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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
魔王ヴェルデンガルト
15/63

一本道の死闘 1

「お、落ち着いてくださいっ!我々の誘導に従って!魔物達は兵士達が抑えています!落ち着いて、落ち着いて我々の誘導に従って避難してくださいっ!!」


 避難を誘導を試みる兵士の大声が虚しく響く、魔物達の存在に恐慌状態に陥り我先を争って逃げ惑う民衆達にとって、冷静な振る舞いを求めるその声は戯言に過ぎなかった。

 彼らが陣取る位置を境に民衆の密度が変わるのも、森へと入ることを人々を嫌ったからであり、別に彼らの誘導に従っているわけではないだろう。

 当然そのような状態で大量の人が逃げ惑えば怪我人も出てくる、それなりに整備されている神殿への道も石畳が敷かれた街路とは違い、多少のデコボコもあれば取り除かれていない石や礫の類もある。

 それらに躓き倒れた者は、パニックを起こしている後続の者に容赦なく踏み潰されることになる。あっさりと意識を失ったり、死ねた者は幸運かもしれない、人々の列はまだまだ続くのだから。


「お願いです、落ち着いてっ!まだ、危険な状況ではありません!どうかっ・・・!」

「馬鹿いってんじゃないよ!皆、さっさと逃げな!こんな奴らの言うことなんか聞くことないよ!!」


 逃げ惑う民衆達に呼びかける兵士の声は悲痛だ、パニックを起こしている人々と違い彼らからは見えているのだろう、人々の波で押し潰され死んでいく人の姿が。

 混乱した状況にほとんどの人はそれに耳を貸さない、しかしあまりに悲痛な叫びに、近くを通る人の中には足を緩める者もいた。彼はそれに安堵の息を吐くが、すぐに横から胸倉を掴まれる。

 兵士の胸倉を掴んでいるのはそばかすの女だ、悲惨な現場を見続けたためか、消耗している兵士はその女の剣幕に気圧されてしまう。周りの同僚達もそれを見て女を引き離そうとするが、疲れが彼らの動きを鈍くして意外と力の強い女に手間取ってしまう。

 周りの民衆は戸惑っていた。兵士達と見知らぬ女を見比べれば、どちらに従うべきかは一目瞭然でも、一刻も早く逃げ出したいと願う彼らの願望を肯定してくれる、女の力強い言葉に惹かれてもいた。


「おい、あの女!」「どっかで見たことないか?」「聖女様だ、聖女様と一緒にいたっ!」「後ろの少年もそうじゃないか?」


 やがてどこかから声が上がる、その声は彼女が聖女様の傍にいた女性であるということを囁いていた。その事実はすぐに人から人へと広がっていく、それは彼女へと取り付いた兵士を引き剥がしている少年兵の姿も後押しとなっていた。


「逃げるのだって戦争なんだ!弱い者が生き残るために必死に戦ってんだよ!!それをあんたらが、可哀想だからって止めるのかっ!」

「し、しかし・・・」

「彼女の言うとおりです・・・皆さん、早く!一刻も早くここから逃げてください!!」


 数の違いに少年兵が引き剥がせた兵士は全てではない、それでも女は食って掛かるのをやめなかった。周りの兵達も次第に彼女の語気の強さに、押さえるのを諦める様に離れていた。

 それでも反対の声を上げようとしてのは、彼女に掴みかかられている兵士だ。彼は誰よりも大きな声で民衆に冷静さを求めていた、彼は心から人が踏み潰され死んでいくのを止めたかったのだろう、それも肩を叩いた少年兵によって制止させられる。

 聖女の傍にいた女であるダフネと、少年兵であるガストンはそれぞれ、その特異さから周りに認識されていた。ダフネは聖女の傍に控える唯一の女性として、ガストンはその年若さによって。

 そんな彼らの言葉は民衆によく響いた、一旦足を止めようとしていた民衆達も次第に駆け足になっていき、今では前と変わらぬなりふり構わぬ逃亡となる。

 それはガストンが剣を抜いたことも関係しているだろう、彼は民衆達が逃げるのとは逆方向に注意を向ける。突然武器を構えた彼の姿に戸惑った周りも、その視線の先に何もないのを見て安堵に息を漏らす。

