白銀の猫(リバイバル版)
同タイトルのリバイバル版です。
ーー厳しい寒さの冬を越え悠々と咲き誇った桜の花びらも散り、葉が緑色に色づき始めた新緑の季節。
世界からみたらちっぽけな、しかし本人からしたらあまりにも大きなことが起きようとしていた。
◇ 一人称
ーー朝起きると、飼い猫であるミケが横たわって死んでいた。大学に今年入学し、新たな新境地という大きな不安要素に押し潰されそうになっていた最中の出来事である。
ミケは母が他界した際に、仕事に勤しむ父が『寂しくないように』と、俺がまだ小学校低学年のときに買い与えてくれたもので、もうかれこれ15年近くは生きていた。
10歳を超えた際にはもう先は長くないだろうと十分に理解しているつもりであった。だが、実際にその場面に立ち会うとなんとも受け入れ難いものであるとしみじみ思う。
そんなミケは猫のくせに何故か卵とオレンジジュースが好きで、健康的な面でよろしくないと分かっていながらもよくそれらを与えていた。
そしてこれまた猫のくせに泳ぎが得意で、私がまだ小さなときはよく川に行って遊んでいた。川から上がった際の水飛沫がより一層綺麗な銀色の毛並みを引き立てていたのが、今となっても鮮明に思い出せる。
思い出話を語り出せばキリがない。それ程にまで密接に関わってきた飼い猫であるミケが死んだのだ。
私は頭が真っ白になり、ただただ呆けるばかりであった。
それから数刻程経ち、私は大学をサボタージュして外に出た。とは言っても行く宛など何も無い。ただただ無意味に足を疲れさせるだけではあるが、今の私に合理性など欠けらも無い。
そんな雑多事を考えていると、私は桜並木に到着していた。春には非常にきらびやかで美しい桜が咲き誇るのだが、今はそんな桜の木の葉も緑色に色づき、僅かな散った桜の花びらが風で遠くに飛ばされずに残っているのが、どこか儚げさを感じさせる。
顔に涼やかな風を受けながら桜並木を通り過ぎると、今度は駅前に着いた。右手に装着した腕時計を見ると、出発からおよそ2時間も経っていた。
その事を数字で実感すると、途端足に気だるさが生まれてきた。そのため、しかたなく視線の先にあるカフェに入ることにした。
「いらっしゃいませー」
店内に入り、アルバイトらしき従業員のやる気のない接客を聞き流しながら席へと着いた。どこか昭和を思い出せる店内である。もっとも、私は平成生まれであるが。
店員にホットコーヒーを頼み、特にすることもないので時間を弄んでいると、何の脈絡もなく隣の席の青年が馴れ馴れしく話しかけてきた。
「ねぇねぇお兄さん、今暇?」
真っ先に青年の銀髪に目がいく。染めているとはとても思えない、とても鮮やかな色である。
青年のテーブルにはオムライスとオレンジジュースが置かれ、どこかミケを彷彿とさせるから目頭が少しばかり熱くなる。
「あぁ、そうだが」
初めは適当にあしらおうとしたが、青年を見ていると何故か素直になってしまうから、そう正直に答えてしまった。
「ならさぁ、この近くの温水プールに行こうぜ! 」
するとその青年がまたもやすっ飛んだ話を言うものだから、私は思わず呆れを通り越して興味さえ湧いてきてしまった。無論、プールは断るつもりである。断るつもりではあるが、
「……あぁ、いいぜ」
それは最早過去形になってしまった。やはり青年の前だと何故か彼のペースに流されてしまう。
「おお、やったぁ!」
やはり断ろうとしたが、青年の喜ぶ姿を見ると申し訳なくなり、なにより自分自身が即座に前言を撤回するのははばかってしまう。
青年が食事をしている間、店員が運んできたホットコーヒーで時間を潰した。初めての店なのに何故か懐かしさを感じることに違和感を覚えながらも、特にどうということでもないため放っておいた。
その事会計を済ませ、青年と共にプールへと辿り着いた。ここはつい最近できたばかりの屋根付き温水プールであり、中高生の溜まり場となっているのだが、今日は平日ということもあり殆ど貸切状態である。
「さぁ、泳ごうぜ!」
青年の無邪気な言葉と共に、私と青年は50mプールへと入った。
青年の泳ぎは速く、そしてただただ美しかった。
「おいおい早く!」
「待て、お前が早すぎるんだ!」
私は必死に青年を追い続けた。
久しぶりに童心に帰れた様で、なんとも楽しいばかりである。
青年は息継ぎをする度に銀髪の髪の毛が水飛沫を上げどんどん進んで行き、いつしか青年の姿は見えなり、それはプールサイドに上がっても同じであった。恐らく帰ったのだろう。
『なんとも勝手である』とは思うものの、どうしてか怒りは湧いてこない。それどころか清々しい気分でもある。
「さて、家に戻るか」
私はそう口にしながら、『前へと進もう』と強く感じた。それはミケから最後に与えられた使命のように感じられたからである。この事に、科学的な根拠など必要なかろう。
◆◆◆◆◆◆
「本日、関東地方で梅雨入りが発表されました」
どこか希薄化したキー局のアナウンサーの声と共に、梅雨の訪れが発表された…………




