過酷(仮)な修行
「――ほら!次!」
「は、はい!」
それから次々と、目の前から棒が振り下ろされる。
私は、手に握った棒を使ってそれを起用に交わしている――つもりなのだが……。
「まだまだ当たってるぞ!」
「す、すいません!」
そう言って私は――左に握った棒をさらに強く握り直す。
「はぁ……はぁ……」
もう息をしている事すら鬱陶しくなってきた……。
でも、それでも私の体の中では酸素を取り込み二酸化炭素を排出する作業を忙しく行っている。
いちいち息を吐き出さなくてはならいので、その度に私の体は微かだが動き、隙を見せる。
――なんていうが、本当は全て私の努力不足という事だ。
元々体力のない私が――しかも利き手ではない左を使ってここまでやることは本来なら凄い事なのだが、今はこんな事は出来て当たり前に思わなければ出来ない。――いや、今の状態ではまだまた全然駄目な状態なのだろうが……。
「ほら!隙あり!」
「あっ……」
瞬間、私の肩に鋭い痛みが走った。
予期せぬ攻撃の衝撃により、私はふらふらと足をさせてしまい、思わず地面に尻餅をついてしまった。
「はぁ……。全くお前はまだまだだな……」
私の頭上からため息と共にそんな声が聞こえたきた。
――はぁ、やっぱりまだ全然だめか……。
その言葉を聞きながら、私はゆっくりと立ち上がった。
そして目の前に立っている女性を見ながら、
「サキさん……少し休憩にしませんか?」
と上目遣いで訪ねると、サキさん――赤髪の少女にもう一度棒で叩かれたのだった。
「――全く……ウミカは体力が全然ない」
「す、すいません……」
そう私は誤りながら、サキさんが持ってきてくれた水を口に含む。
――はぁ……それにしても一体どうして私がこんな目に……。
そう思いため息を吐きながら、つい数日前の事を思い出す。
「――こ、ここは……?」
私が目覚めると、そこにはやけに低い天井が見えた。
――って、これってまたデシャブじゃ……。
なんて思いながら、私はゆっくりと頭をあげた。
すると、
「おぉ。ようやく起きたか」
そこには赤髪の少女――あの時長老さんと一緒に来た少女が立っていた。
「え……え?」
い、一体どういう……。
あ、あれ?私そもそもあの後どうしたんだっけ……。
私は少し痛む頭を無理矢理動かし、記憶を思いよこした。
「お前はあの後、私が薬をかがせて私の家に連れてきた」
と私が思い出す前に、赤髪の少女がすぐに答えてくれた。
「――え、え~と……。そ、それじゃあ私はこれから……?」
一体どうなるのか。
――少なくとも、こうして拘束も何もなしに寝かしてくれていたとう事はそこまでの乱暴はしないと思うけど……。
「私は言ったよな?お前はこれからの私達の作戦の要になったと」
要……そういえばそんな事言っていたような……。
それにしても、少し突然すぎないかな……。
なんて思っても、この人に言っても無駄なんだろうけど……。
「でも、その前にお前は力が全くないから、まずは私が今日からここで修行してやる」
「しゅ、修行?」
「あぁ、そうだ」
これまた突然……。
なんて思ったけど、私は心の底で少しだけやりたいと思ってしまった。
――あの時、この人が来た時や、カリンさんが死んだ時、私は自分の無力さを悔やんだ。
だから私は今力が欲しい。
――次は絶対にカネリを守るために……。
「――お願いします」
そんな思いもあり、私は若干状況が分からないままであるが、即答した。
すると赤髪の少女は私を見てニヤニヤと笑い出した。
「お前は根性だけはあるな。――鍛えがえがあるってもんだね」
鍛えがえがあるか……。一体どんな修行になるのか……。というか私は運動が全くの苦手なのに即答で返事をしてしまったけど、本当に一体どうなるのか……。
なんて、少しだけ後悔をしたが、すぐにカリンさんが私を庇ってくれた場面が脳裏に映し出された。
――私やらなきゃ。強くならなきゃ。
恐らく今後はくじけそうな時、カリンさんの事を思い出せば……そしてカネリの存在を思い出せばきっと乗り越えられる。いくらでも努力ができる。
そして私は両手に思いっきり力を入れた――といっても右手は感覚がないのでどうしようもないが。
――ってそうだった。今の私は右手が動かなかったんだ……。
「――え、え~と……、私右手が全く使えないのですけど……」
「あぁ、その事なら気にするな」
そう言って赤髪の少女は笑った。
――良かった。何か対策を考えれくれたんだ。
なんて思っていると、
カチャリ。
「え?」
ふいに右腕に何か鉄の塊のような物がはめられた。
「――今日からお前にはこれを付けて生活してもらう。いくら感覚がないっていってもそれは動くらしいからな。でも感覚がないと意味がないから今後は左手のみを使って生活をしてもらう」
「えぇ!?」
きょ、今日から左手のみを使って生活?
