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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
逃亡
26/63

祈りよ、花を咲かせたまへ

「へぇ~、立派な建物だな、ここにノエルがいるのか?」

「はい、その通りです、ジャン様。勇者様はここでお休みになられています」


 幾つか通ってきた扉ごとに門番が控える厳重な警備も、聖女が会釈をすればフリーパスも同じだった、ジャンは見慣れない調度品に壊してしまわないようにおっかなびっくり歩みを進める。あけ開かれていれば多くの光を取り入れていただろう窓も、警備のために外側の鎧戸も閉ざされれば薄暗くもなる、本来この時間には必要のない燭台に火が灯っているのもそんな事情からだろう。


「俺がいる部屋も結構いい部屋だったけど、ここもすごいな。なんに使われてたんだ?」

「ここは元々この教区の司教に宛がわれているものですね」

「へぇ~、偉い奴じゃないのか、その司教って。いいのか勝手に使っちゃって?」

「ここの司教はあまり使用されませんので、よろしいかと。なにより、勇者様に最高のお部屋を用意するのは、当然のことですから」


 教団の位階を正しく理解していないジャンは、どちらかといえば部屋の立派さからその役職の重さを推測する。彼の目に映る部屋の様子はどれも高価で珍しそうで、それを与えられた者も尊大な存在に思えた。

 次の扉へと先導するのは聖女だ、彼女しか正しい道筋を知らない当然に、ジャンは部屋を見て回るようにふらふらと左右に揺れながらついて行く。その扉の先に勇者がいるのは、今まで左右に控える二人だけだった門番が、少し離れた場所に座る二人も加えた四人になっていることからも窺える。

 彼らを照らす燭台は扉の傍に控える二人の傍にはあったが、少し離れた場所に待機する二人の近くにはなかった。これはここが襲撃された際にその二人の存在を出来るだけ隠そうという考えだろう、僅かな窓の隙間から光が差し込んでくる今の時間にはあまり意味がないように思えるが、暗闇に閉ざされる時間ならば効果的な配置ともなるだろう。


「勇者様の様子はどうかしら?まだお目覚めにはならない?」

「はっ、聖女様。変わりないようです」

「おおっ!もう、その先なのか?なら―――」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 門番の兵士と軽く会話した聖女に、ノエルの存在を確信したジャンは言葉を弾ませる、喜び勇んでドアノブへと手を伸ばそうとしていた彼は、突如響き渡った悲鳴に強くそれを握り締めた。

 この場でノエルの声を聴いた事があるのは一人だけだった、ジャンは迷わず扉を押し開いて駆け出していく。慌てて彼を止めようとする門番達もジャンの行動に、その悲鳴が誰が出したものか悟った聖女によって制止される。


「待って・・・・・・あぁ、勇者様!!感謝いたします、神よ!」


 勇者様が目覚めた、その事実のあまりの歓喜に聖女の足は膝をつこうとする。感謝の祈りに両手を合わせようとしていた彼女は、しかしとそれを思いとどまる、先程響いた声はなんだったか、少なくとも目覚めの欠伸の大きさではなかった。

 命を掛けても守るべき存在の危機に、なにを呑気に構えているのだろうか。折りたたまれようとしていた足を叩いた聖女は、先を進むジャンの背中を追いかけて駆け出した。


「ノエルッ!!」


 廊下の突き当たりにその部屋への入り口がある。その扉を勢いよく押し開こうとしたジャンは、何かにつっかえた扉が途中までしか開かず、その隙間にどうにかその幅広な身体を滑り込ませる。

 部屋へ入るのと同時にジャンが上げた叫びを、聖女は廊下で聞いていた。彼が開けた隙間は彼女にとっては十分なスペースで通り抜けるには苦労しなかった、寧ろ扉のすぐ先に立ち尽くしていたジャンの身体の方が障害となる。


