知恵の実を齧った者共よ
「いい、草の根を分けてでも勇者様を見つけ出しなさい!!最優先よ、必ずどこかにいらっしゃるわ!もちろんこの場の確保も同時に行います、聖剣が鎮座していたあの岩こそ神の玉座、勇者様はきっとその父なる神へと拝謁に向かわれたのだわっ!!あぁ!勇者様・・・!お帰りなられた時に失礼のないようにこの場を整えなければなりません!捜索は、万が一に備えて行うのよ!万が一、勇者様がまかり間違って自らの意思ではなく、この場から離れた場合に備えて」
「「は、はい、聖女様!」」
目の前で引き抜かれた聖剣に、勇者の誕生を目撃した聖女は興奮に感極まり我を失っている。それは誕生と同時に彼が姿を消したことも関係しているだろう、その瞬間にこの場を覆った強烈な光によって、彼が消えた瞬間を誰も目撃していないのだから。
人生で最大の喜びと出会い、それをすぐに失ったことによって聖女は混乱の極みにある。それは今だに彼女の頭上を舞っているハーピーの存在に、一切注意を払わずに喚き散らしている、その振る舞いを見れば一目で分かるだろう。
彼女の身の安全は、その周辺を固めている護衛の者達が必死な顔で守っていた。しかし当の本人は、すぐに勇者の捜索に向かわない彼らに不満そうにしている。
「あなた達はなぜ、すぐに捜索に向かわないのですか?」
「し、しかし聖女様、御身に危険が!」
心の底から疑問だというように首を傾げて見せる聖女に、護衛の者は必死に言葉を搾り出す。集まっている彼らに襲い掛かってきたハーピーは二匹、それと相対した一人はうまく切り返して撃退に成功するが、もう一人は剣を絡め取られハーピーに押し出されてしまう。
一人減ってしまった聖女を囲む人員に、彼らは一人がカバーする範囲を広くすることで対応する。ハーピーによって床へと押し倒されてしまった兵士は、なんとか剣を取られまいとして必死で粘っていた。
「あぁ、そいつら気になるの?・・・光よ!」
聖女が何の気なしに掲げた右手から放たれたのは、あまりに膨大な光の束だった。ハーピーに突き破られ、見事だった装飾の名残を残すばかりだった天窓のステンドグラスは、彼女の魔法によって残ったフレームごと消し飛ばされる。
「おおっ!!」「素晴らしい!!」「なんと美しいんだ・・・!」
「ギィィィィィ!!」
そのあまりの眩しさと力の奔流に、この広間にいた全ての者がその光に目を奪われる。上がった歓声は護衛達からのものだろう、では悲鳴は。
その魔法に目を奪われたのは何も人だけではない、ハーピー達もあまりに膨大な力に視線をそちらに向けていた、その隙を組み敷かれていた男は見逃さなかった。剣を取り返すことを諦めた男は、腰元から素早く短剣を抜き放つと、踏み付けにされている足へと刃を突き刺した。
「遅いっ!!」
「グギィ!!」
痛みに足を上げたハーピーは、その怒りによって彼を踏みつけようとするが、それはもう遅く、拘束の緩んだ剣を引き抜いた男は、ハーピーの胸へと剣を突き出していた。深々と突き刺さった刃に、致命傷にも即死しなかったハーピーは、彼の上で最後の足掻きと暴れ始める。
「ぐぅっ!?この、さっさと死にやがれ!」
末期の力も侮れる痛みではなく下敷きになった男は苦痛を喘ぐ、不利な体勢に剣を引き抜く事を諦めた彼は、やけくそ気味に先ほど使った短剣を放り投げる。
下手くそな投擲に剣は刃を一定の方向を向けずにクルクルと回転する、彼が狙ったのはハーピーの頭だろうがそれすら外れていた。
当たったのは単に幸運の仕業だ、暴れるハーピーは自らその軌道へと入り、側頭部を剣の腹へとぶつける。刺さりこそしなかったその攻撃も、意識を失ったハーピーはそのまま絶命していった。
「これで、問題ないでしょう?さぁ、急いで!」
「は、はい!」
聖女はすでに反論を許す空気を出していない、彼女の命令を断ろうものならば今度は先ほどの魔法が自分へと向けられる、そんな狂気じみた迫力が彼女の目にはあった。
