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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
50/63

クロエの戦い 2

「くそっ!?訳の分からないことばかりいって、これが狙いか!」

「んなわけねぇだろ~、はぁ・・・せっかく頑張ったご褒美に見逃してやろうと思ってたのによぉ・・・部下の手前、無理になっちまったじゃねぇか!ふざけんなよ、このボケがぁぁぁぁ!!!!」


 勝手に悟って驚いてみせるクロエに、ベルトンは長いため息を吐く。彼は自らのちょっとした優しさを踏みにじられた事に怒り狂い、叫び声を上げた。

 彼の怒声を浴びた部下達は、入ってきた広間に固まって後続の到着を妨げてしまう。それも仕方のないことだろう、初めてそれを浴びたクロエが竦んでしまう雄叫びに、彼の怖さをよりよく知る彼ら恐怖はその比ではないのだから。

 衝撃さえ伴うような声量はクロエの指先を震えさせた、彼はそれで取り落としそうになったナイフを、慌てて強く握りなおす。

 呑み込んだ唾と沸き続けている汗は、この先の結末を悟ってしまったようだ。クロエは首を振ってその想像を振り払おうとするが、伝った背中の冷たさは幻ではなかった。


「てめぇら、手ぇだすなよ!こいつは俺様がやるからよぉ!てめぇらはそこに突っ立って、俺様の華麗な殺戮ショーでも見学してやがれぇ!!」

「で、ですが、お頭!」

「うるせぇ!俺様がそう決めたんだ、黙って従いやがれ!!」


 自らの頭目と相対するクロエの姿に、ようやく事態を飲み込みつつあった山賊達は、各々の武器を構えてクロエの周りを取り囲もうとする。彼らの動きを目にしたベルトンは、彼らを牽制するように腕を振り上げて威嚇する、彼の突きつけた斧はクロエを自らの獲物だと主張していた。

 それは大勢による嬲り殺しを防ごうとした、彼の優しさなのかもしれない。小柄ですばしっこいクロエの動きは、のろまな山賊達では捉え切れずに、結果的にじわじわと痛めつけることになってしまう。

 ベルトンにはそれを一撃で仕留める自信があった、ここまで逃げてきた褒美として、それはせめてものはなむけだ。たとえこの唇が、久々の戦いの予感に上ずっていようとも。


「・・・今しか、ないっ!」


 大柄なベルトンが広間の奥にたむろする山賊達に指示を出そうとすると、自然とその視線は上へと誘導される。同じ方向にいるとしても、この小柄な身体はどれほど見えていようか、踏み出した一歩に姿勢はさらに低く沈んでいる。


「お頭っ!?」


 後方から山賊達の悲鳴が上がる、それはクロエの襲撃を知らしているがもう遅い、この足はもはやベルトンの影を踏んでいる。

 低くした姿勢に狙える急所は、太ももの内側か股間そのものか。構えたナイフに今更躊躇はない、今も背中を伝い続ける冷たさが覚悟に迷う心を凍らせてくれる。


「分かってんだ、よぉぉ!!」

「っ!?」


 突きつけた斧を予備動作もなく振り下ろしたところで、十分な威力もスピードも出るはずはない。

 そう予想して踏み込んだクロエの考えは、ベルトンの常識外れの膂力によって覆される。斜めに振り下ろされた斧は、クロエの身体を両断するほどの威力はないが、もはや助からないだけの損傷を与える迫力があった。

 クロエがそれを避けようと動けたのは、振り払おうとしたナイフ越しにベルトンと目が合ったからだ。大きく踏み込んだ身体は咄嗟には動けない、それでも命の危機にもがく気力までは失っていない。

 攻撃を止めた身体は勢いのままに前へと流れる。凶刃から逃れたい足は横へと力を加えるが、残った速度が踏ん張りを利かせてくれない、それでも僅か捻った身体が横へと向きを変えていた。


