上手くいかず
『フレイム』
――まただ。
『フレイム』
――どうして。
『フレイム』
――なんで!
『フレイム』
――どうして!
『フレイム』
――まただ、まただ!
「フレ――」
「もう休めウミカ」
力を込めているを腕をサキさんが易々と下に下げる。
――くそっ!なんで!どうして!
「――まだまだ修行が足りない……。だからもっと……!」
そう言ってサキさんの力に押さえつけられている腕を思いっきりあげようとさらに力を込める。
――だが、所詮は私の力には限度がある。
数日間修行しただけで、師匠の力に及ぶかと言われるとそんなものは無謀にもほどがあった。
「――それにしてもおかしいわね……。呪文も間違ってないし、体力の方も全然あるはずなのに……」
ザラナはそう呟きながら、ゆっくりと私の方に近づいてきた。
「今日はもうやめようザラナ。このままだと先に体力がなくなる」
「そうしたいのは山々なんだけどね――その子は……」
ザラナは気まずそうな表情を浮かべ、私の方を見てきた。
だが、私の目にはもはや何者の映っておらず、ただただ腕動かなくなった右腕に力を入れているだけだった。
――もっともっと強くならないと……。次は私が誰かを守れるようにならないと……。
だから、私はまだ……!
――私は一つの言葉に取り付かれたように、力を求めている。
もはや、今の私の状態は理性が正常に機能していない。
私をそこまでにしたしまった言葉とは……。
――魔法が使えなかったら一体カリンが命懸けで助けた意味は……。
と魔法を使おうにも使えずにいた私を見てサキさんが呟いた言葉だ。
――魔法の使うことの出来ない私はサキさん達にとって不要な存在でしかない。
そしてなにより、カリンさんが命を掛けて守ってくれた私がここでカリンさんの代わりの戦力にならないといけない。
さらに私は約束したようにカネリを守らないといけない。
――それが私の使命であり、存在理由である。
そして今それが否定され、こうして半ばヤケクソ気味になってしまい、こうして後に引こうにもひけなくなっていた。
――なんとも子供のように自分が思えて情けない。
「――落ち着けウミカ!今日はもういいから!はやく戻るぞ!」
とサキさんが掴む腕に力を入れてなんとか逃げようとしている事が少し苛つき始めたのか、サキさんは少しだけ込める力を強くした。
流石に力では勝てない……。
「――離して下さい。私はまだやれます」
そう言って私はサキさんをじっとにらんだ。
だが、サキさんは私のそんな視線から目を背けることはせずに、じっと私を見つめ返した。そんなまっすぐな瞳を見ながら私はいつも思ってしまうことがある。
――私なんかじゃ絶対にこの瞳を浮かべることは出来ないと。
この目は全ての事に本気で取り組み、そしてそれがたとえ失敗したとしても絶対に逃げない、自らが責任を取り、成功したとしても、決して自分だけの手柄としない。
そんなまっすぐな瞳から読みとれるサキさんの性格について私は、こうなりたいと思う憧れる。
そして同時に先ほども述べたように、私には決してこの瞳をする事が出来ないとどこか心の奥底で感じてしまっている。
だから私はサキさんのどこまでもまっすぐな瞳に、どこまでも私の無力感、そして変わることの出来ないことへの絶望感を抱いてしまうことがある。
――そして現在、それがもっと強くなっていることはもはや言うまでもない。
「――サキさんは黙ってて下さい」
「なんだと?」
思わず、出てしまった言葉に少しの驚きを感じつつも、もう後戻りが出来ない事を感じ、私はどこか表情を強ばらせた、サキさんの腕を払いのけようと乱暴に腕を降った。
「――私はでるまでやります。だからサキさんは口出さないで下さい。――サキさん達もそれだけが望みなんでしょ?」
と私はもう一度サキさんを睨んだ。
――だが私の心の奥では、そんな事を言ったら駄目だと、叫んでいる。そしてそれは私の脳みそ自身も思っている事だ。
だが、私の口はそんなブレーキも関係なく、ただただ最悪の形になるであろう、そして十分にサキさんを貶すように口に出すのである。
「――ウミカさん。あなたは疲れたんでしょう?だから今日はこのまま帰ってもう休みましょう?魔法の事ならまた明日挑戦しにくればいいですよ」
とサキさんと私の間に入ってきたのは、ザラナさんだった。
ザラナさんは今日出会った時から、ずっと穏やかで、優しい人だな。と素直に思っていた。
そして、それは今現在も思っているわけであるが――ここまで言ってしまった以上はそんなに簡単に終わらせることが出来ない事ぐらいは私にも分かった。
その証拠にサキさんは出会ってから一番の怖い顔で何も言わずにじっと見つめている。
――サキさんの事だ……。きっと何か私から他に何か言い出すのを待っているに違いない。
だが、私もここまで言ってしまった以上、もう引くには引けない。
だから私もここはじっとサキさんをにらみ返すことしか出来な
かった。
「……はぁ」
ザラナさんはそんな私達を見て、これ以上何を言っても駄目だと思ったのだろう。そのままザラナさんも無言になり、私達をじっと見守っている。
「……」
そしてそこからしばらくの沈黙が流れる。
当然サキさんは口を開く事はなく、私もそんなサキさんに合わせるように、口を固く閉じる。
そしてザラナさんも私達をじっと見守るように、横に立っている。
サキさんの瞳をよく見ると、私が写っていた。
目からでもはっかりと私が写っている事が確認できるほどサキさんの瞳は清いという事で、私はさらに瞳に写る私を睨むように顔を強ばらせる。
――あれ?でもそもそもどうしてこんな状況になったんだっ
け……?
