命を捨ててまでも守りたいもの
「いたぞ!こっちだ!」
「ひ、ひぇ~!」
「叫んでないで足を動かして!」
「は、はい!」
はぁはぁはぁ。まさかこんな事になってしまうなんて……。
――現在私と私を助けてくれた謎の少女と共に、先ほどまで私を襲おうとしていた男達に追われている。
どうしてこんな事になったかというと……。
「メインヒロインきたー!!」
「ちょっ!そ、そんなに大きな声を出したら……!」
「え?」
つい大きな声を出してしまい、私は赤髪の少女に口元を抑えられた。
――はぁ……今この少女の手が私の口元に……。
と一人至極の幸せを味わっていると、
「おい!今後ろから声が聞こえたぞ!」
「――確かこの裏側の路地裏からの出入り口は一つだけだったはずだ!」
「よしっ!確かここからそう遠くはなかったな?」
「あぁ!あんな上玉、そう簡単に逃がしてたまるかよ!」
壁の向こう側からそんな声が聞こえたかと思うと男達の足音がどんどん遠ざかっていくのが分かった。
――え、え~と……。こ、これは、ひょっとしなくても私……やらかしちゃった感じですか?
「もう!これで急いで逃げなくちゃいけなくなったじゃない!」
「す、すいません……」
や、やっぱりこれはやらかしてしまった感じだった。
赤髪の少女は先ほどまでの落ち着いた様子とは一変、少し慌てたように後ろの方を確認し、一人でぶつぶつと呟き始めた。
「――え、え~と……い、今からどうしますか?」
「勿論逃げるに決まっているわよ!」
やっぱりそうですよね~。
私はそう心の中で呟き、同時に赤髪の少女に手を引っ張られ、美少女と手を繋げたことに少しの喜びを感じ、男達より早く出口にたどり着くため、赤髪の少女になんとか合わせてながら、思いっきり地面を足で蹴った。
――という事があり、私達はなんとか路地裏の出口にたどり着いたが、出入口には男達が待ち伏せしており、結局来た道を引き返しながら、現在長く複雑に絡み合った路地裏の中を逃げている。
「はぁ、はぁ……、す、少しだけ……や、休みませんか……?」
そんな中、日頃全く運動をしていなかった私はそろそろ体力の限界が来始めていた。
と、そんな私の様子を見た赤髪の少女は小さくため息をこぼしながら、注意深く辺りを見回した。
「――とりあえずは撒けたみたいね……。いいわよ少し歩きましょうか」
「や、やった……」
赤髪の少女が進むスピードをゆっくり落とし始めたので私もそれに合わせてゆっくりとスピードを緩めていった。
――はぁはぁ……。こんなに長い距離を走ったのはいつぶりだろうな。
とにかく赤髪の少女の言うとおり、ひとまずは大丈夫そうだから、少し休憩しないと……。
「……それにしてもあなたは一体何者なの?」
と、前を歩いていた赤髪の少女がふと立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
その純粋でまっすぐな瞳にはじっくりと私が写っており、その瞳からはどこか疑いの視線が感じられた。
「え、えと……。わ、私は……」
突然の事で、私は自分の自己紹介をどういうか全く考えてい無かった事を少し後悔した。
だから、私はすぐに返事を返せずに、口ごもるだけだった。
と、そんな様子を見た赤髪の少女は少しだけだが表情を緩めたような――そんな感じがした。事実、赤髪の少女は先ほど私に向けてきた疑いの思いが込められたような視線は感じなくなっていた。
――え、えーと……。私は一体どうすれば……。
なにかしゃべらないと――そうは思っているが私の口からは何も言葉が出てこなく、ただただ口ごもることしかできなかった。
