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ポムポム~ボクらの知らない虹色世界~  作者: アルセーヌ・エリシオン
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第二章 『ゼロ』

「あんまり気合入れすぎ感が出てもなぁ。

 さりげなくお洒落に。

 それでいて自分らしく……とっ」


当たり前のように着替えに時間がかかった。勿論、気合が入りまくりで完全に空回り。あ~でもない、こ~でもない。楽しみ悩むというより、こういう経験もセンスもほぼ皆無な為、楽しむ余裕なんかあるはずもなく、単なる優柔不断な独断と偏見による一人ファッションショーだ。おふくろさまが、部屋に近づかないとこを見ると、親なりの気を遣っているのだろうか。途中、幾度か軽い現実逃避を交えつつも、なんとか、自分なりに納得できる格好に仕上がった。最後に、もう一度、鏡で身だしなみを念入りにチェックし、持ち物の確認を終え、部屋を出た。階段を小走りに降りていると


「ちゃ~んと空気を読むのよ~」


台所から、おふくろさまの声だけのエールのようなジャブが飛んできた。


「分かってるよ~。

 いってきま~すっ」


返事はしたものの、時間と気持ちに余裕があれば、どういうアドバイスだと突っ込むところだ。『空気を読む』……なんて単純明快で難易度の高いアドバイスだ。分かってるとは言ったものの、空気を読むなんてのは一種の才能とかセンスの類で、努力で何とか出来るようなものじゃない上に、それすらしてきていないボクには、全く持ってハードルの高いアドバイスだ。しかし、ありがたく頭の片隅には頂戴しとこう。


 家を出て数歩、エリん家の玄関が見えた途端、何気にハッピーな感情に、得体の知れない不安と緊張が差し込んだ。気付くとさっきまでの勢いはどこへやら、一歩一歩踏みしめるような牛歩となっていた。心待ちにした瞬間を前に、行きたいのに足取りが重い。不安と緊張で、今にも心臓が口から飛び出しそうだ……。やっとのことでエリん家の玄関前に着くと、心の準備をする暇も無く、ちょうどエリが出てきた。

ボクは一瞬で硬直した。タイミングもそうだったが、それよりも、エリに魔法を掛けられた、そんな感じだった。


これが、エリ……。


青天の霹靂的な棚から牡丹餅といったとこだ。これで表現が合ってるかは別として、そんな感じだ。ニュアンス的に。元々かわいいし、美人なのは認めるけど、ここまでだったか?まあ、『かわいい』も『美人』ってのも勿論、ボクの好みってのが大前提になってはいるが。そんな高揚感から、先ほどまで緊張感に弄ばれていたのが嘘のように、体も心も羽が生えたように軽くなった……、はずもなく、さらに緊張感が上乗せされた。


「変……かな……」


ボクの自分会議で出来たこの変な間に、不安を感じたのか、圧巻の臨戦態勢なエリの、不安げな表情と言葉が、ボクを少しだけ我に還らせた。改めてエリに視線を投げると、化粧したエリをこんな意識的に見た記憶はない上に、アクサリーを付けるイメージも全く無かったため、意外を通り越して完全に釘付けになった。高校生という子供と大人を兼ね備えた、ある意味、最強のオーラを纏っている。口元、目元、耳元とメイクとアクセサリーに飾られたエリに、ボクの思考回路は一瞬で破壊された。やっと還ってこれたのに木っ端微塵だ。お陰で頭が白紙になったまま固まった。


「…………。

 ……あっ」


「えっ……」


また固まってた自分に気づき、我に返ると、エリが不安そうな表情のままボクに視線を向けていた。


「おかしい……かな?」


「最高……」


「えっ?」


「えっ?

 あっ……、

いやっその……。

凄く……

良いよっ」


脳の再起動が間に合わないまま、口が勝手に動いた。


「あっ……、

 ありがとぉ……」


 今考えると、エリは昔からちゃんと思ってることを口にしていたし、いろんな意味で素直だった。ボクと違って……。恥ずかしさとプライドと幼馴染という思い込みの美学が壁のような口実となり、出来てなかった事や言えなかった事がボクには山のようにある。かといって、今のは事故のようなもので、改めて今後出来るかと言えば出来る気もしないし、その度胸も無い。何とも情けない話だ……。


「うれしっ……」


エリの完全に照れた表情に、こっちがその何倍も赤面した。きっと、ボクからは湯気も出てる。そのくらいこてこてなリアクションだった。自分でも笑えるほどに。もちろん笑えなかったが……。


「たかゆきも……、

 お洒落してきてくれたんだぁ」


「あ……あぁ」


って言うか『たかゆきも』ってことは……。自然と顔がニンマリする。思考回路が勝手に自分に都合よく再起動した。


「そんなお洒落なたかゆき見るの、

 七五三以来だぁ」


「えぇ~っ。

 それ褒めてないよなっ」


「そんなことないよぉ。

 似合ってるよっ」


「ほんとかな~」


「うんっ。

 ほんとほんとっ」


「なら、いいけどさぁ。

 このくらい気合い入れないと

釣り合わないからさっ」


「えっ……」


「あっ」


初々しさ全開のやり取りを楽しむ余裕も無く、お互いに直視できず上目遣いする度に目が合った。そしてその度に赤面。何のゲームだこれ。いつもの二人じゃないこのぎこちないキャッチボール。お互いの間にここまで露骨な『照れ』は初めてだった。


「じゃ~、いこっかっ」


なんとか振り絞っていつも通りを装い、そう言おうと思った瞬間、エリに先を越された。


「あっ、うんっ。

 いこっ」


別に、気にする程の事でもないとは思うが、軽い敗北感のようなものを感じたボクは、おふくろさまのありがたいアドバイスを心の中で復唱し気持ちを切り替えた。次がある。次こそは男らしく空気を読んで先手必勝だ。そう反省していると門を閉めたエリが、いつもの笑顔で小走りに寄って来てくれたお陰で、ちょっと安心できた。こちらの不安を他所に、エリはそう気にしてない様子だった。


「お天気で良かったね」


「そだねっ」


さっきまでの反省モードもなんのその、今日は色んな意味で最高な一日になる、そんな予感がする。目的は別なとこではっきりしているのに、明らかに、そことは違う部分に期待してるこの高揚感。足取りが軽いとはこういうことを言うんだろう。ボクたちは、良くも悪くも、幼馴染の距離を最大限に保ちつつ『時を待つ』デートに身を任せた。



 初めてのデート。理由もきっかけもどうあれ、最高に嬉しいと今は素直にそう思う。かなり都合よく聞こえるかもしれないが、灯台下暗し。幼馴染と言うか兄妹? 弟姉?どっちでもいいか。そういう風にお門違いな理性が働いて、恋愛対象から強制的に外してたのに、その必要がなかったことに、今頃ボクは向き合う事となった。あの失恋と特異体質という負のコラボから生まれたこの突飛なきっかけに、この時ばかりはかなり感謝した。迎えに行く時のあの感覚、ただ一緒に歩いているだけなのに沸き起こるこの高揚感。体に染み込んだ幼馴染独特のフランクな感覚のお陰で初デートの緊張感も少しずつ薄れていった。エリが、買いたいものがあるとのことで、その店に向かっていたが、途中で映画館が目に留まり、会話の成り行きで映画を観ることにした。


「何でもいいよっ」


いつもなら、色んな場面で面倒臭く聞こえるこの言葉も、この時ばかりは優越感に浸れた。ただ、優柔不断なボクに、決めきれるはずもなく、結局、エリに決定権を委ねた。エリ自身が観たかったのか、ボクの好みに合わせてくれたのか、アクション映画、しかも吹き替えを選んだ。公開されてから結構経つ映画だったせいもあり、席は7割程しか埋まらなかった。ボクらは、中央より2~3列くらい後ろの中央通路側、スクリーンに向かって右側に席を取った。何かで聞いたか読んだかで覚えていたため、通路側にエリを座らせた。別に、神経質に選んだわけではなかったが、周りの2~3席には人影が無かった。それもあってか、所々、視神経より左手に意識が集中した。意を決した駆け引きも、脆くも成就。エリの方から手を重ねてくれた。お陰で思考回路も左手にさらに集中、本当にアクションだけを楽しめた映画となった。その手は、映画館を出る時は暗黙の了解のごとく、それぞれの定位置に収まっていた。エリってあんな積極的だったっけ……。時折、自分会議で記憶を辿ったが、ただ単に、そういう機会が無かったからなのか、それとも、ボクがエリのことを分かっていなかっただけなのか、答えは出なかった。映画館での予期せぬ出来事のお陰で嬉しい反面、精神年齢の差というものを目の当たりにした気がした。何とも、情けない限りだ。そんな自己反省の真っただ中、エリお勧めの喫茶店があるとのことで、そこでお昼をとることにした。思い出す限り、恐らくこれは初ランチ。照れくさい二人だけのランチとなった。


「おいしいじゃん、ここ」


言ってはみたものの、味が全くしなかった。たぶん本当に美味しかったのだろうが、映画館から残る手の感触のせいで味覚が麻痺してしまっているようだ。喫茶店を出ると、エリのお目当ての店へと向かった。幸いにも、ボク自身も興味がある雑貨の店だった。雑貨屋に入るなり、二人でテンション上がりっぱなし、エリ以上に自分がはしゃいでるのが分った。あれこれ夢中になっていると、ボクをじっと見つめるエリに気付いた。


「あっ、ごめんっ」


「う~うん。

 楽しい?」


「うん。

 あれっ、もう買ったんだ」


「うん。

 お目当てゲット」


エリは、店のロゴが入った小さな青い紙袋を顔の高さまで引き上げ見せてくれた。


「何買ったの?」


「日記帳。

 もうすぐいっぱいになるから」


「日記書いてんだっ」


「うんっ」


「へぇ~」


「なぁに?」


「いやっ……。何か……新鮮」


「そぉ~お?」


「うんっ」


「小さい頃からの習慣かなっ。

 それに、色々思い出せるし。

 何かと便利だよっ。

 たかゆきは興味ない?」


「エリの日記帳になら興味あるっ」


「見せませんっ」


「ははっ。

 即答だなっ」


「即答ですっ」


普通の会話が普通に楽しかった。


「じゃ~次、どこ行く?」


「もう、ここいいの?

