〜第二章ギルド〜其の四
[月夜の雫〜第二章ギルド〜其の四]
まだ日が昇って間もない時間、何故かふと眼が覚めたらしい、雫が身体をほぐしながらベッドから起き上がる。
まだ少し薄暗く宿の窓から見える外の風景は、この街に着いてから散々見慣れた賑やかな雰囲気など一切なく、閑散としたどこか物悲しい雰囲気を醸し出していた。
軽く体をほぐし、身支度を整えた雫は静かに宿を後にし、何かに導かれるように街の外へ歩き始める。
どこか不思議な、昨日ダーニャ達の家に向かうときと似たような感じだと、雫自身しっかりと把握しているものの、どうしてもその歩みを止める事は出来なかった。
街の外の森の中、雫がたどり着いたのは大きな古い樹の不思議な小さな家だった。
「……ここは……?」
「これは妖精の樹ですね、そしてここは恐らく妖精の森だと思われます、空間と空間を無理やり繋ぎ合せたのを感じましたので、今この場はかなり無理がかかった状態です」
雫の呟きに虹がそう答えると、雫の前の樹から小さな妖精がひらひらと雫の前に現れた。
「ようこそおいで下さいました七色を携えし者、私はこの妖精の森の長を務めます、ディグと申します、この場はそこの虹が言ったとおり妖精の森です、貴方をここにお呼びしたのは他でもない、これから貴方がたどる大変な道程を少しだけですが導き、時に助けになるであろう使いを共に連れて行ってもらいたく、半場無理矢理呼び出してしまいました、申し訳ございません」
其の妖精は翠色の髪をした小さな女の子……大きさは手のひらに乗るくらいの大きさだ。
ディグと名乗る妖精は、それだけ言うと姿を消し、雫の足もとの少し大きめの花が少しずつ開いて行き、その中には小さな妖精が眠っていた。
ピンク色のウェーブのかかった腰までの髪に白いワンピースを着た可愛らしい妖精だ。
「その者がこれから貴方を導き時に助けとなる者です、今生まれたばかりの何も知らない子ですが、必ず貴方の役に立つようになります、その子も私の娘、どうぞよろしくお願いします」
姿は見えないが、直接頭に響く様なディグの声、雫の視線は足もとのピンク色の髪の妖精に注がれていた。
強制的なその頼みにため息をつきながら優しくその妖精を掬いあげる。
小さく身体を震わせると、その小さな瞳を少しずつ開いて行った。
瞳の色は濃い赤色……朱色と言った方がいいかもしれない奇麗な瞳。
寝ぼけたようにきょろきょろと周りを見渡し、雫と視線が合うとしばらく見つめ合っていた。
しばらくそのままでいると、妖精の視線が段々としっかりしていき、驚愕の一言が放たれた。
「お父様!」
さすがに雫も酷く驚いたようにあたりを見回し誰もいない事を確認して改めてその妖精を見ると雫を見つめながらもう一度お父様と叫んだ。
「お父様というのは……俺のことか?」
恐る恐るそう尋ねると、不思議そうに小首を傾げながら元気いっぱい答え始めた。
「うん!お父様はお父様です、よろしくお願いします!」
小さなその頭をペコっと下げ、雫の掌の上から飛び上がる。
雫の周りを軽く飛び回ると、今度は肩の上に降り立ち、嬉しそうに雫に寄り添った。
「あ〜どうして俺が君のお父様なのか……説明してもらってもいいか?」
「?お父様はお父様だからお父様なんです」
言ってる意味がよく解らないと言った感じで妖精はそう言い切り、雫は何となく刷り込みってやつか……などと考えながらそれ以上深く考えないようにした。
簡潔に言うと突っ込んでも全く意味がないようだったので諦めたのだ。
「一先ず君の名前はなんて言うんだ?これから俺と一緒に行くんだろう名前くらい教えてくれ、ちなみに俺は夜月雫だ……頼むな」
「えっと……私まだ名前ありません、お父様がつけて下さるまで私には名前は与えられないんです、ですので是非私にも名前をもらえませんか?」