 しかし不安に自らの武器に手を掛ける者もいた。彼らは思い出したのだろう、ダフネやガストンがどこから来たのかを、揺るがないガストンの姿勢にダフネは不安げにその肩に手を添えた。


「私達も戦う時が来たようです・・・剣をっ!」


 ガストンの視線の先から現れたのは一人の男だった、一本道の先の開けた場所へと、視界のブラインドとなっている森の陰から飛び出してきた壮年の男は、身体の至る所を血に汚したボロボロの姿で転がり込んでくる。


「はひっ・・・・ひぃふ・・・・ごふ・・・・ごふ・・・がっ!」


 彼はこちらの姿を確認すると、口を大きく動かして何かを訴えかけようとしていた。しかし息が切れて発音できないのか、それとも口の中がボロボロで声を出すことが難しいのか、まともな言葉は聞こえてこない。

 しかし彼が言いたかった事はすぐに伝わる。彼の後ろからは、複数のゴブリン達が押し寄せてきていた。


「ひぇ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 慌てて剣を抜いて構える兵士達に、男も自らの後ろの状況に気がついたのだろう、もはや判別不能の叫び声を上げながらこちらへと駆け込んでくる。

 その速度はボロボロの身体を考えれば意外なほど素早かったが、後ろを走るゴブリンたちを振り切れるほどではない、彼の悲鳴が一段と高くなったのはそんな状況を悟ったからだろうか。


「たす、たすけぇぇぇてぃぃぃ!!ひぁっ!!?」


 躓き倒れたのはそんな時だ、危険の接近につい後ろを振り返ってしまった男は、前方の障害物に気づけない。そのつい先程までは暖かかった筈の肉の塊は、踏み潰された苦しみに道連れが欲しいと、彼も死の淵へと落とし込む。


「お、お助けぇぇぇぇ!」


 地面へと倒れ伏した男は、もはやせめてもの抵抗に頭を両手で覆うことしかできない、くぐもった悲鳴だけがあたりに響く。

 ゴキンッ、と響いた鈍い音は骨が砕かれた音ではない。男の姿見えたのと同時に飛び出していたガストンは、どうにか彼の元へと辿り着き剣を振り払っていた。

 男を追っていたゴブリンの先頭はやけに体格の良い個体で、装備もそれに従うように良い物を身に纏っている。彼らにも扱いやすそうな金属製のメイスを弾き返すのに、刃が欠けること恐れたガストンは、剣の峰を這わせるように合わせた。

 力に押されどうにか受け流すことしか出来なかった攻撃は、男が倒れた地面の横をを叩く。そこにあった肉の塊の一部が潰されて、鈍い音を立てた。


「ひぃぃぃぃぃ!!」


 飛び散った肉と血が男の身体をさらに汚す、特にその頬に張り付いた肉片は彼を恐怖させるに十分だったのだろう。混乱する心には痛みはなくとも、それが自分のものとも思えるならば、両手で身体のあちこちを確かめている男は、ずりずりと這うようにして危険地帯から逃げ出していた。

 スパイクの付いたメイスが肉に深く食い込んで、引っ張り上げるのは少しだけ苦労する。叩き潰した骨が肉体の繋がりを弱めて張り付いた腕は、やがて筋肉の筋だけを残してずり落ちた。

 男を追ってきたゴブリン達のリーダーらしいゴブリンは、少し小柄なガストンと体格面でも互角に見える。ならば魔物特有の身体の強靭さが脅威となってくるだろう。

 ゴブリンの一撃を受け止めた手の痺れに、ガストンは焦りを覚えていた。先頭に遅れていたゴブリン達が彼の周りを取り囲もうとしていれば、なおさら。


「誰かっ!助けてください、長くは持たない!!」


 ガストンが救援を求めるのと、ゴブリンのリーダーが切り掛かってくるのは同時だった。いまだに残る腕の痺れに、もう一度受けるのは危険だと判断したガストンは、半身を逸らしてその攻撃をかわす。