 たかゆきが納得できるまで

付き合っちゃうぞっ」


「ははっ。

 ありがとっ。

 でも今日はいいよ。

また、来ようよっ」


かなりの勇気と、精一杯のさりげなさを搾り出した一言だった。。


「うんっ」


そんな見え見えの口実にも、何の躊躇も無くあっさりと承諾してくれた。全て見透かされてる気がして、少しだけ恥ずかしくなったが、それ以上に嬉しさがこみ上げた。いつもの他愛も無いはずの特別な会話。初めてづくしの時が流れる。いつも見ているはずの、エリの『知らない一面』にもたくさん出逢えた。


コロコロと転がるような笑い方。


髪をかきあげる仕草。


聞き慣れているはずの声に混じる


聞き覚えの無いトーンの声。


そして何より


ボクをちゃんと意識してくれている目。


今は全てボクに向けてくれているような


そんな感じがした。


改めて考えると、かなり居心地が良い。幼馴染という環境で育ったからではなく、相性とでもいうのか……。とにかくエリの隣は居心地が良かった。暫く街中を目的も無く散策していると、微かにだが聞き覚えがある金属音が聞こえてきた。辺りを見回すと、4~5m先の道路脇に慌しい2~3人の人だかりが見えた。


「あれ……」


とエリも気付いて胸元で小さく指を指した。そこにいた数人に例の数字が浮いていた。


「何だろう……。

 行ってみよう」


近づいてみると事故現場だった。軽自動車とバイクの接触事故で今起きたばかりのようだ。事故の当事者であろう二人の頭上にも数字が回っていた。目的の現象に出くわしたが、今はそれどころではなかった。見る見る人だかりが増えるなか最初からいた女性は、バイクを運転していたであろう初老の男性に寄り添い声をかけていた。もう一人の若い男性は、救急車の手配と警察への連絡をしていた。エリとボクは、軽自動車を運転していたであろう若い女性に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


ボクより先にエリが優しく声を掛けた。狼狽する女性と、落ち着かせようとする女の子。傍目には、エリの方が大人に見えた。


「は……はい。

 私……余所見してて……」


「今、救急車が来ますから」


エリも、ちゃんと見ていたようだ。


「はい……」


幸いに、初老の男性は見た目には怪我はなさそうで意識もはっきりしていた。ほっとしたのも束の間、振り返ると、いつのまにか、かなりの人だかりが出来ていた。


「うわっ」


あまりの光景に声が出た。そうこうしてる中、救急車、パトカーの順に到着した。当事者を含めボクら6人が軽い事情聴取を受け、初老の男性は大事をとって救急車で搬送された。軽自動車の女性は警察官とやり取りをてる中、ボクら4人はもう一人の警察官に礼を言われ開放された。見ず知らずの他人が損なしで人のために何かをしたことと、その中に自分もいたことに少しの優越感と達成感、そして仲間意識が芽生えた。


「大事に至らなくて良かった」


と女性がほっとした感じで声を零した。


「えぇ。

 不幸中の幸いでしたね。

 事故は気をつけてても

 加害者にも被害者にもなり得ますから、

ボクらも気を付けなくては、ですね」


サラリーマン風の男性は、そう言いながら、ボクらにも目配せをしてくれた。


「仰る通りですね」

「そうですね」

「ですね」


ちょっと嬉しかったのは、明らかに社会人なその二人がボクらを子ども扱いせずに接してくれたことだった。


「お互い、気を付けましょう。

 ではっ」


「えぇ。

 お気をつけて……」


「お気をつけて」

「お気をつけて」


妙な間と照れくささが、若干、解散をぎこちなくさせたが、全然、心地悪くはなかった。事故により、ここで初めて出逢い、損得なしの共同作業をしていた赤の他人が、何事もなかったかのように、またそれぞれの日常に戻って行く姿が人ごみに消えるまで、ボクは目を離せないでいた。


「行っちゃったね……」


エリの言葉に、エリもボクと同じ思いで見送っていたんだと感じた。


「そうだね……」


いつのまにか、先程までの人だかりは消え、いつもの賑わい通りへと戻っていた。


「怖いね、事故。

 気をつけなきゃね」


「だよな~。

 ほんのさっきまでは

 想像もしてなかったもんな~」


「そだね……」


「まぁでも、

 二人とも大した事なさそうで良かった」


「うん。

 そだねっ。

 そう言えば、見えた?

 例の数字……」


「うん。

 あの事故してた二人と

 野次馬の中の何人かに」


「そっかぁ。

 やっぱり見えてたんだ……」


少しだけ寂しそうにエリが答えた。


「でも、変化の瞬間は見てないんだよな~」


「つるぷりんちゃんは?」


「いや、気付かなかった……」


「そうなんだ……」


「うん」


パトカーはまだ停まっていたがボクらもそこを後にした。気付けば夕方5時。色んな事があったが楽しいこと程、時間が経つのが早い。月並みだが、実感した。少しでも長くデートという雰囲気に浸りたくて、帰りの道程は、普段あまり通らない、この川沿いの道を選んだ。この道は、歩行者と自転車専用で景色も良く、静かで緩やかな時間の流れを感じるせいか、この街の学生にも定番的なデートスポットだ。目線より少し高めに留まる夕日が、川の水面に乱反射して透明感を帯びた朱色となり周りを照らしている。日常に生まれる非日常が、幻想的な光景となり広がっていた。


なるほどと思った。


これは一種の魔法だ。


もう少しすると、


マジックアワーも訪れる。


無条件に恋に堕ちそうな、


そんな光景が容易に目に浮かぶ。


今の今まで押し殺していた感情に、歯止めが利かなくなるのを感じたボクは、思わず口をついて、自分でも想像もしなかったセリフを吐いた。


「手~……繋ぐ?」


あ~っ何言ってんだボクは。『冗談だよ』と笑って誤魔化す間も、度胸も無い。


「んっ」


と、エリも少しだけ恥ずかしそうに手を差し伸べてくれた。棚から牡丹餅だ。……ん?また微妙に使い方が違う気もするが……。と軽く現実逃避しながらも自分で言っておきながら内心、目一杯キョドる自分に笑えた。というのは嘘で、そんな余裕すらない。映画館で手を繋いではいたがこのシチュエーションの感覚は、映画館のそれとは全く違った。耳まで真っ赤なボクの顔を夕日が優しく透かしてくれたおかげでボクも一応、平静を装いながら、その手をぎこちなくも引き寄せることができた。心臓が、心地よくも躍動感抜群な鼓動を奏で、ボクをまくしたてる。嬉しいやら、恥ずかしいやら、完全に舞い上がってる。ボクの手が軽く震えていたのを感じたのかエリはきゅっと優しく繋いだ手に力を込めた。それにしてもエリはボクの性格を良く知ってる。この素直さと気遣いに、今まで目を背けていた『異性』という感情を改めて思いっきり意識させられた。今思えば、もっと前からエリはボクのことを『異性』として認識してくれていたのかもしれない。ボクはと言えば、子供なボクなりの大人もどきの理性が、自分の気持ちから目を背けていたような気がする。幾つものきっかけを不意にしながら当たり前の存在に何の保証も無い安心感を勝手に抱いていたんだと気付かされた。そんな昨日までの自分を振り返りながらも繋いだエリの手は優しくも温かく、そして柔らかくボクのココロまでも包んだ。夕日に透けるようなエリの横顔を眺めながら、今までに無い幸福感に包まれた。包ま……れ……


「え~~~っ」


完全に油断していた……。と言うか、頭に全く無かった。いろんな意味での『今?』を頭の中で連呼した。


「えっ?

 なに? なに? 

どうしたの急に?」


「エッ……エリの上に……、

 数字が……」


全く気配もなく、ただ静かにそれは回っていた。今までは、何かががあってそれに呼応するかのように現れてた数字が今はひっそりと回っている。あまりにも意表を突かれたせいで、初めて見るようなリアクションになった。


「えっ?」


とエリがとっさに上を向いたまま固まった。


「み……見える?」


恐る恐る聞いてみた。


「全然……」


そう言って上を見上げている。


「えっ……」


おもいっきり拍子抜けした。


「今も浮いてる?」


ボクのリアクションを他所にあっけらかんと聞いてきた。


「うん。

 薄紅色が152で、薄紫色が17」


「そうなんだ……」


と、見上げたままエリのテンションが少し下がった。ボクも少しだけのがっかりと、やはりボクだけなのかという微量の優越感が入り乱れた。ハッとして、自分の頭上を見上げてみたが数字は浮いて無かった。


「…………」


「えっ? たかゆきにも浮いてるの?」


「ううん……。浮いてない……」


すると間髪入れず、例の金属音と共に、エリの薄紅色の数字が『151』へと減算した。


「あっ、エリの数字が151に減ったよ」


「えっ、そうなの?」


「うん……。

 あっ出てきた……。

今ここに、

例のつるぷりんちゃんがいるよっ」


とエリの胸元を指差した。


「あぁ~。

 エッチ~」


そう言って胸を手で覆った。


「ちっ違うよ。

 つるぷりんちゃんが……」


「確かにつるぷりんだけどっ」


全てのポテンシャルを総動員して、おもいっきり全力で妄想した。


「あっ。

 今、想像してたでしょ~。

エッチ~」


「しっ……、してないよっ」


しっかりしていた。


「ふふっ。

 たかゆき、分かり易~いっ」


「やっぱ、おふくろさまに似てきてるぞ。

 エリ……」


「だって~。

 見習ってるもんっ」


「げっ」


「でっ……、まだいるの?」


と胸の辺りをじっと凝視するエリ。


「この子、どんな感じ?」


「やっぱ生き物だ。

 薄紅色で透明な人型をしてる。

 かなりのぽっちゃりさんだけど。

 あっ……。

落ちた……」


「えぇ~。

 大丈夫そう?」


「うん。

 あっ、きょろきょろしてるよ……。

 何見てるんだろう……」


「な~に見てるのかなぁ~~~」


見えないつるぷりんちゃんに、小声でエリが話しかけた瞬間


「あっ、走りだしたっ」


川とは逆の方へと道を渡り始めた。


「えっ、どこどこっ?」


「そこっ」


と、道の真ん中を指差したが、道を横切っている途中で、スッと消えた……。


「あっ、消えちゃった……」


「えっ……。

 消えたの?」


「うん。

 そこで消えた……」


さっき指差した手を戻す間もないほどの短い時間の出来事だった。


「そっか~。

 どこ行ったんだろう。

 つるぷりんちゃん」


そう言って、少しだけ心配そうにエリが道を眺めていた。


「あっ……。

 数字も消えてる……」


「そうなんだ……」


「なんか、あっという間だったな……」


「うん」


日常と非日常が混在してる不思議な感覚を覚えたがやはり恐怖などは微塵もなかった。


「回る数字につるぷりんちゃん……。

 ん~~~

ん~~~……」


「はいはいっ。

 ここで考えても答えは出ないよきっと。

 とりあえず帰ろっ、たかゆきっ」


「う……うん……。

 そうだな……。

 でもエリ、意外と冷静だな」


「見えなかった分、実感がいまいち……。

 見えてたら大はしゃぎしてるよ、たぶん」


「だよな……。

 オレもエリと共有したかったよ……」


と、デートの甘い余韻に浸る前に、微妙な空気がテンションを軽く下げた。


「また、次があるよっ」

「うわっ」


予想外の角度から覗き込んできたエリに、かなりびっくりしたが、そのうっすらとほほ笑んだ笑顔にまたしても心を鷲掴みにされた。限りなく非日常的な体験をしてきた日にも拘わらず、この一瞬のエリの挙動で、足のつま先までの全神経をエリに奪われた。まるで魔法だ。