そんな硬直している状況で私はふと疑問に思った。そしてこの状況の中でも私は頭を働かせ、つい先ほどまでの空気と会話を思い出す。
「……」
――これって私が一方的に悪いんじゃ……。
なんだか今になって、私が言ってきた言動や行動がいかにかっこわるく、そして幼稚という事に気づいた。
――私が悪い……。本当に私が悪いの……?
そもそも私は、自分で自主的に修行をすると言ったんだ。
なのに、普段は修行をしろというサキさんが止めた。
その前までのいらだちが合ったからにせよ、私の怒りは正しいのではないだろうか?
――そもそも、この問題は今は私の問題だ。
サキさん達も私のこの力を欲しているのだから、その力を出せるように努力する事は何も間違ってないはず。
むしろ、自主的に力を鍛えよう――といってもここに来てまで一度も出てないけど……、それにしても自主的に力をつけようとしている。
なのにそれをサキさんは止めた。
――一体どうして私を止めたのかは、分からないが、この件は私は悪くないと自分でもだんだん思えてきた。
――そうだ。私は悪くないんだ。悪いのは全部サキさん達なんだ。
元々私の体を心配している理由だって、作戦の要である私が壊れてしまったら使い物にならないから、それを心配してるんだろう。
――だが、それに関しては全然大丈夫だと、今は言える。
だって今なら火の魔法が出せる、と思うほどに自身に満ちあふれているのだから。
――だから、私は悪くない、悪くないんだ。
「――そうか」
突然、この場の沈黙を破るように、サキさんが口を開いた。
まさかサキさんが先にしゃべるなんて……。
サキさんの事だから、このまま誰かがしゃべるまでしゃべらないものかと思っていたけど……。
――でも、ここからは本当の勝負だ。
サキさんが初めにしゃべった以上、これからの口論は私が少し有利になるはず……。
――さぁこいサキさん!
そう私は身構えていると、
「――だったら好きにしろ」
「えっ?」
どんな言葉を言われてもすぐに反論する。そう思って強く身構えていた私だが、サキさんの口から予想外な言葉に思わず聞き返してしまった。
「お前がそう思ってるなら好きにしろといったんだ。――行くぞザラナ」
「え、ちょ、ちょっとサキ」
私の右腕を強く握っていたサキさんの手が唐突に離され、サキさんはすぐに後ろを振り向き、そのまま歩き出してしまった。
そして、ザラナさんは少しだけ躊躇いながら私とサキさんを交互に見渡した。
「――どうぞ行って下さい」
そんなザラナさんを見て出てきた言葉は思った以上にひどいものだった。
だが、私はそれ以上何の言葉も返さずにザラナさんの後ろを通り過ぎ、的の近くに歩いていった。
「はぁ……。――くれぐれも絶対に無理だけはしないでね」
と、背後からそんな声が聞こえたかと思うと、ザラナさんはそのまま足音を残して、サキさんの方へと消えていった。
「どうして……」
一人残されたその空間に、私は思わず呟いてしまった。
だが、その言葉がきっかけで、私の感情が一気にあふれ出てしまう原因になってしまった。
「どうして……どうして……」
そしてそれと同時に、頭の中もだんだんと冷静に動くようになった。
――そしてその結果、私は思わず地面に倒れ込んでしまった。
「――私が……私が……あんな事を言ってしまったから……。そもそも私がまだまだ幼稚過ぎたんだ……。昔からそうだ……私は……こうやって大切な人を失って来たんだ……」
私は改めて、自らが起こしてしまった事に対し、今さらであるが、一筋の涙を流した。
――でも、今度こそもうどうすることもできない。いや、どうしようもさせてくれないだろう。
そう思うほど、あの時、サキさんが去り際に見せた冷たい態度、そして冷たい瞳だったのだから。
「――強くならなきゃ……」
そんなどうしようもない状況の中、私は今私が出来ること、やるべきことを再度思い出す。
『ファイア』
感覚のない腕をもう一度あげ、私はまた同じ言葉を唱え始めた。
――あれ?そもそも右腕の感覚はないはずなのに、どうしてサキさんが掴んだ時は強い力だと認識する事が出来たんだろうか……?
