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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
44/63

震える指で、握ったナイフは冷たく重い

「山賊共が喧嘩しているか、奴隷が逃げ出しただけかもしれません。ゴセック様自ら足をお運びになられることでは・・・」

「何度も同じ事を言わせるな、ティクシエ。それが分からないから、こうして見に行っているのではないか?それに見ろ、こうして奥に進めば進むほど騒ぎが大きくなっていく。これがただの喧嘩や奴隷の逃亡か?」

「それに騒ぐのが、山賊なのです」

「ふっ、それは違いない」

「ゴセック様、誰かやって来ます。後ろに」


 洞窟を進むゴセック一行は、いつの間にかまたゴセックが先頭になって歩いていた。ティクシエはそれも含めて、この行動自体を諌めようと彼に説得を続けるが、ゴセックは聞く耳を持たないといった様相だった。

 彼の言うとおり通路の奥の方から、騒がしい物音が聞こえてきていた。それに反応してティクシエやお供の二人が、ゴセックを囲むように隊形を入れ替える、それにも一瞬煩わしそうに表情をしたゴセックも、流石にそれには文句を言わなかった。


「おい、お前!奥で何があった?」

「へぇ・・・それがウチの連中が派手な喧嘩をおっぱじめちまいまして、オレらは避難しようかと」

「そ、そうです。貴族様が気にするような事は何も」


 通路の奥からは二人の小柄な男が走ってくる。彼らは粗末な布を無理やり括りつけたようなフードを被っていた。

 こちらへと進んでくる彼らに声を掛けたゴセックは、彼らがやってきた奥の出来事について質問する。彼らはゴセック達が気にするような事はないと応えると、そそくさとゴセック達の脇を抜けようとしていた。


「ふむ・・・言った通りだっただろう、ティクシエ?」

「仰るとおりです。申し訳ありませんでした、ゴセック様」


 通路の脇を身体を小さくして通り過ぎようとしていた二人の前に、立ち塞がったのはゴセックのお供の男だった。

 彼らはそれでもどうにか通り抜けようと試みていたが、その狙いももう一人のお供の男によって防がれてしまう。気づけば後方にもティクシエが回り込んでおり、彼らは逃げ道を失っていた。


「な、なんでございましょうか?」 

「猿芝居はやめたらどうだ?いくら山賊といえど、お前らのような子供を使いはしまい?」

「残念ながらゴセック様、彼らは子供といえど使います・・・性処理道具としてですが」

「そうか、やはり野蛮な連中ということか。それで、どちらが―――」

「くそがっ!!」


 大男に囲まれて身体を縮こまらせていた小柄な男の一人が、ゴセックの指摘についに耐え切れずに実力行使に出てしまう。縮ませた身体をばねに跳ね上がった小柄な男は、周りを囲む大男の一人に掌底を食らわせる。

 跳ね上がった勢いにフードが捲れてぼさぼさの黒髪が覗く、ゴセックのお供の顎を打ち抜いたクロエは着地すると同時に、逃げ出そうと足を踏み出していた。

 正しい判断と素早い動きも、幸運がそれほど続くわけもない。純然たる体重差が勢いの乗らない攻撃を軽減する、その巨体を誇るお供の男はクロエの一撃にもびくともせずに、その相手を拘束していた。

 身体を拘束されてしまえば自慢の身軽さも生かす術はない、むしろ簡単に持ち上げられてしまうその体重の軽さは、お供の男にとって有利に働く。男によって空中に掲げられたクロエはもはや、手足を暴れさせることしか出来なかった。


「ふむ、手癖が悪いな。まさかと思うが、これがそうか?」

「いえ、ゴセック様。こちらの少年がそうでございます」

「そうかそうか。では始めまして、私は―――」

「逃げろノエル!オレの事なら心配するな!!」


 その細い腰を、男の無骨な手で鷲掴みにされて持ち上げられているクロエは、自らの両手で必死にその拘束から逃れようと抵抗している。それは果たして効果が出ているだろうか、少なくとも締め付ける痛みを多少は軽減できているようにみえる。