すると、そんな私を見かねて赤髪の少女がそっと私に近づいてきた。
「失礼。こういう時は私の方から自己紹介した方がよかったね。――私の名前はカリナ。どこにでもいるただの女の子だよ」
そんな声と共に微笑みながら赤髪の少女――カリナさんは私に手を差し出してきた。
そんなカリナさんの差し出してきた手をじっと見つめながら、私は恐る恐るとその手を握り替えした。
「――わ、私は……斉藤美香と申します……」
声こそは小さかったが、私はこの世界に来て初めて自分の言葉を他人に伝えることが出来た――そんな小さな達成感を覚えた。
だが、そんな私を置いてカリナさんは少しだけ複雑な表情を浮かべていた。
「サイトウミカ?少し変わった名前だね。それに長くて言いにくいし……」
「は、はい。すいません……」
やはりこの世界では日本人のような名前は珍しいのか。
だったら私も下の名前だけとかで言えばよかったが、もう後の祭りだ。
「よし、それじゃあ私はウミカと呼ばせてもらうよ」
「ウ、ウミカですか?」
「あぁ。そっちの方が短くて言いやすいしね。――もしかしてだめだった?」
「い、いえとんでもないです!ぜ、是非そう呼んで下さい!」
そういって私は頭を下げた。
――ウミカか。斉藤のウと美香のミカを付けてウミカ。
確かにそっちの方がこの世界では良さそうだ。 そして何より、カリナさんが付けてくれた事が少しだけうれしかった。
「――さ、そろそろ休憩はおしまいにして、早く移動しようか。まだ奴らも追ってくるだろうからね」
「は、はい!分かりましたカリンさん!」
私はそう言って意気込み、思いっきり足を踏み出した。
だが、私の前を歩いていたカリンさんがふいに振り返った。
「え、えっと……ど、どうしたんですか?」
突然振り返ったカリンさんの表情はどこか寂しそうな顔を浮かべて、少しだけ視線を下に向けていた。
――一体どうしちゃったんだろうか?
も、もしかして私、何かおかしな事でも言ってしまった?
そ、それだったら早く謝らないと……。
そう思い、私は恐る恐る口を開こうとする――のとカリンさんが顔をあげるのはほぼ同時だった。
そして次の瞬間、
「――危ないウミカ!」
「えっ?」
突然カリンさんが私の肩を思いっきり押し、私はそのままバランスを失い、壁際に倒れてしまった。
――い、一体何が……?
あまりにも突然の事で、頭がショートしそうになりながらも次の瞬間、私の耳に大きな、そして野太い声が聞こえた。
「――チッ、外したか。でも、まぁ上玉の嬢ちゃんが傷つかなくてよかったぜ」
――こ、この声は……。
その声を聞いた瞬間私は全身が震え上がるを感じた。
だが次の瞬間、視界の隅から何かが地面に倒れてくるものをとらえた。
そして倒れてくるものとは――先ほど私を押したカリンさんだった。
「……え?」
カリンさんが地面に倒れる中、私はただただ呆然と見ていることしか出来なかった。
ドスン。
そんな音と共にカリンさんは地面に倒れ込んだ。
地面に倒れた衝撃からか、カリンさんの頭からは血が流れており、カリンさんの血がゆっくりと地面に流れている。
そして私が見ている間にも、その血はゆっくりとゆっくりと地面に染み込み、広がっている。
これほどまでの血の量は私は今まで見た事はなかったが――きっと私が死んだ時はこれ以上の量だったのだろうな。
――思わず自分の死と重ねてしまうほど、カリンさんの今の状態は重々しいものだった。
ピチャリ、ピチャリ。
すると、カリンさんの足下からそんな音が聞こえてきた。
――この音は一体……?
