13話
再び歩き始めると、森の中で少し開けて日の光が差し込む場所に着いた。そこには土が露出していて、草が倒れていた。
ここをあの鹿達は寝床にしてんのかな?昨日は暗くなって分からなかったけど思ったより進んでたのかな?あの鹿達は居ないな。そういや鹿は何行性なんだろうか?あの動物が本当に鹿なのかも判ってないけどね。もしかしたらヤギ亜科とかかもしれないし。
何か有りそうな所まで進んで来たけどさてこっからどうしようか?
ザザッ
!!びっくりしたー。葉っぱが風で擦れただけか、割り切ろうとは思ったんだけどやっぱり恐怖が後を引いてんだなー。今日起きてからもう何度も小さな物音に反応してる。
はぁ、恐怖感やら食い物が不味いやら寝起きで身体中が痛いとか嫌な事ばっかだ。そういう諸々の感情を捨てて、ただ強くなるだけを追い求められるようになりたいな。
こんな環境だと強くなければ生きて行けない気がする。本当は最初から何より強ければ楽なんだけど、まだまだ弱いからなー。強くなりたいんだけど今から強くなるんじゃもう手遅れなような気がする。弱けりゃ死ぬ、死なないように強くなるには勝たなきゃいけない、強くないと勝てない。ハァー、凄いジレンマを感じる。俺が生き残れる位に強くなる以前に死にそうだ。
後にしよう、よし鹿の通った形跡のある方向に何かしらあるだろ、何か探してそっちに行こう。
まあ多分大丈夫だろう、今までなんだかんだ致命的な失敗はしたこと無いから、なんて楽観的に考えているけど、悲観的な考えもあって頭の中がごちゃごちゃだ…まったく鬱になるんじゃなかろうか?いつまで生きていられるのかな?生きてるだけでストレスが多すぎる。
考えるのを止めて動き始めないと。テレビとかゲームとか娯楽が無いから考え込む事が多い。暇潰しにはなってるけど最終的に哲学みたいになってる。昔の人は暇だったから哲学者とか数学者が多いのかな?考えるのは自分の頭があれば出来るもんね。
また考え込みながら歩いていると前方に茶色い影が見えた。
おーついに鹿を再び発見したかー。今度は見失わないようにまたつけていこう。
鹿の後をつけながら進んでいると、先に進むにつれて段々木が高く、大きくなっていった。
すごいなー、これ直径で5m以上有るんじゃないか?高さも数十mは有りそうだし、いつの間にか森の木がセコイア…って何だそれ?不思議だねー。いやはや巨人の国に迷い込んだって感じがしますね!うわー、異世界してるなー。森の奥地に入り込んでいってる感じがするな。
おっとまた見失う所だった。結構先に進んでるな。ん?立ち止まって進んでないけど何かあんのかな?
ガアアアアアアアア!!!!
うわっ!何だ!?何かが吠えた?かなり大きい音だったな。今回は妄想じゃないんだけど。
カッコつけて言うなら、静かな森に突然響き渡る獣の咆哮って感じかね。…っとあんまりふざけてる場合じゃなさそうだ。だがふざけないとやってられないんだ…。辛い現実を見たくなくて…。なんてね!
前を見ると黒い大きな熊が後ろ足で立ち、鹿に向かって吠え、威嚇していた。今度は鹿の方を見ていると鹿の角が突然金属の剣のように変わった。
うおーすっげー初めて見た。ブレードディアーじゃんブレードディアー。漢字で書いたら何だろう。剣角鹿かな?読み方はつの?かく?わかんねぇな。個人個人の自由でいいと思うけど。でも剣角鹿とかいいんじゃないかな?カッコよくない?…あ、別にカッコよくない。あっそう…
まあ良いけどしかしあの角凶悪な形をしてるなあ。何股にも分かれていて腹とかに刺さったら内臓がグチャグチャになりそう。あの角で突進とかするのかな?それとも威嚇とか?
それにしても鹿と比較した時の熊の大きさがヤバい。四足で立ってる時でも2メートル位ありそうだし、怪物だな。これでも異世界では小さい方だったりすんのかな?
後ろ足で立って2メートル有るか無いかって位の大きさなら俺でも戦って勝てなくとも追い払うか何か出来るかなーと思ったんだけどあの大きさじゃ勝ち目が無いね。これはランナウェイするしかないかな?
あの鹿で勝てるのかな、どうすんのかな?逃げるのかな?直ぐに逃げてないから縄張り意識が強かったり割と好戦的だったりすんのか?逃げるんだったら一匹が囮になったりしてくれないかな?
