〜第二章ギルド〜其の五
[月夜の雫〜第二章ギルド〜其の五]
「……こ、こは……宿屋?」
雫が目を覚まして最初に見えたのは煤汚れた元は白かったであろう天井、その天井は雫が止まっている宿の天井と似ている。
体を動かそうとするが全く動かない身体、どういうことかを考えているうちに段々と先程までデスブリンガーと戦い、倒した瞬間力尽きたのを思い出した。
「っっっ!?ぐふぅ!」
先程までの事を思い出すと同時に思いっきり起きる為とび跳ねようとした瞬間、あまりの激痛に思わず叫び声が出た。
その声を聞き取ったらしく、扉の外からドタバタと慌てたような足音が二つ聞こえてくる。
「お父様!眼が覚めたんですね!」
「雫様……御無事で何よりです……申し訳有りませんでした……」
叫び声に反応したのは部屋の外の二人だけではなく、枕元にいた朱華は飛び上がり雫の目の前に、虹はベッド脇のサイドテーブルの上から声を上げた。
朱華は本当にうれしそうにぱたぱたと雫の顔の上を飛び回り、虹はとても暗く沈んだ声のトーンで謝る。
「……虹?どうしたんだ……ってか何でお前が謝るのよ?」
雫はどういう状態になったのか!と叫びたかったが、あまりにも虹のその声におかしさを感じぐっとその質問を飲み込み、虹に声をかける。
「……雫様を守るなどと……言っておきながらこの始末……本当に申し訳ありません」
「んだよ、吃驚した……お前さんどこか調子悪いとか思っただろうが心配させんなよ!にしても何だ?んな事で落ち込んでんのかよ、虹お前さんはきちんと俺を守ってくれたし、力を与えてくれただろうが、それで落ち込まれた日にはその力を借りてあんなざまになった俺の立つ瀬がねぇだろうが、ほれ!さっさと調子戻せや!んな事何時までも気にしてんなら俺も本気で怒るぜ!」
虹の発言にからからとほっとしたように笑い、そう言い切った雫は朱華に手を伸ばそうとするがやはり動かずその後苦笑を洩らした。
「雫!起きたのかい!……良かったよ何とか息を吹き返したみたいだね」
「雫さん!本当に良かった……一時心臓が止まった時はどうしようかと思いました」
「……は?」
サラの息を吹き返したという発言ではて?と疑問に思っていたところ、クリスの心臓停止の発言で何を言ってるのかわからなくなった雫は、思わず口をぽかーんと開けて不思議そうというよりも間抜けな表情で二人を見た。
何とかその言葉を理解しようと四苦八苦するが、どうにもこうにも思考がまとまらず、黙りこくってるうちにクリスがさっきまでの雫の状態を説明し始めた。
「雫さん外の森で血まみれになって倒れてるところを私とサラさんで発見してこの宿まで運んだんです、発見したといってもそこにいる朱華さんが呼びに来てくれたから解ったことなんですけど……それで駆け付けた時にはもうすでに瀕死の状態でして、ろっ骨は折れてますし、腕も折れ、出血多量の状態でしてこの宿に運び込んだとき一度心臓が止まってしまったんですよ、サラさんが教会のほうに高位の司祭様を呼びに行ってくれていたので、ぎりぎりで間に合い今に至ったんです、司祭様の話ではもう駄目だと言われていたので回復したことがもう……嬉しくてうれしくて……」
早口で捲くし立てるように一気に説明するクリス、その瞳には僅かに透明な液体をにじませていた。
隣のサラも涙までは見せてはいないが、とても安心したように力が抜けた笑みを浮かべていた。
「……まじで?俺そんなに危険な状態を旅してたわけかよ……俺すげぇ……ってか俺よく頑張った!良く生き返った!ありがとう俺!そしてクリス、サラそれに朱華と虹もありがとな……マジでお前さん達いなかったら俺死んでたわけだろう?」
雫はクリスの説明を聞いて何とか理解し、自分自身を慰めるように無意味なハイテンションで誉めたたえ、茫然としてるサラ達に突然そんな事を言った。
あまりにも突然のテンションと話の変更の仕方によりついていけなかったクリスとサラは反応が遅れ、朱華は雫に抱きついて嬉しそうに眼を細めている。
少しして我に返ったように、クリスとサラは気にしないでと言いながら笑い出した。