「ぐぅ!?」

「はっ、はぁ!!やるじゃねぇか、がきぃ!!」


 斧を振り下ろすために動いたベルトンの足が、ぶつかったクロエの身体を吹き飛ばす。

 それは反動に、自らが転がったゆえの距離だろう。自らの攻撃が空振りに終わったベルトンは、寧ろ嬉しそうに声を弾ませる。

 致命的な一撃をかわす事には成功したものの、支払った代償は決して軽くはない。無理な動きはクロエの足を痛めつけている、唯一の勝ち目であったスピードを失った彼はもはや、逃げ出す術すら失ってしまっていた。


「さっさと立てや、がきぃ。待っててやるからよぉ」

「はっ、ずいぶんとお優しいことで・・・」

「あぁ?そりゃお前、久々に楽しめそうな・・・なんだぁ、てめぇ?その足、どうしたよ?」

「何の事か、わかんねぇな・・・ほら、見ろよ?問、題あ、るよう、に見えっか?」


 もはや立ち上がることすら億劫そうなクロエに、期待に目を輝かせていたベルトンも、すぐにそれを萎れさせてしまう。

 たった一つの動作に幾つもの手順を踏んだクロエは、ようやく地面を踏みしめていた。そのダメージは隠しようもない、強がりにその場で軽く飛び跳ねてステップを踏んでも、着地のたびに漏れる苦悶が、虚勢の言葉すら続けさせてくれない。


「はぁ~・・・マジかお前、せっかくいい感じだと思ったのによぉ・・・」

「はんっ!舐めてくれんなら、助かるね!こっちには―――」

「もういい、黙れよお前」


 長いため息を吐き出したベルトンは、心底残念そうに頭を抱えるとがっくりと項垂れてしまう。その様子に戦いの終わりを察知した山賊達がざわざわと騒ぎ始める、彼らの動きを牽制するためにクロエは強がった台詞を吐いてみせた。

 それすら、もはや意味をなさない。

 奪われた楽しみは怒りにも変わる、吐き出すように絞り出したベルトンの声は、怒りに満ちたものであった。

 クロエに対して大股で近づいてくるベルトンは無防備で、もはや警戒すらしていないように見える。それは投げ捨てた斧にも示されていたが、彼の広げた両腕はそれだけでも十分凶器といえた。


「近づいてくれて、ありがとよっ!!」

「・・・・・・こんなもんか?」


 無警戒に近づいてくるベルトンに、クロエは渾身の力を込めてナイフを見舞う。

 避けるそぶりすら見せなかったベルトンは、それを腹で受けていた。まともに動けなくとも、狙える範囲に急所はいくらかあっただろう、それでもクロエが腹を狙ったのは、他では外れてしまう危険があるほど狙いが不確かだったからだ。

 もはや引きずることしか出来ない足に、この身体は立っていることがやっとの状態だ。そんな状態で放った一撃が果たして致命の効果を齎すだろうか、ナイフはベルトンの腹に突き刺さり、やがて肉を僅かに削って落ちていった。


「ちっ!こんなんじゃあ、もう話にもならねぇなぁ!!おら、どうした!抵抗してみせねぇか!!」

「あ、あぁぁぁ、あぁあっぁぁぁぁぁぁ!!」


 乾いた金属音を立てて落ちていったナイフを、冷めた瞳で見下ろしたベルトンは、そのままクロエの頭を掴んで持ち上げる。ぶちぶちと千切れる黒髪に、クロエは痛みを堪えきれず悲鳴を上げた。

 滅茶苦茶に暴れさせる手や足が、ぶつかったところでベルトンの身体は揺らぎもしない。むしろ怪我した足を振り回したクロエの方が、余計な痛みに足を縮めさせてしまっている。