そしたら俺も逃げるんだけど、鹿が立ち止まってるのに気付くのが遅くて近付きすぎちゃった。割と音を立てたら気付かれるかも知れない。いや、それなりに距離は取ってるんだけど熊は意外と走るのが速いらしいから。……一体俺は誰に喋ってるんだろう?
…まあ急に走り出したり背中を向けて逃げるのは良くないって聞くしね。頃合いを見て逃げ出そう。
その鹿達は角を向けて距離を保ちながら隙を見て角を軽く刺したりしていた。
熊は何度か前足を振り回しているが一度も当たっておらず付かず離れずの距離を保つ鹿達にイライラしているように見えた。
もう一度熊が大きく吼え、鹿が向かって来るのに合わせて腕を振るった。
ブンッ!
ブシュッ
熊が腕を振ると一匹の鹿の首が吹き飛び、さらに一匹の鹿が身体がバラバラに千切れ吹き飛ばされていた。
熊の咆哮で身体が固まってた内に二匹殺されてるし、直接当たって無いのに鹿の身体が千切れてる、斬撃が飛んでるんだけど凄いな。そしてヤバいな。
今回は見失わないようにするつもりで鹿に近付いてたけど、思いっきり裏目に出た気がする。あんなの居るならもっと遠くから見てれば良かった。
ちょうど一匹残った鹿が逃げてる。それをあの化け熊が追いかけ始めたからその内に逃げよう。
後ろを気にしながら一目散に逃げていると
メキメキメキッ
木が軋むような音がして逃げて来た方から木が倒れて来た。
えっ、ヤバいヤバいヤバい。えっ、マジで!?あの太さの木が倒れるの?て言うかこっちに倒れて来てるし!!速く逃げないと!走れ走れ走れ!!今ほど足が遅い事を後悔した事無いよ!
ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ
超疲れた。こんなに全力で走った事小学校以来じゃないか?中高の運動会的な奴は全て力抜いて走ってたからな。
熊がついてきてる様子もないし、これで漸く一安心……できないな。
ここ何処?何処か分かんない場所からさらに分かんない場所に来たんだけど。もうまったく帰れる気がしない。何処に向かうべきかも分かんない。
いや俺死んじゃうよ?ヤバい状況からまた別のヤバい状況に陥ってる。本当どうしよう?
ブブブブブブ
一回休もう。体力が回復すれば何かマシな考えが浮かぶかもしれない。普段運動してないのに全力疾走したから足が痛い。
ブブブブブブ
カチッカチッ
さっきから何かうるせぇなあ。ブーブーブーブー何なんだよ。疲れてんだよこっちは。
音のする方を見るとそこには特徴的な鮮やかな黄色と黒のコントラストの毒針を持った10センチ程度の虫。
蜂。
「………」
わーーーーーーー!!蜂わーーーーーーー!!マジかよヤバいよ。何この不幸のシュラスコ。もうお腹一杯なんだけど。実際のお腹を減ってるのに。めちゃめちゃ叫びたいんだけど実際に叫ぶと蜂が寄ってくるかも知れないし、心の中で叫ぶしかない。虫嫌いなんだよ!!
ゆっくり刺激しないように後ろに下がって、ゆっくりと後退りして離れていく。
ん?何だ?この枝?服に引っ掛かってんのか?凄くしなってる…あっ!
バチィン
後ろに下がった事で服に引っ掛かっていた枝が外れ、しなっていた枝が戻り音を立てた。その動きに刺激されたのか、けたたましく音を立てながら巨大な蜂が集まって来た。
ダメだ…。直ぐに向かってきそうだ。もう逃げないと…。
一目散に反転して走り出す。走り出して直ぐに後ろから追い掛けて来るような蜂の羽音が聞こえて来た。
クソッ!!マジで持ってきた武器邪魔だ!失敗した。…やっぱりかなりついてきてる。棍棒一本は捨てる!腹ポケットに入ってるけど邪魔になってるから投げて蜂を打ち落とす。
死ねっ!
―――外れた。まあ分かってたけどね。走りながらじゃ当たらないでしょ。
でもこれで別にいい。残った剣と棒で叩き落としながら逃げられる。両手の二本で叩き落とす位なら走りながらでも出来る。…かな?