「そんな死にそうな状態になってもかわんないねぇ〜まぁそれくらいじゃないと我等がリーダーは任せられないか!」
「雫さん本当に面白い方ですね、ご自身が其れほどまで死にそうな怪我をしてるというのに」
そんな事を言いながら笑う二人に、雫はふっと気づいたことがあった。
「あ、そういやさ司祭様だかっての呼んだんだろう?もちろん無料じゃねぇよな……金どうしたんだ?」
雫がそう尋ねるとサラがニマーとしながらとある鉄のようなそうでないようなカードを取り出した。
「これで払っといたよ、さすがに司祭様クラスになるとかなりの高額になるからね私たちにはそんな大金持ち合わせていなかったと……でも雫あんたは持っていたからねそこから引かせてもらったよ、まぁあんたの命の為なんだかまわないだろう?」
「それはいいけどよ、何そのカード?」
雫が不思議そうに見ていると、サラは一瞬不思議そうな顔をした後にああそうかなどと呟きながら納得した感じでうなづいた。
「そうだったね、雫はこっちの世界の事まだあんまり知らないんだっけ、これはギルドが発行してるカードでね、ギルドにお金を預けてこのカードを差し出すと預けたお金を引き出せるようになるカードだよ、まぁこんなカード私も初めてみたんだけどさ」
「あっ、補足なんですけど、このカードが支給される冒険者はほとんどいません、何せ十万シルを超える金額で持ち運びができない人専用に発行される物なので……」
サラの説明で全くどうして雫がそれを持っているのかが解らず、クリスの説明で尚混乱し始める。
「んで……俺全然意味がわからねぇんだが……そのカードが俺のってどういうことよ?」
いくら考えても解らなかったので仕方なく白旗を揚げ二人に聞きなおすと嬉しそうな意地悪そうな顔でこちらを見つめながら話し始めた。
「はっはっは、ごめんごめん、少しあまりにもふざけた感じだったからさ、少し意地悪しちまったね、雫あんたデスブリンガー倒したじゃないか、あいつは身体全体が売り物になるうえ一つ一つの金額が半端ない高価なものなんだ、その上偶然にもギルドの依頼の一つにデスブリンガーの始末依頼が貼ってあってね、それの報奨金と合わせると……」
「何と五十六万シルという大金になったんです!一応六万シルだけ雫さんのお財布に入れておきまして、十万シルが司祭様に支払った金額なので、残り四十万シル程カードの中に残っています」
余りにも金額の大きさについていけない雫、少しずつ一シルが日本円に換算するとと計算していくと段々その金額の凄さに気が付き嘘だろう!?みたいな表情で二人を見つめる。
いくらそんな感じで見つめても二人は冗談を言ってる様子が全くないので事実らしい。
突然の出来事に茫然とする。
ちなみに日本円にすると一シルが五千円くらいになる。
シルが一番大きな金額の単位でその一つ下がゼル、もう一つ下がダルと言った形になる。
ゼルが大体五百円程、ダルが五十円程の価値の銀貨だ。
それを含め考えると四十万シルという金額は……二十億……思わず雫が「はっ?」と思ってしまうのも無理はないだろう。
「あーあまりにも途方もない金額だったから良く価値が理解できなかったが……ようやく解った……にしてもあまりにも可笑しな金額じゃねぇのかそれ?」
「……はぁ……これだから、デスブリンガーがどれだけ危険な奴かあんたは理解してないようだね……ちなみにあいつをソロで倒せるのはSSクラスじゃないとたぶん無理だよ、あんたみたいにぎりぎり命と引き換えにってんならSクラスで……多分無理だろうな、それだけの奴を倒したんだこれくらいの金額になってもおかしくない……とはいえ半分は報奨金何だけどな、一応これはギルドからの依頼で偶然さまよいこんだデスブリンガーの始末依頼をギルドが二十万シルで出してたんだよ、まぁその金額を見るだけでもどれだけデスブリンガーが強いかってのがうかがい知れるってもんだろう?何せAクラスが十人以上のパーティーで行っても確実に倒せるってわけじゃないんだからねぇ」
雫のそんな発言にサラが溜息交じりにそう説明した。
つまるところ実力だけを見れば雫はSクラス以上で下手なSSクラス並みだと言われているようなものだ。
