赤髪の少女
「カネリ!」
突然慌てた様子で、一人の少し大人びた女性が入ってきた。
「そんなに慌ててどうしたソラ?」
慌てた様子をなだめるようにカネリはゆっくりと声を出した。
「そ、それが!長老様が……!」
とソラと呼ばれた女性が、そこまで言った瞬間、
「――ここから先は儂が説明するからよい」
そう言って先ほど出かけると言っていた長老さんが入ってきた。
――ん?なんだか長老さんの表情が少しだけ固いように見えるのだけど……気のせい?
顔を強ばらせた長老さんは、そのまま慌てて入ってきたソラさんを視線で引かせた。
だが、やっぱり長老さんの表情は固かった。
――一体何があったのだろうか……?
その長老さんの雰囲気から何かただならない気配がし、少しだけ緊張した。
そして、どうやらカネリも同じような事を感じ取ったらしく、少しだけ緊張したように、そして長老さんを心配するような目で見ていた。
「――あんたがこうして家以外の所に寄ってくるなんて珍しいが……。一体何があったんだ?」
カネリはあくまでも淡々と訪ねた。
だが、長老さんはただじっと黙っていた。
それはただ黙っているだけではなく――まるで何かを待っているような……。
とそう思った瞬間、
「――よぉ!てめぇが炎使いの嬢ちゃんか?」
突然長老さんの後ろから、一人の女の人が顔を出した。
その人は――カリンさんのような髪が真っ赤で、さらには服までも真っ赤に染めていた。
だが、しっかりと女性の特徴として、でる所は出ていて、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
――っていけない。恐らくあの人が言った炎使いの嬢ちゃんというのは私の事だ。
どうしてその事を知っているのかは……恐らく長老さんだろう。
だが、どうして長老さんがそんな事をしたのかは分からないが、きっと何か目的があるのだろう。
だから、私はしっかりと視線をあげ、赤髪の少女をまっすぐ見つめた。
「――私がそうですけど……。何か用ですか?」
そしてじっくりと赤髪の少女を見た。
――赤髪の少女はいわゆる活発系女子で、さらに学校でいうクラスカーストの最上位に立っていたそうな存在だったので、少しだけ萎縮してしまいそうになったが、ここで萎縮してしまったらいけない、カネリの前では頼れる私でいよう。そう思い、私は赤髪の少女の威圧に負けないように視線をそらさずにじっと見つめ返した。
「へぇ~、中々肝が座っているな。だけど――」
私の目を見てそう呟いたと思った瞬間、赤髪の少女の姿が一瞬歪んだように見えた。
――あ、あれ?目がおかしくなった……?
そう思って、無意識的に目に手をかけようとした瞬間、
「――長老、この人は一体だれですか?」
あくまでも穏やかに、だが底知れぬ威圧感を放ちながらカネリが言った。
一体どうしたのだろうか?
――なんて思っているのはもうすでに遅かったという事に気づいた。
「え、えっ!?」
先ほどまで赤髪の少女が立っていた場所にはもうすでにその姿がなく――代わりに私の目の前で体をかがめ剣を構えていた。
そしてさらにその横では、カネリが一体どこから出したのか分からないが、細長い剣を赤髪の少女の首元に突きつけていた。
「――こっちの方は中々やるじゃねえか」
赤髪の少女が素直にそう賞賛したが、カネリは眉一つ動かさずに赤髪の少女――ではなく長老さんの方をじって見ていた。
「二人共そこまでにするのじゃ」
そう長老さんが言うと、赤髪の少女は「はぁ~」とため息をつき、早々に体を起こし剣を懐にしまった。
それを見てカネリも一応は剣を引いたが、懐にはしまわずに、じっと赤髪の少女を警戒していた。
そして赤髪の少女はカネリのそんな態度を見た瞬間、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「そうか。お前があのカリンの妹か」
「っ!」
それを聞いた瞬間、カネリは明らかに反応し、手に持っている剣を少しだけぐらつかせた。
だが、赤髪の少女はカネリの気持ちなんていざしらず、さらに口を開いた。
「カリンっていう存在を失ってしなったのは確かに私達にとって痛かったな。おかげで私とあいつ、どっちが強いが勝負がつけられなくなったし」
と赤髪の少女は何かを懐かしむように語り始めた。
そしてその赤髪の少女の口振りからすると……。
「あなたはお姉ちゃん……いえ、カリンの事を知っているの?」
と、どうやらカネリですら、この赤髪の少女とカリンさんの繋がりを知らなかったようだ。
――妹であるはずのカネリですら知らないとなると……。
「まぁそこら辺は今から説明してもらうつもりだぜ。なぁスイネ――いや、今は長老か?」
そう言って赤髪の少女は長老さんの方を振り返った。
――長老さんと赤髪の少女の関係は一体……?長老さんの様子だと――敵ではなさそうだけど……。
でも結局は長老さんから直接説明してもらいわけにはいかない……。
そう思い、私、それにカネリもじっと黙って長老さんの方を見つめた。
「――はぁ……。儂はまだ少し反対なのじゃがな……」
「けっ、もうこれは決定した事だ。今更どうすることも出来ねえよ。それにカリンがいなくなった穴はどっちにしろ埋めてもらう必要があっんだからな」
と、赤髪の少女と長老さんが何やら訳が分からない会話をし始めた。
――カリンさんがいなくなった穴?それに決定した事って……?
