三つ巴の戦い 2
「・・・すみませんっ!!」
「うおっ!?ちょ、ま、待てって!俺だよ、レスコーだよ!いや覚えてねぇかもしれねぇが、俺はあんたを!!」
後ろから襲い掛かってきたノエルの一撃を、レスコーがどうにかかわせたのは、そちらへ近づこうと身体を向けていたから。尻餅をつくような動きで間一髪、攻撃をかわしたレスコーは、ノエルへと必死に敵意がないことをアピールしている。
その一連に胸を撫で下ろしたのはノエルの方だ、聖剣の力によって強化された身体能力は想定を勝手に上回ってしまう。手加減され簡単にかわせるはずの一撃は、レスコーを殺せる速度でその首を狙ってしまっていた。
「いい!いいですよ、勇者様!!そのまま蹴散らしてしまいなさい!!お前達は後ろを警戒していろっ!いいなっ!!」
「ここは退いてください!レスコーさん!!」
「そんな訳にはいかねぇだろ!?あぁくそ、どうすりゃいいんだ・・・流石に俺でもこれは、不味いだろ・・・うぉ!?マジかっ!!?」
ノエルがレスコーに立ち向かったことで、そちらへの対応を十分だと考えたゴセックは、周りの者に後方の通路を警戒するように伝える。彼の前で短剣を構えるティクシエだけが、ノエルの動きに注視し続けていた。
ノエルの懇願はこの状況に届くわけもない。彼を傷つける訳にもいかないレスコーは防戦一方だが、聖剣の力の扱いに慣れてきたノエルが剣戟を速度を落としていくことで、どうにか凌いでいけていた。
それも一瞬の油断で脆くも崩れてしまう。
元々ここまで持っていたこと自体が、レスコーの熟達した技量によるものだ。それが迷いに乱れれば受け流す角度も浅くなる、合わせた剣筋に鋭すぎる聖剣の切れ味は、レスコーの剣をまるでバターのように切り裂いてしまった。
「退くんだ、レスコー!!」
「ちっ、洒落になんねぇぞ!!」
再三の懇願に、レスコーは切り取られた剣を投げつけて返答する。それをノエルが二度斬りつけたのは聖剣の鋭すぎる切れ味に、一度では勢いがまったく落ちなかったためだ。
失ってしまった獲物に、レスコーはすぐに予備の短剣を抜き放つ。それはろくに構えもする前に、ノエルによって切り裂かれてしまった。
退却する素振りを見せずに抵抗を続けるレスコーに、ノエルはついに彼に直接ダメージを与える決断を下す。それは例えここで怪我をさせても、聖女による癒しが得られると考えての判断だろう。
果たしてそれは正しい決断だったろうか、聖女とて死者の蘇生は不可能だ。ノエルがこれまでうまくレスコーを傷つけずにこれたのは、ただの偶然でしか過ぎない。
聖剣が齎す圧倒的な身体能力は、レスコーの戦闘能力を容易に上回るだろう。それでもノエルには剣を振るう技量など備わってなどいない、果たして彼にうまく戦闘能力だけを奪う攻撃など出来るだろうか。
レスコーの利き腕を狙うノエルの一撃が迫る。立て続けに武器を失い無防備な彼に、それを防ぐ手段などない。
それでも抵抗しようと動くその本能が、ノエルの狙いを違えて、煌く刃は彼の首へと向かう。
二人にはもはや、それを止める術はなかった。
「うおおおおらぁぁぁぁ!!!」
雄叫びと共に放たれた大男の一撃が、無理やり聖剣の軌道を変えていく。上から叩きつけるその威力は煌く刃を地面へと埋めさせた。
予想外の方向からの攻撃とその威力に、ノエルの腕は僅かに痺れて震える。それは短い時間の症状に過ぎなかったが、ノエルはすぐに聖剣の束を握りなおした。
無理をした身体に腕の繊維が痛みで文句を伝えてきたが、それを気にする猶予はなかった。
大男の追撃が、もう目の前まで迫っている。
「くぅっ!?」
「うぉ!?あっぶねぇ!?」
