〜第四章入団希望〜其の三
[月夜の雫〜第四章入団希望〜其の三]
[クリス]
それほど深い森の中ではないですが、私にとって未だ恐怖を拭い去ることのない場所。
そんなところに未だ自己紹介しかこなしていない私と同じランクの冒険者達十六名でレイラルが目撃された地点に向けて歩き続けています。
「皆さん大丈夫ですか?何か気になる所や、危険な雰囲気を感じたらすぐに言ってください!後十分ほどで目撃情報のあった地点に到着しますのでくれぐれも気を抜かないようにして下さいね!」
私はこのパーティーのリーダーです。
同じランクの人に偉そうにこんなことを言うと他の人達は不愉快に感じる人もいるでしょう、私自身かなり心臓がもうバクバク言ってます。
それでもリーダーを雫さんに任されたんです、弱音をはいて、失敗するわけにはいきません。
こうやって任されたという事は信頼されているという事だと私は思っています、それに答えないで副団長や団を名乗ることなんておこがましい事だと思うからです。
「(……にしてもよぉ大丈夫なのかよあんな餓鬼でよ……まだあのサラとか言う女剣士や団長の雫とか言う奴なら安心できたけどよぉ……ったく外れ引いちまったな)」
「(そうだな、それにこいつ俺らと同じDランクだって言うじゃねぇか、そんな奴にいちいち指示されても……信用できねぇってな……ったく、いざとなったら俺達でやるか)」
確かに私は見た目もランクもそう見られても仕方有りません。
それでもそう言われると少なからずショックを受けるという事をこの方たちは考えないのでしょうか……。
少なくともこんな方達は団に入れる事は絶対にないですね。
私はリストから二人の名前を見つけるとチェックマークを付けておきます。
「っっ!?気を付けて下さい!近くに闇者がいます!」
チェックマークを付けていると、前方と左右から鋭いさっきの籠った視線を感じたんです。
それを感じ取れたのはどうやら私だけみたいで、ほかの冒険者の人たちは未だ何を言ってるんだ?みたいな目で私を見つめてきます。
(そんな!何で気付かないのこの人たちは!?)
私はそんな後ろの冒険者たちに文句を言いたくなったがそれどころではなかったので、詠唱に入りました。
そこに至ってようやく数名の冒険者の方が私と同じようにその殺気に気づいたようで、戦闘態勢に入りますがもうすでに遅いです!
『ギャァァァグゥゥゥゥ!』
そう言って襲いかかってきたのはレイラル。
その鋭い鋏を持って私たちに襲いかかってきます。
その数十五。
(報告を受けた数より多いじゃないですか!?)
「今この地にその御身の奇跡を具現化させたまえ!アースグレイブ!」
先ほど私に文句を言って、自分達がどうにかしないといけないと言っていた二人は、突然襲いかかられ腰を抜かして座り込んでいました。
思わず舌打ちをしそうになってしまい、それをギリギリで止めた私は、詠唱の終わった奇跡をその二人の左方向から襲いかかってくる三匹のレイラルに向けて唱えます。
「皆さん!円を組んでください!囲まれてます!動けない人はその円の中に入れ守れる体制を整えて下さい!」
そう言ってまともに動けたのが八名、三名は(先ほどの二人を入れ)突然の奇襲によって腰を抜かしていますし、残り三名は襲いかかってきたレイラルの攻撃を受け武器を落とし茫然自失となっています。
残り二人は武器を持っているものの、その数の多さに怯えて身動きが取れなくなっています。
「っっ!とりあえず!動ける今この八名でまずその動けないでいる八名を囲むように円陣を!御身の軌跡たる風の刃よ今この時目の前の悪しき者に罰を与えよ!ウインドセイバー!」
私に襲いかかってきた一匹のレイラルを風の刃で切り裂きながら、私も円陣の一部として動きます。
他の冒険者の人たちも、何とか目の前に襲いかかってきたレイラル達を倒し、円陣を組むことに成功しました。
「残り七匹です!油断さえしなければ問題ありません!落ち付いて対処していきますよ!」
私はそう言って、襲いかかってくるレイラル達を風の奇跡や雷の奇跡、土の奇跡を使い倒していく。
他の冒険者の人たちは最初の奇襲で予想以上に混乱しているようで、一応倒す事は出来ていても剣や斧を無茶苦茶に振り回しているので逆に仲間に被害を与えそうになっています。
まだ辛うじて仲間の被害は軽いかすり傷程度ですが、このままでと闇者にではなく同じ冒険者の仲間に傷つけられる可能性が高いです。
「落ち着いてください!もう残りの敵も三匹です!落ち付いて自分を保って下さい!そうすれば絶対にか……」
そんな!?
