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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
暗闇の中で
43/63

牢獄にて、出会った二人は

 何かに揺られて運ばれる感覚に、意識はまだ胡乱な深遠を彷徨っている。

 放り投げられ、何かにぶつかった衝撃は意識を浅瀬へと打ち上げたが、まだ眠りを欲しがっている欲望が目蓋重たくする。近く響いた音は何か金属が鳴る音だろうか、乱暴に打ちつけた音と何かを嵌めたような音は、不快ではあったが目覚めを促すほどではない。


「―――――、――――」

「―――、――――――」


 話す言葉は近くに、やがては遠く離れていく。安心に意識は再びまどろみへと落ちていく、今度は深く、もっと深く、もう二度と恐ろしいことなど起こらないほどに深く潜っていく。


「―――、―――!――加減、目ぇ覚ませ!!」

「ジャン!?」


 まどろんでいた意識を一気に覚醒させたのは、鉄格子を思いっきり蹴りつけた不愉快な金属音だった。飛び起きたオレンジ色の髪の少年、ノエルは上体を起こすとともに友人の名を叫ぶ、彼の記憶はその友人が目の前から消えてしまったところで途切れていた。

 急激に起こした身体は深い眠りからの覚醒に、朦朧とした意識を引きずっている。ふらつく視界を支えるには、手を添える必要があった。

 指先が制限する視界は薄暗い洞窟の姿を映す、この目が見ているのは光源から遠い場所だろう。見回してすぐに見つけた鉄格子に、頭の回らない状態でも自分が閉じ込められているのはすぐにわかった。

 ここが天然の洞窟を利用した牢屋だと理解すれば、この後頭部を刺激する痛みを擦ることもできる。このこぶが出来た時の事は記憶に無いが、状況を考えればそれによって意識が絶たれたという事なのだろう、それほど酷くない痛みは、それを作った者の手馴れ具合を窺えさせた。

 自分の状況を一通り確認し終えたノエルはようやく、自らを目覚めさせた存在へと視線を向ける。ノエルが入っている牢屋の正面の牢に入れられている少年は、のんびりと時間をかけて目覚めたノエルに、呆れたような視線を投げかけていた。


「ずいぶん余裕がありそうだなぁ・・・そのまま寝かせといた方がよかったか?」

「・・・君は?いや、それよりもジャンを!ボクと一緒に連れてこられた奴を見なかった!?」


 まだ意識が朦朧としているのか、ぼんやりとした視線を向けてきたノエルに対して、ため息混じりに皮肉を漏らした少年は、急に何かを思い出したように声を荒げ、鉄格子に齧り付いたノエルに驚いていた。

 牢屋の壁に背中を預けて、ノエルの事を見下ろしていた少年は、様子の変わったノエルに体重を両足に預けなおす。ノエルの正面の鉄格子にまで移動した彼は、ノエルと目線の高さを合わせるように姿勢を低くしてみせた。


「なんだよ、元気あんじゃん?でもさぁ、悪いけどそいつは見てないんだよなぁ。ここに入れられてんのは、オレとあんただけだぜ」

「・・・そう、ですか。その、すみません怒鳴ったりして」

「いいっていいって。目が覚めていきなりこんなところじゃ、気も立つだろ」


 ノエルの振る舞いに嬉しそうに笑顔を見せた少年は、片手で掴んだ鉄格子に地面を撫でる。記憶を探るように瞳を横に落とした彼もすぐに、ジャンの姿は見かけなかったと断言した。

 その言葉にがっくりと肩を落としたノエルは、力を失い掴んだ鉄格子をずるずると滑り落ちてゆく、彼の謝罪の言葉に少年は気楽に振舞ってみせていた。


「それよりさ、あんたなんていうんだ?オレはクロエ、クロエ・ベイルっていうんだ。クロエでいいぜ」

「・・・ボクはノエル、ノエル・カントループです」


 自己紹介に、鉄格子越しに伸ばしてきたクロエと名乗った少年の手は、二人を隔てる牢屋の距離に届くはずもない。それでもノエルも戸惑いがちに、そちらへと手を伸ばしていた。

