1-1 ぬいぐるみの虎の穴
ゴブリンの襲撃から少し時間が経過しています
「お父さん、お母さん……」
病室にノアの寂しそうな声が響く。
「わたし、これからどうすればいいの?」
これから先の不安を口にせずにいられない。
ノアはまだ14歳の少女なのだ。
「そうだなぁ、困ったな」
「そうねぇ、どうしましょうか」
と、のんびりとした口調が返ってくる。
街の病室のベッドの上で、ノアの両親は身体を横たえていた。
ゴブリンの襲撃から一夜明けた。
ノアの両親、ゼンニとロレは重傷を負ってしまい、揃って入院になってしまった。
致命傷ではなかったものの、ゴブリンの集団は毒を利用していたらしく、治癒魔法では即感知というわけにはいかなかったのだ。
旅芸人として生計を立てていた二人の両親が働けないとなると、ノアがどうにか路銀を稼ぐしかないのだが……。
「だから、言ってるじゃねぇか。ハンターになって、魔石を取ってくればいいってよ」
病室に響く威勢の良い、いぶし銀の声。
さすらいのまるまるワータイガー、フウテンの寅さん(ノア命名)だ。
「お父さん、お母さん、どうしよう?」
勝手にしゃべり出したぬいぐるみの処遇を含めて、ノアは両親に尋ねている。
「しかしねぇ、寅さん。この子はまだ14歳だ。取り立てて特技があるわけでもないし」
「そうよ。女の子一人がハンターなんて、危ないわ」
両親はすでに寅さんの存在を受け入れていた。
「あー、もー! だから、言っているじゃねぇか! ノアは、昨日も一人でゴブリンを50匹、討伐したってよ!」
「ああ、それは僕たちも驚いたよ」
「ええ、私たちは二人がかりでも生き延びるのがやっとだったものね」
これは決してノアを見捨てたわけではない。最初の奇襲の段階で運悪く分断されてしまったのだ。
そして、二人を助けたのは、「お父さんを、いじめるなー!!」とラリアットを発動させたノアだったことは、言うに及ばず。
「とにかく、その辺の飯屋で雇ってもらうより、ハンターになって、小さな討伐依頼をこなしていた方が絶対に良い。レベルもあがれば、これから先、ノアが独り立ち出来るようにだってなるだろう」
「それは……」
「……確かに」
と、うなずく両親。
ゼンニとロレは、旅の吟遊詩人と踊り子だ。
引き継ぐよう家業でもない以上、いずれ独り立ちをしなければいけない。
「ノア」
「はい」
「ひとまず、ハンターギルドに登録してきなさい」
「ええ?」
「あなた!」
「ノアももう、14歳だ。読み書き、計算は商人の人たちから善意で教えてもらってきたが、そろそろ独り立ちも考えなければいけない」
「……そうね」
「しかし、ノアは歌い手にはあまり才能がない」
「ぶっちゃけ音痴よね」
「なら、踊り手として君の跡継ぎと考える前に、ユニーク魔法が使えるという長所を伸ばせないか、試してみた方が良いと思うんだ」
「……そうね。考える価値はあると思うわ。ノアはどう思う?」
「音痴でダメな子は大人しくハンターにでもなればいいと思います」
ノアは頬を膨らませていた。本人が自覚していても、親にも言われたくない話はあるのだ。
歌うのは好きなのだから。
「よし、話は決まったな!」
と、親子喧嘩が始まる前に、寅さん。
「まあ、大船にのったつもりでいな。この子はオレが立派なプロレスラーにしてやるからよ」
「「「プロレスラーってなに?」」」
この世界にプロレスは存在しない。
ゼンニとロレは世界を旅しているので、かなり大雑把な二人です。
あと根本的に、この世界に「クラス」による恩恵はありません。
二人とも、好きでやっている仕事です。
なので、ノアが選択すれば「魔法の使えない魔法使い」にもなれる世界です。