な、なかなかいきなりハードルの高いメニューですね……。
――でも、それでも今の私はこれをやるしかないのか。
「わ、分かりました!」
そう言って、少し思い右腕を持ち上げて立ち上がった。
「よし!今の返事はいいな!いいか返事がよくないと力は出ないからな!しっかり声だしていけよ!」
「は、はい!」
な、なんだか運動部のようだ……。
――だがこの時、私は修行の内容を知らなかった。――まさかあんなにもきついものだったとは……。
だが、その事を知るのはもう少し先になる。
「よし、じゃあ早速修行しにいくか!」
そう言って赤髪の少女は出口に向かって歩き出した。
私は、その後をついて行きながら、少しの違和感を覚えた。
そしてすぐにその違和感に気づき、
私は足を止めた。
「あ、あの!私はウミカっていいます!え、え~と……な、名前を教えてもらってもいいですか?」
「あ?あぁそうだったな。私はサキだ。よろしくな」
そう言って手を出してきたので、私は握り返すと、サキさんはすぐにまた足を進めた。
――なんて事があり、現在今に至る。
「あ、あの……。この右手のやつっていつまでつけるんですか?」
「あ?それは左手でもっと棒が触れるようになったらだな」
もっと触れるようになったらか……。
だとしたらそれはまだまだになりそうだな……。
――この右手にはめられた鉄の塊は、あれからの数日間私を苦しめ続けたのだった。
例えば一番困った時は……トイレである。
ここのトイレはぼっとんトイレ――深い穴の上でするトイレのこと――のようなもので、幸い和式ではなく洋式だったので、よかったんだけど、右手を使えず左手だけでズボンをおろさないといけず、最初の内は自分で試行錯誤している内に漏れそうだったので、サキさんに手伝ってもらっていた。
サキさんに目をつぶるように、言って私が場所を教えてゆっくりズボンを下げさせ、その後サキさんの目の前でおしっこをする羽目になったのだ。
――今思い出してもあれは本当に恥ずかしくて死にそうだった。
まぁ、結局はおしっこが出ない時にこっそり練習して今では一人でズボンを下げられるようになったのだけど……。
それと、他に苦労した事といえば、風呂に入る時などの着替えなどである。
着替えはもう、左手だけでやるのは無理なので、後々になってその時だけ、右手を使えるようにしてもらったが、なんといっても右手は動くのは動くが感覚がなく上手い具合に動かすことができなかった。
だから、着替えは特にサキさんに迷惑をかけっきりだった。
特にサラシ――この世界ではブラはなく、サキさんは動く時に胸が揺れて邪魔という理由でサラシのように巻いている――を私もつけるようにしたので巻いてもらっているのだが、流石にこれは目をつぶってやってもらうわけにも行かず、サキさんに散々胸を揉まれながら巻かれることになった……。
特にサキさんはサラシの上から少しだけ出っ張っている乳首を摘むんでくる。――サキさん曰く私の反応が面白いからやっているのだと言うけど……正直、女の子同士でもどうだろうとは思うけど、勿論私は反撃できるわけもなく、ほぼ毎日やられている。
――というように、ここ数日散々サキさんに助けられもしたので――という言い方もおかしいか分からないが、少しだけ早くサキさんと仲良くなれたような気がした。
「――どうした急にボートっとして?」
「い、いえなんでもないです!」
危ない危ない……、思わずここ数日の事を思い出して悶える所だった……。
――それにしても、あれからまだ数日しか経っていないんだな……。
体感的には、もう数週間くらいは経っているのかと思っていたけど……。
「――あぁ、そうだウミカ。今日はこれからいつもと違うことをやるからな」
「ち、違う事ですか?」
「あぁ」
ち、違う事って一体……。
もしかして、さらにきつくなるのでは……。
などと、一人勝手に頭の中で想像しながら震えていると、
「――確かもうちょっとくるはずなんだけど……」
とサキさんは遠くを見渡していて、誰かを…がしているようだった。
――誰か新しい人が私の修行を見てくれるのかな?
などと思いながら、私もサキさんの視線を追いかけていると、
「――もう来てますけど?」
「わっ!」
突然後ろから声が聞こえたので、私は反射的に後ろを向きながら前に飛び出した。
「――なるほど経った数日でなかなか育ったようですね」
「だろ?」
と私が棒を持って警戒している中、サキさんは、背後に立っている人に返事を返した。
――サ、サキさんの知り合い?
少なくとも、サキさんは警戒している様子は全くないようなので恐らくは大丈夫かな?
