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月夜の雫  作者: 榊燕
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〜第三章活動開始!〜其の四

     [月夜の雫〜第三章活動開始!〜其の四]





 雫達が街を出てから二時間、ディアの森が目の前に広がっていた。

 これから高レベルの闇者退治に入るため、なるべく体力や傷薬などの消耗品を使わないようにゆっくりと歩き、道に時々現れる低レベルの闇者を避けここまで来た為、これほどの時間がかかったのだ。

 ちなみに通常であれば一時間かかるかかからないかで着くぐらいの距離だ。


「さぁて……装備と各自消耗品の確認だけはしっかりしておいてくれよ……間違いなく命懸けの依頼だからな。」


 雫が二人を見つめながらそう言うと、二人も雫を見つめながら頷いた。


「流石に……緊張するなってのは無理があるねぇ、ただ緊張しすぎるのだけは駄目だから気を付けなよクリス。」


 一番戦闘経験が豊富なサラが、緊張でカチカチになっているクリスの頭を軽く叩きながらそう笑った。

 雫に声をかけなかったのは、サラよりも高レベルの闇者を倒してるせいか、いやに落ち着いているからだ。


「は、はい!……すいません、解ってはいるんですが……」


 サラのその言葉に、反射的に大声で返事をした後、少し落ち込み情けないように頭を垂れる。

 そんなクリスを雫は乱暴に頭を撫でながら、少しでも安心するようにだろう、軽口をたたいた。


「大丈夫だ!命がけってのはそうだけど、俺なんて毎度命懸けの戦いだけど、今だってこうやって無事なんだから、今回も全然問題なしだ!」


 そう言い放ち、笑みを浮かべながらクリスを見つめる。

 そんな軽口で緊張が解ける訳がない……が、それでも多少気を持ち直すことに成功したのだろう、緊張は解けていないが、その表情に少しだけ笑みが浮かぶ。


「ありがとうございます、サラさん、雫さん。大丈夫です私だって月夜の雫のメンバーの一人なんですから!」


 自分自身に暗示を掛けるようにそう言い放ち、二人を真正面から見詰める。

 そんなクリスをサラは軽く小突き、雫は頷きをもって応えた。


「んじゃ行くぞ!朱華補助魔法掛けられるやつ出来るだけ掛けてくれ!」


 雫が朱華にそう言うと、肩の上に乗っかっていた朱華が速度上昇と反応速度の上昇の二つの魔法をかけた。


「シルフィードとセルフィードの二つを掛けました!直接戦闘に参加できないけど、補助は任せてください!」


 朱華に感謝の言葉を三人で掛けながら、森の中に入っていく。

 普段それほど難易度の高い闇者がでない、初心者の冒険者達が慣れる為の場所だが、今この時だけは、森に入った瞬間嫌なプレッシャーが三人を襲う。

 雫はデスブリンガーとの戦いで、これ以上のものを味わい、サラは数多くの経験があるため問題なく動けるが、クリスだけは入った瞬間このプレッシャーのせいで動きが止まった。

