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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
逃亡
29/63

閃きは、天より降りてくる

「これは、何の荷物ですか?」

「あぁ?これぁ、ダングルベール様から送られた食料だよ」

「それでは、食料庫ですね。運ぶのを手伝います」

「そうかい?助かるよ」


 馬車に詰まれた荷箱を積み下ろしている男達へと声を掛けたのは、こんな季節にも長袖を着込んでいる若い信徒だった。彼は手近な箱へと手を掛けるとぐっと力を入れる、その箱の中身はかさの割りに軽い物だったのか、意外なほどの軽さに仰け反って後ろへとよろけてしまう。

 勢いをつけ過ぎて放り投げてしまいそうになった箱をどうにか捕まえて、安堵の息を漏らした男は捲れてしまっていた袖を慌てて整える。周りを見回してみても各々自分の作業に夢中で、彼の事を気にしているものはいなかった。

 一旦地面へと置いていた箱を持ち直した男は、現在食料庫として使われている建物へと向かっていく。その建物は元々武器庫として使われていたが、今はその中の武具は村の中にある兵士の詰め所に移されており、人数が多くなりスペースが足りなくなった食料庫の代わりとして使用されていた。

 荷物を運ぶ彼の姿に触発されたのか、何人かの信徒が馬車へと集まってきて、荷物を運ぶのを手伝うようになる。一つ目の荷物を運び終えた男は戻ってくる道中に、集まってきた信徒の一人とすれ違っていた。


「例の少年に、近づく手段は見つかったのか?」

「いや、彼には友人が多くてね、中々苦労している」


 少し足を速めて次の荷物を抱えた男は、足早にすれ違った信徒へと駆け戻り足を並べる。ローブのような服にフードをを被った信徒の容貌はうまく窺えないが、声からは少なくとも男性ではあることはわかった。


「もう少し強引にいってもいいんじゃないか?私もそろそろ普段の生活に戻らなければならない、君の家族も寂しがっているんじゃないか?」

「待ってくれっ!俺はちゃんと!!」

「あぁ、ちゃんと避妊はしているのだろう!わかっているさ、奥さんにはちゃんと黙っておく」


 信徒がここを去ってしまうことを示唆すると、男は激烈な反応を見せ怒声にも近い大声を上げる、彼は掴みかかるように信徒の胸ぐらを掴むと、彼の身体を揺すり始める。それもすぐに信徒に振り払われる、彼は男の頭を掴むと言い聞かせるようにそれを振り回す、そうして動かされた視界に男は周りから注目を集めていたことを知った。


「すみませんね、彼ちょっとあれに夢中になっちゃって。注意したのですが、言い方が悪かったですね」

「ははは、いいっていいって。なに、いい子がいるならこっちが聞きたいぐらいだ」

「いえいえ、ほどほどになさってくださいよ。いかな聖女様といえど、性病までは癒してはくれませんから」

「はは、違いねぇ!」


 機嫌よく笑い声を上げる年かさの男は、荷物を抱えて去っていく、後には冷や汗を流す男と冷たい表情を浮かべる信徒だけが残された。信徒は放り出され半端な形で積み重なった箱を抱えると歩みだす、男も慌ててそれに続くが彼の表情は晴れることはなかった。


「・・・その、すまなかった、でも」

「もう余り時間はないようだし、お前も最後に楽しんだらどうだ?ほら、これを使ってみろ」

「これは?」

「それを一口含めば一発で昇天よ。なに後のことは心配ない、私からよく言っておく」


 ガラス製の小瓶を懐から取り出した信徒は、それを無理やり男へと押し付ける。受け取ったことを確認した彼は、すぐにそれをしまうように顎でしゃくって指示を出す、男が腰にくくりつけた袋に小瓶をしまうのを見届けた信徒は、男の背中を叩いては安心させるように言い聞かせていた。


「しかし、どうやって・・・?」

「それを考えるのが、お前の仕事だろう?」


 男の疑問に小さな声で答えた信徒はそのまますたすたと歩いていき、食料庫に入るとそのまま姿を消してしまう。残された男は箱を抱えたまま立ち尽くしてしまう、すれ違う荷を運ぶ男達に何度か肩がぶつかって、ようやく彼はとぼとぼと歩みを進め始める。


「これは、あの馬車から運んだものですか?あぁ、よかった。まだ運ばれてはいないようですね」


 ぼんやりと歩いていた男の散漫な注意力は、その駆け足で近づいてきていた老紳士が箱の中身を確認するまで気がつかなかった、彼はなにやら一人で納得すると馬車の方へと走っていく。男はなんとなくその姿が気になって彼の後を追っていた、馬車へと近づく老紳士の姿に荷を降ろしていた男は慌てて馬車から降りて頭を下げていた。


「これは、ブルトンの旦那!どうなさったんで?」

「少し問題が起きました、大丈夫だとは思いますが・・・その奥の箱は勇者様用の食材ですので、急いで運んでください。そうですね・・・今使っている食料庫はあそこですか、でしたら以前の場所に運んでくださいますか?」

「そ、それっ!私にやらしてください!!」


 勇者様用という言葉を聴いた瞬間に、男は持っていた荷物落として駆け寄っていた。突然声を掛けて来た男に疑問の視線を向けるブルトンは、その瞳を荷物を下ろしていた男へと向けて、説明を求めていた。


「彼は?」

「あぁ、そいつは荷物を運ぶのを手伝ってくれている奴ですぜ。そいつのおかげで人が集まってきたんで、助かったもんです」

「そうですか・・・あなた、以前使われていた食料庫の場所はわかりますか?」

「はい!勿論です!」


 目立たないよう会話するために行った行為が意外な信頼を買うことに繋がった、肉体労働に従事しているためか筋肉質な男は、ブルトンに彼のことを保障する言葉を口にしていた。彼に疑いの目を向けていたブルトンも、付き合いのある男の言葉に頷くと彼に最後の確認を行う、それに応える彼の返事は力強いものだった。


「それでは、あなたに任せましょう。奥の箱を取ってきてくれますか?」

「へい、いつもの場所の奴ですかい?」

「はい、3つ・・・いや4つほどある筈ですので、お願いします」

「へぇ、了解ですぜ、旦那!」


 ブルトンの指示を受けて素早く馬車へと上ってゆく男は、抽象的な場所の示されかたにも迷うことなく進んでいく、彼らにはそれがどこを指す場所かはちゃんとわかっているのだろう。向かうところへの障害となる箱を幾つか横へと避けていく男は、彼の体格からすれば小さく見える箱を抱えて戻ってくる、ブルトンはそれを受け取ると軽く中身を確認して目の前の男へと手渡した。


「それではお願いいたします・・・あぁそれと、それは直接料理人に渡してください。その時に勇者様用の食材だというのを忘れないように」

「はい、分かりました!」


 食材の箱を受け取り、意気揚々と去っていく男の姿を見送るブルトンは、片眼鏡をかけ直す。彼のその仕草を、二つ目の箱を持ってきた男は不思議そうな顔で眺めていた。


「一つ、頼み事をしてもよろしいでしょうか?」

「へぇ、勿論ですぜ、旦那!」


 抱えていた荷物を馬車の縁へと降ろした男は、ブルトンの隣へと並ぶと揉み手をするように両手を組む、そんな彼の様子に薄く微笑んだブルトンは彼の耳元へと口を寄せた。

 その瞳は去っていった男の方を見据えていた。

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