「お~いっ。

 還っておいでぇ~~~」


と、現実に引き戻されると、さっきより明らかに近い距離にエリの笑顔があった。


「うわっ」


仰け反るボクに


「あぁ~。

 ひどぉ~いっ。

今、引いたぁ~」


と小悪魔なすね顔を披露してくれた。


「まっ、まさか……」


はぁ……完敗だ。ある意味、乾杯だ。口を突いて出なくて良かった。エリに対するボクの気持ちは嫌と言う程、このたった1日で思い知らされた。


「ねぇ、たかゆき……。

 あれ……」


かなり控えめに指をさしたエリの指先を辿ると、前から歩いてくるボクらと同年代のカップル。手を繋いで楽し気に近づいてくるその二人の頭上に、数字が浮いていた。


「浮いてる……。

 まさか、見えるの?今度は」


「う~うん。

 残念ながら……」


「えっ、じゃぁ、どうして?」


「別に意味はないよ。

 あの二人には浮いてるのかな~って

思っただけ」


「なんじゃそりゃっ」


数字の変化を見たかったが、この距離ではあまりにも露骨過ぎる感じがして凝視できなかった。そのうち何事もなく、ボクらとすれ違ったカップルの後姿と数字を改めて見ていると、女の子がつまいずいて転びそうになったのを彼氏が手を引き寄せて上手に支えた。次の瞬間、例の音と共に二人の薄紅色の数字がそれぞれ1ずつ減った。しかし、彼らの立ち位置や体勢のせいもあり、最後までつるぷんちゃんを確認できないまま、数字もす~っと消えていった。


「やっぱり他の人にも起きてるんだ。

 あの様子からすると、色付くのと一緒で、

 恐らく日常的に普通に起きてるなこりゃ。

 今日だけを考えると、今の今まで

 気付く機会が少なかったのは……」


はっとしてそこで止めた。


「気付かなかったのは、な~に?」


と、スルーせずに小悪魔が聞いてきた。


「いや……、何て言うか……」


『エリに集中してて』なんて、恥ずかしくてとても言えない。


「ん?」


その声に視線を上げると、先程より近く、鼻先が触れ合う程の超至近距離に、小悪魔のまま覗き込むエリがいた。聞く気満々だ。


「うわっ」


驚いたが顔は真っ赤だったに違いない。瞬間湯沸かし器ゲームかっ。なんだそれ……。ひとりボケつっこみで、気を紛らわせようとしたが案の定、無理だった。


「あぁ~。

 また引いたぁ~」


「引いてないしっ。

 普通にびっくりしたんだよっ」


「ふふっ」


それ以上何も言わず、軽く微笑んで、視線をボクから外したエリを見たとき、強制ではなかったんだと気付いた。そう感じた途端、素直に本音が滑り出た。


「……楽しかったからさ……。

 デート……」


「ほんと?

 良かったぁ。

私も楽しかったぁ」


そこには、素で嬉しそうなエリの笑顔があった。その笑顔にボクは何倍も嬉しくなった。


「また……しような……、デート」


「んっ、しよっ」


『んっ』からの『しよっ』……。

魔法だ。究極の小悪魔法だ。


効き目も桁違いだ。エリは天然だが、空気を読める天然だ。空気を読める時点で天然かどうかなんて考えるだけ野暮だ。ボクにとって、ある意味、異性としては最強な存在だ。


「ここも、色んな人が行き来してるんだね」


エリの声に周りを見ると、買い物袋を下げた女性、部活の帰りだろうか、帰宅デート中の学生やランニングをしている若い女性、色んな人影が見て取れた。そんな中、例の金属音が聞こえてきた。ちらほら行き交う人々の何人かに数字が浮いていたが、周りの反応を見ても誰にも見えていないようだ。


「ねぇ、数字が浮いてる人いる?」


「うん、居るよ」


「そっか~。

 浮いてる人と、

 そうでない人の違いって、

何か目で見てわかる?」


「ん~」


と、もう一通り見回したが


「全然……」


分からなかった。別に何か起こっているわけ

でもなく、普通に歩いてる人にもそういう事

が起こっている。色づく時と同じタイミング

で一貫性を見出せなかった。


「そうなんだ~」


「な~エリ。

 本気で信じてる?」


「んっ?

 当ったり前じゃんっ」


と真顔の後、軽く微笑んだ。


「そっか……」


ボクは違う意味で顔がにやけた。


「でも、実際見えないと寂しいな……」


「オレも……」


「ねぇ、まだ、時間大丈夫?」


「あぁ、全然っ」


「じゃぁ~、土手に下りてみない?」


「うんっ。行くいくっ」


この川は、昔あった大きな水害の後に、河川改修工事を行い、安全性と景観に留意した河川環境へと整備され、生まれ変わった。かつての土手は、自然をなるだけ活かした遊歩道になっている。知名度のある草花を飾り立てるのではなく、土手に元々あった様な可憐で素朴な草花を道に寄り添うように自生させているのが、どこか温かさを感じて心地いい。大人が3人程、横並びで歩ける位の歩道は、アスファルトではなく、茶色いレンガを敷き詰めた石畳的な道で、周りの景観に自然と馴染んで見える。柔らかく蛇行する歩道の数メートル置きにレトロモダンな街頭も立てられており、その下には、気軽に座れるように石製のオブジェクトが設置されている。そんな、この川面に近い遊歩道は、実際、こんなに雰囲気が良いのに、明らかに上の道よりは人通りが少ない。意識しないと下りれない程のオーラを感じる。正に、聖域的な場所だ。それを承知の上で、ボクはエリの手を引いて、その聖域へと通じる階段へと向かった。エリが何の躊躇も無く、表情も変えないまま付いて来てくれてるところを見ると、ボクと同じようには考えていないのかもしれない。ボクが考えてるような特別感も、降りれるという独りよがりな優越感も、特に感じてないのでは……。だから、照れる事も無くあっさりと付てこれるのでは……。そんな不安があるにはあったが、気持ちは明らかに弾んでいた。


「私、ここ降りるの初めてっ。

 なんだか嬉しいけど照れくさいね」


今感じていた不安も、このエリの言葉を、自分に都合よく解釈することで、テンションがかなり上がった。


「やっぱ……やめとく?」


舞い上がりすぎて、全く、心にも無いことを口走ってしまったが


「たかゆきは嫌?」


とエリがチャンスをくれた。


「んなわけないだろっ」


平静を装ったが、内心かなりほっとした。階段を降りる途中、自然とエリの手を引いてることに気付いた。


「あっ……。

 ごめんっ」


「えっ? 

 何が?」


「いや……、あの……、手……」


「あっ……」


余計な一言のせいで、動揺が生まれ、咄嗟に手を離してしまった為、ボクはバランスを崩してしまい階段を踏み外した。その時、ボクは迂闊にもエリが伸ばしてくれた手を掴んでしまった。


「あっ」

「きゃっ」


エリの手の温もりを感じた瞬間、慌てて離そうとしたが二人声を上げたのも束の間、一緒に滑り落ちた。エリを庇おうとしたが、抱き寄せるのが精一杯だった。幸いにも、3段程だった為、怪我をさせずに済んだ。ボクは左肘に擦り傷が出来たくらいだった。


「イテテテテ……。

 大丈夫? エリ?」


「うん、大丈夫。

 たかゆきは?」


「良かった……。

 オレは大丈夫だよ」


「あっ、血がっ」


そう言うと、自分の身なりを気にするより先に、ボクの擦り傷にハンカチを当てがった。


「あっ……。

 血が付くよ」


「気にしなくていいよ。

 そのまま押さえておいて」


「あ……、ありがとっ」


「あそこ、座ろっ」


「うん」


エリが促すように指を差した。階段から一番近くにあったそのベンチに、二人腰掛けると、エリは持っていたポーチから水色のハート型をした絆創膏を取り出し貼ってくれた。


「これでよしっと」


「サ……サンキュ」


「こちらこそ、ありがとっ。

 庇ってくれて」


この言葉にはっとした。一応、些細な出来事とは言え、護れたんだ、エリのこと……少しだけ男になった気がして嬉しくなった。


「誰でもあ~するよっ」


いかにもな台詞で大人を装ってみるも、

らしくない感じに少しむずがゆさを覚えた。


「えへっ……」


エリは相変わらず素直な反応だった。この差

は、何なんだろうか……。と自分会議のドア

に手を伸ばした瞬間


「あっ。

 エリにまた数字が……」


「えっ?

