さつき、ばけものをみる
トラヒー将軍は、「闇のうちゅうの住人」から知恵や技術を借りて今の地位にのし上がりました。
トラヒーはハッキリ言いました。
「ちきゅう人は、家畜や奴隷と同じ。どうやったら、ちきゅうじんの心を支配できるか?」
「彼ら」の一人が言いました。
「いいかい?ほとんどのちきゅうじんは物事を自分の頭で考えることも自分で調べるということもしない。
自分のことしか考えないという性質、
そして、自分の頭で判断せず、群れや集団の価値観にいとも簡単に合わせて動いているという性質があるんだ。」
「なるほど。たしかにそうだ。」
「そういう『畜群』みたいなニンゲンを思いのまままとめる方法は簡単だ。」
「『畜群?』
羊やヤギや豚・・・つまりちきゅうじんというものは家畜が群れているのと変わらないということか。ひどい言い草だな。」
「仕方がない。ちきゅうじんたちの多くが、『平凡であること』、『みんなと同じである』ことに至上の価値観を置いて、そこから出たがらないものだから。
つまり、オリの中の家畜であることに喜びすら感じているのだ。」
「ふふ・・・つまり、お前さんがた『闇の宇宙』の一方的な支配によらずとも、ちきゅうじんたちは、自ら『オリの管理人』を求めているというわけ、か。」
「・・・トラヒー将軍。
あなたは、ちきゅう出身のものでありながら、ちきゅうじんの愚かさに気が付いてしまい、ちきゅうじんの枠組みを脱した、『特別な選ばれし者』だ。
だから、我々は特別にお前を選んだ。
そう、あなたは地上で『神』を名乗ってよかろう。
あなたには、ちきゅうじんを支配する権利がある。」
「ふ・・・ふふふ・・・ふはは。うれしゅうございます。神、神・・・私は神!
はっきりと認めなければならない・・・。もはやこの世に神も仏もあったものではない。
かつては、それらは生きていたかもしれない。
だけど、今はもう死んだ。・・・殺されたのだ。
誰に?
そう、愚かなちきゅうじん共、自らが、殺したのだ。
かれらは、天空高くに生きており手の届かなかったそれを、自らの欲望のために、皆で地上に引きずり降ろして生命を奪ってしまった。
そして、その神の死体の残骸をまがいものと知らず食ってそれにしがみついて飼われているのが今のちきゅうじんどもというわけさ。
・・・もう、いない。
ちきゅうには、何もない。
ただ、どこまで行っても何もない無限の虚空に、荒涼たる砂漠が広がっているだけさ。
そこで、人は生まれてすぐに檻の中に入れられ、一生そこから出ないようにさせられる。
生きることにしがみつき、意味のあるかのように錯覚して結局何もわからぬまま、苦しんで生き延びた挙句、死ぬものなのだ。
ちきゅうじんの存在は・・・そう、例えていうならば、海から打ち上げられいずれ乾ききってしまう小さな水たまりに残されただ絶滅するのを待つ哀れな魚類に過ぎない。
彼らは、自分たちが絶滅などしないかのように虚構の平和と秩序の中で水たまりのぬるま湯をすすって生き延びる。
この砂漠や水たまりのようなちきゅうで生きることには何の価値もないのだ。
この砂漠を乗り越えるためには・・・!
「進化」することだ。
魚類が、両生類に進化し、地上でも生き延びることが可能になったように・・・人類も、いよいよ虚無と虚空の砂漠に価値を見出すことのできる「進化した存在」にならなければなるまい。」
「だから、われわれがあなたに、『進化の秘法』を授けたというわけだ。
そして・・・あなたは、人間を越えて新しい生命体へと転生した・・・。」
「そう、そうだ・・・私は、砂漠を乗り越えた。そして神になった。家畜のようなちきゅうじんを超えた。家畜には従うべき神が必要なのだ。」
「見よ!地上の神、トラヒーよ。今や、愚かな畜群の皆があなたを賛美し崇めている。
そして、何でも言うことを聞いてくれる。」
「畜群どもは、従うべき英雄を欲している!服従すべき神を必要としているのだ!」
「そういえば、『進化の秘法』とともに、あなたがたにはうちゅうに伝わる、ちきゅうじん支配のための『魔術』を教わりましたな。」
「ひとつめ。頭の悪い人間でも分かる簡単な言葉を繰り返し繰り返し投げかけること。
ふたつめ。群れをまとめるのに都合のいい情報だけを山のように入力し、都合の悪い情報は遮断して見せないようにすること。
みっつめ。不満をそらすこと。畜群たちは誰しも今の状況に不満を抱えている。不満を将軍や自分自身に向けさせることをしてはならない。畜群の外に悪の「共通の敵」をつくりだすことで畜群たちは団結する。あとは適当にいい顔をしてテレビやゲームといった娯楽でエサでも与えて畜群たちのゴキゲンを取っておけばいい。
よっつめ。群れることを拒否する畜群に対しては容赦ない罰を加え、他人への見せしめにすること。徹底的に罪の意識を植え付ければ、彼らを無力にすることに成功する。
最後は、恐れされろ、恐怖をいだかせろ。彼らを何もできない無力な存在だと思わせろ。
世界に対して、生きることそのものに対して、不安にさせろ。」
「・・・そのことに気が付いた賢いちきゅうじんがいたら?」
「一番恐ろしい存在だ。
畜群どもは、世間体を気にして言いたいことを言わず、行動もしない。コントロールしやすい。
しかし、こちらの手の内をすべて読んでいる賢いちきゅうじんもいるのだ。
世間体に屈せず、いかなる罰を与えても従おうとしない危険極まりない存在が。
それに気が付いた者は、他人をコントロールから解き放とうとする。」
「どうすればいい?」
「その頭脳を買って、仲間に引き入れるか。しかし、もし拒否したら、できるだけばれないきれいなやり方で殺すことだね。
いいかい?民衆はみんなあなたの味方だ。
まずは、徹底的に孤立させることだ。ありとあらゆる粗を探して罪をでっちあげるのだ。」
「あなたがたの言うとおりにしたら、本当に魔法のように、私はありとあらゆる権力をこのてのひらにおさめることができた。」
さつきは、叫びます。
「人間は・・・人間は、家畜なんかじゃない!