 一度中空で手を握るような動作をすると、すぐに満足したように腕を引っ込めたクロエに、置いていかれたノエルは今だに手を差し伸べている。そんな気まずい状態も、気持ちいい笑顔見せるクロエの表情を見ればそれでよかったと思える、ノエルも戸惑いがちな笑顔をみせては手を握っていた。


「じゃあ、ノエルな!ノエルは何でこんな所に入られちまったんだ?オレか?オレはちょっと仕事でへましちまってな」

「ボクは・・・」

「なんだ?別に言い辛いなら、無理に喋らなくてもいいだぜ?」


 一言で名前を呼び合うことを決めたクロエは、気楽な口調でここにぶち込まれるまでの経緯を話す。洞窟の地面に座り込んで足を伸ばす彼の様子を見れば、退屈しのぎで話題を振っただけなのだろうと感じられた。

 先に話しはじめたクロエも込み入ったことまでは口にしていない、その程度の軽いさわりでいいという合図も、ノエルにはこんな事になる心当たりは一つしかなかった。

 その理由となる聖剣が、近くにはない事はわかっていた。引き抜いたその瞬間から感じ続けていた繋がりを今は感じない、ノエルはあまりの頼りのなさに自らの肩を抱く。

 意識の失ったノエルは、ここまで彼を運んできたのが人間だとはわからない。それを知っていれば少しは晴れたかもしれない恐怖も、今はどうしようもない、それを知るクロエも彼が怯える理由を知らなければ、ただ普通に気遣う以上の事は出来ようもなかった。


「ボクは・・・」

「しっ!誰か来るぞ・・・」


 言いよどむノエルがようやく言葉を搾り出そうとすると、その言葉をクロエがいち早く制止する、彼は尖らせた唇に指を立てて、ノエルに静かにするように促した。

 近寄ってくる足音は二つあった、彼らは松明を手にしているのだろう、通路の先を明かりが照らすのをここからでもかろうじて見えていた。

 洞窟の構造によるものだろうか、彼らの話し声がノエルにはうまく聞き取れなかった。牢屋の限界までそちらに身を寄せて、耳を澄ませているクロエには聞こえているのだろう、内容に這わせた瞳が左右にと忙しなく動いていた。


「・・・な、・・・・・・いよ」

「・・・っち、そういう事かよ。何でオレ達だけこんな奥の牢屋に入れるのかと思ったが、下種めっ!」

「クロエ、どういう事?」


 微かに挨拶のような声を交して、近づいてきた足音の内一つは途中でどこかへと向かっていく。それで安堵できることもなく、もう一つの足音は確実にこちらへと向かってきていた。

 近づく気配に声を潜めて、クロエは彼らに毒づいていた。それは彼が近づいてくる連中の会話をちゃんと理解していたという証左ではあったが、苛立ちを隠そうともしないその態度に、ノエルには不安だけが募っていた。


「ノエル、気をつけろ奴らオレ達を―――」

「―――慰み者にしようとしている?その通りよ、お嬢ちゃん達」


 鋭い視線をノエルへと向け、警告を告げようとしていたクロエは、途中遮ってきた声に身体を強張らせる。松明を持ってやってきた男に強くなった明かりは、俯いた彼の表情により鮮明な影を作っていた。

 ゆっくりとした歩調でノエル達の間に割って入ってきた男は、この場所にふさわしくないほど身なりの整ったこぎれいな男だった。

 彼はどこか猫を思わせる柔らかな動きで歩を進める、その仕草は女性的ですらあったが、ノエルには恐怖しか感じなかった。特に彼のトラウマを刺激する言葉を、彼が口にすればなおさら。


「この子の言うとおり、ここはあなた達のような美少年ちゃんを保管しておく場所ってわけ。それでそんな高級品を味見できるのはぁ・・・あたしのような幹部だけって、わ、け」

「てめぇら山賊なら、女なんていくらでも攫ってこれるだろうがっ!そっちで満足してやがれっ、変態野郎が!!」


 男の持つ松明によってようやく、この牢屋を覆っていた薄暗い影はその姿を消す。そうしてようやく、はっきりと姿を見ることが出来るようになったクロエは、確かに男が言うとおりの美少年だった。