「う、うわぁぁぁぁぁ!?た、助けてくれ!?」
無茶苦茶に振り回しつつ、尚二匹のレイラルを倒した冒険者達でしたが、突然その背後からのしのしと歩いてきたグリを見た瞬間、自分達の武器を闇者に投げつけて逃げ出してしまいました。
今この場に残っているのは腰を抜かした三人と私だけです。
先ほどまで怯えていた二名と武器をとり落とした三名も、戦っていた八名の冒険者の人たちと一緒に逃げ出してしまいました。
「わ、我思う、我願う!今この時一時の奇跡の元に我等を守りし大地の奇跡よあれ!アースウォール!」
私たち四人を囲むように土の壁が現れ闇者から姿を隠しました。
「はぁはぁはぁはぁ!お、お願いします!せめて立ち上がり逃げる事だけでもして下さい!」
私は荒くなった息を懸命に整えながら、未だ腰を抜かしている三人にそう言いました。
「そ、そんな事言ったって!たてねぇもんはたてねぇんだよ!」
「そうだ、そ、そうだ!お前が悪いんだ!こんな森に俺達をつれてきやがって!」
「……た、助けてくれ!?」
私はした唇を噛んで其の三人から視線を外しました。
私は冒険者という者に少なからず憧れに近いものを持っていました。
雫さんやサラさんと出会いなおその気持ちは強くなってたんです。
つい先日の街を守るために立ち上がってくれた二人、私を助けてくれた二人、そう言ったものこそ冒険者で私もこうなりたいと思っていました。
だからこそ今こうして私の後ろにいるような三人が同じ冒険者だと思うと、悲しく、とても悔しいです。
「……今はそんなときじゃ無いですよね!残りはレイラル一匹とグリが一匹だけなんです!なんとしても……月夜の雫の名に懸けて私がなんとかして見せます!」
そう覚悟を決めた私は今唯一まともに行える範囲系の軌跡をおこすために少し長めの詠唱に入ります。
このアースウォールはレイラル一匹の攻撃であれば五分程は持つはずですが、それにグリの攻撃が入れば恐らく持って一分ほどでしょう。
私の詠唱にかかる時間が少なくても四十秒……ぎりぎり間に合うかどうか……いえ、間に合うようにやるだけですね。
「この空を覆いしその風よ、この台地に廻られしその水よ、今我願うは、その奇跡。」
……流石に……私のレベルですとこの詠唱はつらいものがあります、この短い詠唱だけでかなり力が抜けてしまって今にも座り込んでしまいたいくらいです。
「風より出でしその刃、水より出でしその激流、今我思うは、その奇跡。」
…………もう少し……です。
「風の刃と水の激流たる御身の奇跡今この地にて具現化させ悪しき者への断罪を行いたまえ!」
……………………。
『ドグン!?』
「風水の奇跡!シルフィルトレント!」
土の壁が崩れると同時に辛うじて間に合った軌跡が目の間に迫っていたレイラルとグリを飲み込んでいきます。
噴き出すような水の砲撃に風の刃が組み込まされたその奇跡はその水圧で敵を吹き飛ばし、潰し、その刃で切り裂きます。
範囲奇跡とはいえ、前方にしかその奇跡は向けられないので、今更に考えるとかなり危ない掛けでした。
目の前には水圧でつぶれ、風の刃で切り裂かれたレイラルとグリが倒れています。
それをしっかり確認して私はようやく腰をおろして一息つきました。
無理無茶をして自身を傷つけるやり方であれば他にも方法はありますが、自分自身が無事でなおかつ意識を保ち、後ろの三人も守らなくてはいけない状態であればそんな無茶出来るわけもなく、その状態で出来る奇跡があれ一つだったので仕方ないとは言え……今更ながらに震えと冷汗が止まりません。
ただ、私はまだ仕事を全部全うしていません、何とか立ち上がり、倒したレイラルとグリの一部を袋に入れ、三人に向きなおります。
「私の力では貴方達を街まで運ぶようなことはできません。まだ立ち上がることもできませんか?」
私の言葉にただひたすらコクコクと頷く三人。
私はため息をつきながら、カラードルで雫さんとサラさんに連絡して今の状況を伝えました。
『解った!俺達の方は今無事完了したから今から向かう!クリスよく頑張ってくれた!』
『あいよ!あたしの所ももう終わるところだから、すぐ向かうよ!にしてもそいつらにしても他の奴等にしても情けないにもほどがあるね!って言ってもこっちも似たようなもんだから何にも言えないんだけどね……一先ずっと!てっぇぇい!……すまないね、一先ずもう数分で終わるからそうしたらすぐ向かうからそこで待ってて!』
という言葉を頂けました。
私は二人の言葉を信じて、三人を木の陰に移し、私も少し離れた当たり全体を見られる位置に腰をおろして一息つきます。
それでもお二人が来てくださるまでは絶対に気を抜いたりだけはしません。
私の仕事は最後街にこの闇者達の一部を渡すまで終わりじゃないからです。
でも……本当に疲れました。
雫さんの言っていた、しっかりした団を作る、改めて私も実感しました。
今私と一緒に来た冒険者達みたいな人では私でも安心して仲間と呼べる自身はありません。
改めて団の仲間となる人がしっかりとした人であればいいと思いながら、私は二人を待ち続けます。
それから十分ほどで雫さん達三人とその後更に十分ほどでサラさん達二人が来てくれました。
それから、雫さんとコウさん、サラさんが一人ずつ人を背負い街に向かう事になりました。
結局森から出た瞬間三人は自分で歩くことができるようになり、逃げるように街に向って走っていきました。
サラさんはかなりご立腹のようで街で見かけたらどうしてやろうか!等といってましたが、実際そんなことする人じゃないのはあまり長い付き合いとは言えませんが私にでも解ります。
そんな軽口を叩きながら私達は街に戻りました。
もう二話。