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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
魔王ヴェルデンガルト
16/63

一本道の死闘 2

「う、うわぁぁぁぁ!?」


 一人の兵士が叫び声をあげたかと思うと、急に背を向けて逃げ出してしまう。それは何も覚悟を決めたアルマンの殺気に怯えたわけではない、後ろから迫る足音に目をやればゴブリンが数匹現れていた。

 一人が逃げ出したのを切欠に、次々と背中を見せて駆け出していく兵士達。人数を考えれば脅威ともならないゴブリンにも、伝播した恐怖は歯止めが利かないものだった。


「な、なんだお前達!勝手に逃げるな!早くあいつを・・・いや、それよりも、お前たち私を、私を連れて行けー!!」


 貰ったパンチのダメージにまだ足腰が利かないのか、立つことの出来ないモイーズは、部下達に見捨てられて悲痛な叫びを上げるばかり。彼らのことを警戒していたアルマンも、流石にもう大丈夫だと悟り後ろへと向き直る、ゴブリン達はもうそこまで迫っていた。


「ガストン君!」

「はいっ!」


 お互い巻き込まないように離れて立っていた二人は、おそらく別々の集団から逸れて来たであろうゴブリンへと向かう。途中でクロスするように動いた彼らは不揃いな数に、自然と的確な相手を選んでいた。


「はぁっ!」


 先頭のゴブリンの間合いへと入る手前、僅かに速度を緩めたガストンは、目測を誤ったゴブリンの攻撃に合わせるように斬撃を放つ。

 斜め下から振り上げた剣は駆けてきた勢いに僅かに狙いを外して、ゴブリンの口腔へと刃を奔らせる。歯を合わせてそれを止めようとしたゴブリンにも、速度の乗った剣の威力は、お構い無しに頭蓋を二つに切り裂いた。

 剣を振るうための踏み込みは、走ってきた足を止めさせる。今度はゴブリンが速度を乗せた一撃を放つ番だった。

 上段からの一撃は粗末な作りの棍棒によるものだ、それでも十分な速度を乗せたその攻撃は、致命の威力を持つだろう。振り抜いた剣はそれを防ぐのには間に合わない、ガストンは痛みを覚悟して身を低くすると、さらに一歩踏み込んだ。


「ぐぅ!?」


 必殺を狙い、ゴブリンは当然ガストンの頭を狙っていた。それを外されて威力は少しは落ちただろう、しかし背中を叩いたその一撃は強く、ガストンは衝撃に呻き声を漏らす。

 ダメージに身を屈めた彼はそのまま前に進む。こちらへと来ていたゴブリンの中でも体格の良かった二匹目がブラインドとなって、三匹目のゴブリンはガストンの意図に最後まで気づけなかった。


「ぎぃ?」

「ぅぅぅらぁ!」


 廻り込もうと動いていた三匹目は、突然目の前に現れたガストンに対応できない。覚悟していたよりも強かった背中への衝撃にバランスを崩していた彼は、肩口から飛び込むようにしてそのゴブリンへと剣を突き立てる。

 勢いに即座に絶命したゴブリンは支えにもならない、足元がおぼつかないまま突撃したガストンはそのまま地面へと転がる、残った敵はその無防備な背中へと迫っていた。

 あまりに深く突き刺してしまった剣は、ゴブリンの背中へと突き抜けてすぐに引き抜くことなど出来ない。慌てて身体を弄って予備の武器を探すが、それらは転んだ拍子に散逸し、手元には何も残っていなかった。


「くそっ、なにか・・・!」


 それでもどうにか見つけたのは粗末な作りの槍だった。それは殺したゴブリンが手にしていた武器だろう、転んだ勢いに巻き込まれたそれは柄の部分がひしゃげて折れ短くなっていた。

 素手よりはましとそれを手に取り、振り返ってももう遅い。今だ地面に倒れこんでいる状態に、上体だけを起こして槍を構えても、この粗末な作りでは万全に力を込めるそのゴブリンの一撃を耐え切れるはずがない。


