19 授与式準備
アンジェ様達との話が終わり母親とマリーと一緒に部屋を出る。
明日はオレの授与式で明後日にはクレイン様達は王都に向かう。その次の日はオレとサムデイル様は砦に向かう。
短い時間で準備を整えないといけないな。王都と砦に服や私物を持って行くものを分けないといけないな。他にする事は……。
「おーい!トルク殿」
殿付けでオレを呼ぶのはモータルさんだ。どうしたんだ?
「料理長が呼んでいるから来てくれないか?」
準備をしようと思ったのに出端を挫かれた。何の用だよ!……料理の事だよな。料理長がオレを呼んでいるんだから。
母親を見て行って良いか聞く。
「準備があるから遅くならないようにね」
「それから今日の晩御飯が何か聞いてきて」
なるべく早く帰ってきます。それから献立を聞いてくるよ、食いしん坊のマリー。
二人と別れてモータルさんと厨房に行く。
「すまないね。聞きたい事があるみたいで」
厨房に着くと珍しくカシムさんもいる。どうやらカシムさんと料理長が話している。
「おお!トルク殿、久しぶりです。お越しいただきありがとうございます」
……いつの間にかオレに対する言葉が丁寧語になっている。どうして?
「この度は騎爵位を受けるとお聞きしています。おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「今後とも料理のご指導をお願いします。貴方の考えた料理が私達には必要なのです!」
……そうか!今までは平民の使用人だったから普通の対応だったけど、爵位を受けたら身分が違うから簡単にはオレに話せなくなるのか。
男爵家では身分差は気にしないで平民と仲良くしていたが、伯爵家では身分差があるから色々と大変なのだろう。
「今まで通りで構いませんよ。爵位を受けてもオレ自身は特に変わりませんから」
偉くなったと思っていないからな。どちらかと言うといきなり年上の人から敬語で喋られて背中がムズムズする。
「ではまた料理を教えてくれるのですね!」
「教えるのは厨房で料理を作りながらで良いですよ」
「おお!ありがとうございます。では早速教えてください。ギョウザなのですが中の材料に甘い物を入れてお菓子の様にしてみてはどうでしょうか?お茶に合う料理になりませんか」
……確かに果物やナッツを入れた餃子は有るらしいがオレは食べた事無い。
料理長とモータルさんとギョウザの具について会議をしていると、料理長を呼ぶ声が聞こえる
振り向くと伯爵家執事長とレオナルド様、マーナさんとミーナさんが居る。料理長が目を輝かせながら嬉しそうに顔で二人に近づき話す。
「この子達がマーナちゃんとミーナちゃんか。母親にそっくりだな?おじさんの事と覚えているかな?まだ子供の時に一回しか会った事が無いからわからないかな?」
料理長がマーナさんとミーナさんの両親の知り合いなのか?
話を聞いてみると、料理長の弟がマーナさんとミーナさんの両親の親友で料理長もすこしだけ面識があるらしい。
マーナさんとミーナさんの父親は元々伯爵領に住んでいて、料理長の弟と一緒にバルム領砦で働いたときにマーナさんとミーナさんの母親と会い結婚したそうだ。
その後、バルム砦で暮らしていたが母親の両親への親孝行を理由に村に引っ越したとの事。
その話を聞いて疑問が二つ。
一つはバルム砦には普通の平民の子供が住んで良いのか?
二つ目はどうしてマーナさんとミーナさん達は村八分されたのか?
一つ目の疑問はレオナルド様が教えてくれた。バルム砦は大きくて兵達の食事を出してくれる料理店、武器を販売・修理をする鍛冶屋、日常品を売って居る雑貨屋、兵達のストレス発散の為の酒場などがある。砦に住んでいる住民は兵士の家族もいるし、傭兵ギルドの人間もいる。店を維持する人達の家族も住んでいて砦といっても町のようになっているらしい。
二つ目の疑問は料理長も詳しい事はわからないらしい。弟なら知っているだろうと言っている。
マーナさんとミーナさんは料理長の弟に会いに行きたいと言っている。家族で付き合いがあったらしいから砦に行きたいと言っているが。
「弟はこっちに来るって手紙に書いている。近いうちに来るだろう。それまで私の家でゆっくりしてくれ」
「ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」
「なに良いって事よ」
料理長の話が終わり、オレはレオナルド様に授与式のマナー講座を受ける為に連れて行かれた。
部屋に入ると侍女さん達が服を持って待っている。服を着替えて騎士の制服に着替える。大人向けの服だからオレにはブカブカだ。
侍女さん達が服を調整してオレに服が合うように縫いとめる。
「このマントを着てみよ」
レオナルド様がオレにマントを渡す。あれ?これって祖母が縫っていた布に似ている。
「お前の祖母が縫っていたマントだ」
お婆様、ありがとうございます。
侍女さん達が制服を調整して再度服を着る。今度はそこまで大きくない。
「この状態で作成します。子供は大きくなるのが早いので直ぐに丁度良くなるでしょう」
お願いします。侍女さん達。
調整した服を合わせる為に侍女さん達は部屋を出る。特急で明日の朝までには仕上げるそうだ。
「騎爵位を受けたらお前の名前に称号が付く。トルク フォウ バルムだ。フォウは騎爵位を受けた者に付く称号、バルムは所属している領地だ。トルクはバルム伯爵家の騎士になる」
……男爵家の騎士ではないの?