 ぼさぼさの短い黒髪に、みすぼらしい格好と汚れた身体で誤魔化しているが、その女性と見紛うほどの線の細さと、顔の作りの繊細さは隠しようがなかった。

 男に対して鉄格子に噛み付いては猛烈に悪態をかますクロエを、男は微笑ましいものを見るように余裕の立ち姿で受け流していた。

 彼の登場にノエルが少しだけ安堵したのは、彼らが人間の集団であったという事がわかったことだ。しかし横目でこちらを品定めするように眺める男の視線に、彼の欲望を感じればどうしても恐怖で縮こまってしまう。


「そうよぉ、変態だから需要があって高級品なのよねぇ・・・わかるぅ?それでぇ、そういうお偉いさんのために、一発かましといて大人しくさせておく必要があるってわけ」

「はっ!突っ込んでみろよ、噛み千切ってやる!!」

「あら、いいじゃない。元気な子は人気なのよ?これは高く売れそうね・・・あたしとしてはぁ、こっちの子の方が好みだけど」


 鉄格子から精一杯腕を伸ばして、男へと食って掛かろうとするクロエは、その激しい口調とは裏腹に男の様子を観察していた。彼は自らノエル達を味見すると宣言している、それはつまり牢屋の扉を開ける鍵を確実に持っているということだ。

 怒りをアピールする両腕で、中から届く範囲を確認したクロエは、男の腰のベルトに括り付けられた鍵束をしっかりと見つけていた。

 それは男が地面へと蹲っているノエルの顔を、まじまじと見定めるために、そちらへと身体を向けたからだった。クロエの位置からは見えずらい場所に括られていた鍵束は、男の捻った腰つきに金属音すら打ち鳴らして、その存在を主張していた。


「あらぁ~、怯えた表情も中々そそるわねぇ・・・おねえさん興奮してきちゃう。元気な子を無理やり犯して屈服させるのもいいけどぉ・・・こういう子を滅茶苦茶に犯して壊すのも、滾るのよねぇ・・・あら、いやだ。大きくなってきちゃった」

「おい、やるならこっちをやりやがれ!ノエルには、手を出すな!」

「あら、こっちの子がノエルちゃんなの?残念ねぇ、彼には手を出すなって頭から言われてるのよねぇ・・・」


 クロエの挑発は、単純に男をそちらへと近づかせるための口実だ。しかしその口にした事実が、彼の興味からノエルを守ることとなった。

 目に見えて欲望の炎が萎れていく男に、よほど強く言い聞かされていることが窺えた。彼はそれでも諦め切れない欲望の残滓に、二人を隔てる鉄格子に舌を這わす、蹲るノエルに座り込んだ男は立ち上がる動きに、唾液を鉄の棒へと伝わせた。


「・・・頭もとうとう、オトコのコもイケるようになったのかしら?」

「そんなことはどうでもいいだろっ!ほらこっちこいよ、しゃぶってやるから」


 ノエルに手を出してはいけない理由を聞いていないのだろう男は、顎に手をやっては疑問に頭を傾かせている。そんな彼をクロエが急かすのは、いつ他の男が現れるか分からないからだ、事実としてクロエの鋭い聴覚には、遠く響いている足音がいくつも聞こえていた。

 極上の獲物を目の前で取り上げられて、一度は萎えてしまった男を再び昂ぶらせるために、彼を誘惑しようとするクロエは大きく口を開けて、その前で輪を作った手を上下させてみせる。

 男が離れていったことでようやく顔を上げたノエルは、クロエのその仕草を目撃して硬直してしまう。それは不思議なほどに気持ちを昂ぶらせてしまった、自分の身体に驚いたからだった。

 自分へと近づいてくる男に、クロエは念願叶ったと一瞬だけ表情を緩める。その目は男の腰に括りつけられた鍵束へと向いていた。

 その視線も、男に気づかれぬよう一瞬で正面へと向き直る。引き締めた表情にクロエは覚悟を決める、それは我が身を犠牲にノエルを助けようとする覚悟にもみえた。


「そうね、あなたしかいないわけだし。で、も・・・しゃぶるのは、あ、た、し」


 目の前に来た男に跪こうとしたクロエは、それよりも早く股間を握ってきた男に動きを封じられる。一連の動きで鍵束を盗み取ろうと構えていた腕は、想定していない事態に混乱して硬直してしまう。

