握った剣は鈍く輝く
「ずいぶんと可愛い顔した奴を連れてきたなぁ?今度はどこから攫ってきたんだ?」
「・・・詮索は無用だ、そう言われなかったか?」
剥き出しの土に掲げられた松明の数は少ない、その限られた明かりはその空間を照らしきることをせずに、続く通路の存在を覆い隠していた。
光の届かないその先は暗闇が覆っている、天然のものに人の手が入った形跡が見受けられる洞窟は、その規模を把握させようとはしない。少なくとも反響に響くこの声が、外に漏れてしまうほどには狭くないだろう。
主人の事業の相手としてここに何度か訪れたことのある男も、この場所の全体像は分からない。出入りの際にはいつも目隠しをして誘導されていたし、連れて行かれた先も常に同じ場所であったからだ。
勿論、男が強く申し出ればこの中をある程度見て回ることも出来たかもしれないが、誰も好き好んでみたいと思うものではなかった、山賊のアジトなどは。
男は声を掛けてきた山賊の男に目を向ける、野卑な見た目に薄汚い格好は、彼らの生活を思えば仕方のないことだろう。しかしその下卑た表情を隠そうともしないのは、いただけなかった。
取引相手である自分に対応しているということは、そんな男ですらこの山賊達の中ではそこそこの地位にいると考えられる。そう思うと頭が痛くなり、主人に即刻彼らとの取引をやめるように忠言したくもなってしまう。
「へへっ、怖い顔しんなさんな、分かってますって。興味本位って奴だよ、仕方ないだろ?この前の取引がついこの間だってのに、こんな急にもう一度こられちゃ、気になっちまうよ。ましてや、あんたじきじきにだからな」
「そういう事も含めて、十分な金は支払っているはずだが?」
「おぉ!怖い怖い・・・まぁ、いいさ。俺ぁ、やれればそれでいいからな。いつもどおり試食させてもらうぜ、構わないだろ?」
「・・・待て、彼らに手を出すな」
興味本位の詮索をにべもなく拒絶された男は、憂さ晴らしとばかりに奥の通路へと向かおうとする。その先がどうなっているかは知らないが、ベルトを外そうと腰に手にやってかちゃかちゃと音を鳴らしている男の姿を見れば、大体は想像がついた。
追っ手がやってきた場合を考えて、確保した目標を一時的にここに預けていたが、それは彼らに好きにさせるためではない。主人が彼らをどう処遇するかは聞かされていないが、もし慰み者にするとしても、手をつけるのは主人が最初のはずだった。
「あぁ?冗談だろ?処女はともかく、それ以外はやってもいいって決まりだろ。なにもおかしくなるまでやったりしないぜ?寧ろ一発かましといたほうが、大人しくなっていいってもんじゃねぇか」
「いつもは、な・・・今回は別だ、迎えもすぐに来る。それまで私もここで待たせてもらおう」
「なんだぁ、ずいぶん特別扱いじゃねぇか?ますます味見したくなっちまうなぁ、これは」
興味を潰された苛立ちを、発散しようとした行為すら制止させられた男は、怒りも下半身も隠そうとはしなかった。彼が下着の類を身につけていたのは不幸中の幸いだろう、その屹立は布越しにもはっきりと分かるほど怒張していた。
男の怒りは急激に暴力の匂いを醸し出し始める、寧ろその野卑た見た目の男が、即座に手を出してこない事の方が男には意外だった。彼は自らの所作を覆い隠す外套の下で、獲物をすでに手に取っている。
その小ぶりなナイフも狙う場所を選びさえすれば、人を絶命させるには十分な刃渡りを持っている。それを握ったこの手は、一手でそれを成す道筋をイメージし終えていた。
「それならば好きにしろ・・・お前が貫くより先に、私がお前を背中を貫くがな」
「おもしれぇじゃねか・・・どうだい、最近上物が入ったばかりなんだ、あんたも一緒にってのはどうだ?」
「生憎と君とは好みが合いそうにないのでね・・・、心配せずとも意中の相手は見つけていてね、これから力尽くで手に入れるところだよ」
乱雑に置かれた荷物の中から小ぶりな斧を手に取った山賊の男は、じりじりとこちらとの距離をつめてくる。体格だけはいい男に、リーチは向こうの方が上だろう。
相手がこちらをその間合いに捉える前に、一気に距離を縮めて懐に飛び込もうと姿勢を低くする。向こうはまだこちらが丸腰だと思っているだろうか、乗せた体重に足腰に力を込めながらふと、そんなことを考えていた。
