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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
49/63

クロエの戦い 1

 暗い洞窟に反響する足音は二つ。

 揺らぐ明かりでは足元も覚束ないだろう、その足音は不規則な間隔で弾いては消える。先導する小さな音がついてくる重たい音を導いているのだろう、どうにか途切れずに続いているその音は、どこか跳ねるように足取りを軽くしているように感じる。

 それは彼らの前方から漏れてくる、松明とは違う光を見れば分かる。洞窟の出口はもうすぐ傍まで迫っている、彼らはそこに向かって一目散に駆け出していた。


「っ!?不味いっ!」

「うわっ!?なんだ!?」


 漏れ出してくる光は少なく、出入りのしにくそうな入り口に、こちらは裏口といえる場所だろうか。忙しなく動く人影が複数、誰かの姿を捜すように辺りをしきりに窺っている。

 ここまでの足取りを助けてくれた騒動も、ここにきては足を引っ張る要因となるかもしれない。奴隷達が捕まっていた場所にほど近いこの裏口は、流石に警備も厳重であった。

 それにいち早く気がついた黒髪の少年、クロエはそのまま飛び出していきそうだったジャンの肩口を掴んで止める。体重の差に一緒に引き出されそうになる身体は、壁の縁を掴んでどうにか引き戻した。

 突然の制止にまだ状況を掴めていないジャンは、引っ張られる力に視線を上へとやっている。二人の体格の差に、ジャンはまだそこに制止しているに過ぎない、それでもここまで進んできた道中に、培われた信頼が混乱のままでも従う下地を作っていた。

 とにもかくにもクロエの隠れる壁の縁まで戻ってきたジャンは、彼に従って洞窟の冷たい壁面へと背中を合わせる。洞窟の各所から染み出している水気が、そこへと滴って背筋を震えさせた。


「見張りがいるのか?せっかくここまで来たってのに・・・どうするんだ?なんならいっそ・・・」

「それは最後の手段にしよう、ジャン。ここはいったん様子を・・・ちっ!?」


 ジャンの視線の先には、あと少しで手が届きそうな外の光が覗いている。その存在が彼に一か八かの賭けにも気を逸らせた、腕を巻くって腕力をアピールする彼に、クロエは冷静さを求めていた。

 それもこちらへと近づいてくる山賊の一味に、意味を成さなくなった。ジャン達が出していた物音は、騒がしい今の洞窟では紛れてしまう程度のものだとしても、山賊達の手前で急に立ち止まったそれは、不自然なものであったのかもしれない。

 近づいてくるその男は、近くの同僚にも声をかけては慎重にこちらへと歩みを進めている。


「ジャンはここに!あいつらはオレが何とかするから!」

「おいっ、クロエ!?」


 彼らが張り付いている壁の近くに存在した扉が、施錠されていなかったのは幸運か。ジャンの身体を引っ掴んでそこへと無理やり押し込んだクロエは、静かにナイフを取り出した。

 逃げ場はないと判断したとしても、ジャンだけをそこに押し込む必要はあったのか、たとえ大した戦力にならずとも協力者の存在は貴重な筈であった。

 それでもクロエがそうしたのは、自らが人を殺める姿を彼に見せたくなかったからかもしれない。すでに二人三人と増えていく敵の姿に、彼も覚悟を決めざるを得なかった。


「なぁ、ほんとになんか聞こえたのか?聞き間違いじゃないのか。ほら、そこいらからも聞こえてくるしよ」

「うるせぇなぁ!黙ってついてこいよ、どうせすることなんかねぇんだから!」

「あ~ぁ、俺もどうせなら逃げた奴らを捕まえる方にいきゃよかったなぁ・・・そうすりゃ、捕まえたついでに楽しめたのによぉ。なぁ、お前もそう思うだろ?」

「俺らぁ別に、楽できりゃそれでいいよ。それよりもお前が聞いた物音って、どうせあれだろ?おか―――」


 適当な会話を交しながら近づいてきたのは、山賊の三人組だった。彼らは開けた空間から通路へと差し掛かる境に、僅かに身を低くする。そこの天井には尖った出っ張りと、それを繋げるクモの巣が張っており、彼らは自然とそれを避けようと動いていた。

 屈めた姿勢とその顎は、小柄なクロエでも狙える位置へと動いている。

 張り付いた壁から飛び出したクロエは、反転した遠心力をそのままに左手を打ち抜いた。巻き込むように叩き込んだその一撃は先頭の男の顎へと命中し、彼を横の壁へと叩きつける。