そう思いながら、視線をゆっくりと音の鳴る方へと動かす。
「ひっ……!」
すぐに私は小さなうめき声をあげた。
ピチャリ、ピチャリ。
未だ聞こえるその音は――鉄パイプのような物から滴り落ちている血だった。
――恐らくあの滴り落ちている血はカリンさんのものなのだろう。
それを持っている男の顔が気味の悪い笑みを浮かべているのできっとそうに違いない。
そしてそのまま男の後ろからもう一人の男も出てきた。
「おいおい、あれだけ傷付けるなよっていっただろ!」
「へっへっへっ!いいじゃねえか!見て見ろよ綺麗な血を出してるじゃねえか!」
「全くおめぇの変わって趣味にはほどほど呆れるぜぇ」
「だが、安心しな。上玉の方の女はまだ傷の一つもついてないんだからよぉ」
「それはあたりめぇだ。こんな上玉に一つでも傷を付けてたらいくらおめぇ俺はでも許さなかったよ」
「へっ!おめぇも相変わらずだな」
「うるせぇ」
そう話している男の横、倒れたカリンさんを前にして私はただ放心状態になっていた。
――私のせいでカリンさんが……私のせいでカリンさんが……。
私はカリンさんを身ながら心の中でずっとその言葉を繰り返していた。
だが、そんな私をすぐに現実に戻してくれたのは――カリンさんだった。
「に……げ……て……」
倒れながら、血を出しながら、カリンさんは僅かに唇を動かしながらそう呟いた。
――どうして……。どうして私なんかの為に……。
そんなカリンさんを見ながら私は心の中でカリンさんに問いかける。
だが勿論そんなものは届くはずもなく、カリンさんはもう、1mmも動いていなかった。
――どうして私なんかの為に……。
そんなカリンさんを見ながらも私は尚問いかける。決して返事が返ってくるはずでもないのにも関わらず。
――どうして……。私はもう一度死んでいる命なのに。自ら絶った命なのに……!どうして、どうしてそんな私の命をカリンさんの命を使ってまで助けようと……!どうして……!どうして……!
「――って事でこの赤髪の女はもう売り飛ばすっことでいいな?」
「あぁ、こんな体じゃ全然楽しめないしな」
「だな。それにこんな体でもぎりぎり二日分の食費にはなるだろうしな」
「だがどうせ満足いくような飯は食べられなさそうだろうけどな」
ふとそんな男達の会話が聞こえた。
――売り飛ばす。カリンさんを売り飛ばす。
その言葉が聞こえた瞬間に、私の中で今までにない感じた事もない感情が溢れ出てきた。
だが、その感情に戸惑いや不安をいっさい抱くことはなかった。
――この気持ちはなんだろうな?憎しみ?それとも怒り?それともただの正義感?
いや考えた所で答えがない事は私も知っている。
この感情を知るより先にまず私にはやることが一つある。
――カリンさんが命を懸けたように、私もカリンさんの為に命を懸ける。
普通アニメや漫画では、命を懸けて守ってくれた時には、当然主人公はその人の為にも生きなければいけない。――だが、私は主人公ではない。
そして今、私の中にある命は本来ならあるはずのないもの。あってはならないものだ。
だから私にはカリンさんの為に命懸けで生きようとは思いもしなかった。
――足に力が入り、お腹に力が入る。そしてそのまま腕に力が入り手に力が入る。――そして最後に心に強い思いが入る。
これだけあれば十分だ。私はいける。
そう思った瞬間に私は勢いよく立ち上がる。
「あぁ?どうしたんだぁお嬢ちゃん?もしかして早くやって欲しくて我慢できないのかぁ?」
「はっはっはっ!きっとそうに違いねぇ!確かに待たせるのはわりぃからな!ここは早く一発やってやろうじゃねえか!」
「くっくっくっ。おめぇの場合は一発じゃ済まないだろ」
「へっ。それもおめぇも同じだろうが!」
醜い会話をしながら男達はゆっくりと私に近づいてきた。
――考えろ考えろ。私が今出来る事を考えろ。
大丈夫。私の命を一つ使うんだ。
安い命だけど、この程度の事ぐらいは出来るはずだ。
――考えるんだ私!今までアニメやゲーム、漫画で培ってきた知識をフルに使え!
「よ~し!それじゃあまずは一発いきますか!」
そう言って男が手が私に向けてゆっくりと手を伸ばしてくる。
――っ!そうだ!