 全力で振り下ろしたメイスに、リーダーの身体は隙だらけだ。それでも全身を仰け反らせて体勢を崩したガストンでは、肌を裂く一撃がやっとであった。


「ああぁぁぁぁぁ!!」


 しかし軽い攻撃に大地を踏みしめたガストンと、渾身の一撃に身体を起こしているリーダーではガストンのほうが早い。

 身体ごとぶつかるようにして全体重を乗せた突きは、それでも必殺の一撃にはならない。周りのゴブリンが彼の身体を打ちつけ軌道が変わる、幸運だったのは彼らが手にする武器が刃物ではなかったことか、渾身の突きはリーダーの脇腹を引き裂いただけで終わっていた。


「ぐがぁぁぁぁ!?」

「っ不味い!?」

「ぐぎっ!?」「がぁ!?」「ぐぅぅぅ!!」


 致命傷にはならなかったとはいえその攻撃は痛かったのか、リーダーのゴブリンは叫び声を上げては無茶苦茶に暴れ始める。その無秩序な暴力はあまりに危険だ、影響範囲から素早く飛び退いたガストンですら僅かに掠めて傷を作る。

 そんな敏捷性を持たないゴブリン達では成す術がない。近くにいた幾匹かのゴブリンは身体のどこかを潰され、ある者は即死し、ある者は戦闘不能となっていた。

 我を失い暴れるリーダーゴブリンは危険ではあるが怖くはない、ガストンは円を描くように動いていた。

 無事でいるゴブリン達は自分達のリーダーの突然の凶行に戸惑っていたが、いつまたガストンに攻撃してくるとも分からない。リーダーを挟んで彼らの反対側へと回ったガストンは、彼の背中に突き刺さった短剣の存在に気がつく。


「あれは・・・?」


 これまでにこのゴブリンと戦った者が残していった功績だろう、ガストンはチラリと地面を四つんばいで這っている男に目をやる。

 その情けない後姿からは想像できないが、彼も兵士だ。しかもよく見れば階級も高そうに見える、ならば一矢を報いていても可笑しくはない。


「はっ!」


 短く吐いた声は決意を促すため、暴力の嵐を掻い潜ってそれを行うのに必要なのは何よりも勇気だ。

 破壊の一撃の隙間を縫って振り上げた蹴りは、ゴブリンの背中の短剣を叩く。躍動する筋肉にひり出されそうになっていたそれは、ガストンが与えた衝撃に柄だけを残してゴブリンの身体に突き刺さる。


「ぎぃっ!!?」


 それはゴブリンのリーダーが、思いっきり地面へとメイスを打ち付けているのと同時だった。強烈な痛みに反射が全身のバネを躍動させて、驚くような速度で彼の身体は跳ね上がる。

 その速度は彼の握力をも凌駕したのか、すっぽ抜けたメイスが二匹のゴブリンを巻き込んでは、何処へと消えていく。


「はぁっ!!」


 彼の口は大きく開き、悲鳴を上げようと息を振り絞っていたのだろう、ガストンは振り上げた足をそのまま下ろし間合いへと踏み込んでいた。

 武器を失い隙だらけの姿に、今度はこちらも万全の体勢に外しはしない。丁度伸び上がった身体は急所を剥き出しにもしている、斜めに奔った剣の軌跡はリーダの首を切り落とし、余勢で彼の肩の肉も削いでいた。


「ぐっぎぃ!!?」


 上げようとしていた悲鳴は断末魔にもなりきれない、半分に断ち切られた声帯はまともな声も出すことは出来ずに、それに付随するものと一緒に地面へと転がった。

 彼の身体の方はまだ倒れないが、伸び上がった姿勢は少しずつその重心を後ろへと傾かせている。彼らのリーダーの死に、周りのゴブリン達はまだ対応できていない、その隙をガストンは見逃さなかった。


「ふぅっ!」

「ぎっ!!」「ぐがっ!?」


 渾身の力を込めた一撃に身体はまだ深く沈んでいる、しかしその状態からでもリーダーを殺され放心状態のゴブリンを倒すことは出来る。

 身体を起こす勢いを込めた切り上げは、一番近くにいたゴブリンの腹を割いて内臓を露出させる。失っていく血液と共に、力を無くしていくそいつにタックルをして、後ろにいたゴブリンごと体勢を崩させた。