 ほんと?」


「うん」


「たかゆきは?」


そう言われて見上げたが、自分の上にはやはり浮いてはいなかった。


「やっぱ……、浮いてない……」


すると、またあの金属音と共にその数字に変化が起きた。


「あっ。

 薄紅色の数字が1減った」


すると、期待通りに、例のま~るっこいつるぷりんな物体がまたまたエリの胸元から出て来た。


「出てきたよ。

 つるぷりんちゃん」


「ほんとっ?」


今回は些細な部分まで観察しようと、出てきた物体を凝視した。また、きょろきょろと見回している。そのままぽてっとエリの膝の上に落ちたかと思うと、そっからするりと足元まで飛び降りた。物体ではない、明らかに生命体だ。スライムっぽく柔らかそうで透明感がある。若干、人間を意識している風な姿だが、ボクの記憶の中では初めて見る生命体だ。暫く周りの様子を伺うと、今度は草むらへとぽてんぽてんと走って消えた。時間にしてやはり10秒くらい……。


「あっ。

 消えた……」


「10秒くらいなんだね……。

 消えるまで」


「そのくらいだったな。

 それにやっぱり生きてた。

 半透明で、本当につるぷりんって表現が

 ぴったりだよっ」


「え~、見たいなぁ~」


「オレだって見せてあげたいけど……」


「どうしてたかゆきだけなんだろっ」


「どうしてだろ……」


「消えたって事は……。

 消滅したってことなのかな?」


「オレも初めはそう思ったけど、

 でも、明らかに何かに向かって

走り出すというか……。

目的があるように感じるんだよね」


「そうなんだ……」


「だから消えると言うよりは、

 姿を消してるんじゃないかな……。

オレらに見つからないように」


「ふぅ~ん」


エリの頭上に目をやったが、既に数字は消えていた。


「それか、単純に、

 何かの前兆として現れるとか……。

でも、その前に現れる数字は、

絶対に意味があるよなぁ……。

ん~……」


「全く無関係、

 と言うことは無いと思うけど……」


「わからないけど……例えば、

 良いことが起きる前兆とか、

悪いことが起きる前兆とか……」


「良い事だといいなぁ」


「うん……そだねっ」


とは言え、良い予感も、悪い予感も別にしなかった。


「実際、あのつるぷりんちゃんは魂の一部で

 何かの度に溶け出すというか……。

 死へのカウントダウンとかだったら

 笑えないよね……。

『はいっあなたは無事、

 また死へ近づきました……』

的なさ……」


「きゃはははっ。考えても見なかった~。

 たかゆき、面白~い。

ふふっ。

 ってか他人事でしょ~~。

ひどぉ~いっ」


「ははっ。

 ごめんごめんっ。

冗談だよ」


「でも、たかゆき、

 発想というか考え方というか、

面白いよねっ」


「もしそうだとしたら、

 おふくろさまからの

 ありがた~い遺伝子のせいかもなっ」


「いいとこ受け継いだねっ」


「そっかなぁ~。

 なんか長所ってより

 短所って気がするんだけどなぁ~」


「そんなことないよぉ~。

 長所だよっ。

ちょ~お~しょっ」


「ははっ。

 エリがそう言うなら、

 そうなのかもな~」


「絶対そ~だよ~。

 おかぁさんに感謝しなきゃねっ。

ふふっ」


「仰せのままにぃ~」


今日の目的を忘れていた訳ではなかったが、正直こんなに見れるとは。本当にこの事象は何なのだろう……。悪いことの前触れじゃないことを祈るばかりだった。


「そろそろ帰るか」


「うん。

 そだねっ」


本当は、エリが切り出すまで黙ったままもっと一緒にいたかったが、初デートで心象を悪くはしたくなかった為、今日はここで帰ることにした。


「大丈夫か?

 痛いとことかないか?」


「うん大丈夫。

 たかゆきは?」


「オレも……

 大丈夫みたい」


立ち上がり、手を繋ごうとすると


「そっちは痛いでしょ」


と言って左側に回って、何事も無かったかのように手を繋いできた。


「サンキュッ」


「うん」


 気が付くと、辺りは、朱色の夕暮れから神秘的な紫に様変わりを始めていた。昼と夜が混る魅惑的な時間帯。夜を迎え入れようとしている。階段を上りきると、先程と然程変わらない、まばらな人影に何か安堵感をおぼえた。数字が見えてる人も居る。それが逆に自然で普通に感じられた。


「な~んにも変わってないな。

 さっきと……」


「そだねぇ……。

 周りの人達には普通の日曜日なんだね」


「こんな、非日常的な事、

 他にもあるのかな……。

 オレたちが知らないだけでさ……」


「あると思う。

 世の中、不思議な事がた~くさんあるもん」


そう言ってエリはすっと空を仰いだ。


「だよなぁ……。

 それに、この事象を見える人が

 他にもいるかもしれないしな、既に」


「うん。

 そ~だねっ」


「オレ……さ、

 なんでオレがって少しの恐怖と、

 オレだけ特別なのかもって優越感とで、

 今朝、エリがオレん家に来るまで

 頭の中がごちゃごちゃでさっ……。

 エリからデート誘われた時、

 正直、いろんな意味で嬉しかった。

 デートで頭がいっぱいになって、

 その感情を忘れる事もできてたし。

 それに、あれは夢や幻覚じゃなかったって

 今日はっきり分かったし。

 エリに見えなかったのが残念だけどな。

 ただ、これが悪い予兆でないことを

信じたい。エリをそういうことに

巻き込んだオレとしては、少なからず、

責任と不安も感じてるんだ。

 だから……、今日はごめん。

そして、ありがとな……エリ」


「たかゆき……。

 こちらこそ、ありがとう。

 さらっと嬉しい事言ってくれちゃって……。

本当はね……、

デート断られると思ってたんだ~。

たかゆきには、

私は女の子として映ってないような

気がしてたから……。

 だから、私の方こそ嬉しかったんだよ」


かなりほっとしたし、素直に嬉しかった。今更、気恥ずかしい幼なじみの隠れ蓑をかる~く取り去ってくれたエリ。自分のことを子供なうえに、臆病だったと思いっきり認識させられた。自分でも苦笑いしてしまうほどに。でもそれすら心地よかった。負い目やら自己嫌悪を感じないのは、エリの舵取りのお陰なのだろう。


「もし、何かあったとしても、

 オレがエリをちゃんと守るから」


思わず口をついて出たが、『何か』って……。そもそも、守らないといけないような事があるのか謎だが。


「……うん。

 ありがとぉ……」


なんで、こんな意味不明なキザな言葉にツッコミもせずに素直に頷けるのか。空気を読めるというか、大人というか、何にしてもやっぱり、居心地が良い。本当にココロから守りたいと思った。そういえば、空気を読めとおふくろさまに言われたが、まだまだだと自己反省しきりの一日となった。


「こちらこそありがとなっ……。

 エリ……」


「うん」


この会話中に、またしてもエリの上に数字が現れてアクションをしていたが、慣れと決心の瞬間の雰囲気を壊したくない思いで、意図的にスルーした。さっきまでとは違い、エリと秘密を共有できているという優越感にも似た感情と大切な探し物が見つかったような嬉しさと、少しの達成感がこみ上げた。


 黄金のデートコースを離れ、生活感溢れる人が行き交う見慣れた商店街を横目に、県営住宅群を抜け、角を2つ曲がるといつもの帰り道に合流した。いつもと何も代わり映えのしない道だが気持ちが高揚しているせいか全くの別世界に見えた。そんなほのぼのとした温かい気持ちで帰路を楽しんでいると、ボクの横を歩いていたエリが急に立ち止まり、遠慮気味に指を差した。


「あの親子はどう?

 数字見える?」


そう言われるがまま、指先を目で追った。車道の向こう、反対側の歩道でベビーカーを覗き込んでいる若い女性とベビーカーのちょうど真上に例の数字が浮いて回っていた。


「うん、浮いてる……。

 なんで?

 なんで分かった?」


「分かったんじゃないの。

 ただ歩いてる人とかじゃなくて

 何かリアクションしてる人の方が

 数字が出てるんじゃないかと思って……」


「そっか……。

 リアクションね……」


ぼ~っとその親子を傍観していた時、さらに、ボクらとその女性らの間を、少し飛ばしたバイクがすり抜けた。目で追うと、手前の車線を走行していたその原付バイクは、信号に捕まった。すると、停車した直後に例の数字が現れ、薄紫色の数字が減算した。続いて乗用車が2台、そのバイクの後ろに着いた。バイクの後ろの乗用車は何も変化は無かったが、その後ろ、3台目に停まった赤いワゴンからは数字が現れ、薄紅色の数字が減算した。先頭のバイクは何もしていなかったが、3台目のワゴンには女性が乗っていて、何やら後部座席の荷物を漁っているようだった。気付くと、奥の中央車線側には大型トラック1台とスポーツタイプの大型バイク、乗用車の3台が次々に信号待ちに追従していた。その先頭のトラックの上にも例の数字が回っており、薄紅色の数字が減算したが、後ろ2台は何も起きなかった。信号が変わり、原付は直進し、大型トラックは右折したが、その時には、数字は消えていた。


「手前の車線の先頭に居たバイクは、

 薄紫色の数字が減算した。

その後ろの車には変化はなかったけど、

その後ろの赤いワゴンには女性が乗ってて、

薄紅色の数字が減算した。

奥の中央車線側の先頭に居た

大型トラックから現れた数字は、

 薄紅色の数字が減算した。

 その後ろ2台の車には変化はなかった。

 どれも、細かい数字は

確認できなかったけどさ。

 エリはやっぱ見えてないよね?」


「うん。

 それにしても、

紫が減ったり、ピンクが減ったり。

訳わかんないね」


「だろぉ」


「これじゃ~眠れなくもなっちゃうね」


「そうなんだよっ」


「たかゆき、私には想像もできない様な

 自分会議してきてたんだろうね……」


「ははっ、大袈裟だなぁ。

 でもさ、経験が絶対的に足りてないから

 ただの理論づくめの頭でっかちさっ。

 まっ忘れる事も多いし、

 言うほど物知らないし。

 それに、理屈っぽくなっちゃうんだよな~。

 下手したら屁理屈になる。

 だからちょっと敬遠されたり、

 面倒臭がられたりね。

 変に気を遣ったり、遣われたり……」


「そう感じてたんだ。

 ……なんだか、淋しいね」


「ま~ね、でも慣れたよ。

 身を守る術を憶えたと言うか……」


「もっと早く、

 こういう話し聞きたかったなぁ~。

でも、

これからは一人で悩まないで、

ちゃんと私には本音で話してね。

約束だよっ」


「あっ……。

 うん。

ありがとっ」


幼なじみだった同い年の女の子がボクを置いて大人になって行く。そんな取り残され感を感じつつもどこか嬉しい自分もいた。


「いこっか」


「うん」


他にも歩行者や行き交う自動車があったが、ここで数字が見えたのはその4人だけだった。


「なんだか、軽く免疫できちゃったな……」


「ふふっ」


バイクとトラックに気を取られたせいで、ベビーカー親子も居なくなっていた。日常、何処にでも、誰にでも起こっているであろうこの事象。それが具体的に具現化して見える事自体が不思議であって、その事象自体は珍しくもなければ、特別な事でもない。……たぶん。見え始めたきっかけ、時期、そして数字。これらには、ちゃんと意味があるはず。帰ったらもう一度、お浚いをしてみよう。


 5分程歩くと、なだらかな坂が出てくる。その坂をさらに5分程上ると、エリの家とその先にボクの家がある。ふと気付くと、2階建てのエリの家が見えるとこまで来ていた。ちょっと洋風で真っ白な壁にオレンジの屋根の洒落た家だ。ついでにその先にはボクんちも見えている。あ~昭和してるな~うちは。『ザ…瓦』って感じだ。この近所で浮いて見えるのは、もちろんエリん家だ。と言い切りたいところだが、逆の意味でボクん家も浮いている。いや、沈んでる?当たり障りのない外観の家が建ち並ぶ中、昭和と平成、それぞれを象徴するかのような個性的な家に、ボクは満足してるが、エリは全く意識すらしてない感じだ。


「着いた……」


「うん……。

 着いちゃったね……」


その言い回しに、自分に都合よく『残念』という感情を重ねた。それにしても、こんなに近くに居るのにこの物足りなさと淋しさときたら……。完全に惚れた側の感情だと、経験の無い恋愛感情に対する独断で想いに浸っていた。


「たかゆきっ。

 夜、たかゆきんち行ってもいいかな?