詰まり続ける距離はすでに、飛び込める間合いを過ぎた。それでもより確実に仕留められるぎりぎりを狙おうと構えれば、本能的に危険を感じたのか男は、それ以上間合いを詰めようとはしなくなる。
お互いに静止した状態に、次第に焦れ始めて堪えきれなくなったのはどちらだったか。ほぼ重なった足音は二つ、踏み込みに強く洞窟に反響した。
「そこまでにしろっ!まったく・・・気になって様子を見にきてみれば、これだから貴様らは・・・」
「ゴセック様!?いらっしゃっていたのですか!」
「当然だろう、それだけの重要なことだ。しかしティクシエ、お前ほどの者がなにをはしゃいでおる。今がどれだけ大事な時か、分からぬお前ではあるまい?」
「ははっ、申し訳ありません」
洞窟の暗闇の向こうからお供を連れて姿を現したのは、小柄な男ゴセックだった。彼のお供が掲げる松明によって、対峙する二人の姿がくっきりと浮かぶ。
振り下ろされた斧はティクシエと呼ばれた男の肩に阻まれて、その狙った軌道の半分も全うしていない。斧を持ったままの男が固まっているのは、肩にぶつけた腕が痺れているからではないだろう、彼の首元にはしっかりとナイフが突きつけられていた。
ゴセックから掛けられた声に、ティクシエはすぐにナイフをしまって跪いた。彼のその姿にゴセックは満足そうに踏ん反りかえると、斧をようやく振り下ろした男につまらなそうな表情を向ける。
いくら頭の悪そうな男でも、流石に逆らってはいけない立場の者の存在は理解できるのだろう。ぎこちのない動きで彼は、ティクシエの姿を真似て地面へと跪いていた。
「こ、これはゴセック様!自らおいでになるとは、どのような―――」
「こいつはいらん、処理しておけ」
「は?」
跪いた姿勢で窺うようにゴセックへ言葉をまくし立ていた男は、彼の短い返答に理解できないといったふうな小さな呟きをもらす。彼のその疑問に固まった顔も長くは持たないだろう、ゴセックの指示に即座に従ったお供達が、すぐにその両脇を抱え始めている。
彼らが男をゴセックから引き離しているのは、その返り血で彼を汚さないためだろう。自らの未来をようやく悟った男が口を悲鳴の形に変えてもすでに遅い、その口はティクシエによって塞がれてしまっていた。
「――――!―――――!?」
「私の部下に手を出すとは、私に楯突いたも同じ事よ、不愉快な。・・・汚すなよ」
「はっ、畏まりました」
先ほどは深く刺すことはなかったナイフを、今度は迷わず突き刺したティクシエは、眼窩から差し入れたナイフで男の脳幹を破壊する。彼の手首が半回転する頃には、男の命は絶たれてしまうだろう。
差し入れられた痛みか、それともただの反射だろうか、激しく手足を暴れさせる男は、掴まれた両脇にその動きすら制限されてしまう。
彼の生命としての証は、そうして短い時間を終えた。後に残るのは眼窩から漏れ出す一筋の血液だけ、それすら横たえられ閉じられた目蓋に、流れ出るのを封じられてしまう。
「よろしかったのでしょうか?」
「なんだ、こいつの事か?構わん、ベルトンには私から言っておく。それよりもだ、例の者はどこにいる?いやそれよりも、あれは?あれはどこにある?」
「彼の者ならばこの奥に。そしてゴセック様がお望みのものは、こちらに」
勇者が連れて行かれた場所の詳細は分からないが、今は亡き男の行動に奥の通路の先にいることは分かっている。しかしゴセックが言葉を濁して欲しがっているのはそちらではないだろう。
乱雑に物が置かれた空間に、ひとつ妙に綺麗な状態の箱がある。それを持ち上げてゴセックの目の前まで運んだティクシエは、ゆっくりとその箱を開け放った。
「おぉ・・・!これが、聖剣トゥールヴィル。岩の台座に突き刺さった姿は何度も目にしたが・・・こうして全身を見ると、なんと美しいことよ」
「お手に取られてみては?」
「おぉ、おぉ!そうだな!・・・こ、これが1000年前に人類を救った英雄トュールヴィルだけが持つことの許された聖剣。ははっ、まるで神にでもなった気分じゃないか!!」
開けられた箱から光が迸ったように感じたのは錯覚だろう、それでもゴセックの目にはその剣が強烈な光を放っているように見えていた。