「なにっ!?」

「なんだ、なにが・・・?」

「っ!?次っ!」


 どうにか二人並んで潜れるほど狭い通路の入り口に、彼らは交互に左右へとずれて並んでいる。

 突然目の前に現れたクロエの姿に驚く二番目の男はともかく、三番目の男は先頭の男が急に壁へと頭をぶつけたようにしか見えなかった。

 叩きつけた拳の反動に、その男とは反対の方向の壁へと背中をぶつけたクロエは、僅かな痛みをこらえて前へと踏み出した。

 驚き戸惑っている男達はまだ戦闘の態勢にも入っていない、踏み出した足は広い空間へと身を乗り出している。クロエはそのままの勢いにまかせて飛び蹴りを放つ、二人の身長差にその蹴りは自然と男の急所へと足を伸ばしていた。


「ぎひぃぃぃ!!?」

「ひっ!?くそっ、てめぇ!!」


 狙ったわけではない急所に、動いている二人がそれをずれさせた。直撃はしなかったであろう一撃にも、掠った衝撃に男は断末魔じみた悲鳴を上げて吹っ飛んでいく。

 交互にずれていた彼らの並びが、吹き飛んだ男に最後の男を巻き込まない。それでもぶつかった腕や肩に崩れた体勢は、クロエが着地する時間ぐらいは稼いでくれる。

 地面へと触れた指先に這わせた視線は、自らの武器へと手を掛ける男の姿を捉えている。今だ使ってもいないナイフはまだ右手に、クロエはそっと息を呑んだ。


「うあああぁぁぁぁ!!」

「くっ!?このっ!」


 叫び声を上げて突っ込むクロエの身体は、元々低かった姿勢よりもさらに低い。彼の狙いは男の踏み込んだ左足だ。

 体重の軽いクロエの身体は、男が蹴りつければ軽く弾き飛ばせるほどだろう。それでも武器を握った男の意識は、それを使った対応を選択する。

 振るった短剣は勢いに、逆立つクロエの黒髪を僅かに裂いた。それを振り切る頃にはもう、クロエは彼の足へと取り付いている。

 顎へとぶつかった膝には頬を寝かせて、掴んだ足を勢いのままに押し出していくクロエの動きに、男はバランスを崩して前のめりに倒れこむ。

 手に持ったままの短剣が、地面を掻いて火花を散らす。

 自らの身体にのしかかるように倒れてきた男に、クロエはスピードを殺さずに半身を抜く。絡みつく互いの足に、自らの意思ではなく地面へと落ちた男は、胸を打った呼吸困難にむせ返った。

 その隙に、クロエは急いで身体を捻るようにして立ち上がっていた。


「はぁ、はぁ・・・オレの、勝ちだ」

「ま、待ってくれ・・・見逃してやる、見逃してやるから!命だけは勘弁してくれぇ!!」


 今だに呼吸の整わない男は、自由になった両足に新鮮な空気を求めて身体を仰向けにする。彼がそうまでしてまともに呼吸が出来たのはどれほどの間だろうか、そのがら空きの腹の上にはすぐにクロエの身体が跨っていた。

 ゆっくりとナイフを構えてみせたクロエに、男はようやく自らの命の危険を悟る。両手を広げて必死に命乞いを始めた男にも、クロエは冷たい視線を隠さなかった。

 先ほど倒した二人も完全に制圧したわけではない。巡らす視線に少なくとも息があることは確認できる二人に、今も騒ぎを聞きつけたように近づいてくる足音が響く、彼には目の前の男をそのままにしておく余裕はなかった。


「そんな話が通ると思うのか?」

「まぁ待て、いや待ってください!あんたアレだろ?奴隷どもを逃がしてまわっている奴だろ?」

「だったら、どうした」

「なら早く逃げたほうがいい!俺なんかに構ってないで、ほら早く!今ならまだ―――」

「あぁ?せっかく気持ちよく眠ってる所に、誰かはいってきたと思ったら・・・てめぇら、こんなガキ共にやられてんのかよ?まったく、だらしねぇなぁ、あぁ!?」


 その声は、クロエが飛び出してきた方から聞こえた。

 大柄な身体は狭い通路に屈んでも、頭をぶつけて小さく喘ぐ。そこに倒れ付している男を邪魔そうに蹴りつけた大柄な男は、広間の有様を見ると威圧するように怒鳴り声を上げた。

 それに一番大きな反応を見せたのは、クロエの下敷きとなっている男だ。彼は大柄の男の声が聞こえた瞬間から小刻みに震えだし、今では冷や汗とも脂汗ともつかない液体をぼたぼたと溢れさせている。