「おお、らぁ!!」


 致命傷を受けたゴブリンに既に立っている力はない、吹き飛ばされたそいつはそのまま倒れていき、斜めに切り下ろすこの剣の障害にはなりはしない。

 切り離した頭が宙を舞う。さらに踏み込み次の得物ためにガストンは剣を引く、流石に自らの身の危険を悟ったゴブリンは、ようやく身構えようとしていた。

 それでもまだ、ガストンの方が早い。

 残ったゴブリンは二匹。一匹はこのまま倒せるが、二匹目は正面から戦うしかないだろう。ガストンは斜めに引いて溜めた力を解放する。

 斜め下からゴブリンの首を狙って奔った剣は、その始めに落ちてきた頭を弾いて軌道が上ずった。それでもどうにか狙ったゴブリンの頭蓋を削った剣先はでも、伸びきった身体に隠しようのない隙を晒してしまっている。


「まずっ―――!?」


 予想できない軌道に、力を制御しきれない身体は爪先を浮かせてしまっている。地面への接点を失ってしまった足がこの身体を動かせるようになる頃には、残ったゴブリンの攻撃が届いてしまう。

 こちらへと敵意を向けるゴブリンは、珍しく金属製の刃物をその手にしていた。聖女に集まる視線に威圧感を与えないために鎧を着込まず、服の下に纏った鎖帷子だけが頼りなこの状況に、悲惨な未来を予測したガストンは短く悲鳴を上げる。


「いっけぇぇぇぇ!!」


 迫る刃先にこの足は地面を踏む、逃げようとする本能に間に合わないという理性が勝る。幸い剣も腕も振り上げたまま、今は一瞬でも早くゴブリンの意識を断って致命傷を避けるしかない。

 無理な姿勢で振り下ろした剣に筋肉が軋む、その軌道はうまく急所を狙えずに硬いゴブリンの頭蓋へと迫る。それでも最悪意識は断てると算段した意識は、狙いを下腹部に変えて姿勢を低くしたゴブリンに打ちひしがれる。


「くそっ!?」


 既に振り下ろされ始めた腕の動きは、今更軌道を修正出来はしない。変わった姿勢にそのままの軌道は、精々ゴブリンのその尖った耳を削れるかどうか、避けないことを選んだ身体はもはや、一歩も動かすことは叶わなかった。


「らぁぁぁぁぁ!!」


 ドスッと、響いた鈍い衝撃音はガストンの身体から鳴ったものではない。横合いから飛び出してきた兵士が、ゴブリンの脇腹に身体ごと剣を差し込んだものだ。

 身体ごとぶつかるようにしてゴブリンへと突撃した兵士は当然、その勢いにゴブリンを押しのけていく。ガストンの下腹部に迫ろうとしていた刃先は、鎖帷子の端を引っ掻いて服を裂いていた。

 命が助かった幸運は、別の命を奪いそうな不運に塗り変わる。割り込んできた兵士に剣の軌道は致命の軌跡を描き、もはやその無防備な首筋に迫ろうとしていた。

 咄嗟にガストンが剣の柄を手放せたのは幸運の賜物だろう。その剣がどうにか、彼の衣服を裂いた程度で地面へと突き刺さってくれた事も。


「す、すみません!大丈夫でしたか!?いえ、それよりもありがとうございます、助かりました」

「いや、いいんだ。彼女言ったことは正しかったな・・・もはや一刻の猶予もないようだ」


 思ったよりも深く、ゴブリンへと突き刺さった剣を抜くのに苦労した兵士は、服が裂け僅かに血の滲む肩を擦っては、ガストンへと苦笑を漏らす。

 見れば彼は先程まで避難する民衆に、率先して冷静さを呼びかけていた兵士だった。彼はゴブリン達がやってきた方へと視線を向ける、そちらからは何人かの兵士がほうほうの体で逃げてきていた。


「俺は避難民が逃げる時間を稼ぐために足止めに向かおうと思うが、君は・・・」

「ガストン・ビュケです。足手まといでなければ、私もお供させてもらいます」

「それは俺が気にするべきだな・・・アルマン・カルネだ」


 周りに転がる、ガストンに切り殺されたゴブリンの死体を見渡したアルマンは苦笑する。一回り近く年の離れているように見えるこの少年が、自らよりもずっと腕の立つ戦士だと、この状況が何より雄弁に語っていた。