 今日の事、おさらいしてみない?」


なんと神のようなお言葉だ。青天の霹靂だ。

一瞬にして顔が満面の笑みに変わったのが、

自分でも容易にわかる。


「もっ、もちろんいいよ。

 そうできたらとオレも思ってたんだ」


「じゃ~、シャワー浴びて、

 夕食済ませたら行くねっ」


「あぁ、待ってる。

 ってか、電話くれたら迎えに行くよ」


「ふふっ」


「何?」


「1分もかかんないよっ。

 この辺明るいから大丈夫だよっ。

 でも……、ありがとっ」


「だよ……なっ」


「うんっ」


「じゃ~、待ってる」


「うんっ。

 後でねっ」


「うんっ。

 後でっ」


こんなやりとりの間にも満面の笑みが消せない……。きっとそんな感じだ。エリを送り届けて……、という大層な距離でもないがボクも帰り着いた。玄関を開けると、『ただいま』より先に


「おかえりなさいましぃ~~~」


おふくろさまが満面のにやけ顔でお出迎えだ。うわぁ~~聞く気満々だ……。目も耳も全開だ……。小動物を狙う女豹状態だ。当たり前か、ボクの顔を見れば誰でも良い事があったに違いないとあからさまにわかる。そんな顔をしているんだろうから。ってか、何で帰ってくるのがわかったんだ。帰る時間は言ってなかったのに……。オンナの勘ってやつだろうか……。恐ろしい……、魔女めっ。後からエリが来ることを告げると何も言わず、しかし、おもいっきり当てつけがましいにやけ顔ですぐさま、お風呂の準備をしてくれた。良くおわかりでっ。気の効くおふくろさまだ。部屋に入るなり、デート仕様を解除。自分の部屋にふさわしく、いつもの自分に帰還した。

暫く、今日の余韻に浸っていると


「こぉ~らぁ~」


と思いっきり耳元で、しかも小声というより、

もう息に近い生温かい風が不意を付いた。


「うわっ少々びっくらこいたっ

 ノックぐらいしろよ~」


浸っていた心地よい回想から、全身の鳥肌と共に呼び戻され、ある意味一番きつい拷問のような呼び起こされ方をした。


「3回……」


「3回?」


「ノック、

 3回を3回。

 ちゃ~んとしたわよぉ~。

 極小さく……」


「3回も?

 ってか極小さくって……」


「まぁ~あっ。

 文句あるのぉ~?」


「べ~つにっ」


「あらまぁ~。

 にくったらしい子ねぇ~。

 お風呂流してこようかしら~」


「おいおいおいっ……。

 わかったよぉ~。

 ごめんなさいでしたっ」


「まったくぅ~。

 頭の中はさぞ綺麗なお花畑なのねぇ~」


とおふくろさまからの温くも的を得たお言葉。

おっしゃると~りで。ってかっ……人間、年を取ると勘がするどくなるのかっ。それとも都合のいいとこだけ目が肥えるのか……。いやっ、やっぱ魔女なのかっ……。ボクとおふくろさまの中では、大抵の秘め事は秘密にはならない。


「でっ、なに?」


「何ってぇ、

 お風呂湧いたわよぉ。

 さっきからどんだけ叫ばすんじゃいっ」


「えっ、もう湧いたの?」


「もうってぇ、

 15分ず~~~っとお花畑?

 まったくぅ、お幸せなことで~。

 羨ましいですことぉ……。

 早くお入んなさいなぁ~。

 エリちゃんくるわよぉ~」


おっと……だった。エリが来るんだった。


「わかってるよぉ~すぐ入るよっ」


このやり取りに満足したのかおふくろさまはご自分の部屋へとご帰還された……。まっ、夕食とってくるって言ってたからまだ時間はあるだろう。それにお風呂も入って来るだろうしなっ。お……お風呂……。あっ、ばかっ……おさまれ! オレ様っ。両手をズボンのポッケに突っ込んで、気持ち前屈みでお風呂に向かうボクをあのおふくろさまが見逃すはずはない。電話を切る音と同時に猪突猛進なオーラ全開で参上仕った。


「うわっ」


「こら~。

 うわって何よ~」


「何でいつもタイミングがいいんだよぉ~」


「それはっ愛よっ。

 あ~いっ」


「ははっ」


空笑いするボクに、弱点をみつけたおふくろさまが、先制口撃をしかけてきた。


「あ~~~らっ。

 気の早いことでぇ。

 風呂場でおいたはやめてねぇ~」


なっ……デリカシーのかけらもない。


「何のことだよっ。

 腹がいてぇ~のっ」


あっ……、しまった。おふくろさまに悦楽チャンスを与えてしまった。無視して風呂に向かうべきだった。すでに後の祭り……。


「ど~~~らっ。

 みせてごらぁんっ」


やっぱき。た……ってか来ないはずがない。この千載一遇のチャンスをあのおふくろさまが逃すはずがないっ


「少々のことならぁ~

 このマザーズゴッドハンドで

 治してあげるわよぉ~」


ニコニコしながら酔って来る……。あ~ちょっと違うがあながち間違っても無いか、このテンションは……。


「まっ………まぢ怖いから。

 やめれっ、おふくろさま」


「な~に遠慮してんのよぉ~~~。

 あなたが小さい頃はぁ、

 ほとんどこれで治したんだからぁ。

 大丈夫よぉ~。薬いらず、医者いらずの

 ありがたぁ~い能力よぉ~。

 ささっだしなっせ、だしなっせ」


明らかに楽しんでる……、ボクで……。


「まぢ、きもいからいいってぇ~」


「まぁつれない子ねぇ~。

 母親の唯一の楽しみぃ、

じゃなかったぁ

 能力を奪うなんてぇ。

この親不孝ものぉ」


はぁっ? 能力? しかも親不孝? そんなに? これは親孝行の一貫なのか? そう考えると、それはそれでなんか複雑だ。って言うか『楽しみ』って言ってたし……。


「まっ……、また今度お願いするわっ」


「しょ~がないわねぇ~。

 今日は見逃してあげようかしらぁ~」


やっぱ楽しんでる。ってか、ボクもまんざらでもないのかも……。もしかしてマザコン?

いやっ断じてそれは無い……はず……。


「ほいっ。

 これぇ~」


とおふくろさまがバスタイルを投げてよこす。間髪入れずに次が飛んでくる。


「これも無かったからぁ、ほいさっ」


と石鹸も投げてよこす。人間って凄い。ある程度のことなら、咄嗟のことでも判断が出来るようだ。ボクの照準は、意識的であろう無意識で後から飛んでくる石鹸に合った。迷いが無かった分、なんなくキャッチ。ところが、おふくろさまがにんまりしている。


「はうあっ」


まんまとしてやられた。ちゃんとキャッチできている……。バスタオルも……。ボクの下半身は帽子掛けかっ何気にバスタオルの弾道も目標物にぴったりだったし。恐ろしやおふくろさま。やっぱ魔女に違いない。


「イエェ~スッ」


と、おふくろさまが、満面のしてやったり顔で凱旋。その頭上には数字が回っていたが見届ける気になれなかった。そのまま意気揚々と台所へとご帰還なされた。


「ちゃぁ~んと洗ってから

 湯船に浸かるのよぉ~」


と勝利の雄たけびにも似たお優しいお言葉が台所から響いた。


「子供かっ」


独り言のように呟いたが


「子供よぉ~」


とちゃんと返事が返ってきた。全く反論出来ない。しかも地獄耳……魔女めっ。ボクは、この一連のやりとりで恥ずかしいやら、悔しいやら。しかもこのまま放置かいっ。いや、いぢられるよりはましか。ほぼ毎日こんな感じだ。ストレスではないが決して楽しみでもないっ……。こともなくもないか。ん?……、結局どっちだ……。


「あっそうそう。

 今日はお風呂で本を読むのは

 おやめなさいね~」


「なんで?」


「エリちゃんを待たせる気?」


「だった………」


「でも、逆上せない程度に

 ちゃんと温まってきなさいな~」


「はいはいっ」


「はいは一回っ」


「は~い」


「返事はっ………」


「伸ばさないっ!」


「まったく~、

 何回言っても聞かないわねぇ~。

 ゆっくり浸かって、さっさと上がるのよ~」


もうワケがわからんっ……、こともないか。

それにしても全てがおふくろさまのペースだ。

この家は、言わばおふくろさまの聖域、サンクチュアリだ。ん~聞こえは良いが、実際はあり地獄的な感じだ。何度も言うが、だからと言って不快ではない。なにはともあれ悦楽のバスタイム。お風呂場でやるべき事を一通りこなし、温めのお湯で満たした湯船に浸かってお気に入りの歌を口ずさみながら極楽フィニッシュと洒落こんでいると


「へぇ~。

 たかゆき、歌上手いんだぁ~~」


「サンキュ~………………………

 ん?」


「…………。」


「ん?」


「………」


「んんっ?」


「………」


「!!!」


絵に描いたような『間』を経て風呂場が南極?北極?どっちでもいいが、とにかく凍った。


「エリちゃん………。

 なんでそこにいるのかな?」


声が上擦るとはこういうことか。……テレビの世界だけだと思ってたが本当にこうなるんだ~ってのは今はどうでもいい。


「な……なんで、そこにいんのっ?」


「あれ? 