「おい、こらぁ!!なんかねぇのかぁ、このがきがぁ!!もっと俺を楽しませてみろやぁぁ!!」

「あぁ・・・ぐっ、・・・・・ぐぅっ・・・そ・・・が・・・」

「あぁ!?なんかいったか?」


 クロエの顔面に叩きつけられているベルトンの拳は、それでも明らかに手加減がされていた。彼の肉体にびっしりと張り巡らされている筋肉を見れば、その一撃の威力はクロエの頭など一発で吹き飛ばせると分かるだろう。

 彼は手加減した威力でクロエの顔を殴り続ける、追い詰められることでクロエが何か切り札を見せて、自らを楽しませてくれることを期待して。

 足の痛みを思い出して大人しくなったクロエの抵抗は、殴られ続ける顔面に今やただぶら下げられているだけとなる。それでも彼は瞳だけでベルトンを睨み続けていた、その瞳も今や膨らんだ目蓋に塞がりかけていたが。


「・・・くそ、やろう、が」

「はっ!どうやら死にてぇらしいなぁ!!望みどおりにしてやるよぉぉ!!!」


 クロエの掠れた呟きにベルトンが耳を寄せたのは、そこに事態を打開する可能性を期待したからか。彼がそうして垂れたのは悪態だけで、もはや望むものがそこにはないと見切りをつけたベルトンは、大きく拳を振り上げる。



「おっ!なんだよ、ここからも入れそうじゃねぇか?」

「ちょっと、レスコーさん!勝手に動いちゃ不味いですよ!!」

「あぁ!?いいんだよ俺は!あんな奴らの報告をちんたら待ってられっかよ。おい、アルマン!お前も一緒に来い!!」

「勝手に行ってろよ、ベルナール。ガストン君、俺らは戻ろうぜ。こいつはどうせ言っても聞かねぇよ」 

「ですが・・・」

「おい、てめぇ!前から思ってたが、俺に対する態度が、うぉ!?」



 広間に対して上部に位置する出入り口から、鎧を身に纏った黒髪の男が落ちてくる。

 彼はその視線の先にいた誰かへと手を伸ばそうとして、洞窟へと差し掛かっていた身体を支える腕を片方にしてしまう。ずり落ち、剥き出しの岩盤へと何度もぶつかっては鈍い音を立てる男は、終いには尖がった岩へと頭を強打してしまっていた。


「あぁ?なんだぁ・・・てめぇの知り合いかぁ?」

「・・・・・・」

「ちっ、もうおねんねかよ。まぁいい、どっちにしろざまぁねぇわな!おい、てめぇら!!さっさと、その死体を片付けちまわねぇか!!」

「「へ、へいお頭!!」」


 突然の乱入者に首を傾げたベルトンは、自らがぶら下げたクロエへとその正体を尋ねる。彼の意識はとっくの限界だったようで、悪態を吐いたのを最後に失われてしまっていた。

 彼はその様子に舌打ちをすると、もう用は無いとばかりクロエを放り投げる。周りで事の顛末を見守っていた山賊達へ、突如現れてそのまま死んでいった男の始末するよう指示を下すと、彼は背中を向けて部屋へと戻っていく。


「誰が死体だ、あぁ!!?」

「ひぃ!?」「こいつまだっ!?」「嘘だ、ぐぎぃ!?」


 振るった一振りに、飛び散った四肢が視界を塞ぐ。

 のっそりと起き上がった男、レスコーは周りの近寄ってきた山賊達を弾き飛ばすと、首の具合を確かめるように骨を鳴らしている。

 彼の側頭部には結構な深手と思われる傷が確かにあり、今も血が滴り落ちている。傾ける頭にそれが口まで伝ってきたレスコーは、それをぺろりと舐めると何事もなかったかのように歩き始めた。


「お、お頭!こ、こいつはやばいです!只者じゃない!!」

「よ~く、わかってるよぉ!お前ら下がれぇ!!そいつは俺様が相手をする!!」


 レスコーが起き上がった際に運良く遠くにいたためか、ほとんど無傷の山賊の一人がベルトンへと注意の声を上げる。彼らは一目で実力が違うと感じたレスコーの進行を妨げることが出来ずに、負傷した仲間を引きずっては一定の距離を保っていた。