 クロエの暴れまわる両足は、何度も彼を掴む男の顔面にヒットしている。それでも揺らぐことのない男の様子にパワーの差は如何ともしがたい、クロエが上げた悲痛な叫びはそんな状況に、抜け出すことが不可能だと悟ってしまったからかもしれない。


「クロエ・・・ボクは」


 締め付けられる痛みを隠し切れないクロエの強がりは、誰の目にも明らかだ。彼の願いはせめてノエルだけでも助かって欲しいというものだろう、その願望を向けられたノエルはただ戸惑い、立ち尽くしてしまう。

 仲間といえるほど深くはない関係も、助けられた恩は確かにあった。目の前で痛みに喘ぐその姿は、どうしようもないほどに見捨てることへの罪悪感を募らせる、ノエルは隠した右手を強く握り締めて震えていた。


「うるさいな、そいつはいらんだろう。例の奴とは違うのだろう?」

「えぇ、彼ではありません。どうやら別々の牢屋に入れられたようですね、今回は結果的に助かりましたが」

「では、処分していいぞ」

「・・・う?う、うがぁぁぁ!!」

「やめ、やめろぉぉぉぉぉ!!ぐぅぅぅぅぅ、いがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ゴセックが軽い口調で下した命令に、クロエを掴んだ大男は一度首を捻る。その頭脳には命令を理解するまでにタイムラグがあるのか、僅かな時間沈黙を挟んだ大男は雄たけびを上げると、全力でクロエを締め付け始める。

 筋肉が異常に盛り上がり、一回りほど大きくなったようにみえる大男に、その全力を持って締め付けられるクロエの苦しみは想像に難くない。

 一度は歯を食いしばって堪えようとした悲鳴も、あまりの痛みに堪えきれずに叫び始める。一度決壊してしまえば、そのボリュームは上がっていくばかりだった。

 その姿をノエルはどんな気持ちで見ていたのか。一歩踏み出した彼の右手はもう、震えていなかった。


「ゴセック様!?」

「っ!なんだっ!?」

「放せよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ノエルが隠し持っていたナイフを目にしたティクシエは、ゴセックを庇って動く。ノエルが動いた方向を考えれば危険はなさそうなゴセックを守ったのは、彼の主人に対する忠節ゆえだろう。

 それほど素早くもないノエルの動きも、クロエを締め付けるのに夢中な大男は気がつかない。その状況にノエルを防げるのは、もう一人の大男だけだろうが、彼はティクシエによって弾き飛ばされた主人の方へとその注意を向けていた。

 雄たけびを上げたのは、人を刺すという恐怖から逃れるため。元々たいした距離のない大男との間に、走って乗せられるほどの速度はない。

 はっきりとした身長差が、腰だめで身体ごと突き刺すという方法を不安定にする。タックルで行為を誤魔化すことも出来ないノエルは、近づいてくる大男の身体に腕を伸ばした。

 雄たけびは強くこの喉を湿らせる、彼がそれで打ち消したかった恐怖とは、これのことだった。


「う?うぅぅ・・・?いたい、いたいぃぃぃ!!」

「ぐぅ!?放すときぐらい、優しくやりやがれっ!!」


 大男の腹に突き刺さったナイフは、迷いを捨て切れなかったノエルの力に、半端な深さまでしか刺さってはいない。それでも確かな痛みは、クロエを放させるには十分だった。

 突き刺されたときの衝撃はそれほどでもなかったのか、大男は腹に刺さったナイフを最初は不思議そうに眺めるだけだった。それもじわりと湧き出してくる血液に痛みも奔りはじめて、混乱した大男は掴んだままだったクロエを放り投げていた。

 痛みによって、力の加減どころではなかった男によって放り投げられたクロエは、狭い通路に壁へと叩きつけられ、強い衝撃に僅かな時間ながらそこへと張り付いていた。

 若干ながら傾斜のある壁に、叩きつけられた勢いがなくなったクロエはずるずると滑り落ちる。彼は締め付けられた痛みがまだ残っているのか、腹を押さえてはぐったりと座り込んでいた。