グゥッ…きっつ。蜂に当たってる、当たってるけど結局死んでない。虫の癖に硬すぎるただろ。蜂に剣を当てて吹き飛ばしてもいつの間にか戻って来てる。どうすりゃいいんだ。終わりが見えない。
痛ぇ!!!左肩を刺された。利き腕じゃ無いから隙が出来てたのか?痛い!蜂に刺されるのは初めてだ。すげー痛い!力が抜ける。
ガッ!今度は背中!一度刺されると減速して追い付かれるからどんどん刺され始める。
もう…終わりかな?段々刺されていって動けなくなって毒が回って死ぬ。って感じかな?ハハハ、笑える。どうにもならないがこのまま走るしか無いのかな?元々体力が無いから、もう辛い。走るのも大分遅くなってるな。痛いのが嫌だからまだ逃げるけどね。
あれ?少し木が減ってる?…!!前方が開けてる。
川か!川に飛び込んで潜れば蜂から逃げられるって何かでやってた気がする。あそこまで行ければ逃げられる!
最後の力を振り絞って川まで走る。水が流れているのが見えてて来た所で
バッ! ガブッ
横から蛇が飛び出して足に噛みついてきた。
!!!!蛇!また!?今!足を噛まれた!何で足!?ただこの距離なら飛び込める。
蛇を掴んで引き剥がし、そのまま蛇を投げ捨てて、転がるようにして川に飛び込む。
これで蜂を撒けるか?足が痛んで力があんまり入らない。
ヤバッ、流れが速い。身体が上手く動かない。流される!息がっ…出来…な…死ぬ!
ゲボッ…ゴホッゴホッ…ハァハァ…ゲホッゴホッ
ハハッ生きてた。死ぬかと思ったけど生きてたな。くそっ、水飲んだ。
あー、頭痛いし気持ち悪い。オエッ。ゲロ吐きそうだ。身体中が痛んでる。左腕は痛みで上まで上げられない、蛇に噛まれた足はパンパンに腫れ上がってて、歩くと痛みが走る。
生きてはいる。生きてはいるけどまだ死んでないだけって状態だ。マジで…人生終わりかも。秘められた力が覚醒とかしないとキツイな。キツイってレベルなのかどうかも分からん。
身体が冷えてる。凍えそうだ。一体俺は何の死因で死ぬのかな?
また同じ事を言ってみよう。ここは何処だ?
…っとさっきは思ったんだけど案外ここは見た事有るかもしんない。鹿を追い掛ける時の最初に見つけた道の所が川の脇に見えてる。ここは川底が浅いからここまで流されて来て引っ掛かったのかな?ここからなら洞窟に帰れそうだな。
バッ!
バシャンッ
突然後ろから何かに飛び掛かられ、顔面から地面に倒れこんだ。
今度は何だよ!何で俺ばっか嫌な目に会わなけりゃいかないんだ!くそっ!
見ると狼に飛び掛かられ、のし掛かられていた。
身体を反転させ、自分の上に乗っている狼を蹴って離れる。
狼ね!やっぱりヤバいね!新しい死因候補だ。
ただ殺される気は無いよ。俺が殺して生き残る。万全なら負ける気はしない。でも今の状態だとかなりまずいかな。怪我してなければ勝てるなんて仮定の話をしても意味は無いか。
噛まれた足は左足、右腕右足は動く。棍棒・剣は無くした。充分勝てる!…と自分に言い聞かせる。
まあでも上手くやったら大丈夫。間違えたら死ぬ。頑張んないとね。
あぁー痛い痛い痛い身体中が痛い…けど我慢して我慢して我慢する。
狼が飛び掛かって噛み付いて来るのに合わせて、上から拳を握り振り下ろして地面に叩きつける。地面に倒れたら直ぐに腹を狙って何度も蹴る。更に叩き潰すように上から踏みつける。そして石を握り込み目を殴り潰して、馬乗りになって大きめの石を左手は支えるようにしてなんとか掴み頭に繰り返し叩きつける。
「な・ん・で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!クソクソクソクソッ!クソッ!クソッ!ああああああ!!!!死ね!死ね!死ねーーーーー!!!!ガアアアアア!!!ゴホッゴホッ…ゲホッゲホッ!」
ふぅ…スッキリしたー。良いストレス発散になったなー。大声を出して叫んでスッキリはしたけど喉が痛い。喉を潰す所だった。
なにやってたんだろ、俺。死体の頭が砕けるまで石を叩きつけ続けるなんて…。もう骨も砕けてぐちゃぐちゃになってるし、血やら脳味噌やらがそこら中に飛び散っちゃってる。
よく見るとこの狼はかなりガリガリだし白髪も多い。よくよく思い出して見れば目も濁ってた気がする。歳を取りすぎて群れを追い出されたのかな?まさに一匹狼だったのかな?一匹狼って言葉は格好いい感じの意味で使われるけど実際の一匹狼は狩りの成功率が低くて死にやすいんだってね。
そしたら俺も一匹狼だな。実際の方の意味でね。つまり独りで死んでいくって事だ。
なんと無くだけど近い将来俺がこんな風にガリガリでぼろぼろになるかも知れないと思って、未来の自分の姿を見るようで無性にイライラしたのかも知れない。同族嫌悪に近い感情だと思う。
死体がこんなになるまで痛みつけるなんて酷い事するなー。残酷な奴だ、やったのは自分なんだけど。
あれ?足がガクガクする。急に身体中の痛みが戻ってきた。
腕がプラプラしてるけどいつの間にか腕噛まれてる。最初に飛び掛かられた時かな?結構血が出てる。力が抜けてきた。
頭もふらふらする。意外とヤバい。足も痺れて来た。蛇にも毒が有って今頃身体に回って来たのかな?今死んでないって事は弱い毒だったって事かな、じゃあそっちはまだ大丈夫?
