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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
逃亡
30/63

プライベート・タイム

「ジャン・・・ボク、ここにいたくない」

「あぁ?うわっ!ととっ・・・急に話しかけるなよ、ノエル」


 連れたって小便をしていたノエルは、周りを窺うとジャンの耳に口を寄せる。気持ちよく鼻歌を歌いながら尿意を放出していたジャンは、突然のノエルの行為に身体ごと反応してしまい、盛られた土壁へと描いていた放物線を乱してしまう。

 意識せずに動いた身体にその放出口はランダムな変化を描く、自らの足へとそれを引っ掛けそうになったジャンは慌てて手の制御に力込め、どうにか安定した軌道にほっと一息を吐いていた。

 避難所となった神殿の裏手は、元々想定していた収容人数を当にオーバーしていた。そのため各所には臨時に必要な施設が敷設されており、この食堂の近くに立てられた便所もその一つだった。

 大便をするための場所は流石に個室として遮られていたが、小便をするためのスペースはただの盛られた土壁に溝が掘られただけのものであった。勇者が用に足すということもあり、その建物には他に人の姿は見られなかった。


「で、なんだよ?何でそんなこと言うんだ?良くしてもらってるし、別にもうちょっとぐらいいてもよくないか?」

「それは、そうだけど・・・でも、とにかくここに居たくないんだ!」


 見ればノエルの小便の出は明らかに悪かった、それは彼がジャンと二人で話すためにそれに誘ったことを意味していたが、その怯えるように周りに窺う彼の態度も影響があるだろう。ジャンは友人のその萎縮具合を斜めに見ると、放出しきって満足した自分のものをしまう、彼には何故ノエルがそれほどまでに怯えているのか見当もつかなかった。


「あぁ~、お前あれだろ、他の皆が質素な飯を食ってんのに、自分だけ豪華な飯を食うのが嫌なんだろ?確かにあれはちょっと気まずいよな、今度からは部屋に運んでもらおうぜ」

「違う、違うんだジャン・・・僕は」


 気楽な事を話してはノエルの気を晴らそうとするジャンからは、まだここでの生活に未練があることが窺える、彼のその態度にノエルは思わず表情を歪めていた。ノエルは何か言葉を飲み込むように逡巡している、ジャンはそんな友人の仕草を緩んだ表情の奥から見詰めていた、その視線は言葉とは裏腹に真摯なものだった。

 ドンドンドンと扉を叩く音が響く、この建物の入り口の方からだ。


「勇者様!申し訳ありません、表の方で何か騒ぎがあったようです!応援に人員を向かわせようと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、全然大丈夫です!どんどん行っちゃってください!お前もそれでいいよなノエル!・・・いいようなんで、それでお願いします!」

「ありがとうごさいます!」


 建物の外から大声で話しかけてきた兵士にジャンが返答を返す、途中に言葉を振られたノエルは返事を迷わせていたが、ジャンは指を立てる仕草でその迷いを奪っていた。

 ジャンによって了承の得られた兵士達は、その纏った鎧を鳴らしながら建物から離れていく。彼らの足音に耳を澄ませるジャンとノエルは、その音をより確かに聞き取るために姿勢を低くする、やがて鳴り止んだその音に二人は建物に入る前に見た人数と、指折り数得ては比べていた。


「・・・で、ノエル。本気なんだな?」

「・・・うん」


 ノエルとジャンが互いに折った指の数は一つずつ違っていた、見合わせる二人にもジャンの方が早々に折れてノエルの意見を採用する。ずいぶんと減った数にもまだまだ多い兵士にジャンは、ノエルの覚悟を確かめるようにその瞳を覗き込んだ、その目は今だ怯えの色を隠せてはいなかったが、静かな決意を秘めたものだった。


「はぁ~・・・ったく、まだまだ周りには魔物もいるって話だぜ?いざって時は頼むからな、勇者様!」

「っん、んんっ!・・・が、頑張るよ!」


 ノエルの決断に諦めたように肩を落としたジャンは深く息を吐く、俯いた顔からは表情は窺えなかったが、再び顔を上げた彼の唇には皮肉げな表情が浮かんでいた。彼は言葉の最後にノエルの背中を強く叩いていた、その衝撃に軽く咳き込んだノエルは、ジャンの期待に精一杯の力強さで応えて見せる。

 ちょうど周りの目から隠された密室に、彼らは脱出の計画をここから始めようと頭を捻らせる。便所の窓は個室が集まる区画の奥にあった、そこはこの建物で入り口とは反対方向で、減った兵士にそこまで手は回っていないように感じられた。

 空気の入れ替えのために作られたであろう窓は、中の光景を覗けないように高い位置に設けられていた。その前の狭い通路でそれを見上げる二人は、どちらが先にそれを通り抜けるかを、互いの手振りで主張しあっている。


「ねぇ~、ちょっと二人とも長くないー?あ、もしかしてあれかな?溜まってたのかな?なんだよー、言ってくれたらお姉さんが抜いたげたのにー」

「・・・いやー、姐さんには今度お願いします。こいつ初めてなんで、優しくしてやってください」

「あはは、それは楽しみ」


 外から聞こえてきたダフネの声に肩を跳ねさせた二人は、お互いに顔を見合わせてどちらが返答するかと頭を振る。僅かな沈黙が不自然になる前に、ジャンがそちらへと歩み寄って返事を返す、その内容に恥ずかしそうにノエルは顔を赤らめていた。