 だが、クリスは自分自身に言い聞かせるように「月夜の雫のメンバー!私は負けない!」と小さくつぶやいてそのプレッシャーの中二人の背中を追いかけるように歩きだす。


「やばい感じだね、予想以上にこれはきついかもしれないよ!」


 サラがそう言ったのは、前方の茂みの向こうに多数の闇者の気配を感じたからだ。

 クリスはサラが言った後、その視線を追いかける事でそれに気づき、雫は過去の二度の戦いで得た直感でなんとなくそこに何かがいるのを感じ取っていた。

 サラは赤い刀身を目の前に構え、いつでも襲いかかれるように準備を整えた。

 雫はすでに鎌を装備して油断なくあたりを警戒し、クリスも杖を構えながら詠唱を開始する。

 油断していた訳ではなかった……それでも背後からの突然の奇襲に三人は体制を崩された。


  『グルゥゥ!』


 背後から、ラルカ二匹が雫とサラに襲いかかったのだ。

 流石に奇襲とはいえ、体制は崩されたがダメージは食らわなかった。

 ただ、その奇襲のおかげで、前方の多数の気配もこちらに動いてくるのが解り、サラと雫は大きく舌打ちをした。


「ッチ!不味い……せめて奇襲で前方の奴等の半分は始末出来ると思ってたんだが……」


「全くだね!前方の奴等……ラルカ五匹にグリーズル二匹かい!」


「数が多すぎます!一旦引き……きゃぁぁぁ!」


 あまりの数の多さに、及び腰になったクリスにラルカが飛びかかった。

 襲いかかる鋭い爪と牙。

 ラルカの攻撃はその素早い動きとその動きからの爪と牙によるものだけだ。

 だけとはいえ、そのスピードはライラの二倍近い速さだ。


「地の精霊!かの者に一時の盾を!アースシールド!」


 雫とサラは体制を崩し、その攻撃の対処に間に合わないと判断した朱華は咄嗟に地の精霊に力を狩り、土の盾をクリスの前に出現させる。

 その盾はラルカが衝突したと同時に消滅したが、その動きを止める事に成功した。


「っっしゅ、祝福されし我が杖よ!今我が前にある悪しき存在に鉄槌を!ライトニング!」


 咄嗟にその隙をついてクリスが神聖の奇跡を発動させる。

 杖の先から三本の黄色い雷がラルカに襲いかかる。


  『グゥギャァァァ!』


 アースシールドによって動きを止められたラルカはその攻撃が直撃し、前足と背中、鼻が焼けただれる。

 その隙を見逃すことなくサラがラルカに冗談からその刀身を振り下ろす。


「うらぁぁぁぁ!いっけぇぇぇ!」


 叫び声とともに振り下ろされたその剣は見事ラルカを真っ二つにし、一匹目を撃破する。

 その赤い刀身は、ラルカを斬った際ついた血を受け付けないかのように、地面に一滴残らず滑り落とす。


「あ、あ、あ……っっ、はぁはぁはぁはぁ!」


 クリスは緊張感と、自分自身が行った攻撃の効果を見て、息を乱す。

 サラと雫は、そんなクリスを挟むように背中合わせで闇者に向きなおす。

 体制を整えた二人だが、流石に今の状態でクリスを落ち着かせている余裕など全く無かった。


「……ったぁぁぁ!」


 左右から襲いかかってきたラルカを雫はその鎌の一振りで倒す。

 右から襲いかかってきた奴は首を落とし、左からの奴は胴の半場から真っ二つになっていた。


「おー!すごいじゃないか雫!この武器もそうだけど、流石としか言いようのない威力だね!」


 感心したような声を洩らすサラだが、襲いかかってきた一匹のラルカを突き刺し絶命させている。


「一先ずこれで四匹、残りラルカ三匹とグリーズルが一匹……って一匹!?」


 改めて闇者を確認していた雫が今になって一匹グリーズルがいない事に気がついた。

 本能的にやばいと感じた雫は、クリスを思いっきり吹き飛ばした。

 もちろん闇者がいない方向にだ。


「きゃぁぁぁ!」


 悲鳴を上げながらも、その衝撃でやっとまともな理性が少し戻って来たらしく、何とか受け身をとりながら茫然とその光景を見つめていた。

 サラは雫の行動でグリーズルの動きに気づき、咄嗟に飛び離れている。

 逃げ遅れたのはクリスを助けた雫だ。


  『グゥルルルガァァァ!』


 その叫び声は上から聞こえてきた。

 そしてグリーズルの爪が雫のクリスを吹き飛ばした腕に襲いかかった。


「っっったぁ!なめんなよごらぁぁぁぁ!」


 幸い攻撃を受けた腕は左腕一本、右腕に握った鎌を思いっきり横に振る。