妖精は先ほどから名前を名乗らないと思ったら、名前自体がなかったようだ、その上雫が決めないといけないらしい、二度三度その事について聞いてみると、必ず雫が名づけ、それ以外の者がいくら名前をきめ呼んだとしてもそれを認識することすらできないらしい、唯一その妖精に名前を付けられるのは幸か不幸か本当に雫ただ一人だと……そう言う説明を一生懸命にしていた。
「そうだな……俺が決めていいんだ?」
「うん!お父様お願い!」
期待に胸をふくらませドキドキワクワクしている妖精を見ると、雫の身体に緊張が走る、これだけ楽しみにしているのに中途半端で適当な名前を付けるなどできない、それならばと出来る限りいい名前をつけてやりたいと思うのだが中々思い浮かばない。
虹もこの件に関しては雫自身が決めた方がいいと判断したらしく何も言ってこなかった。
もちろん、解らないようなことがあればそのつど色々と解り易く説明はしてくれている。
妖精を見つめながら名前を考えているとふっと一つ不意に口をついた名前があった。
「朱華……」
雫はそう言うと妖精というファンタジーの生き物に漢字の名前を付けるのは場違いでへんかなぁと思いへんこうしようとしたが。
「朱華……私の名前は朱華!ありがとうございますお父様!とても、とてもいい名前です朱華……朱華か……えへへ、いい名前だなぁ……ありがとう……本当にありがとうお父様!」
とても嬉しそうに朱華朱華と自分自身の名前を繰り返しながら微笑む妖精に、今のなしなどという突っ込みを入れる事なんぞ出来なかった。
妖精、朱華自身がその名前を気に入ってくれているのなら、雫がそれ以上どうこう言う必要もない、嬉しそうに騒ぐ朱華を肩に乗せたまま、どこか危険な感じのするこの場所を立ち去ろうとした。
次の瞬間目の前にあった樹はなくなり、背後から雫の身長に二倍近くある巨大な熊?が襲いかかってきた。
「そんなっ!こんな街の近くに何故デスブリンガーが!?」
虹のとても慌てたような叫び声、今までせかしたような急がせるような大声はは何度か聞いたことがあったものの、これほどまでに慌てふためいた虹の声は初めてだった。
「デスブリンガー……この熊の事だよな……強いのか?」
「……はい……雫様でも勝てるかどうか解りません、もちろん私を使って頂いた状態で尚……」
その虹の判断を聞いて雫はどことなくため息をつきながらなぜこうまで厄介事に巻き込まれるんだろうと思いながら、目の前のデスブリンガーに注意を払いながら虹を構える。
肩の上の朱華も少しこわばった表情で雫にしがみついていた。
「……ライラとどれだけ強さが違う?」
雫にとって強いといわれるだけではどのくらいなのかが解らないので、判断の基準となるのが一度戦ったことのあるライラと比べてになる。
「ライラが十匹以上まとまって襲いかかってもデスブリンガー一匹の前では敵にもなりません、ライラの攻撃はあの毛皮を通しませんし、速さもライラの倍近くは早く動けます、何より攻撃力ですが……」
「っっっっ!?な、なるほどな!?」
『ドガァァァン!?』
虹が説明しているのを態々待ってくれるわけもなく、突然襲いかかってきたデスブリンガーの一撃をかろうじて大きく後ろに飛びのき躱す。
その攻撃はただ腕を振り上げ振り下ろす……ただそれだけの単純な攻撃だったのだが、今まで雫がたっていた地面は一メートル程の深さのクレーターが出来ている。
地面に拳を思いっきり叩きつけただけの一撃、ただそれだけで爆発でも起こしたかのように地面にクレーターが出来るのだ、どれほどまでに威力があるのかがすぐに見て取れた。
「あんなもんかすりでもしたら一発でお陀仏だよな……逃げるか」
「無理です、今ただ目の前の敵に攻撃するだけでしたので動きませんでしたが、デスブリンガーから逃げられるほど早く等動ける人間はいません、囮となるべきものがいなければ逃げる事は出来ないと思います」
虹のその説明に絶望感を現したような表情でデスブリンガーを見つめる。
「風の精霊、そのお力を今こそ我に貸し与え、その風の恩栄をかの者に与えよシルフィード!」