 アルマンが遠慮がちに差し出した手を、ガストンは力強く握り返す、年若い彼の眩しさに気圧されたのかすぐに手を離したのはアルマンの方だった。それはここがゴブリンの内臓が撒き散らされ、その異臭が漂う場所でなければ微笑ましい光景といえた。


「危ないっ!!」


 危険を告げる声はこちらへと来ていない兵士から、その声に反応して二人は振り返るがもう遅い。

 ゴブリンのリーダーに潰されて、戦闘不能と思われていたゴブリンの一匹が立ち上がりナイフを振り上げる。それは先程のゴブリンが命を絶たれ取り落としたものか、すでに振り下ろし始められた凶器に、二人は僅かに身じろぎすることしかできなかった。

 ゴブリンの歪んだ表情は勝利を確信したからか、いや頭蓋の形が歪むほどの衝撃を受けたその頭は、すでにそんな判断はついていない。

 血反吐の混ざった飛沫を撒き散らしながらこちらへと敵意を向ける彼を動かすのは、潰されても残った本能かそれとも消えない憎悪か、刃を振り下ろす間際にはそれすらも消えていた。


「おっ、当たった!やれば出来るじゃん、あたしにも。っと、これ硬いな・・・あんたお願い。ガストン君~、大丈夫~!」


 軽い音を立ててゴブリンの後頭部に突き刺さったのは、弩から放たれた矢だ。それはゴブリンの頭頂部に近い場所に刺さっており、彼がナイフを振るうために上体を上げていなければ、そのままガストンの顔へと突き刺さっていただろう。

 ダフネは自らが放った矢の命中に驚くように軽く跳ねる。近くの兵士から奪ったであろう弩に、新たな矢を番えて弦を引こうとするが、あまりの硬さにすぐに無理だとその兵士に放ってしまう。

 自由になった手で気楽そうにガストンへと手を振る彼女の姿に、ガストンとアルマンは顔を見合わせて冷や汗をたらす。それは彼女の気侭な行動が彼らの命を奪いかねなかった事も原因であるが、そんな彼女に命を救われた事実の方が大きかった。


「シモーナさん!その、危ないですから、あまりそういう事は・・・」

「なに、それって文句?えぇ~、こっちはか弱い乙女なんだよ?そっちがちゃんと避けてくれないと。それに凄くない?一発で当てたんだよ!」

「それは、その・・・助かりました」


 年上でもあり聖女の友人という事もあり、あまり強くは出られないガストンはやんわりと抗議の言葉述べる、それに不満なダフネは自らの薄いを胸を手を添えては、か弱さをアピールしてみせた。

 それよりもダフネは自らの功績を称えて欲しいのだろう、弦を引き終えた弩を隣の兵士から奪っては、ガストン達の方を狙ってみせる。それはやがて地面に倒れているゴブリン達の方へと動いていくが、舳先がふらふらと彷徨って、どこに矢が飛んでいくかも分からない有様だった。

 彼らは慌ててそれぞれの武器で、周りのゴブリン達に止めを刺してゆく。少し遠くの地面に突き刺さった自らの剣を回収しに行ったガストンがそれに参加する頃には、大半のゴブリンはその急所、喉や胸を剣で貫かれていた。

 ガストンがやる事は、それらに念のため二度目の止めを刺しておくことだろうか。喉を貫かれたのならば胸を、胸を貫かれたのならば喉に剣を差し込んでいくガストンに、先ほどのことを思えば慎重過ぎると文句も言えなかった。


「さて、そろそろいいだろ」

「えぇ、そうですね。カルネさんには何か案はありますか?私には少し・・・」

「アルマンでいい、こちらも・・・」

「待て待て待て待て!お前達、なにを勝手に行こうとしている!!」


 周りのゴブリンに十分過ぎるほど止めを刺したガストンとアルマンは、侵攻してくるゴブリン達の足止めに向かおうと足を進める。その途中に交換しようとした意見は、突如響いた大声によって中断される。