 致命傷に近いダメージを与えたものの、やはり片手では十分な威力を発揮でなかったようで、グリーズルの片腕と胴体の半場まで切り裂いた。

 普通人間であれば致命傷で身動きなんて取れない傷だが、相手は闇者。

 その状態から左腕の爪を雫に振り下ろす。


「っっお父様!」


 攻撃された際に弾き飛ばされた朱華が悲鳴を上げた。


「させないよっ!」


 それをサラが、ギリギリで受け止め、雫はその隙にその場から飛びのいた。

 流石にグリーズルの怪力を支えきることができず、その刀身は地面に突き刺さるが、飛びのいた雫が一回転し鎌を斜め上から斜め下に遠心力で威力を上げながら振り抜いた。


  『グギャァァァァ!』


 真っ赤な血しぶきと共に倒れ落ちるグリーズルを確認すると、もう一匹のグリーズルと残りのラルカに注意を払う。


「助かったサラ!」


「お互い様ってね!」


 そう言って二人がまたもクリスを挟み込むように体制を整える。


「我願う、我思う、この者等の心身を癒し、傷を癒す奇跡よ、今こそあれ!ヒーリング!」


 雫のその腕の怪我に真っ青になりながらもその瞳に後悔と共に強い決意の光をたたえたクリスが奇跡を起こす。


「サンキュ!予想以上にすげぇなヒーリング、動かなかった左腕全然痛みすらねぇ!」


 爪によって引き裂かれ多少の傷とその威力の高さでしびれていた腕が回復した。


「……雫さんのその服のおかげでもあります、元々少しずつ回復していたところを私が少し強化したみたいなものですから。」


 クリスはそう言いながら、まだ及び腰ではあるものの、しっかりと闇者を見据えて震える声でそう言った。


「本当にダーニャ様様だな!サラっ!」


「あいよっ!っと!」


 雫が襲いかかるラルカ三匹を牽制していると、その陰からサラにグリーズルが襲いかかった。

 サラもそう何度と奇襲を食らう程レベルの低い冒険者ではない。

 襲いかかってきたグリーズルの腕を叩き折った。


  『グギャァグ!』


 流石に雫と同じように斬り落とすのは無理ではあったが、その腕を使用不能にまで持ち込んだ。


「我が前の悪しきものに浄化を!ストリーム!」


 腕を叩き折られ動きが止まったグリーズルにクリスが追い打ちをかける。

 渦を巻く水の奇跡。

 その威力はかなりのもので、グリーズルの胴を貫通した。

 それに負けない!とばかりにサラが雫と同じように遠心力を使って真横から一閃。

 もちろん怪我をしていないサラは両手でだ。

 多少斬り込めはしたものの、やはり雫と同じには無理だと感じながらサラはグリーズルを吹き飛ばした。


  『ギャグゥゥ!』


 吹き飛ばされたグリーズルはラルカを一匹巻き込み大きな樹に激突した。

 しばらく悶えていたが、数秒後に動かなくなった。

 巻き込まれたラルカは既に絶命している。


「残り二匹!一気にいくぞ!」


 雫はそう言ってサラと一緒にラルカに向って走る。

 真正面から迎え撃つ……そんな考えが闇者にあるわけもなく、そのスピードを生かし、横から襲いかかってこようとするが。


「動きは見えてるっての!」


 鎌を逆に構えていた雫はタイミングを見計らい思いっきり振り上げた。

 奇麗に縦に真っ二つになるラルカ。

 サラも負けておらず、その動きを読んでいたらしく、地面に剣を突き刺し、襲いかかってきたラルカがその刀身に自ら激突し自滅していた。


「一先ず……これで終わりだろうね。」


 警戒を解かずに、サラはそう言った。

 雫も周りを警戒していたが、気配というか危険な感じがしない事が確認できると、鎌をクリスタルに戻し、その場に座り込む。

 クリスはすでに腰が抜けたかのように座り込んでおり、サラは剣を地面に突き立てたままどかっと地面に腰をおろした。


「し、しんどいぞこれ!」


 多少乱れた息を整えながら雫がそう言った瞬間、二人も頷いて同意した。


「しょっぱなから報告されてた数超えてると来たもんだ、これだけの筈がないから、この二倍から三倍の数は最低限見といた方がいいね。」


 ため息をつきながらサラは空を見上げる。


「……すいませんでした……何もできなくて……」


 クリスはとても申し訳なさそうに、唇を噛みしめながら後悔……悔しがっている。


「んなことないさ、実際クリスのおかげで俺は腕の傷がすぐ治ったし、サラがグリーズル吹き飛ばせたのだって、クリスの奇跡があったからだろう。」