 適当な会話を済ませたダフネは体重を壁に預ける、仮設の建物に不確かな木材がそれに軋んで音を立てた。彼女との会話に出入り口の方へと動いていたジャンは、十分な助走が取れたことをノエルに伝えていた。

 頷きは二度、走り出したジャンにノエルはぐっと腹に力を込めた。

 明確な体重差は息のあった連携でカバーしろ。持ち上げた両手は低く、ジャンの両膝は壁を強かに叩いたが、窓の縁へと手を掛けたジャンはその勢いのまま身体をそこに捻じ込んだ。

 狭い窓枠に腹を食い込ませたジャンは、そのまま足をバタバタと暴れさせている。


「すごい音がしたけど、なんかあったのー?」

「い、いえ!その・・・ちょっと、ひっかけちゃって!」

「あー・・・ちゃんと、後で綺麗にしなねー」


 無理やり身体を捻じ込んだジャンは行くも戻りもできない状況に、段々と呼吸を失っていき元気がなくなっていく。その限界加減は彼の顔の変色具合から窺うことができたが、窓の向こう側にあるそれにノエルには窺い知ることも出来ない。ただよくない状況であることは一目で分かる事態に、焦るノエルはただひたすらに視線を揺り動かしていた。

 助けを求めようと出入り口に方へと向かい始めていた考えを、ノエルは自ら頭を振って振り払う、覚悟を決めたノエルは聖剣をその手にしていた。流れ込んでくる膨大な力に、明確に強まっていく感覚は、便所の中という空間に異臭を鋭敏に感じさせて吐き気を催させる。

 しかしそれも一瞬だ、走り始めた一歩に壁はすでに目の前にある。ぐったりとし始めていたジャンの下半身は、最後の抵抗とばかりに足をばたつかせた。

 斜めに振り下ろした聖剣に、踏み込んだ身体は深く沈む、ジャンの爪先はその頭を掠めて上ずった。瞬きの間に放った斬撃は二度か三度か、身体の形に切り取られ脆くなった壁は、ジャンの体重に耐え切れずに崩れて落ちる。彼の下敷きとなったノエルも強化された身体に、逆にジャンの方がその背中を滑り落ちていた。


「うへっ!?はっ、はぁ・・・た、助かったぜ、ノエル」

「大丈夫、ジャン?」

「あぁ、平気だ・・・しかし、出来るんなら最初からそうしてくれよ」

「ご、ごめん」


 満足な呼吸の再開に咳き込んだジャンは、差し出された手にノエルによって助け起こされる。苦しさに恨み言を漏らす彼にノエルはただ平謝りを繰り返すが、呼吸が落ち着く頃にはお互い平静へと戻っていた。

 彼らの目の前には開けた空間が広がっていた。その空間に便所の壁を無理やり破壊して飛び出してきた二人へと、注目している人がほとんどいないのは、先ほど兵士が言っていた騒動が関係しているのだろうか。

 それでも人影の姿はちらほらと見えている、彼らは一様に二人の後方へと注意を向けていたが、いずれ二人のことにも気づくだろう、ジャンとノエルはそそくさと移動を開始する。


「ノエル、お前それ隠しとけ」

「そ、そうだね」

「そうだな・・・お前は俺のじ、じ・・・なんだ、まぁ、お付の人な。そうしときゃ、ちっとは動きやすくなるだろ。俺だけなら勝手に行動しても、あんまり怒られないからな」

「わかった」


 ジャンの指摘に慌てて聖剣を服の下へと潜り込ませるノエルは、鞘に括り付けられたベルトを解くのに苦労する。結局ジャンにも手伝ってもらって、どうにか解いたそれを服の下に隠すと、大事そうに両手に抱え込んでいた。

 ジャンが口にしようとしていた言葉は侍従だろうか、学のない二人にその言葉は見つかることはない。なんとなくのイメージでジャンに対して姿勢を低くして俯いたノエルに、ジャンは満足行ったように頷いた。


「どうにか馬車の所まで行けるといいんだが・・・知ってたか?ここ何日かで避難した人を別の場所に送る馬車が出始めたんだと、どうにかそれに紛れ込めねぇかな?」

「出来るの、そんなこと?」

「わかんね。でもやらないよりましだろ?最悪森を突っ切るか・・・あれ?」


 破壊した壁伝いに建物を静かに移動していた二人は、その曲がり角に差し掛かかると、恐る恐る顔を覗かせる。少なくなったとはいえ待機していた人員が、その先には見当たらなかった。


「なんだ・・・?やけに人が少ないな?」

「行けそう、ジャン?」

「わからん・・・でも、これなら・・・慎重に行くぞ、ノエル」

「うん」


 念のためにともう一度その先を確認したジャンは、ノエルへと振り返ると合図を送る。次の建物までの短くはない隙間を駆ける二人は、その緊張とは裏腹に誰に咎められることなく目標へと辿り着いていた。

 ほっと吐いた一息も、彼らが目指す場所はまだまだ遠い、見合わせた顔に一度頷くと彼らは再び足早に歩き始める。彼らの後方から騒ぎの音が僅かに響き、その音は彼らの耳にも届いていたが、それはもはや彼らとは関係のないものであった。

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