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聖剣物語  作者: 斑目 ごたく
魔王ヴェルデンガルト
14/63

ボドワン・ジラルデは諦めない

 丘の上に鈍い打撃音が響く。

 神殿の上部にたむろしていたハーピー達も、幾度か狙われているうちに流石にここが脅威だと気がついたのか、何体かのハーピーが送り込んできていた。その数はあまりに少なく、魔道部隊の魔法の威力を考えれば一蹴できるほどであっただろう。

 しかし現実はいまだに何匹かのハーピーは丘の周りを旋回し、それ以外の者は巨体の男に群がって攻撃を加えていた。

 それは何故か。


「ジラルデ隊長、危険です!ここは私達が!!」

「馬鹿者!!お主らはあちらを見ておればよい、あのゴブリン共を屠る事こそ魔道部隊の本懐。これをやらずにしてなにが魔道部隊かっ!こっちはわしに任せておけばよい!!」


 ジラルデは野心に燃えていた、いや希望といってもいい。

 大勢の魔物に襲われつつある眼下の状況は悲惨であろう、しかしこんな状況こそ彼の魔道部隊が輝く場所であり、彼が長年待ち続けていた檜舞台であった。

 そんな彼にとってこの身を心配し、この身体に纏わりつく羽虫を払おうと、せっかく練った魔力を向けようとする部下の存在は不満でしかなかった。

 しかしそれも悪くはない、今ハーピーへと叩き付けた拳は、怒りによって増強され重い打撃音を響かせていた。


「ほれっ、ちゃんと見とらんか!ゴブリン共が突破してきておるぞ!!あそこの兵は頼りならん、お前達が働かんと持たんぞ!!」

「っ!光よ!!」


 一匹のハーピーを地面へと縫い付けて、出来た余裕にジラルデは村の方を示してみせる、その先には聖女が作った炎の壁を迂回したゴブリン達いた。彼らは我先を争って、建物へと雪崩れ込んでいる所だった。

 慌ててヴァレリーは魔法を発動させる、彼の手元から放たれた膨大な光はしかし、瞳を焼き付けるほどではない。

 本来、光とそれに伴う膨大な熱量をもって敵を焼き払うこと目的にしたこの魔法に、目が眩むほどの眩しさや鼓膜を叩く爆音は無駄なものであった。未熟なヴァレリーは魔法を制御しきれずそれらを生み出していたが、今回は瞬きの回数が増える程度の眩しさで済んでいた。

 ヴァレリーから放たれた光の束は、呼吸一つ分の時間ほどでゴブリン達の下へと届く。ここからは遠く詳細は視認出来ない距離にも、焦げ付いた地面に焼け焦げたゴブリンの死体が何体か転がっているのは見える。

 集団の中頃を直撃した魔法に、その威力を目の当たりした後方のゴブリンは逃げ出し始める。しかし先頭を走っていた数匹のゴブリンは、そんな惨状を気にすることもなくそのまま村へと走っていく。

 慌てて狙いを定めるヴァレリーも建物ごと薙ぎ払う勇気はなく、それぐらいなら対処できるはずと別の集団に狙いを変えていた。

 ジラルデが作った聖句を模した詠唱は、信徒にとって心を一つに集中しやすいものであった。言葉の中に織り込んだイメージは魔法の効果を想起させ、発動者もしくは収束者であるヴァレリーの負担を軽くする。

 イメージを同一にしやすい詠唱は、魔法の暴走の危険性を引き下げる。通常では邪念や余計なイメージを発動者が無理やり魔力を使って制御する必要があったが、信仰心を下敷きにしたこの儀式魔法は、そういった余計を極力省いていた。

 その証拠として何度も魔法を行使したはずのヴァレリーが、今だにぴんぴんしていることが挙げられる。しかしそれは彼とは違ってぐったりしている同僚達を見れば、彼が異常であるだけとも言えた。


「ふんっ!まだいけるな、ヴァレリー!次は向こうじゃ、分かるなっ!!」

「は、はいっ、隊長!」


 飛び掛ってきたハーピーの首根っこを掴んで地面へと叩き付けたジラルデは、今度は別の方向から抜け出してきているゴブリン達を指し示す。その動作の一連にヴァレリーの様子を見たジラルデの顔には、苦々しい表情が浮かんでいた。

 彼には気に入らないことがあった、それはヴァレリーのが使う発動句である。発動句とは魔法を発動するために叫ぶ語句であるが、これはその発動する魔法のイメージする言葉で、術者の心象に強く根付いたものを用いる。