その瞬間、私は向かってくる手なんか気にならないくらい、ある一つの事を思い出した。
それは……、
「いやっ!」
「ゴフッ!」
私の胸元に男の手が触れる瞬間に、男の股めがけて思いっきり足をあげた。
「く、くっそ!こいつよくもっ!」
男は突然の事で反応に遅れたらしく、そこまで速くはなかった私の攻撃を防ぐ事は出来ず、股を抑えてしゃがみ込んでいた。
――よしっ。今のうちに少し距離をとって……。
そう言って私は少し後ろに後ずさりをした。
だが、当然そんな私を逃がしてくれるわけもなく、今度は後ろにいた男が私を追うために前に出てきた。
――まだ駄目だ。もう少し離れないと……。
そう思い、今度は大きく後ろに後退した。――カリンさんが見えなくなるぐらいに。
「くそっ!逃げられると思うなよ!」
そういいながら股を抑えていた男も立ち上がってそのまま追いかけてきた。
――よし。これなら!
そのタイミングで私は立ち止まり、男達をじっと見つめた。
「おぉ?遂に観念したのかぁ?」
突然止まった私を見て男達は少し油断し、たが確実にゆっくりと近づいてきていた。
だが、私はそんな男達の事はいっさい考えずに、ただただ集中するだけだ。
――大丈夫。きっと大丈夫。大事なのはイメージ。もっと具体的にイメージする。そして全身にある力の流れを把握する。
そう自分に言い聞かせると、どこか心が落ち着き、そしてふと瞼をそっと閉じた。
「…………」
体の外では男達がなにやら話しているようだったが、今の私には全く聞こえなかった。どうやら集中し過ぎて聴覚でも失ったのかな?
――いやこの際そんな事はどうでもいい。むしろ五感全てを失っても、今の私にはどうでもいいことだ。
――大事なのはイメージ、イメージ……。
「――っ!」
突然、私の集中を乱してくるような、そんな禍々しい気配――悪魔やモンスター、そんなこの世の者ではないようなそんな気配を感じ取った。
――もう時間はない。
感覚的にそう思い、私は重い瞼をそっと開ける。
すると、男達も流石にもう逃げられたくはないのか、どこからか取り出したのか長めのロープを持っていた。
そしてそのロープが私の体に巻き付けられようとした瞬間に、
「……」
ゆっくりと右手を男達に向けて、前に出した。
そしてそのままイメージで作り上げた通りに意識し、そして唇をゆっくりと動かす。
――信じてますよ女神様。
と、半ば無意識的に心の中で呟く。
そして動揺したような、困惑したような男達の顔を見ながら私は小さく――力を込めて呟く。
「ファイヤ!」
次の瞬間、全身の力が一気に抜け落ちるような感覚に襲われた。だが、私は自らの命を削るようにただただ力を込める。
「なっ?!」
一瞬だけ男達の声がしたような気がしたが、私はそんな事は気にも留めず、ただ力を込めるだけだ。
ゴォォォォォ。
すると聴覚が正常に働きだしたのか、とてつもなく大きな音が私の耳に響きわたった。
そしてそれに合わせて、今までは感じてなかった様々な情報が私の中に入ってきた。
――熱い。焦げ臭い。目が痛い。口の中から全身の全ての水分がなくなりそうだ。
それほどの熱量を持ちながら今も尚、私の手から放れた続けている炎。
その炎は私の腕のように、まっすぐ延びている。
すると視覚が正常に働き始めた事で、視界の墨に焼け焦げた長い紐のような物が見えた。
――あれはきっと男達が持っていたロープだろう。……という事は男達はもう……。
「あ、あれ……?」
男達はもう死んだ。
そう思った瞬間、私はいつの間にか地面に向かって倒れ込んでいた。
そして炎の腕はいつの間にか私の手からは消えて――いるかどうか確かめたかったが、どうやらもう私の全ての感覚は消えてしまったようで、確認する事すら出来なくなっていた。
だが、せめて、せめて一つだけは確認したい事が私にはあった。
「せめて……カリンさんの所には私の炎が届いていませんように……」
実際に口から発せられたかは分からないが、私はそれを最後に思考する脳すらも動かなくなっていた。