表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
逃亡
35/63

逃亡の果てに

「はぁっ、はぁ、はぁ・・・なんとか、撒けたか?」

「・・・うん、もう大丈夫みたい。平気、ジャン?」

「はは、よゆーよゆー・・・でも、ちょっと歩こうぜ。もう大丈夫そうなんだろ?」


 走り通しで息も絶え絶えなジャンが、膝に手をついて息を整える。聖剣を抱えたノエルは平気そうな様子で後ろへと振り返っては、追っ手の存在を確認していた。

 周りには先ほどまでと打って変わってほとんど人気がなかった。時々すれ違う人達もどこか当てが外れたという顔で空を見上げるか俯くかで、ノエル達の存在に気を払うものはほとんど見当たらない。

 それもそうだろう、村からも教団の施設からも遠いここは、本来避難民もあまり寄り付かない場所だった。それが今ちらほらと人影を見かけるのは、ここから馬車が出るという話を彼らも聞きつけたからだろう。

 ここから出る馬車ならば、近隣の比較的大きな街であるモルトリーへと向かうものであろうが、そこへの道中には深い森を超える必要がある。魔物を理由にこの道が使われる予定が変更になったのも、無理からぬ話だった。


「なんかお前の方は平気そうだな、ノエル?そんな体力あったっけ?」

「うん、なんかこれ握ってると力が湧いてくるんだ」

「流石は勇者様、だな。いざとなったら期待してるぜ?さて、もうひと踏ん張り、頑張りますかね」


 鞘を拾う暇もなかった状況に、ノエルは剥き身の聖剣を抱えて走っていた。剣を扱うことに慣れてもいない彼がここまで怪我をせずにすんだのは、何も奇跡や偶然によるものではない。

 慌てるままに聖剣を抱えて逃げ出した幾ばくかに、それが自らの肌を傷つけることはないと気づくことは出来た。それからは寧ろ周りは傷つけぬように、しっかりと胸に抱きかかえて走るようになっていた。

 勇者らしい力の証明を見せたノエルに、冗談めかして肩をぶつけたジャンは、多少は整った呼吸に膝を叩く。モルトリーに向かう便はなくなったという話だが、馬車があるとすればそこへの道の停留所となっている広場だろう、そこが見えてくるまでもうひとっ走りという場所まで、彼らはやってきていた。

 もはや迷う余地のない距離にジャンが先導する必要はないように思われた、それでも彼が前へと進み出るのはかねてよりの習慣というばかりではない。

 聖剣の力によって強化されたノエルの身体能力はすでに人間の粋にない、ジャンという基準がいなければ今のノエルでは適当な速度に抑えることも難しく、ジャンを一瞬で置き去りにしてしまうだろう。

 それで傷ついてしまうのはどちらの方か、ジャンの行動は無意識でそんな事態を防ごうと振舞っていた。


「おっ、見えてきたな・・・おいっ、ノエルあれっ!!」

「やった、やったねジャン!!」


 ゆっくりと流れていく景色に、森へと一切れ切れ目が入る。それがモルトリーへと向かう道だろう、一歩二歩と進んでいく過程で広がっていく空間は、停留所の姿を二人に徐々に明らかにしていた。

 森を切り開いた狭い道の始端に長方形の空間がくっついている、そこには二頭立てで幌付きの立派といってもいい馬車が鎮座していた。しかも二人にとっては都合のいいことに、御者や警護の者が傍におらず、ただのんびりと馬達がその辺に生い茂っている草を食んでいるばかりであった。

 その馬車を指差したジャンは喜びに大声を上げる、顔を見合わせたノエルは自然と腕を掲げ、ジャンもそれに応えて全力でそいつを叩いていた。

 響いた軽い音も、軽くなった二人の足取りほどではない。喜びのあまり有無を言わさず駆け出したジャンに、ノエルもついつい抑えるのを忘れて追い抜いて、終いにはぶっちぎってしまう。

 常識外れのノエルの速度に驚いた馬の嘶きが二つほど、彼らを宥め終える頃にはジャンもどうにか辿り着いていた。馬車はやはりモルトリーへと向かうつもりだったのか、ある程度食料や生活必需品のような荷が積み込まれていた。

 それを下ろそうとした形跡も見られたが、それらはどうやら途中で放り出されてしまったようだった。


「はぁっ、はぁ、はぁ・・・・・・ど、どうだ、ノエル?行けそうか?」

「うん、良さそうだよジャン。ほら見てよ、あの箱なんか食料じゃない?」


 ノエルに置いて行かれたジャンは、差を埋めるために全力の疾走を強いられていた。目標の発見に喜ぶ気持ちも彼の体重までを軽くは出来ない、整えたはずの息を再び切らしているジャンは、ふらつく足をどうにか支えては先に辿り着いたノエルに様子を尋ねる。