「クロエ!」

「おっと、あなたは行かせませんよ」

「そうだ!それでいいぞ、ティクシエ。お前も、さっさとそれを抜かんか!お前らならその程度では死なんわ!」

「う、うぅ・・・ぬ、抜けない」

「こう、こう?」


 クロエの下へと駆けつけようとしたノエルは、ティクシエによって捕まえられる。その襟首を掴んだ手は、首を締め付けるだけで逃げ出すことも出来そうだったが、引き寄せられた身体にすぐにしっかりと拘束されてしまう。

 クロエとは反対側の壁に弾き飛ばされていたゴセックは、ティクシエの働きに賞賛の声を上げる。彼にとってクロエの存在は始めからどうでもよく、逃げられそうな位置にも関心はなかった。

 目標の確保に彼の意識は不甲斐ない部下へと向かう、彼に叱責されて突き刺さったナイフを抜こうと不器用に指を動かす大男は、うまく掴めないそれにもう一人の大男ともに頭を捻らせていた。


「逃げろ、クロエ!ボクは大丈夫だから!!」

「はぁ?真似してんじゃねぇぞ・・・」


 完全に拘束されたノエルは、もはやほとんど身動きの取れない状況になってしまっている。彼に出来るのはもはや、クロエに逃げることを促すことだけだった。

 今だに腹を押さえたままのクロエは、背中で壁に体重を預けながら何とか立ち上がろうとしているところだった。その額に浮かんでいる脂汗が、彼の苦痛の程度を物語っていた。


「ふむ・・・一応あれも捕まえておけ。ほら、お前達早く行かないか!」

「う、うぅ・・・まだ、抜けない・・・」


 クロエとノエルのやり取りに、彼にも利用価値を見出したゴセックが、クロエを捕まえようと男達をけしかける。まだうまくナイフを抜くことの出来ていなかった大男は、いじった結果傷口を広げてしまったそれを悲しげに見つめると、のそのそと動き出していた。


「クロエ、早く!!」

「・・・ちっ!助けを呼んで戻ってくるから、それまでちゃんと生きてろよ!」

「ボクはいい!ジャンを、ジャンのことを頼む!!」


 まだダメージの残るクロエの足元は覚束ない、大男達はのそのそとした動きで彼に迫るが、その大きな身体に、思った以上にみるみると距離が縮まっていってしまう。

 散々躊躇っていたクロエはノエルの逃亡を促す声に、ようやくじりじりと後ろへと下がり始める。すぐに背中を見せないのは、もう傍にまで迫っている大男達を警戒するためか、その突きつけた指先はノエルの生存を願っていた。


「う、うぅ・・・逃げる?逃げる?逃がさない!」

「おっと!あんたの怖さはもう思い知ったからな、捕まるわけはねぇだろ?こいつは戴いていくぜ!」


 掴みかかってきた大男に、逆に近づいて懐へと潜り込んだクロエは、その腹に突き刺さったままのナイフを引き抜いた。吹き出る血潮はクロエの頬に、痛みに仰け反った大男の腕は、もはや彼の動きを阻害することはない。

 ナイフを引き抜いた勢いのまま後ろに飛びのいたクロエは、彼を捕まえようと距離を詰めてくる、もう一人の大男に対してナイフを突きつける。すぐ近くの同僚が苦しむ姿に大男は恐怖し、たじろいでしまっていた。


「いだい、いだいぃぃぃ!!」

「いた、いた!こっち、こっちじゃない」

「へへっ、勝手にやってろ」


 引き抜かれたナイフは痛みよりも、吹き出る血による混乱を生んでいるのだろう。正気を失った大男はもはや所構わず暴れ始める、それは近くにいた同僚の大男も巻き込んでいた。

 躊躇いながらもクロエを追いかけようとしていたもう一人の大男は、横から襲ってきた暴力に気を取られて、それどころではなくなってしまう。彼らにナイフを突きつけて警戒していたクロエも、その様子に悠々と立ち去っていた。


