1-6 新しい魔法と言う名の肉体言語
肉体言語こそ嗜好。
トカレフキルゼムオールとは唱えませんのであしからず。
村長に間借りした客間。
ほのかな蝋燭の灯りに照らされた室内で、ベッドがギシギシと軋んでいる。
「ん、くっ……んっ、んっ……」
ノアの苦しげな声が漏れる。
「寅さん、んっ、本当にこれ、くっくっ……やる必要、あるの?」
「必要だ。ジャーマンには、ブリッジが必須だからな」
「うぅ……あたしは魔法なのか聞いただけなのに……」
ベッドの上では、寝間着姿のノアがブリッジしていた。
寝間着からのぞいたノアのお腹の上で、寅は胡座をかいている。
「だいたい、魔法にブリッジが必要だなんて、聞いたことがない……」
「ジャーマンは投げ技だ」
「うぅ……分かっていたけど、やっぱり魔法じゃなかった……」
ノアの足が震えている。
寅は難しい顔でため息をこぼした。
「ノア」
「なに?」
「そもそも、ラリアットは相手を即死させるような技じゃない」
「どういうこと?」
「考えてもみろ。走っていって腕をぶつけただけで魔物が吹き飛ぶなら、この世界の冒険者は全員武器を捨てている」
「うぅ……確かに」
「今回のジャーマンも同じだ。投げ技ではあるが、魔法としての付加効果があるのか分からない。即死系なのか、それとも他に効果があるのか、実験と実証が必要だ」
「でも、寅さん……」
「どうした?」
「も、限界……」
とうとう力つき、ノアはベッドの上に倒れた。大の字になって荒い呼吸を繰り返している。
「ご苦労さん。長時間キープ出来る筋力と柔軟性はあるようだな」
「お母さんから、いつか踊り子するときに柔らかくなきゃダメって言われていたから、身体は柔らかいし、運動も得意」
「そうか、あの二人は旅芸人だったな」
「ねぇ、寅さん。ジャーマンスープレックスって、投げ技なのになんでブリッジするの?」
「ふむ……これは実演した方がわかりやすいだろうな」
寅は枕を持つと、ひょいと床に降りた。
「いいか、まずこの枕が敵だとする」
「うん」
「ジャーマンはまず、相手の背後に回って胴体に手を回す。そのままクラッチを放さず、ブリッジをして後方へ投げ、敵を後頭部から地面に叩きつける!」
枕相手に見事なジャーマンスープレックスが炸裂した。
「おお~……」
プロレス技の芸術とも言われる技に、ノアは目をきらきらさせながら拍手を送る。
「おそらく、唱えることで成功率は百パーセントになるだろう。相手を背中から抱え込めば、どんな体格差でも投げられるだろうが、付与効果が分からない以上、使うときは慎重に選ぼう」
「わかった」
ノアは大きく頷く。同時に寅の頭をわっしと捕まえると、後ろから抱きしめた。
「お、おい、何のつもりだ?」
「練習する」
「それは良い心がけだ。けどな、俺はしがない虎だが、あくまでぬいぐるみであってーー」
「おりゃー!」
「おわー!?」
初めてのプロレス技は、ぬいぐるみにかけるものらしい。
ジャーマンの効果は次回に持ち越し。
ちなみにあくまで魔法なので「口に出すことで発動」します。
ラリアットと言いつつジャーマンをすると、技の効果はありますが、魔法の効果は失われます。