 彼がヴァレリーに教えたこの魔法の発動句は、神の鉄槌を、であった。

 ヴァレリーが今使っているその発動句は、聖女が使ったものそのものであり、彼女のことが気に入らないジラルデは、それを嬉々として真似る部下に苦い思いを抱いていた。


「天にまします我らが全能なる神よ、いと高きその力の一端を聖なる剣へと貸し与え、迷える人々の導き手と遣わせた慈悲深さをここに現したまえ、苦難のときはここに、善良なる者もここに、祈りの声は絶えず、今は嘆きへと変わる間際・・・」

「祈りの声を絶やすな、それが我等の力となる!まだまだ先は長い、集中を切らすでないぞ!!」


 何度繰り返したか分からない詠唱を行う魔道部隊の者達は、祈るように両手を組んでいる。ジラルデの教育によって敬虔な信徒になっていた彼らにとって、その仕草が最も邪念を失わせる方法なのだろう。

 度重なる魔法の行使によって顔色は青ざめ、頬はこけつつあっても、彼らの祈る姿は揺らぎようのないものであった。

 そんな彼らを言葉で煽りながら士気を保とう試みているジラルデは、よく見れば誰よりもボロボロである。

 元々崖から転げ落ちたことにより、かなり擦り切れていた青地に金の紋章入りの衣装は、さらにハーピーに切り裂かれて既に衣服の体を成しているのか分からない状態で、その下に剥き出しになっている肌も、無事な部分の方が少ないほど血が滲んでいた。


「光よ!!」

「よしよし、いいぞ!いいぞヴァレリー!次はあそこじゃ!分かるか、真ん中で無様に死体を積み上げておった連中が、とうとう壁を乗り越えおったわっ!それが無駄な足掻きだったと、奴らに思い知らせぃ!!」


 再び放たれた光の束は、今度は突出して来ていたゴブリン達を綺麗に焼き払う。一箇所に過剰な火力を集中させすぎていた反省を、ヴァレリーは僅かに狙いを動かし周辺を薙ぎ払う形で生かしていた。

 先頭集団を殲滅された後続達は混乱にしばらく立ち止まる。それはそのさらに後ろの状況を窺えない者達にとっては壁でしかない、衝突しては発生した被害に責任を押し付けあう小競り合いが始まっていた。

 その成果にジラルデは興奮して声を荒げるが、その歓声が響くのと同じ時、一つ静かな物音がする。とうとう限界を迎えた魔道隊の一人が、地面へとその身体を投げ出していた。

 しかし彼らに倒れた者を構っている暇などなかった、今も侵攻を続けるゴブリンが目の前で人里へと襲撃しているのだから。

 先程魔法で攻撃したゴブリン達もすでに体勢を立て直しつつある現状に、彼らは倒れることすら許されなかった。事実、地面へと倒れ伏した彼すら、今だ魔法の詠唱を止めていない。

 彼らは意識を失うその時まで、詠唱を止めないだろう。ジラルデもそれは承知している、彼自身他の者が全て倒れれば、ヴァレリーと二人で最後まで魔法を行使すると決めていた。

 それはこの中で最も魔力が高いヴァレリーが狙われること意味している、その時は彼は身を挺して盾となり、ヴァレリーを守ることを心に決めていた。その結果、命が失われることになろうとも。

 そして今まさに、ハーピー達はヴァレリーに狙いを定めていた。彼らもやっとヴァレリーこそが、一行の中で最も驚異となる存在だと理解したようだ。

 それは遅すぎるぐらいであったが、彼ら自身が狙われていない事と、目の前に存在する巨大な脅威が彼らの目を曇らせていたのだろう。


「むっ!?いかんっ!!」


 ヴァレリーの危機に気がついたジラルデは慌てて身を翻す、そのため掴んでいたハーピーの翼を放り投げる事となったが、そんな事はどうでも良かったのだろう。

 彼らの戦略の要はヴァレリーにあった。彼が倒れれば誰が生き残っていてもお終いとなる状況に、駆け出したジラルデの足は、その巨体に似合わぬ速度を叩き出す。

 興奮し、異常な力を発揮したジラルデに毟られた羽根が宙に舞う、甲高いはずのハーピーの叫び声が引き延ばされた時間に濁って聞こえた。危機に反応したヴァレリーが今さら身体を捻ろうとするが間に合わないだろう、すでにその脅威との間にはジラルデの身体が滑り込んでいた。

 予想だにしない割り込みに、ずれた狙いの攻撃であるならば、致命傷を回避できる自信がその巨体を誇るジラルデにはあった。しかしハーピーはスムーズに狙いをジラルデへと変えていた、まるで始めから狙いは彼であったかのように。