それには死への恐怖よりも、彼女にそんな凶事に手を染めさせてしまう恐れが勝っていた。慌てて周囲の探索へと駆けていった護衛達は忘れてしまっていたのかもしれない、今だにハーピーがこの広間内に僅かながら残っている事を。
「がっ―――」
襲われた護衛の一人は、首元を一撃でへし折られ悲鳴すら上げられず絶命した。彼の身体は元々その場に倒れていた男の死体と折り重なるように倒れる。
勢いにそのまま彼の頭を引きちぎったハーピーは、次の獲物を求めて頭を巡らせる。悲鳴なく絶命した男に辺りへと散らばった護衛達は、まだその危険に気づけていなかった。
狙いを定めたハーピーが、床を蹴った。
「あぁ、もう。おちおち寝てもいられねぇなぁ!おい!!」
頭を失った死体が跳ね飛ばされて転がっていく、彼の剣を奪って立ち上がったのはその下に倒れ伏し、死体だと思われていた男だった。無理をして急に立ち上がったためか、ふらふらと足元の定まらない男は、進路上に突然現れた男に狙いを変えたハーピーに、突撃されて吹っ飛ばされる。
流石に急な狙いの変更に、ハーピーもその武器である鉤爪は突き立てられはしない、しかし身体ごとぶつかる衝撃は相当なものだろう。ゴロゴロとハーピーと絡みつくように転がされた男は、やがて放り出され目を回す、その表情は意識を失っているだけのようだった。
「ベルナール・レスコー・・・しぶとい男ね。彼を助けなさい、この場に居合わせたのには意味があるわ!」
騒動にようやく危険に気がついた護衛達は、聖女の命令に慌ててレスコーへと駆け寄っていく。しかしそれは間に合わないだろう、レスコーを放り投げたハーピーは今まさに、彼へと襲い掛かろうとしていた。
「・・・・・・それにゃ、およばねぇ、よ」
ハーピーの鉤爪が自らの身体を切り裂く刹那に、放り投げられても手放さなかった剣を差し込んだレスコーは、そのままハーピーの軌道をどうにか受け流す。
寝転がったままの姿勢に劣る力はハーピーに押され、流しきれなかった勢いが避けた頬を抉る。片耳も持っていかれた痛みに片目を瞑るレスコーは、流された身体そのままに反転する、地面を叩いて腰を浮かせて突撃する先は、体勢を崩して床に激突したハーピーだ。
「うらあぁぁぁぁああ!!」
まだ意識がはっきりしていない激烈に、力任せのスイングは本来の技量が備わったものではなかった。突撃の勢いに任せて振り下ろした剣は、その腹を強打して根元近くから折れてしまう。
狙いも違った斬撃はハーピーの鎖骨を砕いて終わる。痛みに暴れるハーピーにレスコーは馬乗りになると、まるで作業のようにその首元を折れた剣で切り裂いていた。
「へへっ、どんな・・・も・・よ」
事切れたハーピーに、もう要らないとばかりに折れた剣を投げつけたレスコーは、そのままゆっくりと後ろへ倒れていく。見れば彼の身体は生きているのが不思議なほど傷だらけだった。
聖女は視線だけで彼を助けるように護衛達を促す、彼の壮絶な戦いぶりに圧倒されていた彼らは、思い出したように彼へと近づいていった。
多くの護衛が彼の救護へと向かう中、一人聖女へと近づいてくる男がいた。長い黒髪を後ろで括ったその男は聖女の傍に来ると、その耳元に口を寄せる。
「聖女様、よろしいでしょうか?」
「なに、オベール?あぁ、それは早くこっちに運んで頂戴、後は私が処置するから」
耳元で囁かれた呼びかけに反応した聖女は、まるで死体のようにぐったりとしたレスコーを抱えて、戸惑っている護衛達を視界の端に捉える。もはや僅かな時間放っておくだけ死んでしまいそうなレスコーに、彼らが出来ることなど何もない。
聖女は彼らに自らでレスコーを癒す事を告げると、搬送場所を指し示す。オベールと呼ばれた男は、その間聖女の傍でじっと控えて待っていた。
「・・・ここまでご同行を願った勇者様のご友人がいらっしゃいます。彼の処遇はどうなさいますか?」
「そうね!彼がいた事を忘れていたわ、ありがとうオベール。勿論、お助けします。でも、そうね・・・オベール、あなたにお願いできるかしら?彼の事は勿論大切なのだけど、今は勇者様を優先したいの」