しかし血が足りない。当然この肉を食うしか無いだろう。それには毛皮が邪魔だ。剣が有れば良いんだけど今は無い。尖った石でなんとかしよう。
先の尖った石を直ぐに見つけて折れた肋骨が飛び出している所から苦労して切り開く。
残っている血を飲み、肉を食べる。なんとか肉を噛み千切り、少しずつ飲み込む。
オエッ…やっぱり不味い。うぷっ…くそ不味い。まるで食えたもんじゃない。…が、今更言うことでもない。生きるためにはどうにかして胃に物を入れる。後は体が勝手にやってくれる。ゲロを吐くのも我慢してもう一度呑み込んでしばらく過ごせば無くなってる。ひたすら我慢。
全部食いきるのは流石に無理。意識がある内に洞窟に帰ろう。今はまだ日が沈んでないみたいだから暗くなる前に戻れるかも。
狼を引き摺って川に入れてから川に沿って歩いていく。段々と日が落ち、暗くなって行くがゆっくりとした歩みながらも洞窟まで進んだ。
久しぶりに戻ってきた感じ。なんとか戻ったけど限界だ。もう動けん。
はぁー、今日は…大分………ツイてたな。うん、こんな状況で生き残ってる俺って相当な幸運だな。宝くじに当たる並みだと思う。
さっきは何で俺ばっかって思ってたけど、それは後から考えれば分かるけど全部自分のせいだな。自分の不注意とどうしようもなく弱いから引き起こされてる事ばっかだ。
自分がもっと強ければ蛇に噛まれずに殺せただろうし、狼にも気付けた。蜂なんかも小さくて毒が有るから大変なのに大きくなってて楽に殺せた、というかほぼボーナスステージだった。
もっと大きな生物に対処するために大きくなったんだろうけど、人間を相手する感じではなかったね、あの大きさなら簡単に当てられた。小さいから厄介なのに大きくなったせいで倒しやすくなってる。まあその分毒が強くなったりしてるんだろうけど。
なんか蜂の毒で思い浮かんだけど俺のアレルギー無効スキルが唯一アナフェラキシーショック対策として有能なんじゃないかと思った。それ以外の使い道は日常生活が楽になる位な気がする。
あれ?体が動かなくなってきた、もう大丈夫かと思ったんだけど本格的にヤバい?
寒気がする。どうしよう?もう何の対処も出来ない。頭が回らなくなってきた。意識が朦朧として来てるのか?もう…駄目か…。
―――こうして私の異世界生活は終わった。どうでしたか?何か参考になりましたでしょうか?こうして見ると、普段からサバイバル技術だったり自分を高める知識や何かが有ればもう少し上手く生きられたのかもしれませんね。
幅広く知識を集めたり、体を鍛えてみたりして様々な状況に対応出来る様備えてみて下さい。
――――なんてな!!まだ終わらせないよ。あのまま意識を失ってたけどまた目が覚めた。身体は相変わらずぼろぼろだけど、このまましぶとく生き残る。何度だって生き残ってやる。
というかこんな感じで死にかけて生き残るをこのまま繰り返し続ける気がする。自分の生きる理由を見つけた今は死にたいなんて思わない。「死ぬのが怖い」って言う大きな理由がね。
異世界に居るっていう今の俺と変わって欲しい人はきっと数え切れない程居るはずだから、そん位の状況の内はまだまだ頑張ってこう。誰もが変わりたくないと思う位の地獄になるまでは耐えるつもり。
即死する程過酷な状況じゃないし、いつかは慣れるはずだろうから人間の環境適応能力を信じて必死に生き残ってやろうじゃないか。
嫌な事を全部他の何かのせいにしたいのにその何かが無い。だから結局全ての不幸は自分のせい。嫌な事が起きなくなるまで強くなる。目的意識を持って生きてみようかな。
疲れたから寝る。お休み自分。