「ひぃっ・・・!?」


 痛みに怯える声が漏れても、覚悟したそれはやってこない。ゴブリンは上段に棍棒を構えたまま半身を捻ろうとしていた。

 理解できない事態にも訓練された身体は咄嗟に反応する。あまりに急いで立ち上がろうとしたため、槍の柄の長さを忘れて地面へとつっかえさせる、前へと進もうとする身体がそれにぶつかってしまうが、そんな痛みは些細なことだった。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 せっかく後方へと注意を逸らしていたゴブリンに、こちらの存在を知らせてしまう雄たけびは無駄でしかない。しかし竦んだ身体から力を振り絞るには、必要なボリュームだ。

 体内に轟く音量が震える細胞に脈動を早くする、ようやく頭に血が上ってきた。巡った気合は今、この足を一瞬でも早く動かしている。


「ぎ、ぎぃ!?」


 後ろに振り返ろうとしていたゴブリンが、正面の脅威に気づいてももはや遅い。それでもゴブリンは棍棒を振り下ろす、それは確かに致命の威力を秘めていたが、その軌道の内側にすでにガストンは入り込んでいた。

 こめかみを叩くのは振り下ろしたゴブリンの肘だ。意識を寸断するはずのその衝撃も、頭をくらくらさせる程度の痛みで収まる。

 全体重を乗せた槍はゴブリンの中心を貫いて、その刃先を背中から突き出していた。


「っと、危ね!?ガストン君、大丈夫だったか?」

「カ、カルネさん?えっと・・・はい、無事、です」


 ゴブリンの胴体を貫通した槍は、その後ろに控えていたアルマンの鼻先を掠めていた。貫く途中に背骨とぶつかり槍が折れ曲がっていなければ、その刃先は彼の胸元に突き刺さっていただろう。

 邪魔なゴブリンの身体を横へと避けたアルマンは、ガストンの様子を窺う。槍を掴む力も失っていた彼はアルマンへと驚いた視線を向けると、へなへなと崩れ落ちて座り込んでしまった。

 彼らの様子を窺っていたダフネは、安全が確保された様子に駆け寄ってくる。途中アルマンによって惨殺された二匹のゴブリンの死体が足元を通り、彼女は気持ち悪そうに舌を出していた。

 地面に座り込んでいるガストンに近づいたダフネは、彼の背中をかなり強い力で叩いては笑っている。情けない姿を見せたことを恥じるガストンは、それでもまだ足腰に力が入らずに蹲っていた。

 見かねたアルマンが彼に手を差し出す、自らで数の多い方を選んでおいて苦戦してしまったガストンは、どこか気まずそうにその手を握っていた。


「あっはっは~!まだまだだね、ガストン君。もっと頑張らないとフローラに認めてもらえないよ?」

「ありがとう、ございます。その・・・精進します」

「・・・・・・い、いや、なに。彼の年齢を考えれば大したものさ。若いんだろう?かなり」


 気分よく笑い声を響かせたダフネは、言葉の終わりに意地悪そうに目を細める。彼女はガストンが他の誰に笑われるよりも、聖女に失望されることを恐れていることを知っていた。

 彼女は別にガストンを本気でいじめるつもりはないのだろう。その悪戯に瞬く瞳が新しい玩具を見つけた子供のような輝きを見せて、彼の一挙手一投足に注目している。

 ダフネが時折見せるそういった仕草は実のところ、彼女の魅力を際立たせており、少なくない男性及び同姓を魅了していた。

 今もガストンを助け起こしてやっているアルマンは、何故か魂が抜けたように呆けながら彼女を見つめている。それはガストンが彼にお礼の言葉を述べても、変わることはなかった。

 その表情を一番向けられることが多いガストンは、逆にその瞳が苦手だった。それを向けられる時は自分がからかわれ、笑われると知っているから。それでもその場には大抵聖女もおり、彼女も笑ってくれるため彼はあまり強くも出られなった。