ひとりひとりが・・・うちゅうに愛されている大切な存在なんだよ!」
その場にいた、全員が振り向きます。
「おやおや・・・これは、光のうちゅうの住人ふたりと、ちきゅうじんの少女か。」
トラヒー将軍は、にやりと笑って言いました。
「・・・まだ、死刑になってなかったとは。」
だけど、さつきは見ていました。
トラヒー将軍の皮膚から冷や汗が流れ、手足が小刻みに震えていることを。そして、それを隠そうとしていることを。
トラヒー将軍は、笑いながら、恐れている・・・。
光をまとったにいちゃんを見て、だ。
トラヒーは、側近の「彼ら」に対して小声で言った。
「なぜだ?なぜ?諸君の言うとおりに私はやってきた。私は地上の神、ちきゅうの支配者になれるはずではなかったか?」
「光を打ち消す闇がないように・・・善を打ち消す悪もない。
たとえ、一時期悪なるものが栄え、善を弾圧し、天下を取ったように思えても・・・最終的に勝つのは善なのだ。」
にいちゃんは、トラヒーに向かって言い放ちました。
「お前たち・・・頼んだ。」
トラヒーの周りにいた闇の住人たちが、にいちゃんを押さえつけようとします。
四方八方から逃げ場のないほど取り囲まれました。
これでは、いくらうちゅうの力を身に付けたにいちゃんでも太刀打ちはできないにちがいありません。
ひとりも倒すことなく、あっけなくにいちゃんは倒されてしまいました。
・・・とおもいきや、闇の住人たちが皆その場で倒れていきます。
にいちゃんは、埃をはらって涼しい顔で立ち上がります。
「・・・むむう、このうちゅうじんには何をしても効かないのか・・・。」
トラヒー将軍は、怒った顔で言います。
にいちゃんは澄んだ目で言いました。
その目は、いっぽうで将軍を、いっぽうでうちゅうの奥深くの何一つ波風の立たず一切の変化をしない「ひみつのばしょ」まで見据えているようでした。
「無駄なことは、やめたほうがいい・・・。
天に矢を放てば、その矢は必ず地面に戻ってくるように、
他人に為した悪意も悪事も、すべて己に跳ね返ってくる。
ぼくは・・・ただ無為であるだけ。何もしていない。」
「彼ら」の一人がトラヒーに告げます。
「湖に石を投げ込めば、湖面が隅々まで波立つように、
心にも、批判や悪意を投げ込めば波立つというもの。
しかし、水の深いところは何も動かないように、心が不動のところにとどまっている限りは何をしても無駄であるばかりか、すべての攻撃は己に跳ね返ってくる、
という寸法か。
しかし、ご心配なく。このスイッチを押せば・・・。」
「フフフ、ついに、これを使うか。」
「『進化の秘法』・・・ついに、あなたは、超人類として新しく生まれ変わる。」
トラヒーは、玉座にブラックホールのようなものを出現させ、闇の宇宙の気を大きく吸い込みました。闇の宇宙の住人達もそこに吸い込まれていきます。
「・・・湖それ自体を、消滅させてしまえばどうかな。
つまり、すべての存在を狂わせてしまう、というわけさ。」
それは、見る見る間に異形のバケモノの姿になりました。
「これが・・・にんげんが、進化して生きることを乗り越えた姿・・・?まるっきり怪物じゃあない。
そんな存在には・・・決してなりたくない!」
トラヒーがその化け物を操っているのか、それとも、その化け物にトラヒーが操られているのかはわかりません。
次第に、空間全体がゆがんで、さつきたちはその場に立っているのか、浮かんでいるのかわからない状態になってきました。
「しまった・・・。」
とにいちゃん。
「どうしたの?」
「異次元の壁をトラヒーは開けてしまったようだ。」
「どういうこと?」
「難しい話は、後にして・・・つまり、闇の宇宙のエネルギーがちきゅうに直接流れ込んでくるってことだ。
そして、そうなってしまったら、最後、このちきゅうは・・・まもなくほろびる。」
「どうにかできないの?」
「・・・」
にいちゃんは、じっと考え込んでいましたが、口を開いて言いました。
「だけど・・・ぼくは、ちきゅうのみんなを愛している。」
「・・・あれだけ、いじわるされて、追い出されたのに?」
「うちゅうは、にんげんを一人残らず愛している。」