「おいっ!お前達いい加減に・・・いや、もう勝手にしておれ。そちらはついでに過ぎんからな」

「ゴセック様、どうなさいますか?早速、例のものをお試しになられますか?」

「あぁ、そうだな・・・いや、それはまだよい。それより先にやらなければならんことがあるしな」


 ついにはお互いで乱闘を始めだした大男達に、ゴセックは怒りよりも呆れの感情のほうが大きくなっていた。

 小さくため息を吐いたゴセックは、クロエの捕獲を諦めるとノエルの方へと向き直る。彼はその頭のサイズに対して大きすぎる目をぎょろつかせると、品定めをするようにノエルを観察した。


「お前達がボクを攫ったのか?ジャンは、ジャンはどこにやった!」

「ジャン・・・?先ほどから口に出しておいでだが、誰の事ですかな?」

「彼の友人の事かと」


 視界の隅に暗闇へと消えていくクロエの背中が見える、少なくともここでの窮地を脱した彼の姿に安堵したノエルは、所在の分からない友人についてゴセックに詰問する。

 いきなり自分に食って掛かってきたノエルに、面食らうゴセックは心当たりのない名前に首を捻る。彼に耳打ちをするティクシエもノエルを抱え込んだままでは、その内容は彼にも聞こえてしまっていた。


「あぁ、例の・・・ふむ、彼の処遇はあなたの態度次第だといえば、どうなされますかな?」

「それは、どういう事・・・ですか」


 ゴセックの言葉に、始めは勢いよく食って掛かろうとしたノエルも、次第に語気が落ちていき最後には丁寧な口調へと変わってしまう。彼らから透けてみえる狙いに、自らの安全は保障されても、ジャンのそれは不確かなものであった。

 それを匂わせる事を言われてしまえば、ノエルは従うほかに手段はない。項垂れ大人しくなったノエルにゴセックは思わず舌なめずりをしてしまう、慌ててをそれを隠したゴセックの姿にも、俯いてしまったノエルは気づきもしなかった。


「それはあなた次第ですな。まぁ、ここで話すのもなんですから、場所を移しましょうか。ついてきてくださいますか?」

「・・・はい、わかりました」

「ティクシエ、放してさしあげろ」

「しかし、ゴセック様!・・・いえ、畏まりました」


 ノエルを解放しろとのゴセックの命令に、ティクシエは反論の声を上げる。それは主人を想った抗議であったが、ノエルはもう歯向かわないというゴセックの見立てを否定するものでもあった。

 ゴセックの冷たい瞳に、ティクシエは言葉にせずともその意図を汲み取っている。僅かな沈黙に続けようとした言葉を飲み込んだティクシエは、ゆっくりとノエルを解放してはその衣服の皺を直してみせた。


「お前達もいつまで遊んでいるつもりだ!さっさと仕事に戻らんか!・・・腹の傷は適当に縛っておけばよい」


 終わることのない殴り合いを繰り広げていた大男達は、ゴセックの一喝によってようやく大人しくなる。彼らは自らの衣服を引きちぎって包帯に充てようとしていたが、不器用な指にどうしてもうまくは出来ようがなかった。

 見かねたティクシエがそれを手伝いに走る。彼はしきりにノエルの方を気にしていたが、この逃げ出すチャンスにも、ノエルは俯きただ立ち尽くしているだけだった。


「さぁ、参りましょうか、ノエル・・・いえ、勇者様」


 勿体つけて言い直したゴセックの顔には満面の笑みが張り付いていた。それはノエルに対してへりくだってすらいた表情だったが、ノエルの背中には確かな寒気が奔っていた。

 この選択に今更後悔してももう遅い、応急処置を終えて仕事に戻った大男達は、ノエルの背後をがっちりと固め、ゴセックの隣に歩くティクシエもノエルへの注意を怠りはしない。

 彼にはもはや、ゴセックに従って進むことしか許されていなかった。

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