「お許しください、お許しください!」

「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁ・・・」


 聖女が目にしたのは、聖剣を手にした勇者の姿だった。

 その姿を目にするだけで、彼女の瞳には自然と涙が溢れていく。

 それは当然の事だろう、彼女にとってはそれだけ待ち望んだ光景なのだから。

 ただそれは、その勇者が手にした聖剣が血に汚れておらず、床に倒れこみ許しを請い続けている世話係の侍女の肩が砕けていなければだが。

 血走った目で侍女を見下ろすノエルの手に握られている聖剣は、見事な作りの鞘にその刃を収めていた。流石にその刃が剥き出しであったなら彼女の命はなかっただろう、それでも砕かれた骨格は彼が本気で彼女を殺そうとしたことを表している。


「ノエル?おい、どうしたんだよ!ノエルッ!!」

「はぁ・・・はぁ・・・ジャン・・・?ジャン・・・なの・・・か?」


 ジャンは焦点が定まらない様子のノエルに強く呼びかける、錯乱したノエルはその刃を彼に向けるかもしれない、しかしジャンはその恐怖を欠片ほども抱いてはいなかった。度重なる呼びかけに、いつかその焦点にジャンの姿が映る、ノエルは強く握り締めていた聖剣を取り落とすと、ゆっくりとジャンに向かって歩み始めていた。

 彼はベッドの上に立ち尽くしていた、落とした聖剣はその端へとぶつかって回転に鞘から刃を僅かに覗かせる。窓の隙間から零れる程度の光では反射するはずもない刀身も、自ら光を放つような聖剣に眩い光が奔った。

 その眩さに目を奪われたのは聖女だけだろうか、それ以外の全ての人は他のものを見据えている。ふらふらと彷徨うような足取りでジャンへと進むノエルは、当然ベッドの高さなど意識はしない、踏み外した一歩に受け止めるのが間に合わないジャンは、その身体をクッションにするしかなかった。


「ノエルッ!?」


 落ちる身体に慌てるジャンは素早くは動けない。何かに躓いた彼は前へと倒れかけて反射で足を運ぶ、その動きは全力を超えた本能の賜物だろう、支えた足はそれでも飛び掛ってくるノエルに押し倒されていた。

 計算のない互いの動きに、頭をぶつけなかったのはただの偶然に過ぎない。前のめりの姿勢だったのを無理やり後ろに押し倒されたジャンは、受身も取りようがなく背中を強かに打ちつけた、呼吸困難に苦しむ喉も、ノエルをそのまま床に落としてしまうよりはましだった。

 ジャンによって蹴りつけられた聖剣はクルクルと回る行方に、蹲っている侍女の下へと転がっていく、彼女はそれを目にすると怯えるように身体を背けて、余計に背中を丸くする。勇者を助けようと動きかけていた聖女は、ジャンに抱きかかえられている彼の姿に安堵の息を吐く、彼女は聖剣を目にして怯える姿を見せた侍女を、冷たい瞳で見下ろしていた。


「ジャン・・・ジャン!よかった・・・生きて・・・よかった、本当に・・・」

「な、なんだよノエル、大げさだな。俺ぁ、ピンピンしてるぜ」


 ジャンの肩口へと頭を乗せていたノエルは、溢れる涙に彼の胸元へとすがりつき、その存在を確かめるように何度も揺すっている。それにも満足したノエルは最初とは逆の肩へ向かい、彼を強く抱きしめていた。

 ノエルが目覚めた喜びこそあれ、それほど大げさに感激するほど動機のないジャンは、ノエルの涙の意味を理解できずに戸惑っていた。それでも友人が見せる感情の波に、ただ優しく背中を撫でてやるぐらいの思いやりはある。


「あなた、大丈夫?」

「うぎぃ!あ、あぁ・・・聖女、様・・・?」


 聖女は蹲っている侍女の肩へとその左手を伸ばしていた。すでに僅かに黄金の光を発しているその手に、彼女の怪我も見る間に治っていくだろう、たとえ砕かれた肩を触られて痛みに喘いだとしても。

 侍女の耳元へと口を寄せ囁いた聖女の声は優しさに溢れている、伝う力に直接触る必要もなかった怪我の場所に、手を伸ばしたのは二人の位置の関係からくる必然だろう。触れるだけですむ治療がそれを掴んだとしても、それはバランスを取るためだったともいえるのだから。


