勇者様これを、早くここから逃げましょう!!ここは危ない!」

「それは・・・いえ、分かりました」


 突然現れた闖入者に止まっていた空気を、ゴセックが再び動かし始める。ティクシエが丁寧に放った聖剣を、危なっかしい手つきで受け止めた彼は、恭しい態度でノエルへとそれを献上する。

 彼から聖剣を受け取ったノエルは、即座の逃亡を勧めてくる彼に曖昧に言葉を濁す。その目は今だに大男二人に壁へと貼り付けにされているベルトンへと向かうが、それも僅かな時間だけでやがてノエルは、ゴセックに従う形で進み始める。


「お前達も、もうそれはいい!!さっさと逃げるぞ!!」

「う、うぅ?」

「も、もう、いいの?」


 ゴセックによってベルトンの解放を指示された大男二人は、戸惑いながらも彼の身体から離れていく。

 二人の馬鹿力によって、ずっと僅かに宙に浮いた状態だったベルトンは、久々の地面にほっと一息をつく。彼はゴセックの後へと付き従っていく大男二人に目をやると、いぶかしむように顎を撫でた。


「おいおい、ゴセックの旦那よぉ・・・急にどうしちまったんだぁ!あんたらしくも・・・いや、そうでもないか?」

「うるさい、馬鹿者が!!お前などに説明している暇などないわっ!!いや・・・悪いことはいわん、お前達もさっさと逃げるがよい」

「あぁ?なんだと・・・?」


 ゴセックの動きや態度に、おかしなものを感じたベルトンは彼に問いかける。それまで散々好き勝手な行動をしたベルトンに、ゴセックは苛立ちから怒鳴り散らすが、それで冷静に考える理性が戻ったのか、彼にも逃亡を促す言葉を投げかけていた。

 ゴセックから返ってきた言葉が予想外だったのか、目を瞬かせているベルトンは男達が飛び出してきた方の通路へと視線を向ける。そちらは今はひどく静かであった、反対にもう一つの通路の方からなにやら物音が近づいてきている。


「お頭ぁ!!遅れて申し訳ねぇ!!」

「てめぇら、おせぇんだよ!!もうお開きになっちまったじゃねぇか!!」

「ひぃぃ!?しかし、俺らほとんどお頭に吹き飛ばされて・・・」

「うるせぇ!!言い訳してんじゃねぇ!!!」


 通路の奥から姿を現したのは大量の山賊達だった。彼らはどこかボロボロで、まったくの無傷の者の方が少ない有り様で、怒鳴りつけてきたベルトンに恨みがましい瞳を向けている。


「ええい、邪魔だ邪魔だ!!さっさと道をあけんか、貴様ら!!」

「ゴセックの旦那!?ちょ、ちょっと!?」

「おい、待ちやがれ!!くそっ、てめぇら邪魔なんだよ!!」


 ぞろぞろと広間に入ってくる山賊達に、ゴセックたちは進もうとしている進路を塞がれてしまう。ゴセックは彼らの頭を軽く叩きながら道を譲るように怒鳴り散らすが、まだ後ろからもやってきている状況に遅々として進まない。

 彼らもゴセックの顔には見覚えがあったのか、徐々に道は開いていき、彼らはその中へと飲み込まれていく。その姿にレスコーは慌てて後を追いかけようとするが、ごった返す山賊達に阻まれて到底追いつくことが出来ない。


「てめぇら、よく聞けぇ!!」

「「へ、へい、お頭!」」

「な~んか、やばい匂いがするからよぉ・・・俺達もとっととずらかるぞ!てめぇら、遅れるんじゃねぇぞ!!!」

「え、えぇ!?お頭ぁ!いったいどういう事ですかぃ!!?」

「俺様にも分からん!!」


 辺りへと鼻をひくつかせたベルトンは、何かを嗅ぎつけたかのように撤退を宣言する。ようやく彼へと追いついた山賊達は、突然のその言葉に戸惑ってざわつきだす。

 彼らは当然、ベルトンにその発言の真意を尋ねるが、ベルトンは碌に応えずにすでに走り出していた。

 その質問に彼が応えられないのも無理もない話しであった。彼自身状況が飲み込めずに自らの勘頼りに行動しているに過ぎない、それでもこの場に漂う危険な匂いと、先ほどから止まらない冷や汗は、一刻も早くこの場から立ち去れと喚いている。

 最初こそ戸惑っていた山賊達も、一目散に逃げ出したベルトンの姿に次第に危険の気配を悟っていく。彼らにとってベルトンがはっきりとした強者であったことは、幸運だろう。

 その彼が我先にと逃げ出す姿は、一目見ただけで緊急事態と分かる。今だに広間まで辿り着いていなかった山賊達も、彼のその姿を見かけるとすぐにやばいと直感していた。


「あら?勇者様はここにはいらっしゃらないようね・・・では掃除しておきましょう」


 山賊達が逃げ出した広間に、響いた声は冷たい。

 そのすぐ後に奔った閃光は、誰の身体も焼くことはなかった。

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