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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
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聖女の行進

 通路と広間を隔てる壁を通しても、聞こえてくる剣戟の音は激しさを増してゆく。

 彼らの戦いが中々決着がつかないのは、攻撃する側とされる側の思惑が噛み合っていないからか。

 ジャンの身柄を預かっているかもしれない、山賊の頭であるベルトンに手を出したくないノエルは、彼らを制御できるかもしれないゴセックの事も無碍には出来なかった。ゴセックにとって完全に敵なのはレスコーだけだ、自然とノエルの矛先もそちらに向かざるを得なくなっていた。

 ベルトンはただ純粋に、一人の戦士として勇者に挑みたいだけだろう。彼はノエルが防戦一方だろうとお構いなしに攻撃を加え続けている、そうすることがこの場を一番楽しめると彼は知っていた。

 ノエルの控えめだが強烈な攻撃をどうにかいなしているレスコーは、立場的にどうあってもノエルを攻撃することは出来なかった。

 彼の標的は当然ベルトンになる、本気でノエルの命を狙っているベルトンの刃は、ノエルの未熟な技術に何度も届きそうになっていた。その度に彼がギリギリで助け舟を出すことで、どうにかノエルの首は今も繋がっている。

 そうしてこの場は均衡し、一向に決着がつかないでいる。

 しかしそれも、徐々に崩れ始めていた。

 聖剣の力によって強化されたノエルの身体能力は脅威だ、それを受け流し続けているレスコーの余裕は少しずつ削られていく。

 それに対してベルトンは、それほどの脅威を受けてはいなかった。彼はほとんどの時間をノエルの攻撃に費やしている、そのプレッシャーは戦い慣れていないノエルの精神を、徐々に蝕んでいた。


「おい、コルベルてめぇ!どういうつもりだっ!?」

「あぁ!?もう少しで勇者を助けれそうだったのに、邪魔したのはそっちだろうが!!」


 剣戟の音が轟くすぐ傍、通路の陰に隠れた二人は、先ほどのコルベルの行動を巡って言い争いを繰り広げていた。彼らは自分達の存在感を隠すためか、徐々に広間から遠ざかるようにして取っ組み合いを行っている、その内容はどこまでいっても平行線だ。

 どこか愚直なコルベルは、今だに手柄を立てて聖剣教団に復帰するという道筋を捨て切れていない。そんな考えを抱き、先ほどのような行動をする彼は、すでに完全に教団の事を見限っているデュマにとっては邪魔でしかない。

 彼はそっと、隠した短剣に手を添える。


「あの時、俺達で突っ込んでたら助けられていたかも知れねぇだろ!?それで全部チャラになってたんだぞ!!」

「もうそんな状況じゃないって説明しただろうが!!」

「それは、てめぇの想像だろう!勝手に決め付けてんじゃねぇ!!」

「分っかんねぇ奴だなお前は!今の状況が証拠なんだって!!俺達ゃ捨て駒にされてんの!!」

「捨て駒だって、手柄を立てりゃ英雄だ!そうだろ!?」


 お互いに違う未来を望んでいる者同士、幾ら言葉を重ねてみても交わることなどなかった。

 いつまでも続くかに思われた取っ組み合いは、デュマが抵抗を止めることで決着がつく。

 コルベルはそれを、デュマが自らの言に納得してくれたからだと認識し手を離す。デュマが待っていたのはそのタイミングだ、僅かに距離を取ったコルベルに、短剣を振るうにはもってこいの間合いが出来ている。



「しまったっ!?」



 振るった短剣をデュマが止めたのは、広間から聞こえてきたその声と、軽い音を立てて転がってくるものを見つけたから。

 それは本来の持ち主の手から離れ、その輝かしいきらめきを失ってしまっている。

 それでもそれを見間違うことなどない。聖剣トゥールヴィルは洞窟の地面に横滑りしながら、こちらへと転がってきていた。

 呼吸を忘れた一瞬に、デュマは駆け出している。彼がコルベルよりも先に反応できたのは、単純にお互いの位置関係の違いに過ぎない。

 広間の方向に背を向けているコルベルは、今だに自分の命が狙われたことにすら気づいていなかった。


「やった・・・!やってやった・・・!!これで俺も大金持ちにっ!!!」


 聖剣へと飛びついたデュマは、抱きかかえるようにしてそれを捕まえる。

 なりふり構わないその動きは、鎧を纏った彼の身体のあちこちをぶつけて痛みや痣を残したが、そんなものを気にする必要ないほどの歓喜が、彼の全身を駆け巡っていた。


「なにいってんだ、お前!早くそれを勇者に返せよ!!死んじまうだろうがっ!!?」

「はっ!そりゃこっちの台詞だ!!これを返せだって?ば~っかじゃねぇの!!これを欲しがっている連中なんて、幾らでもいるんだぜ?売ったらどれくらいの額になるか・・・ははっ、想像もつかねぇ」