長老さんと赤髪の少女の会話を必死に理解しようと頭を回転させいくらかの事を思いついたが、それらは全て――かもしれないという事だけだった。
「――早く説明して長老」
と、隣でカネリが短く口を開いた。
――どうやらカネリは今相当いらだっているようだった。
だが、それも確かに納得の出来ることだった。
――だって、大好きだったお姉ちゃんであるカリンさんが何か妹に秘密にするほどの事をしていた。それも長老さんも知っている、いやそれより長老さんの言動からはその秘密を命令した本人のように聞こえた。
さらにはこのやけに強そうな、赤髪の少女も関係しているようだし……。
カネリからしたら、長老さんの遠回しの発言はいらいらするのだろう。
そして、その事が長老さんに伝わったのか、長老さんは一度目をつぶった。
そしてゆっくりと開くと、何かを覚悟したかのようにカネリ、それに私の方をじっと見つめた。
「――カネリには話してはなかったが……実はカリンには特別な仕事を与えていたのじゃ」
「――特別な仕事?」
そう思わず聞き返すと、長老はゆっくりとうなずいた。
「そうじゃ。その仕事とは……、地上での調査――つまりは王国や街の状態などを調査してもらっていた」
「ち、地上の……調査……?」
その答えを聞き、カネリは愕然と口を開けていた。
地上――それすなわち、女である私達にとっては地獄でしかない場所だ。
地上での怖さはカネリから嫌というほど聞いた。
なにより、カネリ自身が地上への恐怖を抱えるている事も容易に分かった。
――そんなに場所に、カネリには黙って、姉が調査の為に言っていたなんて……。
「――あっ、だから、あの時……私を……」
「そうじゃ……。あの時カリンはちょうどお主がいた辺りを動いていたのだろう。――カリンは正義感が強かったからな……。きっと放っておけなかったんじゃろう……」
――そうだったのか……。
カネリの話だと、地上にいる女性は全て男に管理されている――つまり奴隷にされている、と聞いた。
だからそんな地上でどうしてカリンさんがいたのかとずっと気になっていたことだが……ようやく分かった。
「――だからお姉ちゃんは……」
どうやらカネリ自身も納得していなかったのか、長老さんの話を聞き、納得したような表情を浮かべていた。
「そもそも調査って何のために?」
私は頭に浮かびあがった疑問をそのまま口に出した。
そしてその返事を返したのは長老さん――ではなく赤髪の少女だった。
「そんな事は簡単な事だ。私達女が男どもに復讐し思い知らせてやるんだよ。私達の力がどれだけ強いかをな!」
「復讐……」
妙にその言葉が耳に響き、私は思わず口にまで出してしまった。
――どうしてその言葉が耳に響き、心に止まったのだろうかと考えたが、考えれば考えるほど何故か心臓が痛み始めたので、私はすぐに考えることをやめた。
「――その為にお姉ちゃんは地上に出ていたというの……?」
「あぁ、カリンはあれでも一応実力はあったからな。調査とかそういう仕事は私よりもあいつの方が向いていたしな」
赤髪の少女は顔色一つ変えずにそういった。
――どうして、どうしてこの人は……人が死んだというのに、ここまで平然としていられるのだろうか?
しかも死んだ人は自分と交流があった人だというのに……。
「――それで今度は私達にお姉ちゃんの代わりをやれっていうの?」
とカネリがド直球に訪ねた。
長老さんはその言葉を聞き、少しだけ戸惑いの表情を見せた。
そして赤髪の少女は自分から言わないというような態度で、一緒に長老さんの方を見ていた。
そしてしばらくの沈黙が流れた後、
「――そうじゃ。お主らにはカリンの代わり。……いや、もしかしたらそれ以上の事をしてもらわなければならないだろう」
「それ以上の事って……?」
もしかしてカリンさんよりもつらい事をしいといけないのか?
