青い春の肖像
「だからさぁ、もうちょっとまけてくんないかっていってんの、わかる?これひとつで100リノってさぁ・・・ボリすぎじゃないのオジさん?こっちが田舎から出てきたからって足元見すぎでしょ、なぁ!ノエル、お前もそう思うだろ!?」
小太りな男が露天で料理を売っている男に食って掛かっている。その剣幕と激しく上下に動かす頭の所為で、そのふさふさの栗色の巻き毛が四方八方に舞っていた。
早口でまくし立てているためか語気を強めるたびに唾が飛んでおり、露天の主はあからさまに嫌そうに商品をその両手で隠していた。
祭りで訪れる客を狙ったであろうその露天は、しっかりと竈をこしらえており、薄手で大柄のフライパンと大鍋の中間のような調理器具がよく熱せられ、先ほどから栗毛の男の唾や汗が垂れるたびにジュウジュウと音を立てている。
ノエルと呼ばれた少年は彼らのやり取りに関心を示さず、店主が庇った料理から目を離さないでいた。相当お腹が空いているのだろう、その緩んだ口元からは涎が今にも零れそうになるほど溜まっている。
「おい、ノエル!聞いてるのか!?」
「えっ!?いや、き、聞いてたよ、もちろん。でもさジャン、ボクは別にその値段でも・・・」
「馬鹿野郎!ノエル、てめえそんな気概でどうする!田舎者だからって遠慮するこたぁないんだぜ・・・大体お前よぉ、見てりゃもうちょいで値切れそうなのは分かんだろ?お前が調子合わせてくれさえすりゃ、90リラ、いや85リラでいけたもんなのによぉ」
友人の反応に不満を見せては怒鳴り声を上げたジャンと呼ばれた少年は、会話の途中に急に声を潜めると、ノエルに肩をぶつけるようにして店主から背を向けて話し始める。
体格の差に押し出されたノエルは、そのオレンジの髪で表情を隠す。ジャンに肩を掴まれて顔を寄せられても、料理にまだ未練があるのか恨めしそうに横目を向けている。
「いいかノエル、俺がこう合図したら・・・おい!おっさん、割り込んでんじゃないよ、まだ俺ら番だから!おい、店主のおっさんも何勝手に渡してんだよ、俺らの番だろ!なぁ!?」
「あんたらさぁ・・・さっきから長いんだよね・・・ほら、後ろを見てみな。客なんていくらでもいる、あんたらにこだわる理由ないのこっちには、わかる?買わないんだったらとっとと・・・あ、100リノです、あ、こっちの?そっちは120リノですね、いやいや割高な分、具はたっぷりですよ、お嬢さん」
顔を寄せた狭さに手の平を割り込ませて、なにやら複雑なポーズを取ろうとしていたジャンは、他の客に割り込まれるのを見ると途端に怒鳴り声を上げる。
店主はそんなジャンに呆れ顔を見せるばかりで、促すように彼らの後方を指してみせる、そこにはどこまで続くか分からないほどの人の列が伸びていた。
それらは今まさに開催されている試しの祭儀の参列客であろう。一年に一度だけ数日にわたって行われるこの祭儀は、聖剣に選ばれる若者を見つけるためのものであった。
しかし実際にはただ聖剣を見て触れる、唯一の機会として田舎者がこぞって訪れる祭りと化しており、事実としてそんな田舎者一人として、ノエルとジャンもここ、エリスタール村に訪れていた。
見れば少し遠めに十字に分かれた道が合流する地点があり、近くに川も流れているここは屋台を開くには格好の立地だろう。
先ほどからジャンが粘っている露天以外にも食べ物や履物、飲料などを売っている屋台が軒を並べている。人の流れが淀むことによる治安の悪化を恐れたのか、武器を構えた兵士の姿もちらほらと見えていた。
彼らはトラブルの気配にこちらへと視線をやることもあったが、しかしその大元が貧乏臭い格好をした少年二人組みだと知ると、鼻で笑って別のトラブルの対応へと向かう。ノエルはその視線に怯えていたが、ジャンはその扱いに不満そうに腕を組んでいた。
「ちょっとおばさん!順番抜かさないでよ、並んでんでしょ俺らが!・・・なんか旨そうだね、それ?海老ブリトー?それ幾らなの・・・120?おっさん、それ二つ、200なら買うよ!」
「馬鹿いっちゃいけないよ、あんた。この海老はいい奴なんだよ、田舎者のあんたには分からないだろうが、有名な・・・あ、もう一つ?お嬢さん良く食べるねぇ、いやいや!ぜんぜん大丈夫!この海老はいくら食べても太らないから、肌も綺麗になるよ、ホントホント!」
割り込みに抗議の声を上げたジャンは、大げさに手を掲げて不満を示している。その様子を横目で眺めた店主は、チラリと一瞥をくれただけで別の客の対応を続けていた。
幾つかの硬貨のやり取りを行うと店主は、ヘラと指先で小麦粉で出来た生地を手早くまとめると、熱さを注意するよう呼びかけて客へとブリトーを手渡していた。
少しばかり齢を重ねてシルエットも丸くなってきたように見える女性は、受け取ったそれにすぐに齧り付き、熱を逃がすように唇を遊ばせる。半分ほどになり衣を破かれたブリトーからは、魚介類の香りと乳製品、たぶんチーズであろう食欲を刺激する匂い溢れ出し、空腹の二人の鼻をひくつかせる。
ここ半日何も口にしていないノエルにとってはそれは身に毒だ、もちろん同じ境遇であるジャンにとっても。
「お腹減ったなぁ・・・」
しみじみと漏らしたその声があまりに哀れだったのか、一瞬ノエルへと目をやった女性はすぐに身体ごと背を向ける。その小刻みな上下運動は、手に持った食事を慌てて口にやったものだろう。
その態度にわずかばかりのショックを受けたノエルは、ため息を漏らす。ジャンはいまだに露天の店主に食って掛かっている、彼の店の鉄板には次から次ぎにブリトーが作られていた。
ノエルはその順調な売り上げに、自分達の分が残っているか不安を覚える。それをジャンに告げようと手を伸ばすが、彼のそのあまりの語気の強さに諦めてしまう。
また一つ、深くため息をついたノエルは空を見上げると、丁度太陽が頂上を過ぎようとしていた。