 ノエルは嬉しそうに足を伸ばしては、御者席から覗く荷物を調べていた。彼の身長ではどうやったところで、箱を空けて中身を確認することは出来ないだろう。

 鼻を鳴らしては中身を嗅ぎ分けようとする試みも、停められて放置された馬達が好きなように垂れ流した糞の塊が、その嗅覚を効かなくさせてしまっている。


「はぁ~・・・とにかくいっぺん休みたいわ。俺は後ろに乗っから、御者は頼むな」

「ま、任せてよ!」


 草臥れた雰囲気で馬車の後ろへと回っていくジャンに、ノエルは胸を叩いて頼もしさをアピールしてみせる。軽く跳ねて御者席へと飛び乗る身のこなしと違い、その言葉は自信に溢れたものではなかった。

 ジャンの実家は自前の馬車を持つ豪農ということもあり、そこに世話になっているノエルも馬車の扱いを教えてもらったことはあった。彼の人柄を買っていたジャンの両親は、ゆくゆくはそういった仕事を彼に任せたかったのかもしれない。

 そういったこともあり馬車の扱いにはそこそこの自信はあったが、初めて扱う馬車と馬達に通ったこともない道となれば、少ない経験では頼りないのは事実であった。


「うわっ!?なんだ、あんたら!?っが・・・!」

「ジャン!?」


 馬車の後ろへと回っていたジャンの方から、悲鳴と何かをぶつけるような物音が響く。ノエルは慌てて振り返るが見えるのは馬車の内側とその先の景色の一部だけ、ジャンの姿はどこにも見当たらなかった。

 一瞬逡巡してしまったのは馬車の内部を調べるべきか、馬車を降りて後ろへと回るべきなのか迷ってしまったからだ。荷物が詰まれた馬車に御者席からは見えない部分もあった、そこにいるのかもという思いが、ノエルの身体を硬直させていた。

 がんっ、と響いた音がその一瞬が命取りだったと教えてくれる。ノエルの視界は急激に暗闇へと落ちていく、それは物理的にも精神的にも同じだった。


「っあ、ジャ・・・ン・・・・」


 御者台から落ちていきそうだったノエルの身体は、途中誰かの手によって支えられる。意識を失いぐったりとしたその身体は、すぐに馬車の内側へと引き込まれていた。

 それは誰かに目撃されるのを恐れるような振る舞いで、事実ノエルに代わって御者台に上った男の顔がフードで隠されていれば、その思惑は隠しようのないものだった。


「おい、殺してはいないだろうな?」

「大丈夫だろう?そっちの兄ちゃんならともかく、こっちは勇者様だぜ?」


 馬車の中から問われた言葉に、御者台に座った男は軽い口調で答える。その言葉を言い終えるや否や、馬車から伸びた手がその男の首筋を掴んでいた。

 後ろから男の首を鷲掴みにするその手は大きなものであったが、男の首全体を覆うものではなかった。それでもそのみしみしと響く鈍い音に、男の生命が脅かされているのは伝わってくる。


「その名前は二度と口にするな。わかったな?」

「わ、わかった」

「ならいい。さっさと馬車を出せ、これ以上ここに留まる意味などない」

「あ、あの方達は待たないので?」


 締め付けられた首元を痛そうに擦る御者台の男は、恐る恐る振り返りながら馬車の中へと問いかける。その痛そうな素振りを考えればその言葉はなかなか勇気のいった発言だったろう、それだけ重要なことであるのは彼の態度からも窺えた。

 しかしその言葉に、馬車の中の男は鼻で笑う。


「あれらが、私達と何の関係がある?」

「し、しかし」

「あれらは私達とは関係ない。仕える方を間違えるなよ?いいからとっとと出せ」

「へ、へい!」


 冷たい口調で言い切った馬車の中の男は、すでに有無を言わせる雰囲気ではなかった。御者台の男はすぐに馬車を走らせ始める、道と逆側を向いていた馬車は、ゆっくりとした速度へとそちらへと回っていく。

 旋回していく馬車にがたがたと揺れる車内は、積み込まれた聖剣を中で滑らせる。刃が剥きだしのそれが足元へと触れた男は肩を跳ねさせる。

 湧き上がる冷や汗は服に滲まない、勇者の手を離れたそれはなまくらとなって足を撫でただけだった。安堵に息を吐いた男はそれを適当な布で包む、試しに聖剣を勇者の手に握らせてみても、意識を失った彼にそれが力を取り戻すことはなかった。

 旋回を終えモルトリーへの道を走り去っていく馬車の中は無言で、ノエルとジャンの静かな寝息だけが響いていた。その姿を目撃した者は少なく、その僅かな者も乗り遅れたことを悔しがるだけで不審に思うことはなかった。

 少なくとも、今のところは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