突然の朱華の叫び、それと同時に雫の身体を一陣の風が通り抜ける、どことなく不思議なその風は雫の身体を覆うと、すぐにかき消えた。
「お父様、今補助魔法をかけました、一応今までの倍近い速度で動けるはずです、それでも逃げる事は出来ないみたいですけど……私も頑張りますからお父様もがんばってください!」
真っ青な顔で、それでも諦めるようなことをせず、精一杯頑張ろうと体を震わせながら雫を励ます。
そんな朱華を流し見る雫、突然大きく息を吸い込むとさっきまでの絶望感漂う表情はもうそこに無かった、あるのは強い意志の籠った表情。
「ったく、こんなちっさな朱華がこれだけ頑張ろうとしてるんだ、俺がここで頑張らねければ情けないにもほどがあるだろう?やってやるさ虹!朱華!あいつを倒すぞ!」
「っっはい!雫様存分に我が刃をお使い下さい、どんな硬いものであろうと我が刃に切れぬ者はございません、私たちに戦いを挑んだ愚かしさをその身に刻みましょう!」
「うん!やっぱり私のお父様はかっこいいんだね!絶対絶対負けない!これからやっとお父様と旅ができるようになるんだから、この程度の奴に邪魔なんてさせない!」
朱華のその思いから、覚悟を決めた雫が叫ぶと虹と朱華がその雰囲気を一変させた。
虹は先ほどまで少しその輝きを落としていたが、今では最初に見たとき以上にその刀身が輝いて見え、明らかに先ほどまでなかった死へのプレッシャーというものを外へ放っている。
朱華は雫の肩の上にしっかりとつかまりながらもデスブリンガーから眼を離さず、がたがたとまだ震えてはいるがその瞳に宿る強い意志だけはみじんも揺るぎはしていない。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
そんな雫達にデスブリンガーは物凄いスピードで迫り横殴りから盾殴り、振り降ろしから振り上げと言った様々な動作を一呼吸の間に繰り広げてくる。
「っっなめるなよ!畜生!虹よ切り裂け!」
襲いかかってきたその爪と怪力によりその腕や足を振り回す攻撃を躱しながら、振りあげた瞬間の腕に虹で切りかかる、物凄い硬い感覚があったものの、しっかりとその腕を切り裂くことができた、ただダメージ事態はそれほど大きくない。
「ぅわっ!っとと、予想以上に早くなってるな……だが、これだけのスピードが出せれば何とかなるか?」
思いっきり踏み込みながら切りかかりその勢いで距離を取ろうとした雫は、朱華の補助によってましたスピードをそこで初めて体感した、予想以上のその加速力とスピードに最初戸惑ったが目の前の敵を倒すのにはこれくらいあって何とか出来るかもと言った状態だ。
微妙な違和感はなおも襲いかかってくるデスブリンガーの攻撃を何とか躱しながら慣れ、少しずつ、それでも確実にダメージを蓄積させていく。
「んなっ!ありかよそんなの!?」
雫の叫び、何に対してかというと最初に切りつけた腕の傷がもうすでに治りかけているのだ、自然治癒……それにしても異常なほどな回復力に思わず叫んでしまったのだ。
「そうです!この異常とまで言える自然治癒能力、それとこの身体能力、知識無き闇者で唯一レベル三十を超える本当に厄介な闇者です、少しずつダメージを与えて行ってもそのうち倒すことは出来ると思いますが、その前にこちらが倒される可能性の方が高すぎます、あれだけの治癒能力があろうと、腕一本を切り落としたり、足を切り落としたり等の大きな傷になれば流石に回復はできなくなります、ですので一撃一撃を致命傷レベルでの攻撃をしないと、私達の方が危なくなります!」
先ほどまでデスブリンガーの攻撃は、その両方の腕とスピードだけの攻撃だったが、躱し続ける雫達に癇癪を起こしたのか、その体全体を使ったタックルや押しつぶし、その足を使った蹴り等も攻撃に混ぜるようになってくる。
「っっ!畜生!?なんだこの強さ!lっつこれでどうだぁぁぁぁ!」