それは人類の至宝をこの手にしたという事実が見せる輝きだ。誰憚ることなくしてもいいことを、ティクシエに促されてようやく気がつくほど興奮していたゴセックは、恐る恐る手に取った聖剣に昂ぶりを最高潮へと押し上げていた。
「お試しになられてはどうでしょうか?」
「ん?そ、そうだな、しかし・・・」
「こちらに丁度よいものがあります」
聖剣を振り上げては、様々な角度で眺めてうっとりと瞳を窄ませているゴセックに、ティクシエは囁くようにして語り掛ける。その言葉は彼に試し切りを勧めていた。
魅力的な提案にも、ここには身内と呼べる者しかおらず躊躇するゴセックに、ティクシエは後ろを指し示して見せた。そこには早くも体温を失い、冷たくなりつつあった男の姿があった。
「おぉ!確かにそうだな、忘れておったわ。さて・・・むぅ、これは?」
「どうやら勇者の手から離れると、なまくらになるようです」
「なにっ!?それは本当か?ふむ・・・確かなようだな、流石は聖剣というべきか。持ち主を選ぶというのは、伝説というだけではないらしい」
不愉快だったからという理由だけで処分した男の事を、ゴセックは本当に頭の片隅からも消し去っていたのだろう。ティクシエに言われてようやく思い出したと、そちらへと向かっていく。
ゴセックは最初こそ緊張した面持ちで、横たわる男の投げ出された足へと聖剣を突き刺していたが、やがては何度も何度も繰り返し聖剣を振り下ろしていた。
何度繰り返しても思い描いた結果にならない現実に、ゴセックは僅かに息を上げただけ。すでにその事象を目撃していたティクシエは、自らの主人にもそれを身を持って経験して欲しかったようだ。
聖剣のある種の力を思い知ったゴセックは、それをティクシエへと預ける。彼は聖剣を恭しく受け取ると、元々収められていた箱へと丁寧にしまっていた。
「しかし・・・そうなると、聖剣だけで運用するのは難しいか」
「そうなるかと。勿論、やりようはあると思いますが・・・」
「そんな事に頭を悩ませるより、本人に会ったほうが早かろう・・・この奥にいるのだな。年若い少年だというのは、本当か?」
「はい。14、5といったところでしょうか。友人と思われる少年も捕らえております」
「そうか。では、色々とやりようはあるな」
奥に向かおうとするゴセックに、自然とお供の者とティクシエは付き従う。ティクシエだけは彼のほぼ真横へと陣取っていたが、それはいざというときに身を挺して彼を守るためだろう。
お供の大男二人は、片方は聖剣が収められた箱を背中へと担ぎ、もう一人は死んだ男を担いでいる。
箱を背中に括り付けるのに苦労した大男は、ようやくそれに成功すると、死体の置き場に困っているもう一人へと視線を向ける。彼は乱雑に荷物が置かれた場所を示し、もう一人の大男もそこへと死体を投げ捨てた。
ゴセックは自らが思い描いていた計画の、一部変更を強いられ頭を悩ませていた。彼からすれば勇者など殺してしまい、自分にとって都合のよい人物に挿げ替えることも考えていたが、どうやらそれは難しそうだった。
お供の掲げる松明に照らされれば、思ったよりもこの洞窟は広いことが感じられる。僅かな驚きを感じたゴセックは同時に納得もしていた、そうでなければあのような事業は行えないだろうと。
中々入り組んだ作りの洞窟に、不案内の一行は迷ってしまう危険があった。しかしゴセックは特にそれを恐れてはいなかった、脅威ならば隣のティクシエが打ち払えばよいし、道ならば途中であればあった誰かに聞けばよいと、その時までゴセックは思っていた。
洞窟の奥の方から物音が響く、それは何か争うような音だった。
「なんだっ!?くそっ、奥からだとっ!?」
「危険ですゴセック様!後ろに!!」
「そんな場合ではないわ!私の計画が、勇者が逃げ出したかもしれないのだぞ!!ええい、急ぐぞ!!」
物音に危険を察知して、ゴセックの前に立ち塞がろうとしたティクシエは、彼の小柄な体躯に捕まえきれずに抜け出されてしまう。
不確かな状況にティクシエの判断は妥当なものであったが、千載一遇のチャンスに欲望を滾らせているゴセックに通じる道理ではない。自らの主人が先頭を切って走っていれば、それを放っておくわけなどにはいかない、ティクシエとお供の男達も慌てて彼の後を追って駆け出していた。