 レスコーが上げた声に反応して、すでに振り返っていたベルトンは、部下にそれを言われるまでもなく彼の実力の一端を目にしている。

 その目に映ったレスコーは、彼にとってまさに待ちに待った存在だといえた。その目はすでに期待に見開かれ、放っておいた斧を回収に向かう足は小走りに急ぐ、荒ぶる鼻息とミチミチと軋んだ音を立てる筋肉が、彼の興奮を物語っていた。


「なんだよ、そのまま通してくれりゃよかったのに」

「んなわけねぇだろうがぁ!!お前もあのがきを助けに来たのかも知れねぇが、一足遅かったなぁ!!」

「・・・・・・なんで、俺の目的がばれてんだ?喋ってないよな、俺」


 ボロボロになったクロエを指し示して、勝ち誇ってみせるベルトンに、自らの目的が何故ばれたのかと首を傾げるレスコーは、仕方がないといった様相で剣を構える。

 歓喜に拳を打ちつけるベルトンは、一歩二歩と大胆に間合いを詰めていく。思わず息を呑んだのは周りの山賊達だ、レスコーはまだいまいち事態を飲み込めないように、ぼんやりと視線を彷徨わしていた。


「・・・・・・ところで、誰なんだお前?」

「はははっ!俺様の名前はギヨーム・ベルトン!!このギヨーム山賊団のお頭様よ!!お前には、この名前を忘れなくさせてやるぜぇ!!」

「あん?お頭だと・・・なんだよ、大当たりじゃねぇか。お前さぁ、がきの居場所を知らねぇか?こんぐらいの身長なんだけどよぉ?」


 状況をまったく理解できていなかったレスコーは、根本的な質問を投げかける。それをベルトンは挑発だと受け取ったのか、さらにやる気を増大させたように上機嫌に笑い声を張り上げた。

 ベルトンが笑い声と共に告げた事実に、レスコーの関心は別のものへと移っていた。彼は自らの肩の前後ぐらいに手を動かしてみせると、ノエルの所在を尋ねる声を投げかける。


「なにをいっている?それは当に知っているだろうが?」

「あぁ?なにいってんだ、てめぇ?」

「はははっ!!顔を潰しすぎて分からなかったか?そいつはすまないことをしたなぁ!!だが心配するな、お前もすぐにお揃いにしてやるからよぉ!!」


 噛み合わない会話にもベルトンは一人納得して前へと進み出る、その加速はすでに戦闘態勢に入ったものだ。どんどんと縮まる二人の距離は激しい戦闘の予感を高鳴らせる、周りで見守る山賊達は自分達が立ち入れない領域のそれに、期待の足踏みを打ち鳴らしていた。

 そんな状況にも今だ、レスコーは訳のわからない言葉に首を捻ってばかりいた。すでにベルトンの姿は目の前まで迫っている。

 彼はその手にした斧を大きく振りかぶり、一撃で仕留めてみせると力を込める。


「あぁ、もう!てめぇをぼこって聞きゃいいか!!」

「はっはぁ!!まだまだぁ!!!」


 打ちつけた金属音に、迎撃したレスコーの剣は遅い。

 出遅れた分、勢いに押された彼の身体は宙に舞った一瞬に体勢を立て直す。追撃に立て続けに攻撃を放ったベルトンは、打ち返された追撃に軽く肉を削がれる、ベルトンの攻撃を弾いたレスコーは素早く二撃目を放つと、彼の腕を切り裂いてみせた。

 止めの一撃を放とうとしたレスコーの身体は、咄嗟に蹴りつけたベルトンに弾き飛ばされる。高いレベルで伯仲した実力に決着はすぐにはつきそうにない、外れた目算にレスコーは垂れてきた血を舐める、戦いに興奮した身体はそれを苦いとは認識しなかった。

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