 鉤爪はすでに肌に刺さる、止まらない勢いはやがて心臓にも届く。


「隊長、ジラルデ隊長ぉぉぉー!!?」

「むぅぅぅぅぅんっ!!」


 それは半端な姿勢で振り返っているヴァレリーが叫ぶのと同時だった。ジラルデの分厚い筋肉と脂肪が鉤爪を防いでいる一瞬に、駆け抜けた一陣の風は引き連れてきた突風と共に、ハーピーの身体を真っ二つに切り裂いていた。

 悲鳴を上げたヴァレリーはついていけない事態に、その声の最後を迷わせた。彼の視界からは突然現れた謎の存在は消えてしまっている。

 魔法への意識を捨てられない彼は、反対方向へと振り返り直してその存在を探す。やたらと立派な体躯の馬へと跨った戦士は現れたままの勢いで、もう一体のハーピーへと切り掛かっている所だった。

 流石のジラルデも命の危機に肝が冷えたのか、その場に崩れ落ち膝をつく。しかしすぐに自らの目の前に落ちているハーピーの死体が、邪魔だとばかりに放り投げているのを見れば、誰もが彼は大丈夫だと納得するだろう。

 その投げられたハーピーの下半身が、他のハーピーを巻き込むのを見ればなおさら。

 さらにもう一体のハーピーを切り伏せた男は、ジラルデへと馬を寄せる。戦いのために完全武装していた彼は、兜を外して小脇へと抱えた。

 日差しを浴びて輝く金髪は、肩口に触る当たる辺りで切り揃えられ、涼しげな目元を飾る碧眼は彼の端正な容姿と一つとなっている。微笑みながら馬上から身を屈めて腕を差し出していた彼の手を、ジラルデは軽く手の甲で払って拒絶しては、自らの力で大地を踏みしめていた。


「ふんっ!レスコーの所の小僧が何の用じゃ!!あれの尻を拭うのに飽きて、わしのけつを舐める気にでもなったのか!」

「ふふ、相変わらずで何よりです、ジラルデ司祭殿。・・・しかし、その言葉を撤回してください。たとえあの隊長といえど、死者は尊ばれるべきです」


 差し出した手の行き場を失って、身体についた汚れを払っていたデュリュイは、こんな状況にも変わらないジラルデの言動に笑みを漏らす。しかしその表情もすぐに曇って俯いていた、言葉でこそ若干貶していても、彼の気落ちした様子からははっきりと上官への尊敬が感じられた。


「あの悪餓鬼が、か?お主、正気で言っておるのか?奴が戦場で死ぬようなたまなものか、どこぞの怪しげな男娼にはまって、性病で死んだというのならば信じられるがなっ!」

「はっ!確かにその方があの隊長らしい。私もね司祭、この目であの人の死体を見るまでは信じる気などありませんよ」


 ジラルデの汚い言葉は彼なりの励ましだったのか、デュリュイの顔から暗い色が晴れてゆく。その様子を盗み見ていたヴァレリーは上司の機転に感心するが、当の本人は晴れがましい笑顔を浮かべるデュリュイの顔を怪訝そうに眺めていた。

 気分の晴れたデュリュイは兜を被り直し、ハーピーの攻撃を受けそうだった馬を巧みに操ってかわしていく。逸れた軌道に合わせて剣を振るうが、同じ方向に進む力が傷を浅くしていた。

 そのまま飛び去ろうとしていたハーピーは、横から飛び出てきた巨体によって吹き飛ばされる。タックルの余波でそのまま止めを刺そうと試みたジラルデは、慌てて逃げ出したハーピーに鼻を鳴らす。


「流石ですね、司祭!しかし勿体無い・・・本当に我らの部隊に加わる気はないのですか?あなたならすぐに・・・」

「馬鹿者がっ!わしはすでに初代魔道隊隊長という、栄えある役目を仰せつかっておる。これこそまさにわしの天職!いと高き御方から与えられた使命であるっ!!なにを思ってお前達のような、ごろつきと一緒に旅をせねばならん!!」


 ジラルデの戦いぶりを眺めていたデュリュイは、ふと思い出したように彼へと提案を持ちかける、その勧誘の言葉は心からの賞賛に満ちたものだった。

 その誘いにジラルデは一喝で返す、彼はデュリュイの提案を心底理解できないと怒鳴り散らしていた。自らの役目を誇るあまり彼の仕事を悪し様に罵ってもいたが、ジラルデの決意に嘘偽りが一切無い事を知っているデュリュイは、肩を竦めるだけでその侮辱を収めていた。