 おかぁさんに聞いてないの?

 うちの両親、今日結婚記念日だから

 夜は二人で外食ど~ぞって言ってあったの。

 両親が家を出た時ね、

 ちょうどおかぁさんと鉢合わせて

 その話しをしたら私の夕食は

 うちでど~ぞって誘ってくれたらしくて。

 お言葉に甘えてそ~させてくださいって

 なったみたいでさ~。

たかゆきんちで

 夕食を~みたいなメモがあったの。

 それを読んでる時、

ちょうど電話がきてね

 おかぁさんが

なるはやでおいで~って言うから、

 速攻、シャワー浴びてきたんだよ~~。

 そしたら、ちょうどいいから

 お風呂覗いておいで~って。

 いいもん聴けるよって……えへっ。

 てっきり大好きな本とかの

 朗読が聞けるのかと思ったら、

 予想以上にい~もん聴けちゃったぁ~」


全部、おふくろさまの計画通りかっ。あのからみは時間稼ぎの小細工かいっ。魔女めっ。


「エリちゃん……。

 もう出たいので、

 居間で待っててくれるかな…」


「え~。

 別に私はいいよぉ~。

 早く出なよぉ~。

逆上せるよぉ~」


……んっ。……なんか、おふくろさまとノリが似て来たな……。


「からかってるだろっエリっ。

 そっちがその気なら本気で出るぞっ。

 このまま一糸まとわず出るぞっ」


「はいはいっ。

 わかりましたぁ~。

 でも逆上せないなら、

 まだゆっくりでもいいからね~。

 私はゆっくりしとくから~」


「あっ……。

 いやっもう上がるよ。

 待ってて」


「わかったぁ」


おふくろさまとボクのやり取りを見てて憶えたんだな~きっと。ボクの扱い方とあしらい方を……。差し詰め、おふくろさまの愛弟子と言ったところか。でも、不思議と嫌じゃない……。ん~~。やっぱボクにはMっ気があるのかな~。そう自分会議をしながらドアを開け、バスタオルに手を伸ばすと


バスタオルを手渡された……。


「サンキュッ。

 ………………………んっ?」


手渡された?


手渡されたっ!!!


???っ。


なにっなにっ。


「はうあっ」


あまりの出来事に一瞬で固まった体は、金縛りのように、自分の意思では動かせなかった………。そんな状況の中、一点をじ~~っと見つめながら


「えへっ。

 か~わいっ」


とエリちゃんがのたまった。


エリちゃん?


何でしゃがんでそこにいらっしゃるんだい?


今は居間にいるんじゃなかったのかいっ?


おっと、くだらないダジャレが


言葉になってなくて良かった……。


わけがないっ。一糸まとわず仁王立ちなんですけど。しかも、我がご子息は臨戦態勢に至らずですからそりゃ~かわいいでしょうよっ。何これ……。何のバツゲームっすか神様……。どうリアクションをとればいいんすかっ?亀さまっ……はボクの方か……。神様………神様のいぢわるっ。


ま~エリちゃんも、

言いましたね確かに……。


「はいはいっ、わかりましたぁ~。

 でも逆上せないなら、

 まだゆっくりでもいいからね~。

 私はゆっくりしとくから~」


「私はゆっくりしとくから~」


「私はゆっくりしとくから~」


………うんうんっ。


心地よいリフレインだ。


『居間で』って言ってないもんね~~。


『ゆっくりしとく』って


ちゃんと言ってるもんね~~。


有言実行だよね~。


ボクはボクで


「あっ……いやっもう上がるよ。

 待ってて」


って確かに言ったね~~。


『待ってて』ってしっかり言ったね~~。


『居間で』って言ってないよね~~。


言われた通り待っててくれたんだもんね~。


褒められても、怒られる筋合いはないよね~。



……ってか……絶対に確信犯だっ。どんだけ短時間で、理解から行動までもってくんだ。いろんな意味でふらふらしてきた……。と……自分会議中ですから、今もまだ出しっぱなしのようです……。すっぽんぽんぽんですっ。既に、現実逃避行です。さすがに空気を読んでくれたのか、


「この責任はとってあげるね」


……ありごとうございます。て言うか……、その台詞は男が言う台詞でしょ~よっ。にっこにこのエリ殿が頭上に数字を従えたまま退場つかまつるのを羨望の眼差しで見送った。

あんな優越感味わってみたい……。薄紅色の数字が減ったのが見えたがそんなことが『そんなこと』で片付くくらい、どっと疲れた。

風呂から上がって疲労感を感じたのは初めてだが……。顔が緩んでいる……。冷静になってくればくるほど恥ずかしさの津波が怒涛のごとく押し寄せてくる中、その波を楽しむ、ぎこちない金槌サーファーな自分に気づいた。

うれしいのか……ボクは……。いやっそんなはずは……。でもっ……、この気持ち……。

まっい~やっ。気を取り直して、ドライヤー当てて、腰巻タオルからパンツに履き替えて、Tシャツを着ると、近場にお出かけのときに着るちょっと洒落たおきにのスエット上下が置いてあるのが目に付いた。あっ……そ~言えば。下着だけ持って来てたんだっけ……。

じゃ~これは……はぁ~~。おふくろさまには敵わないなぁ~~。この時ばかりはさすがに素直に感謝した。まっ、着る物以前に、生まれたままの姿を見られましたけど。親としてどちらが恥ずかしいか天秤にかけたのかただ、面白い方を選んだのか、ボクの性格を逐一把握して、要所要所はちゃんと母親になるもんな~。だから頭が上がんないのかもな~。

と反省と感心と感謝とちょっとしたグーな気持ちで、バスルーム……風呂場を後にした。

バスタオルをひっかけて居間に入ると、おふくろさまは普段通りご機嫌だった。こういうとこで恩着せがましいことをしないから、ボクも気楽なのか……。


「おふくろさま~、さんきゅっ」


自然と口から出た。


「あっちょ~ど良かったぁ。

 これ持って行ってちょ~だいなぁ~」


といつもの調子で取り皿を手渡された。エリもぱたぱたと手伝ってくれている。そこには、デートの時とは違う見慣れたエリの姿があった。凄く感じのいい光景が目の前で繰り広げられている。


「たかゆき~。

 それ持ってってくれればいいから。

 後は座ってて~」


エリが大人に見えて、嬉しいやら寂しいやら……。さっきの一大事は何だったんだってくらい普通にしている。必死に平静を装っているのか、本当に大したことじゃないと感じているのか全く分からない。やはり小悪魔だ。

魔女と小悪魔の夕飯の支度……今夜は何を食べさせられるんだろうか……。


「……おうっ。

 さんきゅっ」


皿を片手に冷蔵庫を開くやいなや


「コーヒー牛乳、

 今テーブルに置いてきたよ~」


と、行動丸読まれ。


「おうっ。

 気が利くじゃんっ。

 って……あ~、おふくろさまか」


「うんっ。

 ゆっくりしてて~」


「ほ~いっ」


テーブルに取り皿を置いて、お言葉に甘えて、コーヒー牛乳片手に居間からパタパタな二人を見ていると、ほんわか幸せな気分になった。

コーヒー牛乳を飲み終わる頃にいつもの食べなれたおふくろさまの手料理が次々に運ばれてきた。


「エリが来てるのにいつもと同じかっ」


そう悪態をつくと


「あらっ失礼ねぇ~。

 ちゃんとご馳走出してるでしょぉ~」


「そ~よっ。

 たかゆき~。

 ご馳走じゃな~い」


改めて並べられた手料理を見るに普段と何ら変わりない。やっぱいつもと変わんないじゃんっ……。声に出すのは止めた。2対1じゃ200%勝ち目は無い。周知の返り討ちにあうのは明白だ。勿論、タイマンでも勝てはしないが……。


「たかゆき~、わからないの~?

 たかゆきはいつも、

 おかぁさんにもてなされてるんだよ~。

 気づかなかったの~」


その言葉にはっとした。一瞬、親鳥から餌をもらうひな鳥が頭を過ぎった……。顔から火が出る思いがしたが


「たかゆきはまだおこちゃまなのよぉ~。

 エリちゃんっ、たかゆきを

これからもよろしくねぇ~」


「は~い。

 おかぁさんっ」


おふくろさまの言葉に、深く落ち込まずにすんだ。


「だれがおこちゃまじゃっ」


「あなたよっ」

「たかゆきっ」


「……くそぉ」


二人して即答だった。しかも息ぴったりにまるかぶりで。一応悪あがきはしてみたが、鼻で笑われて終わりだった。まったく女性って生き物は……。軽い自己嫌悪が、感心する想いに流されて心地よかった。久しぶりにこのシチュエーションでの食事。否が応でも話に花が咲いた。ほとんど、ボクの過去の失敗談だったが……。美味しく楽しい和やかな食事を終え、おふくろさまとエリが後片付けをするのを呆然と見ていたら、そこはさすがに怒られた。


「今の世の中、男女平等っ。

 たかゆきも自分の茶碗くらい

 片付けなさぁ~い」


「へぇ~いっ」


「ふふっ」


一通り片づけを済ませてエリと二人、ボクの部屋に上がってきた。エリがボクの部屋に入るのは三回目だ。ただ、高校生になってからは初めてだ。お互い軽く緊張してるのが伝わった。そんな中、


「たかゆきぃ~、エリちゃ~んっ。

 今すぐ開けてぇ~」


おふくろさまが、すぐさま紅茶とケーキを持ってきた。すざまじいタイミングだ。しかも今すぐって何だ?その割には、な~んもからまずに普通に置いて部屋を出た。調子が若干狂うが、タイミングは絶妙だった。おふくろさまの勘はするどい……。というか、女の勘?経験則? 魔女? やっぱ大人なのか……。頭が下がる……。お互い幼馴染とはいえ高校生。しかも風呂上りの食事後。そういう雰囲気に呑まれる可能性は高いわけで……。残念なような助かったような……。残念8で助かりましたが2ってとこか……。不思議とイラッとはしなかった。お陰で微妙な雰囲気は一変して、いつもの二人に戻れた。


「おいしそ~。

 食べよっ」


「えっ?