そんな事をぼぅっとしながら考えているとクリスが追加情報を加えてきた。
「ああそうです!そして団、月夜の雫のクラスがCに上がりました!明日カラードルがこの宿に届けられることになってます!雫さんがどうしても欲しいって言ってたものですので良かったですね!」
嬉しそうにそう言いながら微笑む。
見ている人間が誰しも見惚れてしまうほど可愛い笑みを浮かべながら、クリスは雫のベッド脇に腰を下ろし神聖魔法を唱え始めた。
「そうそう、雫あんたクリスに感謝しなさいよ、この子ったら自分自身かんなり無理して神聖魔法使い続けたせいで、今さっきまで寝てたんだから、まぁ気持は解らないでもないから、謝るんじゃなくきちんと感謝しなよ!」
サラはまたも神聖魔法を使い始めたクリスを優しい視線で見ながら雫にそう言ってくる。
静かに頷きを持って答えた雫はクリスを見つめる。
クリスはサラのその説明に少し恥ずかしそうにうつむきながらも神聖魔法を使い続けるのをやめない、その頬は少し赤く染まっていた。
「クリスありがとう……君のおかげで助かった、本当にありがとう……サラ教えてくれてサンキューな」
サラは軽く手を振り気にするなと言った感じで答え、クリスはなおさら頬を真っ赤に染めあげ「と、とんでもないです……」と掠れたように呟いた。
朱華はいつの間にか雫の枕元で小さな寝息を立てながら眠りに落ちており、虹はさっきまでの物凄く暗い雰囲気が多少やわらかくなっている、完璧に立ち直った訳ではないが、先程までと比べると全然ましだという事で雫は一先ず良しとした。
「っっすまねぇ、ちぃっとそろそろ限界っぽいな、すまねぇ……ね、る……は…………」
突然視界が一瞬暗くなったと思ったら眠気が雫を襲い、それを我慢することができなかった。
かろうじてそれだけを言って、雫は闇に落ちた。
「お休みなさい雫さん、ゆっくり休んで……早く良くなってくださいね」
「全くだよ、あんたとの冒険楽しみにしてんだからね、早く元気になりなよ!」
サラとクリスはそう言ってやさしく眠りに落ちた雫を見つめる。
二人とも自分達のリーダーがとても変わっている事は初めから理解していた、ただこれほどまで無茶苦茶な人間だとは思ってもいなかったし、異世界から来たとも全く予想すらしていなかった、それでも……雫という人間は全く変わらない、二人が考えていたよりも凄い人間だったというだけで、その心意気や性格が変わったわけではない、それをしっかりと理解してこれからも自分達がもっと頑張って雫と共に歩いて行こう……そう新たに決意していた。
そして二人は静かに雫の部屋を後にした。
雫が目を覚ましたのはそれから三日後の朝だった。
「ん〜良い朝だな!身体の調子もまだ全然だが、多少動けるようになったし少し散歩でも行くか!」
朝早くに眼が覚めると、まずはじめに虹に最初倒れた時からどれだけ時間がたっているかを聞いた。
「はい、雫様が倒れられてから初めて眼を覚ますまで二日、それから三日たっていますので今日で五日目になります」
という説明を聞いて流石に寝過ぎだろう俺!とか叫びながら晴れ渡った街を見下ろし散歩に行こうと独り言をもらしたのだ。
ただこの部屋にはもう一人……一匹?いるのを忘れており、それを聞いたそいつが私も行きます!と大声で騒ぎ始めた。
「お父様!おいて行くなんて酷い事しないですよね?」
キラキラと好奇心に充ち溢れるその瞳は断られてもついて行くと物語っている、溜息を一つ付いて「はぁ解った解った」と朱華をその肩に乗せ宿を後にする。
朝あまりにも早い時間の為サラとクリスはまだ起きていないらしい、宿屋の女将さんは朝食の下準備のためかもうすでに起きており、雫を見た瞬間「あんたもう大丈夫なのかい!」と心配そうにそして嬉しそうに言ってきた。
その女将さんの言葉が殆ど他人でしかない人間に対してこういう言葉を投げかけてくれる人がいると解ってとても嬉しくなり、いい気分で散歩に出かけた。
もちろん虹を腰にぶら下げ、ブローチ形のカラードル(カラドアより一回り小さい)を胸につけている。
流石にこんなに早い時間にやってる店もなく、門を開けていたギルドに入ることにした。