「残念ですよ、本当に、ね。・・・・・・あぁ、そうだ!司祭、これを」

「なんだ、これは?・・・ふんっ!」


 馬の鞍に括り付けていた棍棒を差し出したデュリュイの口元は、どこか笑みが浮かんでいた。ただの木の棒の形を整えて補強しただけのその武器は、ボロボロの格好をした巨漢の男には妙に似合って見えた。

 受け取った棍棒の具合を確かめるように、上下にそれを振っていたジラルデは、急に棍棒を後方へと振り下ろす。後ろからジラルデの背中を狙っていたハーピーは、頭を潰されてゆっくりと後ろに倒れていった。

 彼の後ろでは、そのあまりの見事な使いこなしっぷりに、デュリュイが小さく拍手を送っていた。ジラルデが不満に息を漏らしたのは、それに抗議してのものではないだろう。


「一回使っただけで折れるとは、もっとまともな物をよこさんかっ!馬鹿者!!」

「それもそれなりに丈夫な物なのですがね・・・いやはや、司祭を普通の者と同じに扱ったのが間違いでしたね。・・・これを、今度のは金属製ですよ」

「始めからそっちをよこさんかっ!まったく、お主らは・・・わしをからかいおって」


 今度は鞍の反対側から金属製のメイスを手渡すデュリュイ。根元から折り曲がり、欠けた先端がハーピーの頭へと突き刺さっている棍棒を放り投げたジラルデは、それを受け取って振り回すがどこか先程よりも収まりが悪そうだった。

 それを見て忍び笑いを漏らすデュリュイを、ジラルデは一睨みで黙らせると丘の突端の方へと振り返る、そこにはこちらの様子を横目で窺うヴァレリーの姿があった。


「ヴァレリー!!何時までぼさっと突っ立っておるつもりじゃ!!さっさと魔法を使わんかっ!それともまだ時間が掛かるほど、お主らは鈍臭いのか!」

「ひ、光よ!!」


 慌てて放った魔法は、それでもある程度は狙った所に命中している。自らの死体の山によって炎の壁を乗り越えたゴブリン達を薙ぎ払おうと放たれた魔法は、若干狙いが逸れて死体の山を下っている途中の者達をも巻き込んでいた。

 それは返って都合が良かったかもしれない。魔法の衝撃によって一部が吹き飛ばされた死体の山はその頂点を低くし、また壁を乗り越えるためには多くの死が必要となっている。

 そうした成果もあって、ヴァレリーの怠慢は結果としてよかったのかもしれない。間延びした時間に詠唱しながらとはいえ休憩が出来た隊員たちの顔色は、若干ではあるが良くなっていた。

 うまく運んだ事態に不満顔をしているのはジラルデぐらいだろう。彼らの魔法の威力を改めて目の当たりにしたデュリュイは感嘆に息を漏らす、その反応もジラルデには不満だった。


「見事なものですね。彼は?前は見かけなかったと思いますが・・・」

「ふんっ!まだまだじゃ!!・・・ところでお主、何故ここにおる?向こうで戦ってくればよかろう?」

「私達は別の所からの部隊ですし、あまり指揮系統を乱しては、ね・・・それにこのような状況では、魔法の力が重要になる、そうでしょう?」


 素直に賞賛を告げるデュリュイに、ジラルデは不満に鼻を鳴らした。デュリュイはこちらをチラチラと窺っているヴァレリーの存在を気にかけたが、ジラルデはそれを嫌って話題を変えていた。

 ハーピー達も流石に彼ら二人の戦闘能力に恐れをなしたのか、遠巻きに旋回するばかりで襲い掛かってこなくなっていた。すでに片手で数得られるほどしか残っていない戦況にも、撤退を選ばない彼らに、他の場所で彼らと戦った経験のあるデュリュイは違和感を感じていた。


「それもそうじゃがな・・・ふっ、やはりお主はまた貧乏くじを引いたようじゃな、デュリュイよ!ほれっ!どうせ予備の武器も用意しておるのだろう、とっとと寄越さんかい!」

「急になにを・・・これは!?」


 何かに気づいたジラルデは、馬に乗るデュリュイの太腿をバンバンと叩いては新たな武器を要求する。その突然の行動に戸惑った彼も、予備のメイスに手を掛ける頃には異変を察知し、警戒に頭を廻らせた。

 視界が開けているのは丘の突端の一部分だけだ、その周辺の森の茂みががさがさと騒がしく音を立てている。

 やがて現れたのはゴブリンだった。その数は一行とほぼ同数程度だろうか、個々としては決して強いとはいえない種族に負けることはないだろう、彼らのほとんどが戦闘要員でないことを考慮に入れなければ。