 まだ食えるの?」


「女の子には別バラという

 素敵な機能があるのだっ。

 えへへっ」


と嬉しそうに、イチゴのショートケーキをほおばったエリが無性にかわいく見えた。そこにはいつもの幼馴染のエリがいた。そこでふと気付いた。おふくろさま、わざわざ用意してくれてたんだ……。さんきゅっおふくろさまっ。胸のうちで礼を済ませた。


「おいしっ」


「ほんとに別バラなんてのがあんのな?」


「うんっ。

 いいでしょ~」


「ぜんっぜんっ。

 なんならオレのもやるよ」


「ほんとっ?」


「あぁ」


「なぁ~んてっ。

 そんなに入りませんっ」


「遠慮いらね~ぞっ」


「ほんとだよっ。

 この1個が至福なのだぁ~」


「そんなもんかねぇ~」


「そんなものですっ」


「ふっ」


「あ~。

 今、鼻で笑ったなぁ~」


「とんでもないっ。

 普通に笑っただけだよっ」


「ふ~んっ。

 そういうことにしといてあげようっ」


「ありがとうございます……」


「えへっ」


「でもさぁ、

 やっぱエリにも見えなかったなっ」


「そだね。

 昨日たかゆきが話してくれた

 『見えるようになるきっかけ』は

 私にもあったんだけどな~」


「え?

 エリやっぱ本気で失恋したの?」


「うん」


「まぢっ? 相手………誰?」


「えへっ。

 気になる?」


「当たり前じゃんっ」


『幼馴染なんだから』……と、今までならなんの躊躇もなく続けられた言葉をボクは飲み込んだ。そうじゃないことに、わずか今日一日で気付かされたからだ。


「気にしてくれるんだぁ……」


「正直……、今は昨日までとは違う意味で

 凄く気になる……」


「えっ?」


「で……、相手……。

 オレの知ってるヤツ?」


「……ごめん、たかゆき……。

 今は言いたくない……」


そう言うとエリはフォークを置いた。なんとも微妙な空気が漂い始めた。


「そっか……。ごめんごめんっ。

 話が逸れたなっ。本題に戻そうっ」


「うん」


いつもなら、こんなに素直に謝れないのだが、今日は、考えるより先に口に出た。お陰で、重苦しい沈黙に包まれずに済んだ。


「見えるようになったきっかけから考えると、

 やっぱり、精神的なショック……。

 みたいなものなのかな……」


「今のところ、それが有力だよね。

 メンタル的な刺激が

何かしら影響してるのかもしれないね。

 でも私には見えなかったから、

 ほんとのとこ、どうなんだろっ」


「人によって違うのか……それとも、

 そもそも、オレにしか見えないのか。

オレ、小さい頃から

 色が付いて見えるって言ってたじゃん」


「うん。

 そうだったね」


「そういう体質なのかなぁ」


「人に灯る色と現れる数字の色は、

 同じ色なんだよね……。

色はそのままで、

数字という具体的なカタチが

現れるようになった。

 なんか……進化してるっぽいね。

まだ、変わって行くのかなぁ」


「全く、想像つかないなぁ……」


「そうだよねぇ……」


「色づいてた時も、最近見える数字の色も、

 感じるものも同じなんだよなぁ……。

 そう考えると、

やっぱり意図してることは同じで、

 単に情報が増えたことになるよなぁ……。

 でも何で今なんだ……」


「何か意味があるのかなぁ……。

 もしかしたら、あまりにもたかゆきが

 気付いてくれないから

 ヒントを出してくれてるんじゃない?

 ふふっ」


「おいおいっ……」


「ふふっ。

 でも、今回、今まで色だけだったのが

 数字も見えるようになったのは

 ただ単に、きっかけのせいなのか、

それとも、何かの意志に寄るものなのか。

これからの展開次第で分かるかもね」


「かもな~。

 今は、情報が少なすぎるもんなぁ」


「たかゆき的には……。

 その失恋って相当なことだったのぉ?

 今までで一番……って位の……」


エリの一言一句を自分に都合のいいニュアンスに置き換えて聞く自分に改めてエリを意識していると感じた。


「いや……。

 自分から行動して失敗したとか

じゃないから、そこまではないかな。

 まぁ、凹んだというよりは

 後悔の方が大きいかな……今朝までは」


「今朝まで?」


「うん」


「………」


ボクが言いたい事をわかってくれたのかニコニコしてそれ以上突っ込んでこなかった。


「今日のことを踏まえても、

 常に浮いているわけじゃなくて……

 何かの拍子で出現してるはずなんだよなぁ」


「うん。そんな感じだね。

 しかもそれは、全ての人に

 起きている事象だよね、きっと。

 ただ、それを見ることが出来る人と

見ることが出来ない人がいるだけ。

 とは言っても、今は見えてるのは

私達が知る限り、たかゆきだけだけどね」


「だね……。実際今日も色々見えたけど、

 エリもそうだけど、他の人にはやっぱり

 見えてなさそうだったし……」


「うん……。

 それに、やっぱりたかゆきには

 出てこなかったんでしょ……。

数字も、つるぷりんちゃんも」


「うん……」


「自分のは出てこないのか、

 見えないだけなのか………。

 謎だらけだね………」


「だなっ。

 まだ、オレ自身に出てくれば

 比べようもあるというか、

 推測しやすいんだけどな~」


「そだね~。

 で、数字も色違いで裏表一体だったっけ」


「うん。

 色の違う二種類の数字。

 表裏一体でそれぞれ何かしら

 リンクしてる感じがしたんだけどな……」


「リンクかぁ……。

 確かに表裏という形だけじゃなくて

 関係性が表裏を意味してそうだよねぇ……」


「うん。あの数字から感じるものが

 全く正反対な印象を受けたしね……。

 薄紅色の数字は優しい温かい感じがしたし、

 薄紫色の数字は禍々しいというか

 嫌な感じがしたんだよな~」


「そうなんだ~」


「うん。

 直感だけどね」


「直感って意外と当たるからね~」


「悪いこと程、良く当たる……」


「そんなこと言わないでっ」


「へいへいっ」


「回ってることにも意味があるのかな?

 止まったら大変なことでも起こるとか……」


「どうだろう……。

 動いてる以上は、

 何かしらの意味はあるとは思うんだけど。

 今はさっぱりだねっ……」


「うん」


「そんでさっ。

 これは関係ないかもだけど、

 なんとなく懐かしい感じがしたんだ」


「懐かしい?……」


「うん……」


「どうしてだろうね……」


「わかんない……」


「だよね……」


「でも、パニックにはならなかったんだ」


「いつものように冷静に客観的に……。

 そんな感じ?」


「うん」


「たかゆきはさぁ、びっくりするほど

 冷静で客観的になるもんね」


「ははっ……。

 おっしゃる通りで……」


「ある意味、心配もしてるんだよぉ~」


「なんで?」


「癖みたいなものだから

 しょうがない部分もあるだろうけど

 たまに、たかゆきは感情を無意識に

 押さえ込んでるんじゃないかって……」


「……そう見えてたんだ……」


「うん。たまにね……

 最初のころは感情表現が

 苦手なんだろうな~って思ってたけど

 それだけじゃなさそう……」


「ただの現実逃避だよっ」


「それだけじゃないよきっと……

 あっ……ごめんねっ。

気にしちゃった?」


「ううん。

 良く見てるな~と思って」


「そりゃ~ねっ」


「えっ?」


「あっ……」


少しだけ赤らんだ顔で目を逸らすエリにボクの方が余計、動揺した。


「と………兎に角、

 気づいたことは全部書き出してみよう。

 思い出せること全てさ………」


「もすもす?さっきから私が書いてるの

 見えてないのかにゃっ?」


明らかな照れ隠しすらわざとらしくないとこが余計かわいい。マイ手帳を広げて、今までの経緯だろうか、たくさん綺麗な文字が並んでいた……が、ボクには前かがみで書くエリの胸元の方が気になって目が離せずにいた。落ち着け如意棒、落ち着け如意棒……。と呪文を唱えまくった。何で今までこんな素敵な情景に気付かなかったんだと自分の注意力のなさを反省した。


「あっ……。

 まぢで気づかなかった……。

 さっすが~頼りになるっ」


いろんな意味で本音だ。


「もぉ~。

 調子いいんだからぁ~」


今の二人の状況は、完全にボクが想像するカップルの会話とリアクションだ。自然と顔がにんまりする。普通に目を見てするごく自然な会話。ふとしたときに目が合うと照れてうつむいてしまう。完全にお互いを意識している反応だ……。と信じたい。そして視線が自然と胸元に……。これぞ普通の高校生なんだと正当化しながらほんの少しの罪悪感から目を背けた。


「じゃ~数字の増減はどう思う?」


ボクは恥ずかしいやら、どうしたらいいのやらでいかにもな口調で話を振ってこの照れくさい空気を濁した。


「数字の増減の意味……。

 今までので共通点って

 何か思い当たることある?」


「共通点……共通点……無いな~。

 ただ、いくつかは『何か』が

起こってたね……。

 お婆ちゃんの時は『親切』、

 今日は……『事故』……

 あのカップルもそうだったよね

 あれアクシデントといえば

 アクシデントだもんな…

 オレらも階段から落ちたし……

 でも、その後の運転手達には

 何も起こって無かったよな……」


「そうだよね……。

 運転手さん達には何も特別なことは

 起きなかったよねぇ……」


「……うん。特には……。」


「『親切な出来事』、

 『事故』、

 『アクシデント』そして

 『階段からの落下』……

 『親切な出来事』の時は確かぁ、

 お婆ちゃんは、

 薄紅色の数字が減ったんだよねぇ。

 その時、女の子は、

 薄紅色の数字が増えた……。

 その時は、どちらも薄紫色の数字に

 変化は無かったんでしょ……」


「うん」


「なんだかややこしいね」


「確かに……」


「ピンクが減ったり増えたり、きっと、

 紫も減ったり増えたりするんだよね」


「たぶんね」


「絶対にきっかけがあるよね」


「あるはず」


「あう~」


「ははっ」


「どう? 今浮いてない? 見てみてっ」


「どうしたの急に? 浮いてないよ」


「思いっきり……困ってみたの」


「困って?……ははっ……。

 相変わらず天然だな~」


「あぁ~。

 言ったなぁ~~」


「ははっ。

 褒めてるんだよっ」


「えぇ~。

 なんか複雑~~」


「だってオレ、天然大好きだし……。

 あっ……」


「えっ……」


しまった……口が滑った。また真っ赤な沈黙に包まれた……


「いやっ……、そういう意味じゃ……」


「えっ?」


とエリの複雑な表情に少し焦った。


「いやっ……だから……その……」


いろんな想いが迷走し困惑していると、それに気付いてか


「えへへっ……ありがとっ。

 今日のとこは素直に喜んでおいてあげよぉ」


と笑って見逃してくれた。まただ。また大人の階段を先行された。恥ずかしいやら心地いいやら、『早く男らしくなれ』と自分を急かすように言い聞かせた。朝から全く成長してないのが残念でならない。