「ここはもういいわ、控えていなさい」

「は、はい、聖女様」


 聖女が触れた僅かな時間に侍女の傷口は塞がっていた、もはやその傷跡を示すのは露出した骨が裂いて散らした血痕だけ。肩口を括る衣服に縛りが緩くなってしまった布地を押さえて、彼女は退室していく、その顔には戸惑いよりも聖女への感謝が強く表れていた。

 狭い隙間を通って廊下へと出て行った侍女はその先で小さな悲鳴を上げる、その理由は彼女と入れ替わるようにして部屋に入ってきた、護衛達の姿を見れば自ずと理解できた。部屋の中の様子に戸惑っている彼らの前に、彼らの視線を遮るように聖女が立ちふさがる、彼女にとって勇者が感情を顕にする場面など、自らが目撃すればいいだけのものだ、彼らになど見せたくはないというのが正直な所だろう。


「さっきここを通った侍女がいるでしょう?―――彼女を始末なさい」

「はっ・・・は?な、何故でしょうか、聖女様?」


 護衛の耳元に口を寄せ、言葉を告げた聖女の表情は平静そのものだ。その言葉に狼狽するばかりに護衛達と比べると、彼女の様子は奇妙にも映る、その瞳は侍女が去っていったであろう方向を見詰めているが、そこにはいかなる感情は浮かんでいなかった。


「何故?理由が必要かしら、私が要らないといったのよ?」


 問いただす護衛達に心底不思議そうな表情を向けた聖女は、すでに先程癒した女性を人間として認識していないようだった。聖女のその仕草に本能的な恐怖を感じる護衛達だったか、聖女の両手は彼らの身体から離れない、彼女の魔法の力を思えば周りに気づかれることなく彼らを消滅させることも可能だろう、拒絶など始めから許されてはいなかった。


「は、はい・・・畏まりました」

「そう、出来るだけ急いでね、手段は任せるわ・・・あぁ、そうそう。水を汲んできてくれるかしら?手を、切ってしまったの」


 苦渋に満ちた声で了承を返す護衛に、聖女は満足そうな笑顔を見せている、その表情を見詰める彼らは、先程までの光景が幻覚だったのではないかと疑い始めていた。

 ついでとばかりちょっとした用事を彼らに頼んだ聖女は、部屋の中へと静かに歩みを進めていく。ジャンとノエルは相変わらずお互いを抱きしめていたが、ジャンもいつの間にか友人に釣られて涙ぐんでいた。


「手を・・・?しかし聖女様、どこもお怪我しているようには・・・?」

「今から切るのよ」


 勇者の部屋にはこんな状況にも、上等な見舞いの果物が届けられている。ナイトテーブルの上に置かれた、それらを切り取るためナイフを手に取った聖女は、躊躇いなく自らの右手を切り裂いた。

 滴る血液をわざとらしく自らの衣服に塗りつけた聖女は、床に転がったままの聖剣へと近づいていく。彼女はその鞘についた僅かな血痕を自らの血液で上書きすると、うっとりと頬を押さえてみせた。

 一通りやりたい事をやり終えて満足したのか、聖女はその傷をあっさりと塞ぐ。そして近くにあった椅子を引くとそこに腰掛け、今だ嗚咽を漏らし続けるノエル達の姿を本当に幸せそうな表情で見守り始める、その表情はまさに聖女の名にふさわしい慈愛に満ちたものだった。


「なにをしているの?早く行きなさい」

「は、ははっ!」


 聖女の突然の行動に立ち尽くすことしか出来なかった護衛達に、聖女はその視線を向けることなく退室を促す、優しい声色とは裏腹にその言葉には有無を言わせない迫力があった。

 慌てて廊下へと下がっていった彼らにも聖女の関心が動く事はない、彼女の瞳は目の前の一人にだけ向けられていた。

 それは彼らが泣き疲れて寝息を立て始めても変わらず、ベッドに寝かしつけた彼らを見守るものへと場所を変えただけだった。



 全てが変更になった午後の予定にも、ガストンが怒られることはなかった。

 それ以上に喜ばしい知らせを、彼らが持ち帰ったために。

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