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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
魔王ヴェルデンガルト
21/63

戦いの、終わりと始まり

「退いていく・・・?やった、やりましたよ、ジラルデ隊長!!」


 丘の突端で戦況を見つめていたヴァレリーは、細波のように引いていくゴブリン達の姿に、喜びの声をあげる。彼の周辺に立っている者は彼自身ともう一人しかいない、それ以外者達は地面へと倒れ伏し、青い顔をしては乱れた呼吸を収められないでいる。

 そんな状況に彼が振り返ってその事実を伝えようとしたのは、もう一人の男ジラルデに対してだ。彼は倒れ伏した自らの部下を守るようにその前に立ち塞がり、周りへと警戒の目を向けている。

 彼はヴァレリーの声にも警戒は解かなかった、掛けられた声に一度そちらへと目をやったが、すぐに周辺の森とその上空へと視線を動かしていた。


「それは確かなのか!奴らの矛先がこちらに向いただけではないのか!」

「わ、わかりませんっ!い、いえ、これは・・・退却の合図が聞こえます!!」


 魔物達を最も多く葬ったのは現場で戦っている兵士ではなく、ここにいる魔道部隊の者達だ。聖女の魔法もかなりの被害を出してはいたが、彼女のそれは足止めの意味合いの方が強く、それで出た被害は彼らの自滅によるところが多い。

 彼らが魔道部隊を脅威と認識し、こちらに多くの兵を送ってきたとしてもおかしくはなかった。もちろん彼ら最早ほとんどの者が魔力を枯渇させ、戦闘能力を失ってはいたが、それを知る由のない敵側には一向に魔法を撃ってこない彼らが、不気味に映っていたかもしれない。

 舌打ちをしたジラルデはそれを想定して警戒を強めるが、ほとんどの戦闘能力を失った彼らでは気休めほどの策も浮かばず、気合を強めて足場を踏み固めることしかできない。

 そんな時だろうか、ヴァレリーが遠くで鳴り響く太鼓の音に気がついたのは。彼が上げた大声のせいで、ジラルデがそれを確認するのは少しばかり遅れたが、その巨体にもやがて一定のリズムで鳴り響く音が届いていた。


「ふんっ!これが退却の合図かどうかなど、分かるものか!!」

「し、しかし、実際に退いているように見えます!彼らがこちらに向かうなら、方向が違うような・・・やはり、退却の合図なのでは・・・?」


 その事実を信用し切れていないジラルデは一人気勢を上げるが、ヴァレリーの言葉と太鼓の音を聞いた部下達は助かったと口々に喜びの声を上げている。吉報に元気を取り戻した彼らは、覚束ない足取りながら地面へとその足を下ろす者も出始めていた。

 その様子を見てしまえばジラルデも諦めるしかなかった、元気を取り戻した彼らも戦う意欲は失ってしまっている。ジラルデからすれば、そこに横になられていた方が守る分には戦いやすくもあった。

 彼らはもはや敵が現れれば、その地面を踏んだ足で逃げ出すだけだろう。それを止める術は今のジラルデにはなかった、彼もまた疲れ果て消耗しきっているのだから。


「潮時か・・・、お主ら!我等も神殿まで退却するぞ!道沿いは奴らとかち合うかもしれんっ、我等は丘沿いを進むぞ!なにをぼさっとしておる!はよぅ、支度を整えんかっ!!」

「は、はいぃ!」


 もはやここに残るメリットはないと判断したジラルデは、早々に決断を下す。突然の事に戸惑う部下達も、彼の一喝を食らえば即座に動き出さざるを得ない。

 緊急時に、式典用の荷物を放棄していた彼らの手荷物は元々少ない。儀式魔法に集中するために地面に下ろしたそれらは一箇所にまとめられ、どれが誰のかで時間を取られるぐらいだ。

 彼らの中には、ゴブリンの死体から武器を奪おうとしている者もいた。戦闘訓練を受けていない彼らの細い腕では、そんなものを手にしてもたかが知れているだろう。

 しかしジラルデそんな彼らの振る舞いを黙認した。こけおどしにもならない武装にも、それは彼らに戦いへの意識が芽生えた証左でもある、戦闘部隊を目指すジラルデとってそれは、歓迎すべき事態だった。


「お主ら!まさか仕事は終わったと気を抜いておる者はおるまいな!わしがお主らに叩き込んだのは、なにも魔法の扱いだけではないぞっ!!あの小娘の力があろうと、全ての怪我人がいなくなるわけではないぞ!それにあの力は消耗までも回復させるわけでもないっ!お主らの仕事はまだまだあるのだ!気合を入れ直さんかっ!!」

「は、はいぃ~!!」


 終戦ムードに和やかな雰囲気が漂い始め、支度の速度も落ち始めたところを見計らって、ジラルデの怒声が轟く。彼は自らの部隊をこのまま遊ばせておく気は微塵もなかった。

 勉強家であり努力の塊であるジラルデは、司祭の業務の一環として医療に関する技術も習得していた。彼は自らの部下達にも惜しげもなくその技術を教え込んでおり、部隊の活躍をより一層多くの者達に刻み付けるために、その技術を披露しようと企てていた。

 実際の所、直接的な被害こそ彼らや他の者達の活躍によって抑えられはしたが、避難の過程で多くの者が多かれ少なかれ怪我を負っただろう。そんな状況下では聖女の奇跡の力よりも、ジラルデが修めた技術の方が多くの者を救う、それは間違いない。

 理に適った彼の狙いも、疲れ果てようやく休めると思っていた部下達にとっては、悲鳴を上げる理由にもなる。それでも彼らが反抗の態度を示さないのは、その確かな信仰心からか、それとも背後に控える巨体の恐れるが故か。


「ほらっ!急げ急げ、お主らが遅れれば遅れるほど誰かが苦しむのだ!いいか?もういいな!では、走るぞ!ヴァレリー!先頭はお前が行け、道は分かるなっ!」

「は、はい!ジラルデ隊長!!」

「よろしいっ!ならば駆け足!!遅れを心配する必要はないぞ!殿はわしが務める、遅れる者がどうなるか、わかっておろうなお主らっ!!」


 ジラルデに指名されたヴァレリーは、まとめようとしていた荷物を慌てて掻き集めて走り出す。

 動揺に他人の荷物も関係なく抱きかかえてしまったのだろう、恨めしそうに彼の事を見詰めていた男が一人、その彼も急かすジラルデに慌てて残った荷物を担ぐ、彼とは別のぐずぐずしていた男はもう、ジラルデにけつを蹴り飛ばされていた。

 猛獣のように左右に動きながら距離を縮めるジラルデの迫力に、残った男達も駆け出していくのにそれほど時間はかからなかった。

 転がり落ちるように丘の脇を走っていくヴァレリーに、多くの者達が悲鳴を上げながらついていく。彼らにせめてもの救いがあるとするならば、殿を走るジラルデがその見た目どおり鈍足であったことぐらいか。

 それすらすぐに無意味だと気づく、遅い足にも彼の体力とヴァイタリティは無限にも等しい。失った体力にすぐに底をついた部下達は、尽きることなく走り続けるジラルデから逃げ切ることは出来ない。

 今も追いつかれた最後尾がジラルデによって吹っ飛ばされ、彼らの上げる悲鳴が一段と高くなる。

 神殿までの道のりは、まだまだ長く続いていた。

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