「で、他になにかある?」


「う~ん……」


「…………。」


「…………。」


ほんの1~2分の沈黙だったがボクら二人には目まぐるしい思考回路の奔走が起こっていたことでひらめきの糸口を見つけるためにえらい長い道のりを走ってる気がした。


「あ~~~っ。

 全っ然わかんないっ」


先にギブアップしたのは意外にもエリの方だった。


「だろ~。

 オレが昨日考えて

 寝れなかったのがわかるっしょ」


「うん。

 わかるっわかるっ。

 どう考えても想像の域を出ないもんね~」


「あぁ……。

 ポムポム……。

 あれ絶対に生き物だった……。

 走っていなくなったってことは、

 まだどこかにいるんだよね……」


「そうだねぇ~。

 どこ行ったんだろうね。

 見てみたいなぁ……」


「うん。

 オレだって見せたいよ……。

 透明感があって……、

 ガラスっぽくてきれいな感じなのに

 直感的に柔らかそうな感じがした……」


「そうなんだ……」


「色も、覚えてる限り、

 みんなバラバラだった。

 エリのはピンクだった

 色は、出てきた人間によって

決まるのかな」


「どうだろう……」


「まとめてみると、分かったことは、

 2色の色づく現象の代わりに、

2つの数字が現れるようになったこと。

 その数字の色は、前の色づく現象の時と

 同じ色だということと、

それから受ける感覚も同じだということ。

 今までのたかゆきの経験上の憶測では

 薄紅色は良いイメージで

 薄紫色は負のイメージ……。

 それが増減する、何かの拍子に

 表裏一体で回ってるってこと。

 同時につるぷりんちゃんが出てきて

 走り去って消えること。

 そのつるぷりんちゃんの色は

 今のところ、統一性は無いということ。

 増減する数字と色とつるぷりんちゃん……

 なんじゃこりゃって感じだね。

 ふふっ」


お手上げという感じでエリが笑って見せた。


「でも、分かんないことだらけだけど、

 相談できる相手がいると、

やっぱ気が軽くなるし、何より楽しい」


「そだねっ。

 確かに楽しい。

 でも、それは、たかゆきとだから……」


「だよなっ……

 ………………………えっ?」


思いっきり油断してた為、赤面一直線だった。

今日は、顔面の血管がどっかきっと切れてる。

そのくらい、顔面への血流が激しかった。


「かわいいっ、たかゆきっ」


「かっ……からかうなよ……。

 エリ、おふくろさまに似てきたぞっ」


「きゃ~嬉しいぃ~~~」


「はあぁ? 壊れた? 大丈夫?

 どこに嬉しさを感じるんだ……」


「おかぁさん、美人だし面白いじゃないっ。

 普通に嬉しいぃ」


「美人? まぁ~何十年か前なら

 その台詞許せるけどさ~

 今はもういろんな意味で

魔女だよ、魔女っ」


「ひっど~いっ。

 何言ってんのぉ~。

 綺麗だよおかぁさん、色気もあるし。

あんな大人な女性になりたいなぁ~」


「うおっ。

 なんとなく複雑だ……。

 けど、エリならなれるんじゃねっ」


「えぇ~~。

 超嬉しいぃ~~。

 楽しみにしててねっ。

た~か~ゆ~きっ」


ボクには、もう赤面を通り越して天狗級の殺し文句に相当する。なんとも陳腐で意味不明な表現だ。ってか、エリってこんなだったっけっか?ボクが気づけなかっただけだろうか……。美人だしかわいい、性格も良いし、スタイルだって高校生とは思えない。……なんかこの表現の仕方、観察力や洞察力に乏しいおっさんみたいだ。今までの、この恵まれたエリとの環境をどんだけ無駄に過ごしてたんだと自己嫌悪にすら堕ちそうだ。まったくもってもったいないっ。ま~でも、今回の件を機にかなり近づけたし結果オーライか。と、ここで疑問が出てきた。エリって今まで彼氏がいた記憶がない。本当に居なかったのか、ボクが知らないだけなのか……今更聞く勇気は無い。思いっきり気になるが……。


「もしもぉ~~~~しっ。

 聞いてますかぁ~~~。

 帰っておいでぇ~~~」


「あっ……。

 ごめん……。

 なんだっけ……」


完全にお花畑にトリップしていた。


「もうっ。

 耳からお花が咲いてるぞぉ」


「げっ。

 おふくろさまと同じこと言ってる」


「だって見えるもんっ。

 お花ぁ……」


「…………。」


「おかえりっ。

 精一杯頑張って帰ってきたねぇ~。

 お花畑からぁ」


「ただいま戻らせていただきましたっ」


「改めてぇ~。

 おかえりなさぁ~いっ」


とエリが笑ってお出迎え。その笑顔は反則だ。どストライクだ……。にしてもかわいいなぁ~~いかんいかん、またお花畑に向かうとこだった……。


「でっ……。

 何だったっけ……」


「まったく~~。

 教えてあ~げないっ」


「えぇ~~。

 ごめんってばぁ~~」


「えへへ~~。

 またこ~んどっ」


「ちぇ~~」


「ふふっ」


「でも……こんな非日常的で、

 非科学的なことに遭遇してるのに、

 大騒ぎする気分にはなれないんだよなぁ。

 何でだろ。何か微かに懐かしさというか、

 安心感というか……」


「そうなんだ……」


「うん……。

 もしかして、

 過去に何か関係があるのかな。

 前世とかいうレベルで。

 偶然じゃないような、

そんな気がする……」


「必然って感じるの?」


「ま~、

 そんな格好いいもんじゃ無いけど……。

 何か繋がりがあるような……」


「そっか~」


「うん……」


コンコンッ


「なに?」


「たかゆき~、そろそろエリちゃんを

 送っていきなさいな~。

 もう10時過ぎよぉ~。

 ご両親が心配するわよ~」


「えっ?」


見ると時計は10時10分。


「あっ。

 エリごめんっ。

気づかなかった」


「大丈夫だよ、たかゆきっ。

 ここに居るの知ってるから

心配してないよ」


「そっか。

 でも、もう今日は送ってくよ」


「いいよ~。

 すぐそこだしっ大丈夫っ」


「いやいや、

 一人で帰らせようもんなら、

 おふくろさまにオレが締め出される」


「ふふっ。

 じゃ~お願いしよっかなっ」


「おうっ。

 是非そうしてくれっ」


「ふふっ」


「また、話しような……」


「うんっ。

 しよっ」


「おうっ」


「おかぁさんっ、

 遅くまですいませんでしたぁ。

 お食事とデザート美味しかったですっ。

 ありがとうございましたっ」


「またいつでもおいでぇ~」


「は~いっ」


このおかぁさんという言葉と敬語のアンバランスさは、いつになっても聞き慣れないが、おふくろさまもボクもエリもエリの両親も、不自然さを感じていないのが不思議だ。聞き慣れないだけで、慣れてはいるのか。訳が分からんっ


「じゃ~、送ってくるわっ」


「エリちゃんに何かあったら

 あっしが承知しないよぉ~。

 しっかりお勤め果たしといでぇ~」


「ふふっ」


エリから社交辞令じゃない笑みが零れた。


「わかりましたっ。

 身命を賭して、

任務を遂行してまいりますっ」


「よぉ~しっ、良く言ったぁ~。

 それでこそ私の息子でごあすっ。

 行ってらっしゃいなぁ~」


「はいよっ。

 ってごあすって……」


「ふふっ。

 か~わいっ」


そう言いながら、小さくエリが笑った。はぁ~疲れる……ってこともないか……。玄関を出ると、いつもより明るい夜空に二人同時に空を見上げた。


「満月……」


「うわぁ~、おっきぃ~~」


「凄いね……。

 スーパームーンだっけ、今日………」


「スーパームーン?」


「うん。

 地球と月が一番近づいたときの

 満月か新月のことだよ」


「相変わらず博識だね~。

 スーパームーンかぁ、素敵だね。

 そんなこと知ってるたかゆきがっ」


「えっ」


昼間……とまではいかないまでもこの明るさに少々不自然さを感じる中、エリのフェードアウトした言葉がボクの頭の中でこだました。


「それにしてもっ……、

 たかゆき優しいんだぁ~」


意表を付かれたせいで、エリが何言ってるのか、訳が分からなかった。


「えっ?

 普通送るでしょ」


「ち~が~う~のっ。

 おかぁさんに優しいなぁってことっ」


「おふくろさまに?

 どこが?」


「い~のい~のっ。

 たかゆきはそのままでいてねっ」


とエリが笑った瞬間、どこから来たのか、目もくらむほどの閃光がボクらを包み込んだ。不快な轟音と共に全身に衝撃が走った。横を見ると、今までボクの隣に居たエリがボクの2メートル程後ろに横たわっていた。


「エリッ」


エリに駆け寄って顔を覗き込んだ。微動だにしないまま浅く呼吸はしている。驚愕と動揺が愕然に変わる間もなく、次の瞬間。エリを抱き寄せようとしたボクの目の前に例の数字が現れていた。今までと何ら変わったところもなく、慌しくもなく、重苦しくもなく、今までと同じようにゆっくりと回転していた。しかし、次の瞬間、目を疑う変化が起きた。


「ゼ……ロ……。

 ゼロって……、

 ゼロってなんだよっ……」


おふくろさまが血相変えてこっちに走ってくる。意識の無いエリを見据えながら体から意識を吸い上げられる感覚の中意識が強制的に遠のいた……。


「ゼロって……


 どういう……


 意味……


 だよ……」


吸い込まれるように堕ちる漆黒の中、ボクは様々な過去を遡るように垣間みた。これが走馬灯というものなんだろうか……そう冷静に客観的に傍観したまま、さらに暗く深い淵へと吸い込まれて堕ちていく感覚に意識が遠のいた……。


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