ボディーブレスで雫をたたきつぶそうとしてきたデスブリンガーの攻撃をギリギリで何とか躱したすきに、デスブリンガーの右腕を切り落とす、虹の攻撃力があっても辛うじて何とか切り落とせると言ったレベルだ。
「ぎゃがぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その切り落とされた腕の痛みに叫び声を上げながら一度距離を開けるデスブリンガー、その瞳は先ほどまでと違い真っ赤に充血し、その息も先ほどまでより荒くなった。
そして……。
「ぐっふぅ!?」
今まで以上の速度での攻撃に直撃ではないが、躱しきることができなかった雫は左半身をその爪で切り裂かれ吹き飛ばされた。
爪で切り裂かれた半身は血にまみれ、早く治療を行わなければ命にかかわる程、危険な傷、その上その怪力から繰り出された攻撃により肋骨も何本か俺左腕は恐らく罅でも入ったのだろう、動きはするものの動かすたびに変な音と痛みが走る。
「ごふぅ!っち……かすった……だけで……このダメージ……ありえねぇ……」
血を吐きながらかろうじて樹の蔭に一度身を隠し立ち上がる。
「水の精霊!お願いお父様を癒して!ヒーリング!」
朱華のその詠唱と呼べるか呼べないかの悲痛な叫び、それでも水の精霊は応えてくれ、雫のその爪によるだ傷をふさいでくれる、傷自体はふさがったものの、完璧にではない、あくまで応急処置のレベル、ただ血が止まっただけでもかなり助かった。
折れたはずの肋骨も辛うじてつながったらしく、体力も多少戻ってきた、まだ何とか動けるといった感じにまで回復すると樹の後ろからは荒い息のデスブリンガーが雫を探してあたりの樹を軒並みなぎ倒しながら雫達の方へ向かってくる。
「やべぇなぁ……俺はあいつに未だまともなのは一撃だけ、こっちも一撃だけだがダメージ量が違い過ぎる、せめて腕じゃなく足を切り落とせればまた違ったんだろうな」
「雫様……我が力が及ばないばかりに申し訳ございません」
「お父様……」
雫のその呟きに虹はとても悔しそうに、朱華はしゅんとして落ち込んでしまった。
「おいおい!お前らもしかしてもう諦めたとかじゃねぇよな!朱華!散々人に頑張ってとか言っておいてその程度で諦めたりするのは許さねぇぜ!虹!何が力及ばないだ、及んだから腕を切り落とせてるんだろう?足りないのは俺の技術だ、ならその技術今この場で身につけるだけだろう、そうしなきゃ死ぬしな!俺はまだ諦めない、ってよりも諦めるなんてことは死ぬその間際まで絶対しねぇぞ、だから俺についてくるって決めたお前たちにも諦めるのは緩さねぇ!しっかりついて来いよ!」
そう言って雫はその樹の蔭から飛び出し、デスブリンガーがこちらに気づく前に肉薄し今までで最高の一撃の元その左足を切り裂いた。
「ぐぅぅぅぅがああああぁぁぁぁぁ!?」
ドスン!と倒れこむデスブリンガー、これで機動力の大半を奪う事に成功した雫は一度また距離をとり、荒くなった息を整える。
機動力の大半を失ったとはいえ相手は野生での生活を繰り広げた闇者、その左腕と右足のいでたちで器用に動きまわる。
「……雫様……申し訳ありません!雫様のその気持ち我が刀身による攻撃力に変えお応えして見せます!」
「大地を守りし地の精霊、いま一度の時そのお力を下のものに与え、かの者の動きを助けよ!アースコート!お父様ごめんなさい!私も絶対諦めたりしません!」
虹はその言葉に間違いないほど、先ほどまで以上の切れ味を持って応え、朱華もさっきまで震えていた身体の震えがとまり、キッとデスブリンガーを睨みつける。
「今この戦闘の間だけですが、お父様が負った身体の傷を地の精霊が肩代わりしてくれます、そして少しですが防御力も上がっています……けどこの補助魔法の時間はせいぜい五分が精いっぱいです!そうそうに決着をつけて下さい!」
朱華がそう叫ぶのを聞きながら雫は先ほどまで防戦一方だったのを今度は雫達から積極的に攻撃を繰り広げて行く。