 その声の主はこの場所にゴブリン達を引き連れてきた男だ。先程までは地面どうにか這いずって進んでいたが、今はどうにか立ち上がれるようになったらしい、その両肩は兵士によって支えられていたが。

 見れば彼の姿は現れた時よりも、さらにみすぼらしくなっているように感じる。それはガストンの元へ慌てて駆けつけたアルマンに踏まれたためだったり、ゴブリンのリーダーがメイスで掻き混ぜた土を被ったりしたためだろう、彼が激昂している様子なのはそれだけが原因ではないようだが。


「そこのお前、確かアルマン・カルネと言ったか!お前達兵士は全て、エリスタール教区司令である、このモイーズ・ジュアンに従う義務がある、勝手に動くことは許さん!!」

「はっ!ジュアン司令官閣下!それでは私、アルマン・カルネをゴブリン達の足止めに向かわせてくれるよう、具申いたします!」


 青筋を立てて怒鳴り散らすモイーズの撒き散らしている唾が、そこまで届くわけではないが、嫌そうに顔を顰めたアルマンは踵を合わせて靴を鳴らす、拳を作って叩いた胸が大げさなほどに音を立てた。

 アルマンに喚き散らしながら、モイーズはチラリとガストンの方を見ては苦々しそうに眉を顰める。聖女の直属である彼にはあまり強くも言えないモイーズにとって、彼の存在はただひたすらに目障りであった。


「ならん!お前達は私を護衛しつつ、神殿まで退避を命じる!それ以外は一切許さん!!」

「はっ!ジュアン司令官閣下!糞喰らえであります!!」

「なっ、きさ、がっ!?」


 自らの命の保全を第一に考えるモイーズの命令に、アルマンは先までと同じ姿勢で罵倒を返す。その言葉に反応したモイーズが怒声を返すよりも早く、駆け出したアルマンが彼を殴りつけるのが早かった。

 綺麗に頬にヒットしたアルマンの一撃に、モイーズはゆっくりと倒れてゆく。彼は兵士二人に支えられていたが、迫り来るアルマンの迫力に彼らは咄嗟に身をかわしていた、それはアルマンが殴りつける瞬間で、失った支えにモイーズはそのまま倒れるしかなかった。

 突然の凶行に周りの兵士達はただ呆然と立ち尽くすばかり、モイーズを支えていた二人の兵士だけが表面上は心配そうに彼の様子を窺っている。

 そんな中で一人、アルマンの行動に歓声を上げる者がいた。ダフネは嬉しそうに片手を振り回してはアルマンにもっとやれと煽っている、その姿にガストンは困ったように、アルマンは若干嬉しそうに笑みを漏らしていた。


「いいぞ、いいぞー、アルー!もっとやってやれー!!ガストン君もほらっ!」

「アルマンだ、嬢ちゃん」

「シモーナさん、それはちょっと・・・」

「・・・はっ!い、痛いぞ!なんだ、なにが・・・き、貴様!なにをやったか分かっているのか!こ、この私をっ!!お前達、何をやっている!さっさと奴を捕まえんかっ!!」


 漂っていた和やかな雰囲気は、モイーズが目覚めたことによって緊迫へと変わる。自らの得物に手を掛けながら、ジリジリと後ろへと下がっていくアルマンは、何も同僚をその手に掛けたい訳ではないのだろう、視線を左右に投げかけながら見逃してくれと訴えている。

 ガストンは慌ててダフネへと駆け寄ろうとしたが、その行動が何かの口火を切ってしまいそうで躊躇ってしまう。二の足を踏む彼を尻目に、空気が変わったことを即座に察したダフネは、何食わぬ顔で渦中となっているエリアから身を引いていた。

 一瞬の失神に記憶が寸断されたモイーズは少しの間呆けていたが、すぐに今までのことを思い出してアルマンを糾弾する。その命令は明確であり、上官である彼のそれを兵士達は無視できなかった。

 兵士達の包囲は狭まっていき、アルマンは諦めたように剣を鞘から抜き放つ。緊張が走り彼の頬から汗が垂れる、ガストンは割って入れない自らの不甲斐なさに唇を噛んでいた。

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