「勿論でございます、聖女様。彼の事は私にお任せください」
「そう、お願いね。見つけたらすぐにこちらに連れて来てくれる?言うまでもないけれど、丁寧にお願い」
「っは!了解いたしました!」
胸を叩いて去っていくオベールを見送るとちょうど、護衛たちに担がれたレスコーが運ばれてくる。その見た目は、すでに死んでいるようにしか見えないほど草臥れていた。
それは彼を担いできた護衛達の沈んだ様子からも窺えるだろう、彼らは自分達が動くのが遅れた事で、同門の者の命が失われた事を嘆いていた。
聖女も流石にその様子に慌てて駆け寄ろうと一歩を踏み出すが、すぐに落ち着いた仕草で彼の下へと歩み寄る。彼の傍で腰を下ろした聖女に、護衛達は期待と憐憫の視線を向けた。
かつて彼女が起こした奇蹟の再現を望む者は自然に手を組み、彼の死を受け入れられない彼女の仕草を憐れむ者は見ていられないと目を覆った。聖女はなにを気負うこともなく、レスコー胸元へと手を伸ばす。
聖女の左手に宿った薄い光は、やがてレスコーの全身を覆うように広がっていく。彼の身体の至る所に生じていた傷は見る間に塞がっていき、血色自体もよくなってきたように見えた。
それは間違いないだろう、有力者によっては死体の傷を塞ぎ、綺麗な状態にするために彼女に仕事を依頼する者もいた。癒しの力をそんな風に使われる事を彼女は嫌っていたが、そういった仕事は往々にして莫大な報酬が支払われるため、嫌々ながらこなさなければならない時もあった。
周りから賞賛と落胆の声が上がる、前者はせめて綺麗な姿で送ってやろうとする彼女の優しさを称え、後者は再現されなかった奇蹟を嘆いている。
彼らの反応にも聖女は沈黙を貫いていた。すでに光を失った左手は今だにレスコーの胸元に添えられ、それが再び脈打つことのない彼の鼓動を探しているようで、それが余計に周りの感傷を誘っていた。
「・・・いつまで寝た振りを続けているつもりですか、ベルナール・レスコー?」
「・・・っぷはぁ!へへ、流石に聖女様の目はごまかせねぇか。あぁ~、やっぱあんたの力は効くなぁ、痛みがすっと消えてくぜぇ」
レスコーに語りかける聖女の声は冷たい、見れば彼の胸元に添えられていた彼女の手は、その爪をレスコーの肌へと突き立てている。その攻撃に耐えかねたわけではないだろうがレスコーは、堪えていた息を吐き出すようにして声を上げていた。
聖女の癒しの力は傷を塞ぐだけで、生命力のようなものを充填するものではない。にもかかわらず傍目では死んでいたはずのレスコーは、呼吸を再開すると共にまるで全快したかのように振舞っていた。
それは彼の異常なまでの頑丈さを示している。それを知っていた聖女と古参の護衛達は始めから彼の死んだなどとは思っておらず、今目の前で元気に話し出す彼の事を当たり前に受け入れている。
しかしそんな者ばかりではなく、彼の異常さを知らない者はゾンビのように復活した彼に戸惑いを隠せない。奇蹟や異常だと叫ぼうにも、それを当たり前と受け入れている聖女達の存在に騒ぐことも出来ず、ただただきょろきょろと周りの様子を窺うことしか出来ない。
そんな彼らには古参の者達が事情を説明する、しかしレスコーの丈夫さをうまく表現する術はなく、観念的なことを述べるに留まっていた。
「それで、何故こんな事を?」
「あぁ?そりゃ、その方が早く治してくれるだろ?実際こいつらも慌てて運んでくれたしな!いや、実際結構しんどくてな、死ぬかと思ったぜ」
彼の発言に周りがそろって微妙な顔をすることに、彼自身は気にしてもいないだろう。すでに周りにいる誰よりも元気そうな様子なレスコーは、身体の具合を確かめるように伸ばしたり縮めたりしている。
彼のそんな様子に、呆れたような視線を送るのは聖女だけではない。周りの人間全てが彼の行動に引っ張られている状況に、彼を運んでいる時や治療している時でさえ欠かさなかった警戒が緩んでしまっているよう見えた。