そう思って、私は手に握っていた棒をそっと下向けた。
「――し、知り合いですかサキさん?」
ゆっくりとサキさんの方に視線をずらしながらそう聞くと、変わりに後ろに立っている人が口を動かした。
「突然すいませんでしたね。――私の名前はザラナ。あなたと同じ属性魔法を操る者ですわ」
そう言ってザラナと名乗った女性は深く頭を下げた。
「そ、それであの……今はどこに向かっているのですか?」
二人の女性の後ろをついていきながら、私は口を小さくを動かしながら尋ねた。
「それは着いてからのお楽しみだよ~」
サキさんは笑いながら答え、
「といってもそんなに楽しい場所なんかじゃないんですけどね」
とその横でザラナさんが苦笑いを浮かべて言った。
――あれから、ザラナさんと自己紹介をした後、私はサキさんに着いてこいと言われ、現在こうして二人の後をついて行っている。
そもそも、この二人の関係って……。
恐らくだけど、ザラナさんも長老さんやサキさんのような女性の革命を起こそうとしている中心メンバーのような気がす
るのだけど……。
私は今いちその事について知らない。
なにせ今までほとんどの時間を修行に費やししていたから……。
「さて、着いたぞウミカ」
そう言って突然サキさんとザラナさんの足が立ち止まった。
「こ、ここは……?」
私も一緒に足を止め、その場を見渡したが、何もない空間で、何のためにきたのか全く分からず、私は思わず質問すると、
「ここは――己の魔法を鍛える所ですよ?」
「ま、魔法を……鍛える?」
「はいそうです」
私の言葉に頷きながら返したザラナさんは、そのまままっすぐ前に進んだ。
ザラナさんの目の前には少し長い木の棒がたてられており、ザラナさんはそれに向けて、手を向けた。
『ウォーター』
ザラナさんがそう言った瞬間、ザラナさんの手から突然――水が出現し、水は地面に落ちることなく、立てられている棒めがけて進んでいった。
そして水が棒に辺り、辺りに水が飛び散った。
ザラナさんはその段階でそっと手を降ろすと同時に、ザラナさんの手から出ていた水も止まった。
そんな光景を関心した目で見ていると、ザラナさんが私の方に近づいてきた。
「これが私の使える水の属性の魔法です」
「水の魔法……」
こうして魔法を目の当たりにすると、なんだか「ここって異世界なんだな~」と思わず思ってしまう。
――といっても私はもうすでに自分で魔法のようなものを使ったんだけど……。
あれ?まてよ?属性魔法っていうと……、
「わ、私が火の属性の魔法使い……?」
そう恐る恐る尋ねると、ザラナさんはニッコリと笑った。
「えぇ、そうでしょ?その話はスイネ……あぁあなた方は長老って呼んでいるんでしたね。で、私達は長老さんからあなたの力聞きました」
なるほど……、やっぱり長老さんが、そしてこの人も長老さん達の仲間……。
「――もう話はいいからさっさと初めようぜ!」
としていると、横からサキさんが入ってきた。
――サキさんと数日過ごして分かったことなんだけど、サキさんはなかなかに待ち時間が嫌いらしい。――まぁだから?って話なんだろうけど……。
「ちょっと待ってサキまだ説明がまだでしょ」
「はいはい分かったよ~」
ザラナさんに言われ、サキさんはそのまま引き下がった。
――サキさんが引き下がるなんて珍しい……。
「ウミカさんは属性魔法についてご存じですか?」
とその光景に少しの新鮮味を覚えていると、ふとザラナさんが尋ねてきた。
「え、え~と……。す、すいません……知りません……」
と正直にそう答えると、ザラナさんと、サキさんが少しだけ驚いたような表情をした。
だが、ザラナさんはすぐに表情を戻した。
「――ではそこから説明しましょう」
とザラナさんが説明を始めた。
――少し話が長かったので、最後まで集中して聞くのが疲れたが、要約するとこんな内容だった。
――この世界
には、属性魔法と呼ばれている魔法が存在する。
元々この世界の住人は魔法を使うことが出来たのだが、ある時代に起こった世界全てを巻き込んだ戦争が原因で、神様に魔法を使うことが禁止されたようだ。そして、それから魔法を使う者はいなくなった――はずたった。
魔法を使える者は正確にはいなくなったのだが、どうしてか、各時代に一つの属性を操る一人の子が生まれるようになった。
そして一つの属性を操る魔法使いは、それぞれの使命を背負って生まれ、各時代で、大きな活躍をしている。
そして私にはどうやら火の属性を使う事ができる人間らしい。
――そういえば、異世界に来る前に女神様が何か特別な能力を与えてくれたような気がしたが、どうやらそれがこの能力だったようだ。
そして、ザラナさんは世界を返るという使命から、こうしてサキさん達ち女性の立場の改革に向かって戦っているらしく、私は火の魔法使いとしてその戦いの手助けをする事になっていた。
――まぁ、今さら反対もないので、何も言わないけど。
と、つまりはこんな事らしい。
――という事で、今度は剣術ではなく、魔法の修行が始まったのであった。
そしてそれと同時に私には、サキさん達と一緒に世の中の女性を救う使命を背負う事になった。
使命とかそういうのは、少しだけ嫌いたったが、この世の中で生きていくには、今はサキさん達の所にしか私の居場所はなく、こうして私も使命を背負うことになった。
――この時、私は使命を背負う事を完全に軽く見ていた。使命とは、そんな簡単に背負うものではなかった、と気づくのはもう少し先になる。