「そうだね、あたし一人じゃさすがに無理だったよ。クリスと二人だからなんとかなったんだ!もう少し自分に自信もちな!」


 二人のその言葉に、顔を上げるクリス、瞳に涙が少し溜まっている。

 それをこぼす前にふき取り元気に「はい!」と返事をして、先ほどまで見せていた決意した瞳の光をより一層強くしていた。


「さて、軽く今の内に飯食っとくか……こんな血みどろの所で食べたくはないが、これを逃すといつ食べれるか話からねぇからな。」


 そう言って鞄から干し肉と水を取り出し、目をつぶって一気に詰め込んだ。

 流石に雫とはいえ、この異臭と気味の悪い血みどろの地面を見ながら悠々と食事が出来るほどまだ慣れきってはいない。

 サラは雫よりは耐性があるのだろう、嫌な顔をしながらだがそれでも普通に食べ、クリスにいたっては何度も吐きそうになりながらも、何とか食べきった。

 食事をとり、十分ほど休憩をとった三人は改めて立ち上がり、奥に進んだ。


「……おいおい本気かよ……」


 絶望に似たその呟きを誰が非難できるだろう。

 雫のみた光景は闇者の集落。

 そこにたむろする闇者。

 そしてその数だ。

 グリーズルが十匹。

 ラルカが二十匹その集落に集まっていた。

 雫達が侵入し、先ほど倒したのを知ったのだろう、この森にいる闇者が全部集まっていると雫達は考えた。


「だけどおかしいね、ラルカにしてもグリーズルにしてもそこまで知力がある奴等じゃないんだけど……」


 サラが嫌な予感がするといいながらそんな事を言った。

 雫も先ほどからとても嫌な感じがしっぱなしだ。

 あの光景を見た事も関係はしているだろうが、それだけじゃないと本能が告げていた。


「っっラルリオン!」


 クリスが、雫とサラが見つめていた集落と違う方向に視線を向けた瞬間そう叫んだ。


「っち!何だってこんな所に!」


「そいつはどういったやつなんだ?」


 とてつもなく焦っている二人に、どういった闇者が解ってない雫は緊張した眼差しで二人を見つめる。


「ラルカの上位闇者だよ……厄介な事に知恵があるから多数の闇者が固まってる場合だとかなり危険な闇者だよ。」


「はい、単体であればラルカを少しだけ強くした感じですが、指揮能力があるので……今の状態だとかなりやばいです。」


 説明を受けた雫は頭を抱えたくなった。

 ただでさえあの数で絶望的だというのに、その上あれらを指揮出来ると来たのだ。

 あまりにも不利な今の状態に絶望しないのが奇跡に近い。


「……黒夜の刃!畜生!囲まれた!」


 頭を抱え込んで考えてるうちに何時の間にやら囲まれていた。

 一番最初に気付いたのは雫、サラもすぐにそれに気づき武器を構える。

 クリスは今まで聞いたことのない詠唱を唱え始めていた。


「我願う。我想う。我が乞う!」


 今まで緊張して震えていた声ではない、完璧に集中しきって周りの一切を切り捨てての詠唱。


「……何か打開策があるみたいだから……守るぜサラ!」


「任せときな!伊達に一番分厚い鎧や武器を装備してるわけじゃないところ見せてあげるよ!」


「水の精霊よ、かの者に保護を与えよ!アクアアーマ!これで少しは攻撃を防げるはずです!でも多分一発多くても二発食らえば消えてしまうと思ってください!」


 朱華がそう叫びながら雫の肩から飛び上がる。


  『ギュギャァァァ!』


 周りを取り囲んでいた六匹のラルカと三匹のグリーズルが一斉に襲い掛かってくる。

 それは、純粋な恐怖を蘇らせるには十分な代物だが、雫はこれ以上の恐怖を既に体験している。

 サラはその恐怖に耐え、体を動かす術を身につけている。

 クリスはそんな状態になろうとも詠唱をひたすら続けている。


「願うは光!想うは心!乞うものは光の心!」


「おりゃぁぁぁぁ!!!」


 その声を聞きながら雫はその闇者の群れの中に飛び込んだ。

 襲い来る爪と牙、怪力の腕や足。

 致命傷になる攻撃だけを何とか躱わし、それ以外をあえて受けながらその鎌を両手で真横に振り抜く。

 勢い付けて振るった鎌は半回転、前方にいた三匹のラルカと一匹のグリーズルを真っ二つに切り裂いた。

 だが、その代償も小さくなかった。


「っく……」


 一度距離を開けた闇者達だが、それを見た雫は膝をついて肩で息をしている。


「御主人様!なんて無茶を!」