「アルマンさんも、ありがとうございました!うちの子を助けてくれて!」

「あぁ、いや、うん。まぁ、なんだ、その・・・たまたまだ、たまたま」


 一歩二歩と、アルマンの方へと近づき身を屈めながら礼を述べるダフネは、上目遣いで彼の表情を窺っていた。

 彼女はその境遇から人に取り入るのがうまかった。それは特に異性に対してであり、今目の前で彼女の仕草に照れくさそうに、頭をぼりぼりと掻いているアルマンの姿はまさにそうだろう、ダフネは舌先で唇を舐めていた。

 ダフネの注意が自らから逸れたことを察したガストンは、剣を突き刺したままのゴブリンの方へと歩み寄っていく。死体の肩に足を置いたガストンは、そこを支点に全身を引き伸ばして力を込める。

 身体を貫通したそれは死体の硬直に僅かに筋肉が締り、肉へと金属を食い込ませてしまうため、抜くのには中々の苦労がいった。

 抜いた反動に尻餅をつかなかったのは、これ以上無様な姿を見せまいと気を張っていたから。後ずさる何歩目かに体勢を整えたガストンは周りを見渡す、アルマンに倒されたゴブリンはどちらも頭を切り離され、ガストンが倒したゴブリンも起き上がることはないだろう。


「大丈夫そうですね。カルネさん、申し訳ありませんが急ぎませんか?何時ここも危なくなるか・・・」

「あ、あぁ、そうだな。しかし、ガストン君。俺はここで向かってくるゴブリン共を迎撃してもいいと思い始めたんだが、駄目なのか?」

「いえ、それでは一度に相手できる数が限られてしまいます。私達では・・・残念ながらこれぐらいが限界ですから」


 辺りに散らばるゴブリンの死体を示して、悔しそうにガストンは唇を噛む。最初にガストンがほぼ単独で撃退したゴブリンは、先程倒した者よりも多かったが、それはかなりの幸運によるものであり、もう一度やれば確実に死んでいただろうと彼は確信していた。

 ダフネとの会話を緊張しながらも楽しんでいたアルマンは、急に引き戻された現実に瞬きを二度三度と繰り返す。続いて出た彼の言葉は力強いものだった、それは彼の隣でガストンに舌を見せているダフネの存在があったからかもしれない。


「まぁ、それはそうだな。しかし、そうするとどうする?いまさら応援なんて呼んでも、な。悪いがそいつを当てにしてるなら諦めてくれよ、ここの兵の質は俺の方が詳しい。その俺が断言するが、一緒に戦ってくれる奴が現れるなんて期待できん。まだゴブリンの誰かがまかり間違って仲間になるって方が、当てに出来るってもんだ」

「いえ、私は、その・・・ゴブリンに特攻をかけようと思っています。攻めてきているゴブリン達はどうやら複数の部族のようです、そこの彼らも違う装束を纏っていますし。ですからそこをついて混乱させることが出来れば、あるいは・・・」


 ガストンが示して見せたゴブリン達は、確かに別の特徴を持った衣装を身に纏っている。血で汚れて分かり辛くなっているが赤を基調にしたものと、青を基調にしたものだ。それらはどちらも何かを象徴したような紋様が描かれており、それが彼らの部族を示す印なのだろう。

 自らの同僚の不甲斐なさを冗談交じりで語っていたアルマンも、ガストンの計画に表情を引き締める、それは彼の話を鵜呑みにして信じたからではないだろう。

 ガストンの計画はたとえ全てがうまくいったとしても、自らの命を犠牲にすることが前提のものだった。まだ年若いガストンの決死の覚悟を目の当たりにして、アルマンは瞳を迷わしていた。

 とっくに覚悟していた筈のものが、いざ目の前にしてみるとこんなにも震える。アルマンは収まらない腕の震えに両手を添える、そうして握った剣の柄は冷たく、迷う心を凍らせる。

 抜き放った刃に覚悟は決まり、振り返っては這いずって来る何者かに対して剣を構える、それに気づいたガストンも、すぐにダフネを背中へと庇う位置に移動していた。


「ま、待て、お前達!私だ、モイーズ・ジュアンだ!そ、それより、お前達、何も死に急ぐことはあるまい?もう、十分時は稼いだ、お前達は良くやった!だからな、その、私を連れて逃げないか?それこそが一番の仕事だろう?私は司令だ、そうだろう?さ、さっきのことならば不問にする、いや私を無事に神殿まで運んだならば昇進も考えよう!!ま、まてっ!金か、金ならば払う!!知っているか、司令には臨時徴発費というものがっ!」


