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56 天狐の暴走

 消えた!? しまった!! アナスタシアの幻惑か!


 ここまで積極的に仕掛けて来なかったアナスタシア、ここ一番を虎視眈々と狙っていたのだろう、要所要所でおばさん勇者が抜群の仕事をこなしやがる!


 「うひひひひ! どらぁ!」


 完全に見失ってしまったソムタイは既に背後に回り込み、俺の背中に斧を叩きつける!


 「ゴフォッ!!」


 背中に突き刺さった斧を引っこ抜くかの様に強烈な蹴りが続けざまに打ち込まれ、地面を転がる様にぶっ飛んだ。リヴァイアさんも手放してしまい今は人形(ひとがた)にもどっている。


 「イヒッ! アヒヒヒヒ!」


 リミットオーバーの弊害で少しずつ脳がやられてきているのか、ソムタイは地面を這いつくばる俺をヨダレを垂らしながら笑っている。


 「ヒール! 傷が深い! ヒールでは間に合いません! ムサシ様、ポーションを飲んで下さい」


 「ポーションなんて飲まさせやしないよ?」


 アナスタシアの鞭が激しく俺を打ち据える、ポーションを飲む暇は貰えない。リヴァイアさんも群がるゾンビキメラへの対応に手一杯である。


 「坊主ぅ! そろそろ死ねやぁ! アヒヒヒヒ!」


 するとソムタイの左腕が伸び、俺の首を掴み上げる!


 「あ……が……」


 片手で悠々と掴み上げられた俺は喉が圧迫され呼吸ができない、出血も激しく力が入らなくなってきた。


 「さていよいよおしまいですね。勇者の死体は消えてしまうので使えませんが、貴方のギフトはとても有用です」


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべるハインリッヒ。


 そしてソムタイが斧を振り上げた時。



 大気が震えた。



 死を覚悟するしかない程の力の奔流が辺りを包み込んだ。この圧倒的な力には覚えがある。


 神獣の力の解放だ! まさかリヴァイアさん神獣の力を! 

 

 いや、リヴァイアさんにその気配は無い。むしろもっと奥の方――その圧倒的な波動の出どころにいたのはテンちゃんだった。 


 神獣の目を発現させ、月明かりが映し出すテンちゃんの影は九つの尾を持つ神獣天狐そのものであった。


 全員完全に止まっていた。動けば殺される。恐らくそれは本能で理解してしまったのだろう。


 次の瞬間、俺を掴んでいたソムタイの腕と首が弾け飛び、光の粒子となって消えていった……


 「な……なんなのあの子!? ば、化け物! 勝てるわけないじゃないあんなの! に、逃げないと!」


 ゴン!


 「何!? 何なのコレ!? 壁!?」


 いち早く逃げようと走り出したアナスタシアだったが、見えない壁にはだかられた。おそらく恐ろしく密度の高い風の壁なのだろうとは思うが。


 既に瞬きも許さない速度でゾンビキメラは全滅している。


 「ハインリッヒ! どうするの! こんなの倒せっこ無いわよ!」


 「うるさい! 私だってこんな奥の手があると知ってれば手を出さなかったさ!」


 そしてそれが二人の最後の会話となった。何をされたのかも気付かない内にその首は切断され、光の粒子となって消えていった。


 勇者三人は神獣天狐の前に一切の為す術も無く散っていった。しかし勇者を倒した筈なのに天狐は神獣の力を解放したままで佇んでいる。


 「ぼ……暴走です……」


 「リヴァイアさん!」


 天狐の力の解放と同じくしてリヴァイアさんが自力で立てない程消耗し始めている。もしかしたら使い魔同士でなんらかのリンクが有るのかも知れない。


 「暴走って!?」


 「アレ…は、自ら解放…した…わけでは…ない…でしょう。高ぶり…過ぎた感情…が…暴走したの…かと」


 神獣の力の暴走なんてとんでもない! 小便チビりそうなくらいおっかねぇけど仕方ない!


 「テンちゃん!」


 天狐に向けて走り出す、何としても暴走は止めねばならん。しかしこちらを向いた天狐の圧倒的な気当たりが俺を恐怖のドン底に突き落とす!


 「おおおおっかねぇ! これがあの可愛いテンちゃんかよ! 振り向いただけでなんちゅう圧力だ!」


 天狐は何もしない。ただ近づいてきた俺をじっと見てる。


 「テンちゃん! もういいんだ! 終わった! 終わったから早く力の解放を止めるんだ!」


 肩を掴んで必至に呼び掛けるが、俺の顔を見たままジッとしている。


 「聞こえてるかテンちゃん! 俺だ! ムサシだ! あ、あれ!体が!」


 天狐の体が透けてきている! それはリヴァイアさんも同じだった! 完全に回復していない神獣の力を無理矢理解放し続けている弊害かも知れない。『最悪消滅するかも知れません』以前リヴァイアさんに言われた事が脳裏をよぎる。


 「しっかりするんだテンちゃん! このままじゃ消滅しちまうぞ!」


 ダメだ! 俺の呼び掛けにまるで反応がない!


 「ムサシ…様…私に…」


 リヴァイアさんが()()うの(てい)でやって来て天狐の前に立った。


 「テン……いや…天狐…しっかりしなさい!」


 強烈な音と共にリヴァイアさんの激しい平手打ちが天狐の頬を張った。


 「見な…さい。あな…たが…私…達が…命…掛けで…守った…ネオ…ピア…が、今…また…心無き者に…蹂躙…されて…いるの…です。神…獣である…あなたが…そんな…弱き…心で…どう…するの…ですか…」


 絞り出すようなリヴァイアさんの叱責を聞いた天狐の目が元に戻った。透け掛かっていた体ももなんとか元に戻った様だ。


 「テンちゃん! 良かった! 戻ってこれたか!」


 「兄様……」


 「それで…こそ…私の…弟です…」


 リヴァイアさんがテンちゃんをぎゅっと抱きしめると、


 「姉…様…、僕……」


 テンちゃんは弓となって沈黙した。


 「ムサシ…様…すいま…せん…わた…し…も…」


 リヴァイアさんも大剣となって沈黙した。

読んでいただいてありがとうございます!

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