――もしそんな事になろうなら……、私がカネリの代わりにやらなければ……。
「――あぁ~!もうじれったい!もういい!これからは私が説明する!」
と突然叫び始めた赤髪の少女は、そのまま長老さんに視線をずらした。
そして長老さんは赤髪の少女に視線に対し何も言わなかった。――それはつまり肯定の合図という事だ。
「じゃあもう手っ取り早く説明させてもらうぜ」
そう言って長老さんからバトンを受け取った赤髪の少女はゆっくりと私達に近づいてきた。
そして私達を交互に、じっくりと見つめてきた。
「――まず、お前」
そう言ってカネリを指さした。
「お前は、これからカリンのよう――といっても地上での調査はいいが、その代わりにお前にはカリンのように鍛えてもらう」
「え?それってどういう……」
カネリが、今の発言について反論、もしくは意見を言おうとした、だが赤髪の少女は、もうカネリの方に顔は向けておらず、次に私の方に指をさしてきた。
「――お前はこれから私たちの作戦の要になったから、これから私と一緒に来てもらう」
「えっ!?」
か、要!?
そ、それに一緒に来てもらうって……!
突然言われた事をなかなか頭の中で飲み込めずにいると、カネリが赤髪の少女の肩につかみかかった。
「ちょ、ちょっといきなり何言ってるのよ!そもそも私達がどうしてそんな事をっ……!」
とまだカネリがしゃべっている瞬間、突然カネリが地面に倒れ込んだ。――いや、正確にいえばカネリは意図的にそうさせられた。
なぜなら、カネリは腹を抑えながら倒れており、そしてカネリの頭上では赤髪の少女がまっすぐ拳を突き出してきた。
「さっきからグチグチうるせぇんだよ」
赤髪の少女はそれだけ吐き捨てた。
そしてそれと同時にカネリが完全に地面に倒れた。――どうやら気を失ったようだ。
「カネリっ!」
私は思わず、カネリの無事を確認するため立ち上がった。が、私は体はカネリの所に行こうとしていたのだが、なぜか足が地面から離れ、宙に浮いてしまい、私はただ足をバタバタさせるだけしかできなかった。
「――じゃあこいつは預かるからな」
赤髪の少女が耳のすぐ近くで聞こえた。
恐らく私は、赤髪の少女に担がれてるのだろう。
――それにしてもこの人は一体……。あんな一瞬でカネリに攻撃を入れ、しかも一撃で気絶させた。しかも私を担いでいるはずなのに、全く苦の表情を浮かべておらず、さらには汗一つかいていない。
「――全く乱暴しおって……」
長老さんは赤髪の少女をじっと見つめてはいるが、どうやら何もする気はないらしい。
――私が連れて行かれることも……すでに決定したことなのだろうか。
そもそも、こうなったのはきっと長老さんが家を出たからだろう。
そして、その原因を作ってしまったのは……、
「私の……炎の魔法……」
――そうだ、この言葉を初めて言った瞬間も、カネリと長老さんは戸惑ったような、動揺したような表情を浮かべていた。
さらにこの赤髪の少女も、私を例の炎使いと呼んでいた。
――一体この炎の魔法には何が……?
「あ、あれ……?」
などと考えている瞬間、口元に何か――布のような物が当てられた。
そしてその瞬間に、私の意識がだんだんと薄くなっていった。
――ま、まさか睡眠の薬とか……?
と思ってもすでに遅く、私は赤い少女に担がれたまま深い眠りについてしまった。
「――流石に人一人運びながら走るのは少しきちぃな」
そういいながらも、赤い髪の少女は息を切らしながらも、暗い道を走り続けていた。
「――それにしても、カリナの妹には悪い事をしちゃったな……」
あれだけ挑発したし、しかも最後は気絶させてしまったからな……。
「ま、でも、これでどう変わるか……」
赤髪の少女はそう言うと同時に、額に汗を書きながらもニヤリと微笑んだ。
「――おっ。やっと見えてきた」
赤髪の少女がそう呟いた瞬間、目の前に小さな光が現れた。
「――よし、ここまでくれば……」
赤髪の少女はその光をたどるようにまっすぐ走っていった。
すると、赤髪の少女の肩から小さな寝息が聞こえた。
「ふっ、こんなにも深く寝ちゃって。――ま、でもこれからつらいことがたくさんまってるはずだからな……。今日くらいはゆっくりさせてやるか」
と赤髪の少女は呟き、だんだんと強くなってきた光の中へと消えていった。