実際雫は初めてここに来たとき以来ギルドに来ていない事に気付いたためでもある。
ギルドに入ると雫に気付いた受付の女性(雫の登録を受け持った女性)が驚いた表情でまたもや「ギルド長!」と叫び声を上げながらその席を立ちあがる。
何だか忙しい人だなぁと雫は思いながらギルド掲示板に目を通していく。
いろいろと依頼があるが、今はまだ傷を治すことに専念しないと駄目だし、何より武器防具がまともに出来上がるまで動きまわる気もなかった。
ただ単に気まぐれに好奇心に誘われ見て回っていただけだった。
しばらくそう暇をつぶしていると、受付の女性が何やら真っ白な鬚を携えた初老の男性を連れて雫の元にやってきた。
「月夜の雫のマスター、雫様で間違いございませんか?」
「ええ……あなたは?」
「ああこれは大変失礼致しました、私この街のギルドを与らせていただいてますデニス=ロゼと申します、この娘はラリア=ロゼ……恥ずかしながら私の不肖の娘です」
「初めましてじゃないですけど、お久しぶりです!凄いですね登録してまだ一週間もたっていないのにクラスAになるなんて……私初めて見ました!」
やってきたのはギルドの長、そしてその長の娘である受付嬢、デニスはどこか何を考えているのかわからない微笑みを浮かべ、ラリアに関しては感心しきった尊敬の眼差しを向けてくる、さすがにそれに恥ずかしさを覚えた雫はラリアから視線を外しデニスに用件を聞き始めた。
「それで……俺に何のようです?」
「それなんですが、雫様お仲間の方からお聞きされたと思いますが当ギルドにて多額のお金をお預かりしておりますという確認と、こちらが本題なのですが団を作りあげCランク以上になった団には団員達の暮らす家をギルドの方で紹介できるようになっているんです、ただこれを紹介できるのが団のマスターにのみになりますので、失礼ながら話しかけさせて頂きました」
家という言葉に心を惹かれ雫はデニスに真剣な視線を投げかける。
それに気づいたデニスは変わらぬ微笑みを浮かべながら「こちらへどうぞ」とカウンターの横にある扉を開け中へ誘導する。
扉の中は雫が止まっている宿屋の二倍はありそうなスペースに会議室で使うような机が何個かと少し大きめの図書ダンスが三つおいてあった。
「一先ずおかけ下さい、ラリア飲み物を!雫様こちらが今ご紹介させていただける物件です」
そう一冊の薄いノートを差し出してきた。
そのノートを開くと中には一ページに一つ家の紹介が図解と共に載っていた、親切に広さや欠点、いい点など全て記入されている。
ペラペラとページをめくっていくが、どれもかなりの大きさの家で一番安い家でも一万シル程の値段である、虹が言っていた町はずれの小さな家とは比べ物にならない家だというのがそれではっきりとわかる。
一ページ一ページしっかりと見ていくと、最後まで読み終わってしまった。
見ていた物件は一番高いもので五万シルという値段であり、広さは雫が泊まっている宿屋の三倍近い大きさで屋敷と呼んでもおかしくない代物だった。
ちなみに宿屋の大きさは広さだけを見ると畳百畳分ほど、かなり大きな宿屋なのだ、それの二階建になっていて一階が受付と朝食をとる広場、二階が部屋になっている、ひと部屋十畳くらいなので九つの部屋が置かれている。
全てを見終わり気に入った物件がなかった雫はため息をついてそのノートを返す、「そうですか」と残念そうにつぶやいてそのノートをしまい込んでいるとラリアが戻ってきてお茶に似た飲み物を出してくれた。
ついでに嬉しい情報まで運んできてくれた。
「ギルド長、雫様にであればあちらのノートをお見せしても問題ないのではありませんか?確かにあちらはクラスS以上の方専用ですが、金額面と能力面、そしてギルドへの貢献度から雫様にであればお見せしても問題はないかと思われますが……」
ラリアのその発言を聞くとこれの上位物件があるらしい、ただしそれらはかなり高価な代物らしく通常クラスS以上ではないと見れない……。
そのラリアの言葉に考えながら一冊のノートを運んでくるデニス。
「確かに……御一人でデスブリンガーを倒せるだけの力を持っているのであれば、こちらをお見せしても問題はないでしょうね……申し訳ありません」