 鉄格子に噛り付いていたクロエに、その身体は金属に食い込むほどに近い。男はそのまましゃぶってしまおうというのか、クロエの前へと逆に跪いていた。


「あたしはこっちもいけるのよねぇ・・・あら、これは・・・?」

「いつまでも触ってんじゃねぇよ!このおかま野郎!!」

「ぐえっ!!?」


 しゃぶるためにクロエを昂ぶらせようと、股間を揉み続けていた男は、何かに気がついたように頭を捻らせる。その角度は、クロエの振り下ろした腕にとって丁度いいものであった。

 元々鍵束を盗る後か先に気絶させる予定だったのだろう、クロエがこっそりと手に取っていた小ぶりの石は、見事に男のこめかみにクリーンヒットして彼の意識を刈り取っていた。


「気持ち悪いことしやがって・・・おし、取れた。逃げるぞノエル、準備はいいか?」

「う、うん!」


 泡を吹いて倒れた男に、まだ息があるのは単純に運がよかったから。地面へと倒れた姿勢に鍵束が遠くに行ってしまい、クロエはそれを取るのに苦労することになる。

 どうにか鉄格子に身体を食い込ませて、それを取ることに成功したクロエは、慣れているのか多くの鍵から錠前に合う鍵をあっという間に見つけてみせる。その錠前が外れ地面へと落ちるのは、ノエルが返事の声を上げるのと同時だった。


「・・・よし。早く行くぞ、ノエル!流石にちょっと騒ぎすぎた」

「・・・・・・」

「どうした?あぁ、一緒に捕まった友達の事が気になるのか?そうはいってもな・・・ちっ!誰か来やがった、今は逃げることだけ考えるぞ!!いいなっ!」

「わ、わかった!」


 ノエルが入っていた牢屋の鍵が外れるのはすぐの事だったが、気持ちの悪い男に騒ぎすぎたクロエは焦りを隠せない。彼はノエルを急かすように扉を開けては、手を差し伸べる。

 ノエルがその手を取るのを躊躇ったのは、ジャンの事が気がかりだったからだろう。そうこうしているうちに、こちらへと近づいてくる足音はいくつも、もはや猶予はないという雰囲気に、ノエルも諦めてクロエの手を取っていた。

 これ以上奥のないどん詰まりの牢屋に、逃げ出すためには人がやってきている方へと進むしかない。牢屋に入れられ丸腰の二人では戦っても分が悪いだろう、彼らが少しでも生き残る確率を上げるには、ただ走り続けるしかなかった。


「おい!なんだ、お前らは!?くそっ、逃げ出しぐげぇ!?」

「構うな!逃げるぞ、ノエル!」

「うん!」


 牢屋を出て差し掛かった通路の出会い頭に、遭遇した男が何かを言い切る前に掌底でノックアウトしたクロエの一撃は、逃げ出すために走ってきたスピードが生んだラッキーパンチだ。

 自らでも驚く見事な一撃に感心している暇はない、クロエは男が持ってきていた松明だけを拾って再び走り出す。構造も知らない洞窟に明かりがないのは命取りだった、たとえそれが自らの存在を知らせるものになったとしても。

 クロエに注意されたノエルは、気を失った男の身体を探っていた。それも先行するクロエに置いて行かれそうになれば、慌てて駆け出さざるを得ない。

 自分の前を走り、気配を探っては少しでも安全なルートを通ろうとする、クロエの存在は今のノエルにとっては命綱そのものだった。

 彼から離れる事など考えられない、たとえどれほどジャンの事が気になっていようとも。

 人の気配に少しでも明かりを遠ざけようと、松明をノエルに手渡したクロエは慎重に足を運ぶ。ノエルもそれを見よう見まねで真似て進む、洞窟はまだまだ先が長そうだった。

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