向かってきた雫達にその充血した瞳を向け、その足と腕を使い無茶苦茶に攻撃をしてくる。
周りの樹をその腕でなぎ倒しその樹が雫達に襲いかかるが、その樹を死角に旨く使いながら切りかかっていく。
繰り広げられる攻防、デスブリンガーの爪が雫の体のあちこちを切り裂くがどれも致命傷には至らない傷、流れ出る血の量が危ないが今はそれらを無視してひたすら攻撃を繰り広げる。
むやみやたらに振り回すだけではデスブリンガーを切り裂く攻撃を放てない、そう解った雫は唯一前にしばらく習っていた剣術の基本ともいえる集中とゆるぎない振りによる攻撃方法を思い出し切り裂いて行く。
先に切る場面を思い浮かべ、その想像に違いがないように、全くの軌跡にズレなく奇麗な一閃を描くように振り抜いて行く。
未だ完璧には程遠いその攻撃方法だが、それでも最初むやみやたらに振り回し攻撃していた時とは全然違う切れ味とダメージを持って応えてくれる。
「ぅっく!だぁぁぁぁぁ!」
気合い一閃、デスブリンガーの動きが止まった一瞬で残っていた左腕を切り落とす、これでほぼ無力化したデスブリンガー、今だ足が一本残っているものの、先ほどからの戦闘で流れ出た血の量が致死量を超えている、その動きは最初から比べると見る影もなく衰えている。
普通の人間の歩くスピードよりものろのろと、それでも尚雫達に攻撃を仕掛けてくる、本能による物か条件反射によるものかわからないが、そのデスブリンガーに雫がとどめの一撃を放つ。
「これで……最後だっ!眠れ!」
雫の一撃はデスブリンガーの首を切り落とした、その瞬間鈍く動き続けていたその体が生命活動を停止させ、全く動かなくなる。
「……終わった……」
その言葉とともにどさっと倒れこむ雫、傍らで雫と朱華が何やら騒いでいるが、何を言っているかが全く聞こえない。
そのまま雫の意識は闇に落ちた。
「朱華!すぐそこの街のギルド前の宿に雫様の仲間がいます!赤い髪の女性と金髪の女性、サラとクリスという女性達です、呼んできてください!」
「お父様!お父様しっかりしてください!」
「朱華!雫様を助けたいのは私も同じです!早く!本当に手遅れになる前にお願いですから急いでください!」
虹の必死の訴えに、泣き叫んでいた朱華は、一つ頷き街に飛び去って行く、一瞬で見えなくなるそのスピードは先ほどまで動いていたデスブリンガーの速度を遙かに超えていた。
「雫様……申し訳ございません、お守りすると申し上げたというのに……このような状態に……私にもっと力があれば……」
悔しそうにそう呟く虹、街の方からはとても急いで走ってくる二人の女性と、それを先導する朱華が見える。
虹は血のり一つ付いていないその刀身を輝かせながら自分自身が自分ひと振りでは身動き一つ取れない事実に今初めて悔しいと思った。
雫を助けるために仲間を呼びに行ける朱華、それに軽い嫉妬をするほどに自らの動けない状態に文句と呪の言葉を投げかけたくなってくる。
ただそんな事をしても無意味だと解っている、それでも尚そうせずにいられなかった。
朱華が呼んできた二人は雫の傷を見ると物凄く必死な表情で状態を見、クリスが治癒魔法をかけている間に、サラがデスブリンガーを倒した証であるその頭と爪をはぎ取っていく。
雫が倒したそいつを、雫が命がけで倒したそいつの存在を無駄にしない為に、サラは今のこの状態で出来る限りのことをしていく。
そんな二人を見つめ、虹は尚自分自身の役立たずさを呪った。
クリスが応急処置を終えると、サラはその首と爪をクリスに預け、雫と虹を背負い街に向って駆けだした。
虹はいつまでも……その雫の手の中で呪いの言葉を吐き続けていた。
第二章其の四完了です。
主人公死にかけです、でも死にません。
この度も最後まで呼んでくださりありがとうございます。
これからも書き続けていきますので、ぜひよろしくお願いします。
それでは失礼します。