「気にしないでください、確かに俺自身どこまで実力で運かが解らないんですから、何よりもともとそれはルールなんでしょ?それじゃ仕方ないじゃないですか」
雫はそう言って笑うと、デニスは少しほっとしたようにいつもと同じ微笑みを浮かべ雫に一冊のノートを差し出してきた。
そのノートは先ほどまでと同じだが、物件の広さ高さが先ほどまでとは全然違った。
一番安い物件で五万シル、一番高いものに至っては四十二万シルという金額だった。
一ページ一ページずつ確実に読み進めて行くと一つ気にある物件があった、一応最後まで目を通してみたがそれ以上に気になる物件はなかった。
そのノートに乗っている物件の中で一番大きな物件であり、小さなお城並の大きさの家だ。
ちなみにその建物は宿屋から見るとギルドの後ろの方に見えるあの大きなお城と思ってた屋敷だという事を説明してもらい、その資料を改めて見直し始めた。
「場所は解ったと広さが……五千フォール……五千坪位か……本気で広いな……その上図解を見ると部屋数も多く地下室、鍛冶場、食堂から必要かどうか分からないものまで全部揃っていると……何より建物だけで五千坪、庭だけでも百坪ほどあるってんだから異常だよな……んでもって……ああ!これ五階建なのか……つまり床の面積だけを見て五千坪、単純計算では割り出せんだろうが五階建という事は異常なまでの広さだな、こんな物件がこんな安いとは……」
そこに書かれた金額は十万シル……何かいわくありげだというのは明らかだったが、その中身の図解に心ひかれ、その大きさと所有施設、後は立地条件が気に入ったため購入を決めた。
「すいません、この物件なんですが……」
「ああやはりそちらを……本当によろしいのですか?」
予想どおりいわくありの物件らしい、先ほどまで変わらぬ微笑みを浮かべていたギルド長が少し渋い顔をしながらもう一度確認してくる。
「そうですね……一度見せていただくことはできますか?」
「ええかまいませんよ、こちらがその物件の鍵になりますので、場所は解りますか?」
「はい大丈夫です、勝手に入っても?」
「大丈夫です、ただし何が起ころうとギルドでの責任は持てませんので行かれるのであればそれ相応の覚悟をお持ち下さい」
ギルド長が最後のその言葉を投げかけるときの表情は真剣そのもの、何やら本気で危ない物件らしい、雫はそんな事を聞きながらあろうことか「楽しみだ!」と言いながらその物件に向って歩き出した。
朝早い今の時間、未だ周りにちらほらとしか人の姿が見えないその道を歩き、少し細い道を進むと五分もしない内にそこに着いた。
「……目の前で見ると本気で城だよなぁ……俺初めてみたぞ……」
あまりの大きさに茫然と見上げる雫。
それも仕方のない事だろう、屋敷と呼ばれているものの、大きさは本当に小さな城くらいあるのだから、それも五階建で中央は三階、サイドに少し大きめの塔が建っており、そちらが五階建になっている、ちなみにその塔と中央の家はもちろんつながっている。
「さて……何時までもつっ立てても仕方ねぇしいくかね」
そう言って鍵穴に鍵を差し込むと……。
「お帰りなさいませご主人様!」
と半透明のメイドっぽい者がいきなり挨拶をしてきた。
流石に雫も驚いたようでビクッと背を伸ばし、その声を発した人物?をみる。
足はある、ただすけて見える、体がある、ただすけて見える、顔も手もある、やっぱりただすけて見える……。
一人冷静に……見える者の混乱の極みの中状況を分析していくと、一つの答えが導きだされた。
「おお!幽霊!」
「違います!あくまで私はこの屋敷の守護精霊です、確かに見る人皆幽霊やらお化けやら挙句の果てには化け物とまで呼んでさっさと逃げ出してしまいますけどれっきとした生き物……とは呼べませんけど意志もありますし言葉だって通じるんですよ」
少し愚痴っぽい反論を聞きながら雫は内心ガッツポーズをとっていた。
(きたこれ!予想通りの結果だぜ!むしろ予想通り過ぎて怖すぎるくらいだ!幽霊のメイドがいたら面白いと思ってらマジでいやがった……俺ってラッキーだな!)