地面へと突き刺さった聖剣に、慌てて引き抜こうとすれば手首も捻る。固く岩盤のようになった洞窟の地面も聖剣の鋭さには簡単に抉られた、舞った土片を切り裂いて刃は迎撃へと奔る。
大男が放った追撃は横薙ぎの一撃だ、その軌道には先ほどどうにか命拾いしたばかりのレスコーも入っている。それはノエルが弾くとしても、その切っ先もレスコーの身体を捉えていた。
大男の攻撃を避けようと身を屈め始めたレスコーは、視界の端に舞った土埃を捉えていた。視野を奪われる事を嫌う戦士の本能が、咄嗟にそれに反応して身体を仰け反らせる、聖剣の刃はそのすぐ先を通過していった。
無理やり動かした聖剣にその刃は波打って、迎撃した斧の刃を切り裂くとそれをそのまま引っ掛けた。天井高くへと舞い上がったそれはゆっくりと滞空し、やがて落ちてくる。
それは、仰け反り倒れたレスコーの顔のすぐ横だった。
「はっはぁ!!流石は勇者様!!お強い、実にお強い!!これは嬉しい誤算ですなぁ!!!」
「ベ、ベルトン!お前はいったいなにをしているんだ!?見て分からんのか、勇者様は我々の味方。お前は彼と協力して、その男を仕留めればいいだろう!!?」
「あ、あぁ~ん?それのどこに面白みがあるんだぁ、ゴセックの旦那よぉ!せっかくの強者が二人もいるってのに、それをもう終わらせるたぁ・・・お話にならないんだよぉ!!!」
「馬鹿がっ!いや、馬鹿なのは知っていたが、ここまでとは・・・くそっ!!勇者様、こうなればそれも一緒に仕留めてくださってよい、後の事はどうとでもなる!!」
「はははっ!!お墨付きをありがとうよ、ゴセックの旦那!あんたにしちゃ、最高に気が利いてるぜぇ!!」
ノエルに逃げられないようにするためだろうか、自分がやってきた通路へとゆっくりと移動したベルトンは、ゴセックの言葉に嬉しそうに拳を打ち付けて答えている。
ノエルはどう対処すればいいのか分からない、目の前の大男に戸惑っていた。しかしそれも、知り合いと斬り合わなければならない状況に比べればずいぶんとましだ。
ゆっくりと吐いた息に切っ先を大男へと合わせる。高まる集中力は、それでも人は殺したくないと昂ぶっていた。
「ちょっと、たんま。せっかくの戦いに獲物がないんじゃ、しまらねぇよな?確か、ここいらに・・・お、あったあった!ほらよ、ついでにこっちも持っとけ」
「・・・安物は使わない主義なんだが?」
「はっ!山賊にそんなもん期待すんなよ」
急に何かを思いついたかのように声を上げたベルトンは、広間の隅の方へと向かってずんずんと歩き始める。明らかに隙だらけの様子にも碌に武器のないレスコーと、こちらから攻撃を仕掛ける勇気のないノエルには、それを見送るしか出来なかった。
隅に辿り着いたベルトンは、そこに積み込まれた箱の幾つかをごそごそと漁ると、レスコーに向かって剣を投げて寄越す。投げつけられた二振りの剣を受け取ったレスコーは、それを鞘から抜き放つと顔を顰めて小言を漏らす、その言葉を聞いたベルトンは上機嫌に唇を歪めていた。
「お待たせしてすみませんね、勇者様!このギヨーム・ベルトン、今は山賊の頭としてではなく、一人の戦士としてお相手願いたいっ!!」
「頭・・・?じゃあ、ジャンはあなたが?ちょっと待って下さい、ボクは―――」
「問答、無用ぉぉ!!!」
ベルトンの素性を聞いて刃を納めようとしたノエルに、ベルトンはすぐさま斧による一撃を放つ。ノエルによって片刃となった斧ともう一つ、左手にも斧を構えた彼はそれをクロスするようにして、ノエルへと振り下ろす。
戦意を失っていたノエルには、それを受けることは出来ない。それでもそれに首を差し出すほど絶望してはいない、素早く飛び退いたノエルに、それを待っていたとばかりベルトンは踏み込んだ。
「くっ!?」
「甘いわぁぁ!!」