ふとそんな疑問が出てきたが、すぐに、魔法が出ないことへの
怒りがこみ上げてきたので、そんな疑問はすぐに飛んでいってましった。
「もぉ!サキ!」
「なんだよザラナ」
「なんだよ、じゃないわよ!」
あぁ……、いつもからうるさいと感じるが、今日は格段にうるさいな……。
しゃべっている言葉自体は少ないはずなのに、どうしてそんな事を感じるかは分からないけど。
「――ちょっとどうするのよ!」
「どうするって?」
後ろで、早足になりながら一生懸命着いてくる、ザラナの顔すらも見ずに私はただまっすぐ家へと向かっている。
だがその途中で、私を塞ぐように壁が出現した。
「人と話す時は人の顔を見てよ!」
見上げると、そこにはザラナが立っていた。
――あれ?
さっきまで後ろを一生懸命着いてきていたはずなのにおかしいな……。
なんて事を思いながらも、私はなおまっすぐ進もうと、ザラナの横を通り抜けようとするが、
「駄目!」
そう言うザラナの体に阻まれ前には進めることはなかった。
「――さっきからなんだよ」
これ以上無視し続けてもどうしようもない事を悟った私は、ゆっくりと立ち止まり、上を見上げた。
「だ~か~ら!さっきから言ってるでしょ!ウミカの事どうするのよ!」
「……」
そのザラナの言葉を聞き、私はしばらく口を閉じた。
だが、ザラナにじっと見つめられ、私はどういうわけか、ザラナに魔法に掛けられたように、口がゆっくりと開き始めた。
「――どうするもこうもないよ」
そう口にすると、ザラナは今度はじっと目を細めた。
――ザラナが細い目になるという事は、何か考え事をしているということだ。
でも、そもそもこんな事でそんなに考える事はあるのか?私は素直にそのまま言ったつもりだったんだけど。
「はぁ……」
といつの間にか思考が終わったのか、ザラナは一度大きくため息を吐いた。
「――あなたって本当に子供ね」
と何故かザラナは少しだけ微笑みながら言った。
――私が子供?……そんな事はない!
と思わず反論しようとたが、ザラナを前にすると何故かその言葉が出てこず、じっと口を閉じていることしか出来なかった。
「――まぁ……今回はウミカも悪い所はあるからね~。今回は子供同士の喧嘩って言ったら聞こえはいいけど……、二人共中途半端に大人だからまたややこしくなったんだな~」
となにやらザラナは一人で話始めた。
――だが、これはチャンスだった。
「――あっ!」
予想通り、ザラナは考え事をしている時は、周りの集中力がなくなる。
だから、こうやって俺を目の前で止めているが、こうして思考モードになれば、いくらでも逃げることは可能だ。
だが、その日のザラナは少しだけひと味違った。
「――今度はなんだよザラナ!」
目にかかってくる煙を払いながら、私はじっと後ろを見つめた。
すると、
「う……そ……」
ザラナの顔には、先ほどの思考モードの顔から完全にかけ離れており、驚愕、そして恐怖が混ざったような表情をしていた。
――その時、私は一体どうしたのだと鼻で笑った。
だが、すぐにザラナが向けている所に視線を動かし――私もザラナと同じように言葉に失った。
パチパチパチ……。
そこは――私達が先ほどまでいた町が火に包まれていた。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
――まだまだ……。こんなんじゃ全然だめだ……。
もっと、もっと強くならないと……。もっと、もっとあの人に勝てるように。
そして守ってもらう存在じゃなく守ってあげる存在になるように。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
その為にはただ修行をするだけ。体を動かすだけだ。
これくらいしか私に出来ることはないけど……、いつか私はあの人を助ける為に……。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
今日もこうして剣を振り続ける。