 どうやら足を怪我してしまったのか、今だに地面に這いずっているモイーズは、懇願するように二人に語りかける。彼はその作りのいい服の胸元を開いては、懐から何かを取り出そうとしていた。

 彼の言葉が半ばを過ぎた辺りから、呆れた二人は背を向けて歩き出している。それを見たモイーズは語気を強めながら自らの存在の必要性を説いていたが、決死の覚悟を決めた二人には届かない。


「そうだ、そうだー!勝手に覚悟決めやがって、私はどうなるんだー!!」


 どちらかといえばモイーズに便乗して自分の存在をアピールし始めた、ダフネの声の方が彼らの足を止めさせていた。

 二人が行ってしまえば置いて行かれる事になる、彼女の主張はもっともなものであったが、モイーズが取り出そうとしている金銭を気にして、目線をチラリチラリと向けている様を見れば、溜め息も吐きたくなる。


「シモーナさん、申し訳ありませんが彼を連れて避難してもらえますか?」

「あぁ、それがいい。・・・じゃあな、嬢ちゃん」

「ま、待て!この娘も言っておるではないか!そこの少年も、この娘を守ることが役目であろう!自らの責務を捨ててはいかんっ!娘を守ってここは退くのだ!なぁ、娘、シモーナもそう思うであろう!?」


 覚悟を決めた男達の別れは、モイーズの無遠慮な声に掻き消される。彼らにいくら言っても聞かないと悟った彼は、ついにはダフネの足へと縋り付いては彼らの翻意を願って叫び続ける。

 ダフネがモイーズのその行動に眉を顰めながらも拒絶しないのは、彼女自身も彼と同じ意見だからだろう。同意に強く頷いてみせる彼女はでも、掴まれた足の爪先を浮かせては接触を嫌っている。


「そうだよ、ガストン君。こんな所で死んじゃ駄目だよ。アルマンも逃げよう?まだ、間に合うよ」

「そ、そうだ!彼女の言うとおりだぞ!おま、ぐぎっ!」


 先程までの気楽な様子と打って変わって、ダフネは真摯な態度で二人に語りかける。それは彼らが本当に死を覚悟してしまったことを悟ったからか、引き止めようと伸ばした手は届かなくても、掴んでくれることを願って差し伸べた。

 その瞳に溜まった涙は、調子に乗って同調してきたモイーズを蹴りつける時に零れてしまった。気まずくなった彼女は、照れ隠しに薄く笑って見せるが、それは諦めの表情にも見えた。

 そんな彼女の姿に、二人はそれぞれ違った仕草で困り果てる。ガストンは俯き目を逸らし、アルマンは空を見上げて苦笑していた。


「ひぃ!?お、お前達!早く、早く私を連れていけぇ!!」

「・・・どうやら、もう無理そうだな。悪いな、嬢ちゃん」

「っ!シモーナ、早く逃げろ!!」


 それに最初に気がついたのは、常に不安そうに周りを窺っていたモイーズだった。

 土煙を上げながら迫るゴブリンは、数を数えるのも億劫になるほど大軍で、神殿へと続くこの一本道に今にも殺到しそうな勢いだ。それを発見したモイーズは恐怖に尻餅をつく、彼の懐からは取り出そうとしていた高価な硬貨が零れ落ちるが、それを気にする余裕もなく必死に後ずさっている。

 視界を覆いつくす大軍に、ガストンとアルマンは即座に剣を抜き放つ、その頬には冷や汗が伝っていた。それも無理もないだろう、目前の事態に彼らの計画はすでに頓挫している。

 命を賭した計画すら一蹴されて、もはや無駄死にしか待っていない状況にも、彼らの覚悟は揺るがない。彼らにはまだ守るべき者がいる、ダフネは背中を向ける二人の姿に、手に持った弩をギュッと抱えた。