 見知らぬ男の登場に警戒していたクロエも、股下の彼の反応に嫌な予感を感じ始める。それにそいつは何か、気になることを言ってはいなかったか。


「お前は・・・いったいどこから現れた?」

「あぁ、なんだそりゃ?じゃあ、さっきの奴はお前の連れじゃねぇってのかよ?ったく、なんだってんだよ・・・」

「お前!ジャンになにをした!?」

「なんだよ、やっぱりそうなんじゃねぇか!なにをって、てめぇのねぐらに勝手に入ってきたんだ、一発ぶん殴ってやったに決まってんだろ?」

「っ!殺したのか!?」


 咄嗟に押しやった部屋の方に、実は危険が待っていた。自らの失態に動揺したクロエは、ゆっくりと近づいてきている大柄な男に殴りかかろうとする、それを必死になって止めたのは彼に下敷きにされている男だった。

 彼は何も、クロエに対して何らかの思い入れが生じてそうした行動を取ったわけではない。

 ひ弱そうな見た目の少年に伸されてしまっている状況に、彼にとってはクロエは強者でなければならなかった。目の前に男にクロエが挑んでしまえば、その言い訳が通じなくなると悟っていた彼は、結果的にクロエの命を救うことになる。


「んなわけねぇだろうが、適当に小突いて寝かしといただけだ。大体あいつは・・・まぁいい、それよりよぉ・・・ジャメ!!てめぇ、このざまはなんだ!?ふざけてんのかぁ!!」

「お、お頭!そうはみえねぇかもしれねぇが、こいつは中々の腕利きで!俺達も頑張ったんですが、どうも・・・」

「まずは謝罪が先だろうが、このボケがぁ!!」


 クロエに下敷きにされたまま、必死に言い訳を開始したジェメと呼ばれた男に、それ自体が気に食わないと大柄な男は激怒する。彼がその声と共に振り下ろした斧に、クロエは反応も出来ずにいた。

 地面へと突き刺さった斧の重厚な破壊音とは反対に、切り離されたジャメの首は軽く弾んで転がっていく。その斜めに入った刃は首の断面を傾けて、余った刀身に彼の肩口をも切り取っていた。

 まだ鼓動が続いている心臓に、吹き出る血潮の勢いは強い。今や死体となった彼の身体に跨っているクロエの頬にも、その血は張り付いていた。


「それに、ベルトンさんって呼べっつってんだろうが、馬鹿がぁ。お頭ってのは、なんかこう、偉そうでむず痒いんだよ」

「・・・・・・なに、やって・・・ぁあ、うわぁぁぁぁぁ!!?」


 ようやく自分の目の前で起きた出来事を理解したクロエは、悲鳴を上げると今だに血液を盛大に吹き出している死体から慌てて飛びのいた。

 彼はその身体に張り付いた血糊を拭い去ろうと必死に片手を動かすが、すでにべったりと張り付いたそれに汚れた箇所を増やすだけ、いつしか拭う手の平にもべったりと血が張り付いていく。


「おま、お前!自分の部下だろ!?なんで、なんでこんなことを!!?」

「そりゃ、お前・・・あれだ、そうあの・・・あれ、なんでだっけ?まぁ、別にどうでもいいだろ?負けた奴は死ぬ、これが当たり前のルールって奴だ」

「そんな、そんな事のために殺すのか!お前はっ!!」

「そりゃそうだろ?だって山賊だぜ?弱くちゃ駄目でしょ・・・それよりさぁ、お前逃げなくていいの?時間ないよ?」


 激昂して感情的に喚き散らすクロエに、ベルトンと名乗った男は困ったように肩を竦める。彼にとっては当たり前のことを行っただけで、クロエが怒る理由が皆目見当がつかなかった。

 彼は寧ろクロエを気遣い、逃亡を促してさえいた。彼はその大きな作りの手を伸ばすと、光差す出口を示してみせる。

 クロエとは戦う姿勢をみせない彼に、もはやそこまでの障害はないに等しい。この状況にも一向に逃げようとしないクロエに、彼は心底不思議そうに首を傾げていた。


「ジャンを人質に取っておいて、なにをっ・・・!!」

「あぁ、なに?そんなこと気にしてんの?大丈夫だってあいつは。心配せずにさっさと・・・って、あぁ・・・」


 ジャンの身柄が向こうにある以上、クロエもそう容易くは逃げ出すことは出来ない。目の前の男の言葉を信用するなら、彼は先ほど押し込んだベルトンのねぐらにいるのだろう。

 大柄なベルトンの身体は力は強いが動きは鈍いように見える、それならばクロエにもどうにか突破する方法はあるように思えた。先ほど彼が見せた一撃が、クロエにも反応できないほどの早さだったことを考慮に入れなければ。

 隙だらけの状況にもクロエが逃げ出さない理由を聞いたベルトンは、一度驚いたように瞬きをすると、それは心配するなとクロエへ言い聞かせる。

 彼は再びクロエに逃げるよう促そうとしたが、その言葉は途中で濁っていってしまう。彼の視線の先には、広間へと走りこんでくる部下達の姿が見えていた。 

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