飛び退きながらノエルが放った横薙ぎは、踏み込んでくるベルトンを牽制してのものだ。ベルトンはそんなものお構いなしと前へ進む、ノエルの一撃は彼の腕を軽く裂いたが、それは血しぶきが僅かに舞う程度、そんなものでこの大男が止まる訳もない。
両腕を組むようにクロスさせたベルトンは、それを前にしてクロエへと突撃する。彼が狙うのはその両腕の斧を使った、ノエルの首を挟むような横薙ぎだ。
半端な迎撃でそれをかわそうとしたノエルには、それに対処する術がない。左右に避けても挟みこむ攻撃に意味を成さず、上下の動きは彼に対応されるだろう。後ろにさらに距離をとろうにも、勢いのついたベルトンの突進を撒ききることは難しい。
ノエルにはもはや、自らの速度にかけてベルトンの一撃を迎撃することしか残されていない。大きく流れた聖剣は今は右手に、ベルトンはすでに肘を動かした。
「もらったぁぁぁぁぁ!!!」
「間に合えぇぇぇぇぇ!!!」
為す術のないノエルの体勢に、ベルトンは必勝の予感を声にする。動き出した両腕は確実にノエルの首筋を狙っている、ノエルはまだ動き出してもいなかった。
自らの担い手の危機に、聖剣はその輝きを一層に増してゆく。ノエルが振り絞った雄叫びはそれを呼ぶ声か、莫大な力がこの右手に集まってきていた。
人の最高を基準に動いたベルトンは、人を超越したノエルの動きに覆される。信じられない速度で聖剣を振るったノエルは、ベルトンの右手の斧を切り捨てていた。
それでも、それでは足りない。
ベルトンの左手の斧はすでにノエルの首筋へと向かっている。人を超越した力も、それを動かす人が凡夫ならば万能の力になりえない、間違えた判断にノエルの命は終わろうとしていた。
「おっらぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぅ!?」
雄叫びを上げながら突っ込んできたのはレスコーだ。彼はベルトンの巨体へと身体をぶつけると、その全身を傾かせて攻撃の狙いを外させる。
横槍から上体めがけて突っ込んできた衝撃に、ベルトンの身体は仰け反って傾いていく。それでも彼はノエルを狙って左手を振るうが、制御できない軌道にそれは聖剣を叩いて弾くだけ。
そのまま馬乗りになろうとするレスコーの動きは、柄だけになったベルトンの斧に弾かれて防がれる。崩された体勢を素早く立て直したベルトンに、一連の流れが終わった三人は、始まる前と同じような距離感に三角形を形成していた。
「はっはぁ!!それでこそよ!!!・・・しかし、レスコーといったか?お前は何故、俺様を切り付けなかった?そうすれば終わっていたかもしれんぞ?」
「あぁ!?お前を倒したところで、そこの奴をやられちまったらこっちの負けなんだよ!そんぐらい分かれやっ!!」
「ほ~う。これはいい事を聞いたな!いったいどうやって、この状況をどう楽しめばいいかと思ったが・・・こういう事かぁぁ!!」
ノエル対して剣を突きつけながら自らの目的をのたまうレスコーに、ベルトンはにんまりとした表情を作る。彼にはその情報を蜜を垂らしたご馳走だ、労せずとも二人を争い巻き込むことが出来る。
彼は自らの欲望に従うままに、ノエルに向かって突っ込んでいく。命の危機を脱したノエルが持つ聖剣の輝きは鈍い、それでも万全な体勢に遅れは取りはしないと聖剣を構える。
「くそっ!一体どうすりゃいいんだよ!?」
柄だけになった斧を投げつけたベルトンは一気に距離を詰める。ノエルはそれを軽く打ち払うと、突っ込んでくる彼に対して剣を引いて力を溜めた。
すでに始まりつつある戦端に、レスコーはぼりぼりと頭を掻くと誰が聞くともない嘆きを叫ぶ。
それに答えるものはどこにもいない。彼は安っぽく気に入らない剣を強く握り締めると、始まった戦闘へと走り出した。