「あたしも戦う!今更逃げたって、間に合うもんかっ!!」

「その時間を俺達が稼ぐっていってんだ、それぐらい格好つけさせろ!!」

「ダフネ!!」


 彼女が戦列に加わったところでどれほどの加勢となるだろうか、大事な玩具を抱えるように弩を胸へと抱きしめるダフネは、我侭を言う子供みたいに二人に向かって叫んでいた。

 そんな彼女を諭す言葉は優しくはない。刻一刻となくなっていく余裕に焦りだけは加速していく、それでもアルマンはダフネに対して精一杯格好つけていた。

 彼らはすでに駆け出していた、圧倒的な数の差にせめて引き付ける事で彼女に向かう敵を減らそうと。その姿にダフネは一歩踏み出して、止まる。

 そして一度目を伏せ首を振った彼女は、何事か呟いて振り返る。彼女が這いずって逃げていたモイーズに追いつくのは一瞬の事だ、その首根っこを掴んだダフネは体重差につんのめっていた。


 強烈な光が辺りを覆う。


 爆発の衝撃に、体勢を崩していたダフネはそのまま地面へと尻餅をつく。予想もしない方向に首元を引っ張られたモイーズは、青い顔をしては必死に自らを締め付ける衣服を引っ張って、呼吸を確保しようともがいていた。

 なにが起こったのかと振り返るダフネは、眩しさと爆風に顔を庇っている二人を見て安堵の息を吐く。彼女の手が緩んだことでやっと解放されたモイーズも、安堵に呼吸を荒くしていた。


「なんだ!?いったいなにが起きた!?」

「っ!ジラルデ司祭!!アル、カルネさん!魔道部隊による援護です!これならっ!」


 突如閃いた光の眩しさに目蓋をしばたたかせる二人は、ようやく捉えた事態に戸惑いの声を漏らす、こちらへと殺到してきていたゴブリン達は、先頭を焼き払われ多くの死体を晒していた。

 まだ匂いも漂うはずもないのに、その光景は思わず鼻を押さえたくなるものであった。しかし無駄死にを覚悟していた二人にとっては希望の景色にもなる、一度彼方へと顔を向け感謝の声を上げたガストンは、すぐにアルマンへと希望に満ちた瞳を向ける。


「魔道部隊?あのお飾り部隊が、か?・・・・・ふっ、後で謝らんとな」

「前に出ましょう!あの丘からでは、ここは狙いにくい」


 魔道部隊を式典用のお飾り部隊だとしか思っていなかったアルマンにとって、今まで頭上を通り過ぎて行った魔法は全て聖女によるものだと認識していた。彼女ら去った後すぐに避難民の誘導に入った彼には、それ以降の彼らの功績は窺い知れず、今ようやくその力を目の当たりにしていた。

 先頭が焼き払われて今は混乱に足を止めているゴブリン達も、やがては立ち直りこちらへと殺到してくるだろう。一本道に両側を森へと挟まれたこの場所では、まともな魔法の援護が受けられずジリ貧になることはわかっていた。


「万が一にも勝ち目が出てきただけましか?行こう、ガストン君。どの道覚悟はできてるだろう?」

「はいっ!」


 駆け出した二人に反応するゴブリンの動きは鈍い、どこから受けたかもわからない攻撃を警戒する彼らのほとんどは、目の前に迫ってくる二人に対して気を配ってもいなかった。

 彼らの接近に気がついた数匹のゴブリンは、周りに対して警戒を喚くが相手にされない。やがて痺れを切らしたように、何匹かのゴブリンが二人に向かって進み出る。

 それは二人にとって願ってもない状況だろう、魔法によって減らされた数も、依然として圧倒的な差があることには変わりない。向かってくるゴブリンに、今度は分かれずに二人は駆けてゆく。

 接敵が近くなり二人は僅かに左右に分かれる、それはお互いの攻撃が当たってしまわないようにという配慮だろう。向かってくるゴブリンもそれに合わせて軌道を変え、彼らの真ん中に薄く隙間ができていた。

