暗闇サーカス
目の前にピンと張られた、一本の綱。
「今からこの綱を渡ります」
そばに立ち紹介する、団長。
満員の観客たちは、見るともなしに見ている。
団長の合図で照明が落とされ、張られた綱だけが照らし出された。
四方八方真っ暗闇。
私はゴクリとつばを飲み、一歩、そして一歩を踏み出した。
とたんに、観客席から白いプラカードがサッと上がる。
『下を向くな』
私はまっすぐ前を向いた。
サッ、とまた違うものが上がる。
『手を使ってバランスを取れ』
私は手を広げた。
『軸を意識しろ』
『上半身を使え』
『笑顔を見せろ、サーカスの団員』
『ヘラヘラするな、集中しろ』
『落ちるなよ、サーカスの団員』
『落ちろ、そのほうがウケる』
一歩、一歩。私は進む。
また、プラカードが上がった。
『そのまま突き進め』
また。
『少しは立ち止まれ、猛進するな』
私はひとつひとつ、小さくうなずいて返した。
でないともっとプラカードが上がるから。
そして。
ついに。
「あ、」
つる、と足が滑り。
私はまっさかさまに落ち、かけた。
すんでの所で綱にしがみつき、落ちることは防いだ。
まだ、立て直せる。
まだ、私は。
けれど、 は。
『落ちた!!』
『落ちた!!』
『落ちた!!』
『失格だ!!』
『叩き出せ!!』
『あんな奴がサーカスの団員か!!』
『なんてもの見せつけやがる、この失敗作!!』
会場にこだまする。鳴り響く。満ち溢れる。
止まらない。終わらない。
私は、団長からもらった頭巾をすっぽりかぶり、うずくまって目を閉じた。
団長はカーテンの陰でにっこり笑う。
「ようこそ、暗闇サーカスへ」