さつき、にいちゃんを裏切る
にいちゃんが、ちきゅうにやってきたのはそれから数か月がたってから。
この星はなにもかもが変わってしまった。
そして、さつきの心も・・・。
「・・・今度、一度でもあのうちゅうじんと接触したら・・・どうなるか分かってるんだろうな。警察に補導し、少年院送致もあり得る。」
「・・・さつきさん、これはねあなたのことを思って言ってるんですよ。あなたを悪い宇宙人から守るために。」
そう言われたことを思い出しました。
そして、それでいい。それでいい、と。
懐かしそうな目でこっちをみていたにいちゃんのことを私は無視してそのまま歩いて行きました。
信号が点滅したのをいいことに私はにいちゃんから逃げるように横断歩道を走り去った。
走り去る際に、にいちゃんは叫んだ。
「さつき・・・!」
「・・・離れて!こっちに来ないで!あっち行ってよ!」
「きしょくわるいんだよ、ばか!」
思わず、叫んでいた。
「・・・ちきゅうのほうりつではね・・・うちゅうじんはちきゅうに立ち入っちゃいけないっていう風に決まっちゃったの。
それで、そのうちゅうじんと接触したり、かくまったり、助けたりした人も、同罪で・・・
住めなくなっちゃうの、このちきゅうでは。」
その瞬間、何かが壊れた。大切な大切な、何かが。
兄ちゃんの顔から血の気が引いて、ものすごく哀しそうな顔をしているのが分かった。
・・・怖くなった。
さつきの心臓はまるで音が出るんじゃないかというくらいにバクバクと高鳴っている。
色んな言葉にできない感情が頭の中でグルグルと渦巻いて、生じては消え、また生じては、さつきの頭だけでなく、心や体を支配していく。
手足が震えて仕方がない。
酸素が吸い込めない。息が・・・できない。浅くて速い呼吸を「ハッハ」と繰り返している。
お腹の中がちぢこまって、重くて気持ち悪い感覚がずうんと内側を支配する。
私は・・・にいちゃんを、裏切った。
にいちゃんを、捨てた。
にいちゃんを、売った。
でも、仕方がないことだった、仕方がないことだった。
・・・正しいの、わたしは・・・正しいの。
間違ってるのは、向こう。わたしたちの家に勝手にやってきて迷惑をかけて「悪いこと」をわたしたちに吹き込もうとする悪いうちゅうじん。
忘れたい・・・忘れたい・・・すべてを無かったことにしたい。
だけど・・・これは、現実だ、現実だ、現実なんだ。
取り返しのつかない何かが壊れていく。
家に帰って、シャワーを浴びる。
何かを洗い流して、きれいさっぱり忘れようとする。
どんなに洗ったって、心のなかの重い気持ちはずっと取れない。
にいちゃんは怒っているはずだ。
いや、あれだけ気の弱くて優しい兄ちゃんだから・・・傷ついているはず。
にいちゃんが宇宙人であることをばらしたときみたいに。
あのときだって、にいちゃんはものすごくものすごく苦しんだ。
にいちゃんなんか、もともと存在しなければ、どんなに楽だったか。
そうしたら、こんな辛い想いをせずに済んだのに。