 一行が陣取る丘の突端を取り囲むように姿を現したゴブリン達は、そのままじりじりと距離を詰めて来ていた。彼らは思い思いの武器をその手に取っている、多くは棍棒や刃先を石で作った粗末なものであったが、どこかから奪ってきたのか金属製の武具を身に着けるものもあった。

 しかし弓や弩といった、遠距離攻撃の出来る武器を持つ者がいないのは救いだった。それが多くいれば、数の力に成す術がなく敗北しただろう。

 それでは彼らは勝利することが出来るのか、一つ確実な方法がある。


「ジラルデ隊長!彼らに魔法を使います、退いて下さい!!」

「誰がそんなことを許可した!!お主らは村を守ることだけを考えておればよいっ!!こやつらは・・・」


 丘の突端からジラルデの後ろへと駆け寄っていたヴァレリーが、その腕を迫りくるゴブリンへと向ける。その目には決死の覚悟が見受けられたが、それ以上に怯えがあった。

 それも仕方のないことだろう、空を舞うハーピーは脅威ではあったが迫力に乏しかった。こちらを取り囲むゴブリン達は、はっきりとした敵意をその目に滾らせている、その殺意に気圧されてしまっても責められない、彼らの多くがこれが初陣であればなおさら。

 怯えを怒りへと変えることでどうにか力を振るおうとしているヴァレリーを、ジラルデは首根っこを捕まえて放り投げる。言葉よりも雄弁にその行動がヴァレリーにやるべきことを諭していた、力の調整に失敗して崖から落ちそうになっているのなんて、ちょっとしたの愛嬌だ。

 デュリュイから予備のメイスを受け取ったジラルデは、両手にそれを構えてゆっくりと歩み出る。血塗れの巨体な男が凶悪な武器を持って迫ってくる姿に、ゴブリン達も気圧されたように僅かに後ずさっていた。

 しかしそれも僅かな間だけであり、彼らは口々に濁った奇妙な発音の言葉を口にしては武器を振り上げる。それは彼らの確かな戦意を物語っているのだろう、それ以上は一歩も引こうとはしなかった。

 馬から下りたデュリュイはそのままジラルデの横へと歩み出る、その手には今まで使っていた刀身の長い剣とナイフが握られていた。それを両手をクロスするように構えたデュリュイは、馬から下りた際にその尻を叩いて馬を後方へとやっていた。

 丘の突端の方まで駆けていったその馬は、崖から落ちそうになっていたヴァレリーを、口で摘み上げて地面へと引き上げている。


「このわしと、こやつで相手してやるわっ!!」

「・・・司祭、実は私、先程死に掛けたばかりでして」

「ふはははははっ!心配するな、わしもそうじゃ!!」


 自信満々に大見得を切って見せるジラルデは楽しそうに両手のメイスを振り回す、彼の耳元へと顔を寄せたデュリュイは不安を口にするが、ジラルデは気にする素振りも見せなかった。

 呆れて嘆息を吐くデュリュイのすぐ近くをメイスが掠める。それに怒る事よりも、もはや止めようのないジラルデの様子に、彼は諦めて少し離れた安全圏で首を振る、改めて戦闘姿勢に入った彼の口元は僅かに歪んで見えた。

 高まる戦闘への期待にも、デュリュイに残った冷静な部分はチラリと後ろを覗き見る。そこにはようやく地面へと膝をつき、安堵に息を漏らしているヴァレリーが映っていた。

 彼はいざとなれば馬を使って逃げる腹積もりでいた。その時できればこの場にいる重要人物を連れて行こうと考えていたが、その場合すぐ横のこの巨漢の男か、頼りなさそうなあの少年のどちらを選ぶべきか、彼は決めかねてしまう。

 その逡巡は一瞬だ、今まさに始まろうとしている戦いの気配が、迷う時間を許さない。

 大声を上げたゴブリンが口火を切る一瞬前に、メイスとナイフがゴブリンの頭へと突き刺さるのは、ほぼ同時だった。合図も無しに同じ行動を取った二人の男は、一瞬だけ互いに目配せをしては健闘を期待しあう。

 投げつけたメイスをまだ使うつもりのジラルデは、頭を潰したゴブリンへと猛然と突進し、新たなナイフを取り出したデュリュイは、こちらに向かってくるゴブリンの中から一番近い者に狙いを定めている。

 開かれた戦端に、轟く雄叫びと悲鳴は高くなっていく。

 それらを塗りつぶす魔法の輝きはまだ遠く、こちらへとは届かない。

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