常識人なら通常怯え、即座に逃げだし、度胸のある奴ならば戦いを挑むかもしれないが、雫のように可笑しな思考を抱えて喜びに打ちひしがれるような奴はいないだろう。
何より、雫はこういったことを期待してこの物件を選んだようだ、もの好きというかなんというかよく解らない人間である。
「なるほどな、お前がこの屋敷があんなに安かったら理由か……にしてもお前だけなの?」
ふっと疑問に思ったことだった、確かにこの幽霊一人でも十分な脅威ではあるが、それにしてもそれだけでこの物件があそこまで安くなるとは思えないのだった。
「いえ、もちろんこの屋敷を問題なく機能させるだけの人員?この場合精霊員っていうんですかね?はいますよ、私はメイド長のファリス申します、この屋敷の精霊の長でもあります以後よろしくお願いいたします」
簡単にさらっと多数いますよ〜みたいな事を言い出したファリス、完璧に物件が安かった理由を把握し、尚好都合じゃねぇか!と喜び勇み購入を心の中で決めていた。
「おう、よろしくな多分今日か明日からこの家に来る事になるとおもうぜ、俺は夜月雫だ、よろしくな」
「はいよろしくお願いいたします雫様、我ら一同この日を心よりお待ち申し上げておりました、存分にこの屋敷をお使い下さい」
恭しく頭を下げるファリス、それに向って「サンキューな」と軽い挨拶を返し、ギルドへ向かって戻り始めた。
もちろんこの物件を購入するためにだ、なぜ他の人はこんな恵まれすぎたような物件に手を出さないのか本気で不思議がりながら雫は足早にギルドに向かう。
ちなみに誰も手を出さないのは、一人?であれば何とか我慢できる人もいるであろうがそれが多数いれば流石に気味が悪いうえ、何が起こるかわからない恐怖で気が気じゃなくなるという理由だろう。
足早にギルドへ戻るとギルド長に購入する旨を伝え、思いっきり驚かれながらも、どこか感謝するような眼差しで一枚の書類と、先ほど雫に渡した鍵と同じ鍵をもう一つ手渡してきた。
書類に虹の助けを得ながら記入をしていき、問題なく全て書き終えるとそれで購入完了だった。
料金はカードのほうから自動引き下ろしになるということだ。
「いい物件紹介してくれてありがとうございます」
雫がそう言うとギルド長は少し迷った後、少し待つようにいい、奥の部屋に歩いて行った。
その後五分ほどその場に待っていると不思議な雰囲気を醸し出す同じ形同じデザインの黒と白の少し大きめの袋を携えて戻ってきた。
「これはあの屋敷に保管されていましたアーティファクトです、この黒い袋に入れたものを白い袋へ、白い袋へ入れたものを黒い袋へ移動させる事が出来る、特別なアイテムです、これがあれば冒険途中持ち出すことのできないアイテム等がありましても、この袋で屋敷に送ることが可能となります、元々あの屋敷の主が持つべきものの筈ですので、こちらもどうぞお受け取り下さい」
そう言って二つの袋を受け取る雫、大きさは雫の身体上半身が丸丸入るくらいの大きさであるが、重さが感じられず、折りたたみもできるようでそれを折りたたむと少し厚みが出たが拳二個分ほどの大きさまで縮んだ。
それをありがたく受け取りながら、一言「ありがとうございました」と言って宿屋に戻っていく。
仲間二人の反応を楽しみに思いながら一人にやにやと宿屋への道を歩くその姿は明らかに異常者のそれだった。
警備兵に呼び出されしばらく拘留されたのも仕方のない事だろう。
「んな仕方ない事あるか!?」
第二章終了です。
次回から第三章に入ります、そろそろギルド込みの動きを入れていきます。
この度も最後まで読んでくれた方々ありがとうございます。
これからも遅くなるとは思いますが書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
それでは失礼します。