 今まで人前で一切話さなかった虹が思わず叫ぶほど無茶な行動。

 腕や足、その体に至るまで傷がないところが見当たらない。

 確かに深い傷はないものの、その多数の傷から流れ落ちる血液はその服の回復力を持っても追いつかないほどだ。


「さ、サラ!守りは任せる!出来る限りせん滅するからそっちに漏れたのは必ず防いでくれ!」


 息も絶え絶えな癖にその瞳の強さに思わずサラが息をのむ。


「……あいよ!任せな!この身に代えてもクリスにゃ絶対触れさせないよ!」


 雫に感化されたように、サラの身体が熱くなる。

 今まで以上に体が軽く、今まで以上に武器を扱える気がした。


  『ガァァァァ!』


 雫が動けない隙に、グリーズル二匹がクリスを襲おうと詰め寄る。


「それ以上は通さないよ!」


 そう言って一閃。

 確かに思いっきり振り抜いた。

 だが、その振るった感じが今までに感じたことのないような感覚だったのだ。


「……これが火事場の馬鹿力ってやつかね!今ならグリーズル程度いくらでもこいって感じだよ!」


 先ほどまで全くと言っていいほど斬り裂くといったことができなかったサラ、だが目の間に転がるのは真っ二つになった二匹のグリーズル。

 その真っ二つになった表面は焼け焦げていた。


「っっう、うらぁぁぁ!」


 片膝をついていた雫にラルカが囲むように襲いかかってくるが、その場から思いっきり飛び上がりその攻撃をかわす。

 流石に人間がそこまでの高さ飛びあがれると考えていなかったのだろう、全力で四方から来ていたラルカ達は互いにぶつかり合い動きを止める。

 上からそのラルカ達に二度鎌を振るった。


「おらぁぁぁぁぁぁ!ッグ!」


 ひと振りで二匹、二振りで襲いかかってきた全部を斬り裂いたが、出血のせいでその瞬間に眼がかすみ、着地に失敗する。


「っっはぁ…はぁ!こ、これでラルカ七匹目!グリーズルは三匹!」


「残り十三と七!雫一度下がって!次はあたしが前に出る!」


 その言葉に素直に従い、クリスのそばまで飛びのいた瞬間、今までで最高の速度でサラがグリーズルの群れに飛び込んだ。

 今の状態が続いてるうちに強い奴等から先に倒そうと考えたからだ。


「今この一時だけかもしれないこの力!余すことなくあんた達にくれてやるよ!」


 最初は断面だけが焦げていたのだが、一振り、一振り増す事にその刀身に炎が宿り始める。


「使いこなせてるとは全然思わないけど今は助かるよ!」


 そう叫びながら息をまともに吸うことすらしないでひたすら斬り裂いていく。

 グリーズルを四匹斬り裂いたところで、流石に限界がきて、動きが鈍った瞬間グリーズルの体当たりが決まる。


「がはっ!」


 口から思いっきり血を吐きながらクリスの元まで弾き飛ばされた。


「どうよ……まだ動けるか?」


 あえて大丈夫かとは聞かない、大丈夫な訳がないからだ。

 だから聞くのは動けるか?まだ戦えるかといった事だけ。


「あ、当たり前だろう?この程度怪我の内に入らないさ!」


 肋骨は数本、見ると左腕も折れているだろう、それでもサラは立ち上がり闇者に向きなおる。

 サラのおかげで少し回復した雫もゆっくりと立ち上がり、闇者に向かう。


「今我が心、光の元にその姿をここに現す!サンシャインクロス!」


 ここにきてようやくクリスが詠唱を終え、ラルカの群れに杖を向ける。

 沈黙。

 何も起こらない……と思った次の瞬間、視界いっぱいが光に覆われた。

 だが雫とサラは不思議な事にその光の中、闇者達をしっかりと把握できている。


  『グギャァァァlゴグゥゥゥ!』


 無数の断末魔が響き渡りその光が納まると、その場に残っているのはグリーズルが一匹とラルカが三匹、そしてラルリオン。

 知恵があるというだけあり、その突然の出来事に困惑しているようだ。


「ひ、ヒーリング……ご、めんな……い、こ……いご」


 雫とサラの身体を温かい光が包んだ瞬間クリスが倒れた。

 改めて見るとその姿は酷い事になっていた。

 手のひらは避け、所々爪も割れている。

 体中のあちこちに火傷の跡と小さな傷が多数。

 二人よりもさらに重症といった状態になっていた。


「朱華!クリスを頼む!」


「水の精霊よ彼女を癒してヒーリング!」


 雫が叫ぶ前から動き始めていた朱華はその声と同時にヒーリングを発動させる。