 聖剣を胸に抱えて素早く立ち上がったデュマは、頻りに辺りを窺って頭を動かしている。

 コルベルはそんな彼の行動に戸惑っていた。コルベルにとって勇者救出が唯一の助かる術であり、それを危うくするデュマの行動は、到底理解しようもなかった。


「俺はさっさと逃げさせてもらうぜ!お前はそこで一生、勇者救出の作戦でも考えてな!!」


 捨て台詞を残して自分達がやってきた方へと駆け出すデュマに、コルベルは腕を伸ばしただけで何も出来はしなかった。

 明るい未来のビジョンに包まれて、希望へと駆けて行くデュマの足取りは軽い。それはこの先の展望がまったく見えていない、コルベルにはとても追いつけないスピードだろう。

 俯いたコルベルの先を、デュマが嬉しげに駆けてゆく。

 その目は確かな希望を見据えていた。



「―――――――――そう、では死になさい」



 突如、デュマの足元から吹き出した炎が彼の全身を包む。

 その炎を生み出したのは、通路の奥から冷たく響いた声の主だろう。その姿はまだ暗闇に中、掲げる明かりに照らされて、ぼんやりと白いシルエットを浮かべるだけ。


「うぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?火が、火が、火がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

「まだ息がありますか・・・汚らしい虫けらほど、生命力が強いというのは本当のようですね」

「あ、あんたは・・・!?」


 その全身を炎で焼かれ続けているデュマは、断末魔のような絶叫を上げ続ける。それでも彼は聖剣を放そうとはせずに、のた打ち回るようにして通路を駆け回っている。

 そんな彼の姿に、心底軽蔑するような声を漏らした存在は、通路の奥から多くの供を連れてゆっくりと姿を現してくる。彼女はその上等な白い衣装を汚さないように、歩く場所を見定めながら進んでいる、そんな彼女の足元を照らすように護衛達はこぞって松明を掲げていた。

 聖女、フロレンシア・コントレーラスはその苛立ちを隠そうともせず、デュマを睨みつける。


「いつまでも帰ってこないので、来てみれば・・・この有様ですか。恥を知りなさい、恥をっ!!」

「せ、聖女様!俺は、俺はなにもっ・・・!!」


 自らの身を潔白を証明しようとしたコルベルの言葉は、聖女の視線によって黙らされてしまう。彼女がどういった思惑で彼に目をやったのかは知れないとして、苛立つ彼女は自然と瞳に威圧を乗せてしまう、コルベルがそれに気圧されてしまってもそれは仕方のないことだった。


「皆、聞きなさい!私、フロレンシア・コントレーラスは我が護衛である、アダン・デュマが行った行動を教団に対する重大な背信行為だと認め、また我々の信仰に対する最大の侮辱を行ったとして私刑に処しました!!異議がある者は、今ここに申し立てなさい!!!」

「「異議なし!!!」」


 聖女はその手に持った長細い杖を地面へと打ち鳴らすと、朗々と自らがデュマに行った仕打ちの正当性を宣言する。

 彼女は信徒を自由に処断する権限など持ち合わせていない、ましてやその生命を奪う権利など法を布くものが許可するはずもない。それでも人々は口を揃えて彼女の行いを肯定した、ここに罪は成立せず、罰すら目撃者の不在に拭われる。

 しかしその光景に、恐怖する者は一人、いた。


「ひぃぃぃぃぃ!!?」

「あら?あなたは処断するつもりはなかったのだけど・・・」


 聖女の振る舞いに自らの身も危険と感じたコルベルは、一目散に逃げ出していく。その行き先は当然聖女たちがやってきたのと反対側、広間へと向かっていた。

 彼が走り去って行った轍には、誰かの落とした肉片が今も確かに燃え盛っている。奇しくも同じ方向へと去っていった二人に、どこか気まずい沈黙が流れる。

 聖女は思惑とは違うコルベルの動きに首を傾げたが、頭の角度を戻すときにはその懸念は消え去っていた。


「まぁ、構わないでしょう。あぁ、それよりも・・・我が神よ、私は謝罪いたします。あなたの力の化身に火を掛けてしまったことを!しかし、しかしそれは決して悪意あってのことではございません!!私は一刻も早くあの薄汚い盗賊の手から、あなた様の聖なる剣を取り返したかったのです!それに一切の偽りはございません!!」


 突如地面へと片膝をつき、祈りを捧げ始めた聖女は、自らが犯した罪の懺悔を行う。彼女に従う一行は、彼女に倣って黙祷を捧げる、それは聖女が立ち上がるまで続いた。


「さぁ、先を急ぎましょう!あの者が聖剣を抱えていってしまいましたが、聖剣がここにあるということは、勇者様も近くにいるということです!!」


 一通り懺悔して満足のいった聖女は、軽く足元を撫でて土埃を払うと、後ろの一行へと振り返る。

 彼女はその手にした杖を掲げると、一向に前進を命令する。その目には希望に満ち満ちていた。

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