隙だらけになっている自分達に彼らが気づくのは、僅かに残ったハーピー達が広間から退いていくのと同じ頃だった。聖女によって空けられた大穴から退却していく彼らの事を、護衛達は気づいただろうか、いやそれはありえない。
広間は強烈な光に包まれていた、その目蓋を焼き付ける眩しさは見覚えがある。
駆け出していった足音は一つ、光の中心へと向かっていく。
「勇者様ぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」
強烈な光の中を走る聖女の目には何も映らない。彼女の瞳はあまりに強い光を直視しすぎて焼きついてしまっている、それでも彼女は真白の景色に幻視する、自らの信仰のその姿を。
瓦礫やなんかの障害に、まっすぐ進めていると感じるのは彼女の幻覚だ。本来の彼女の身体能力であれば躓きもしない道筋も、無我夢中の疾走が全ての注意力を無に帰している。
躓き倒れ転がって進む彼女の身体は、見る間にボロボロになってゆくが、その痛みすら彼女を止める理由にはならなかった。
「ちぃ!なんだってんだ、この光は!?誰か説明しろっ!おいっ!迂闊に動くんじゃねぇ、コントレーラス!」
気を失い、前に一度瞬いたその光を目撃していなかったレスコーは、混乱に周りへと説明を要求する。
彼自身その強烈な光によって視覚を奪われながらも、聖女が無茶な行動を取っているのは把握したのか、制止の言葉を叫ぶ。敵の攻撃に思えるその光に手持ちの武器が心許ない彼は、思い切った行動を取れないでいた。
眩しさの中で護衛達は二つの行動を取る者に分かれた。見えない中でも周囲にいる同僚達とまとまりなるべく死角ないように守りを固める者と、とにもかくにも駆けていった聖女を守ろうと走り出す者だ。
走り出した者の多くは僅かな距離を進んですぐに躓き転び、その身体を痛めて蹲る有様だった。それらはまだ運のいい方であり、中には転んだ際に自らの武器で深手を負ってしまう者や、仲間へとぶつかり相手を殺しかけてしまう者もいた。
自分の行動で結果的に阿鼻叫喚の事態を作り出してしまっても、聖女は後ろを振り返る事はない、彼女にはすでに後方で響いている悲鳴など聞こえていないだろう。
加速する興奮が感覚を純化する。跳ね回る鼓動が血管を伝わる血流を早くして、この耳には走る血潮の叫びが届いていた。
「っぁう!!?」
「どうしたぁ!?コントレーラス!ちっ、そこを動くなよ!すぐに行くっ!!」
光の中心へと向かって走っていた聖女は、今までとは大きさの違う障害に、正面からぶつかり苦痛に喘ぐ。全速力で衝突したそれは硬く、衝撃を受けて肩は砕け、勢いの反発で叩きつけられた身体は呼吸の困難にむせ返る、痛みに蹲る彼女は胎児のように背中を丸めた。
聖女の悲鳴に只事ではない事態を感じ取ったレスコーは、心許ない武装にも諦めて駆け出していく。その手にはどうにか手探り掴み取った瓦礫が握られていた。走り出してすぐにぶつかったものが、悲鳴を上げて人だと証明しなければ、彼は握った瓦礫で頭を潰していただろう。
振り上げていた瓦礫はそのままに、もう片方の腕でそいつを払いのけると、レスコーは視界のない中ぐんぐん進んでいく。その動きは流石に歴戦の戦士といったものだったが、先を進んでいた聖女はまだ遠かった。
「あぁ・・・あぁ、感謝いたします、父なる神よ・・・勇者様・・・」
縋り付いた固さ感触に、聖女はそれが目標としていたものだと気づく。聖剣の台座だった岩へと体重を預け、どうにか立ち上がろうとしている彼女は、その途中に躓き倒れた。
うまく体勢を立て直せないのは、砕けた肩と痛めた足首のせいだろう、自らの力を使えばたちどころに治るその負傷も、目の前に存在する求めるものに思考が塗りつぶされて発想にも至らない。彼女がどうにかそれにしがみつき、立ち上がるには三度の試行を必要とした。