 どこかで小さな音が鳴ったと思うと、それはガストンの耳の横を通り過ぎる。もしかしたら一瞬前までそこにいたゴブリンを狙ったのかもしれないその矢は、たとえ彼らがそのままそこにいても当たりようのない、見当違いの高さを通り過ぎてゆく。

 余裕のない状況にガストンは一瞬だけ後ろに目をやる、足元にモイーズを従えたダフネは弩を構えたまま、自らが放った矢の行方を視線で追っていた。ガストンが前方から注意を逸らしたのは僅かな間だけだった、しかしその一瞬の間に何事かが起こり、遠く前方から悲鳴が響く。


「やった!」


 その短い喜びの声は誰が上げたのかは見なくてもわかる。直線上の軌道を描いていた矢も、有効射程を過ぎれば放物の軌跡を描く、遥か上空を狙っていたその矢も気づけば地面へと矢尻を向け、ゴブリン集団の後方に控えていた者へと突き刺さっていた。

 どこから受けたか分からない攻撃に対して警戒していた集団には、その攻撃は驚くほどに効果的であった。最後方から上がった悲鳴に多くの者は事態を把握できずに警戒をさらに強め、ガストン達の目の前まで迫っていたゴブリン達も、後方で起こった異常事態に注意がそちらへと向かってしまう。


「ふんっ!」「はっ!」


 その隙を見逃すガストンとアルマンではなかった、袈裟切りに最初のゴブリンの首を落とした二人は、続くゴブリンにガストンは脇腹から胸元を、アルマンは胴体を横薙ぎに深く切り裂く。

 最後の一匹は流石に後ろを気にしている場合ではない悟り、こちらへと注意を向ける。より近くにいたガストンへと棍棒を振り下ろしたゴブリンに、ガストンはかわそうともしない、事実としてその軌道は途中ガクンと歪み、ガストンの身体を逸れてゆく。

 アルマンの放った刃がそのゴブリンの足を寸断していた、二つ目の足も切り離そうとした剣は、その切っ先を脛の半ばで止めたが十分だ。片足を失い体勢を崩したゴブリンに、もはやなす術はない、ガストンは剣を振り下ろす。

 振り切ることでアルマンに当たることを恐れたガストンの剣は、ゴブリンの頭蓋を砕いては途中で止まるが、致命傷であることは疑いようがなかった。


「こんなもんか、次は・・・大丈夫そうだな。しかし、助かりはしたが、嬢ちゃんよぅ・・・」

「生き残る可能性があるなら、あたしも戦う!ほら、あんたは矢を番えて、早く!」

「わ、私がか?し、しかし・・・」

「いいから!!」


 勝手な行動を取ったダフネに、文句を零すアルマンもその語気は弱い。結果的に助かったのは事実であったし、戦意に満ちた様子の彼女を言い包めるには時間が足りないのも事実であった。

 ゴブリンの大軍に怯えてダフネの足に縋りつくようにしていたモイーズは、彼女に弩を渡されて戸惑っていた。しかしダフネの有無を言わせない態度に押されて、弦を引くためのレバーを必死な顔をして引いている。


「カルネさん!」

「あぁ。ったく、俺達には当てないでくれよ!」


 ゴブリン達の動きをずっと注視していたガストンは、動き出した彼らにすぐに警戒の声を上げる。猶予が残されていないことを知ったアルマンは、ダフネの説得を諦めて消極的な賛成を告げた。

 その声に嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、余計にモイーズを急がせてその身体を足で小突く、慌てる彼の悲痛な声だけが小さく響いていた。


「ガストン君、魔道部隊の魔法はどれくらい持つと思う?」

「わ、わかりません!まだまだ大丈夫なのか、さっきのが最後なのか、私には見当も・・・」

「はっ!そりゃ頼もしいね!!せいぜい運のいい方に賭けるとしますか!なに、掛け金は始めから決まってる!」


 啖呵を切ったアルマンに、それが合図だったかのように見当違いな矢が飛んでいく。

 少なくとも幸運は二度続き、今度もどこからか悲鳴が上がる。

 更なる幸運を願って彼らは駆けてゆく、その先に待っているのが絶望だったとしても。

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