 ただ同じヒーリングであってもクリスが使う奇跡とは違うものであり、その効果はクリスのものより弱い。

 だが、それをかけ続けられる時間は精霊だけあって、長い。


「お父様!クリスさんは私がなんとかします!」


 その言葉に頷いて、最後の力で掛けられたヒーリングの効果を改めて確認する。

 体全体の傷をふさぐことはできなかったものの、多少気力や活力といったものが戻ってきている。

 目の前の敵をせん滅するには十分だろう。

 と雫は考えていたが、実際その怪我で目の前の敵を倒すのはかなり無茶にも程がある。

 だが今の雫には、そんな考えが微塵もなく、出来る!という思いしか浮かばなかった。

 それはサラも同じようであり、腕は折れたまま、肋骨もまだ折れたままだろう。

 それでももう負けるといった考えは微塵もない。

 考えるのは早く倒す、それだけだった。


「サラ!多分全部一気には無理だ!抜かれた闇者は頼んだ!」


 そう言って駆けだす雫。


「任せな!たとえ全部来たとしてもあたしがここで全滅させるよ!」


 サラもそう叫び返し、右手だけでその剣を構える。

 その刀身には燃えるような炎が纏われている。


「ぅっらぁぁあ!一匹!二匹!」


 一息でラルカ二匹を葬り去ったが、グリーズルがその隙をついてクリスに向かう。


「あたしがいるってこと忘れてんじゃないよ!」


 ただの袈裟斬り、しかし炎に包まれた刀身により切れ味と破壊力が増しているその一撃は、グリーズルを真っ二つにしその身を焦がした。


「ラスト!……んで後は手前ぇだけだ!」


 そう言ってラルリオンに向きなおる。

 後ずさりしながら逃げる準備に入るラルリオン、今の状態で全力で逃げられれば追いかける事は無理だろう。


「わ、れ願う、その身を……つ、なぐ……鎖あれ!」


 その時息も絶え絶えなクリスが奇跡を起こした。

 その奇跡は緑の鎖。

 ラルリオンの身体をその緑の鎖が絡め取る。

 ゆっくりと歩を進める雫。

 どうにか逃げようともがくラルリオンだが、クリスの奇跡の力は予想以上に強く、びくともしない。

 とうとう目の前まで来た雫。


「これで最後だ……こんな所まで来ちまった手前ぇ自身を恨みな!」


 その声とともに振り下ろされる鎌。

 あっさりとその鎌はラルリオンを真っ二つに切り裂いた。

 次の瞬間倒れこむ雫。

 後ろではサラもドサっという音とともに倒れこんでいる。


「お、わった……けどもう動けねぇ……」


 雫が絞り出すようにそう呟くと。


「あた、しも、だ……も、うむり……」


 サラも限界らしい。

 クリスに至ってはしゃべることすらできない状態、先ほど奇跡を起こしたこと自体が奇跡だと思えるような状態だ。

 そんな三人にヒーリングをかけ続ける朱華だが、いくら精霊とはいえ限界はある。

 力を使い過ぎればその体は睡眠を欲するようになり、それは抗えるものではない。

 それに必死に抵抗しようと試みるが、やはり限界を超えてしまった今、抗うことができず、雫の上に落ちた。

 かろうじて、全員の出血とクリスの火傷だけは直せたのを確認して眠りに落ちる。

 確かに集落自体は潰れ、高レベルの闇者も全部いなくなったが、それでも低レベルの闇者はこの森に存在する。

 血の匂いにひかれてか、その低レベルの闇者が姿を見せる。


「……ご主人様に近寄る事は許しません……」


 静かに、それでもどこまでも響く様な虹のその声に、低レベルの闇者は怯えるようにその場を後にする。


「こんなことしかできませんが……今この場には絶対闇者は近づけさせません!」


 そう虹は言い放ち、ナイフ全体からとてつもないプレッシャーを放つ。

 そのプレッシャーはデスブリンガーと相対した時と違いが解らぬほどのもの。

 多数の人間の足音が聞こえてくるその時まで虹はそれをやめなかった。

 そして、その光景を最初にみた冒険者は雫達三人に向けこうつぶやいた……その呟きには尊敬の気持ちも含まれていたがそれ以上に萎怖と恐怖が強かった。


「化け物……」

三章完結。

次は四章。

今回はほとんどが戦闘描写。

上手くかけているかいまいち自信がありません。

変なところなどあればぜひ御意見などお願いします!

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