聖女が繰り返す行いは見えない視界の中では、肉を叩きつける衝撃音にも聞こえる。レスコーは舌打ちをし足を速める、強烈な光に掲げた腕は弱まってゆくそれに、恐る恐る目蓋を開いていた。
「勇者様っ!!!」
弱まり消えていく光に瞬きを数度、強烈な眩しさを直視しすぎた聖女は、まだうまくものを見る事は出来なかったが、それは分かる、何千何万と祈りを捧げたその輝きは。
その聖剣を抱える少年は、ボロボロの姿で彼女の横へと倒れ伏してくる。聖女が出来たのは、身を投げ出してそれを受け止めようと試みることだけだ。
自由の効かない身体に、無理な動きは激痛となって返ってくる。それでも彼女の全身を駆け巡っていたのは、溢れんばかりの歓喜だった。
倒れる少年を受け止める力のない聖女に、出来るのは彼の下敷きになることだけ。横合いから抱きつくようにして彼の身体を捕まえた彼女は、彼が抱える聖剣によって腕を半ばまで切り裂かれていた。
ぶつかるような抱きつきに、彼の身体を床へと叩きつけなかったのは偶然だろう、もしくはなにがなんでも彼を守ろうとした彼女の執念か。
彼の身体を触れた瞬間から発動した癒しの力は、聖女の本能の仕業だろうか。全身を眩く輝かせるほどの力の奔流は、瞬く間に二人の傷を癒していく。
「あぁ、勇者様・・・感謝します、感謝します、神よ・・・」
「聖女様!」「勇者様、勇者さまがっ!」「勇者様がお帰りになられた!」
今だに戻らない視力が涙で濡れてさらに曇っていく、嗚咽交じりに感謝の言葉を紡ぎ続ける聖女は、注ぎ足りないとばかりにその奇蹟の力を発動させ続けた。その黄金色の光に聖剣も呼応して輝き始める、その眩しさは彼らがどんな存在かを強烈なほど周りに知らしめていた。
先ほどまでの強烈な光は、多かれ少なかれ全ての人の視力を奪っていた。収まった眩しさにようやく聖女と、それに抱きかかえられている少年の姿を見つけた護衛達は、彼が持つ聖剣と聖女の態度に誰が現れたのか悟る、喜びの声は誰からともなく上がり、それは全員へと広がっていった。
「勇者・・・あいつが?どういうことだ・・・?」
一人事態が飲み込めないレスコーの呟きだけが、むなしく響いていた。
「さて、あちらはあれで問題なさそうですね」
覚醒と消失を繰り返しているような意識に、近く囁く声がする。
それが男の声だということしか、今のジャンには判別がつかなかった。
全身を蝕むような痛みは、なぜか少しずつ和らいでいるようだった、それはこの身体を撫でる様な暖かな光が原因かもしれない。
「私達としては、この少年はとても重要ですから。どれ、傷の方は・・・ほう、これは・・・やれやれ、あの忌々しい光のおかげですか。助かりはしますが、感謝したくはありませんね」
ジャンの身体は嘗め回すように触れる感触を感じる、それはジャンの傷口へと触れると具合を確かめるように指でなぞる、痛みに上げたつもりの悲鳴はうまく声にならなかった。
「さて、後は・・・おや、これは・・・誰かの荷物ですか?」
薄く開いた視界には誰かの手の動きだけが映る、その手が掴んだのは齧りかけの林檎だった。
あちこちを転がって汚れたそれを服で拭ったその手は、口元へと林檎を運ぶ。
視界の外に、ジャンに聞こえたのは齧る音だけだった。
「悪くはないが、それよりも・・・いや、流石に不味いですね」
どこかへと放り投げられた林檎の、もはやうまく転がりもしない音が微かに聞こえる。
視界の外側から聞こえる男の声に、ジャンはなぜか本能的な恐怖を感じ、肌をあわ立たせる。
肩を触った感触が、脇に差し込まれる手だと分かると、もう片方の脇の下にも突っ込まれて背中を引き上げられる、開けた視界にもうまく焦点は合ってくれなかった。
「っと、レスコーさん!手を貸してくれませんか!」
「っ、ジャンか!?あぁ、任せろ!」
どこか遠く、聞き覚えのある声がした気がした。
その記憶を手繰ろうにも、意識がはっきりとしてくれない。
たゆたう意識は朦朧に、光に触れた感触にまた、深い闇へと沈んでいく。