「お前を守る為に男爵ではなく伯爵の方が良いと判断したのだ。一年後にはまた名前が変わるだろう。今度はトルク ルウ バルムだな」
伯爵様が養子にするって言っているからな。
「それから自己紹介のときは「バルム伯爵家の騎士トルクと言います」だ。もしくは「トルク フォウです」で良い。所属している領地を聞かれたらバルム領と答える。書面での名前を書く時にはトルク フォウ バルムと書く。覚えておくように」
了解しました。キチンと覚えます。
その後、レオナルド様と一緒に授与式の作法を確認してあっという間に夜になった。レオナルド様と一緒に食堂に向かう。
食堂にはマーナさんとミーナさんが侍女服に着替えて仕事をしている。どうして?
レオナルド様がマーナさんを呼んで料理を注文するついでに聞いてみる。
「人手が少ないので侍女の仕事を手伝っています。料理長には許可を貰っています」
二人は働き者だな。良い嫁さんになれるよ。あ!ミーナさんに絡んでいる男が居るよ!注意をしないと……。
「誰だ!オレの友人の子に手を出す馬鹿は!食事を没収されたいのか!」
いきなり料理長が厨房から出てきてミーナさんに絡んでいる男の食事を没収した。……絡んだ男は料理長に謝っている。
料理長がいるなら問題ないな。あ!料理長が今度はこっちに来た。
「マーナ!大丈夫か?変な男に絡まれていないか?レオナルド様、トルク殿。マーナとミーナは心配ありません。私が責任をもって二人を守ります」
「それよりも料理長、厨房はいいのか?」
「男爵家から戻ってきたモータルとイーズが居ますから大丈夫ですよ」
「そうか。料理を頼む」
「お任せください。トルク殿に研究の成果を見せましょう」
そういって厨房に戻る料理長。周りを見渡すと今日の献立はパンと野菜スープとハンバーグの様だ。どんな風に研究しているのかな?
「トルク、砦の事を少し話そう。先程話したがバルム砦には騎士や兵士の他に鍛冶屋・雑貨屋・医療所・食堂・酒場・ギルドなどが有り、それに働く者達も砦で暮らしている。砦の人口は……兵は一万人位居るだろう。砦で働く人間やその家族、兵の家族を合わせると砦の人数は二万人位と聞いている」
結構、砦には住んでいる人がいるな。砦で働くと儲かるのかな?爵位持ちの人も家族と一緒に住んでいるのかな?
「爵位持ちの者は百人もいないだろう。爵位持ちの家族も砦にはほとんどいない。何故だか分かるか?」
「……危険な砦に家族を住ませたくないからですか」
「それもあるが領地に家が有るから家族を呼ばないだけだ。それに上層部の者達は砦の危険性を感じているから家族を砦に呼ばないのだろう」
危険ってなんだよ。
「バルム砦は難攻不落と言われている砦だ。何十年も帝国から王国を守っているがそれが当たり前になっている。砦が有れば大丈夫という事が王都では当り前になっているらしい。その結果が今の状況だ。兵の人数が減り、魔法の使い手も少ないらしい。回復魔法の使い手もバルム砦は難攻不落だから居なくても良いだろうと言っている。前は兵の数は二万以上居て魔法の使い手も多く、爵位持ちの騎士も多かったのだが……」
何十年も帝国から守ってきた砦だからか。長い年月で少しずつ兵の数が減らされて今の状況なのか。
「ヤバくないですか?」
「それが王都の貴族達には分からないのだ。サムデイル様が王都で兵の数や魔法兵を頼んでいるが、あの方は中立派だからな」
「中立派?」
「貴族院の派閥だな。戦って帝国を滅ぼす戦争派、帝国と話し合いで戦争を止める和平、その間の中立派だな。サムデイル様は中立派だが和平派よりだな」
「バルム砦には戦争派・和平派とどちらが多いのですか?」
「……私が居た時は和平派が多かったが今は戦争派が多いらしい。この数年、帝国からの嫌がらせが増えて帝国に恨みがある者が増えているからな」
帝国の嫌がらせか。確かに色んな事をされたからな。領民を洗脳して同士討ちをしたり、暗殺者に狙われるし、スパイを領内に侵入されて悪事を働くし。
そういえばクレイン様とレオナルド様は何派かな?
「私やクレイン様はサムデイル様と同じ中立派だ。話を戻すが現在の砦は大半が下級兵で、下級兵を指揮する上級兵、その上級兵を指揮する騎爵位を持つ者と言う構成だ。トルクは爵位持ちの騎士だから上級兵を指揮できる。お前の下に付く部下は洗脳されていた兵達だ。彼らは上級兵で戦争経験者でもある」
「良いのですか?私は子供ですよ。子供の部下なんて嫌でしょう」
「お前は兵達の命を救った恩人だ。感謝をしても嫌とは思っていない。トルクが兵達の洗脳を解いたのだ。みんなトルクには感謝しているぞ」
しかしオレと一緒に砦に行って戦争に参加する羽目になるからな。貧乏くじ引いてると思うよ。
「それから砦の責任者はサムデイル様の親族で上級騎士だ。頼りになる方だぞ」
上級騎士……確か王都出身の者達が多く、普通の騎士よりも権限が有り、王国の為に働く騎士だったよな。
「元々、城勤めの王宮騎士だったのが派閥争いで負けて上級騎士としてバルム砦の責任者になったらしい。詳しい事は私も分からない」
左遷された人?本当に大丈夫なのか?色々と心配になってきた。砦も王都も貴族達も。
本当に大丈夫なのか?左遷で砦にきた責任者も、そんな事を命令する上層部も、それを良しとする王族や周りの人間も。
「お待たせいたしました。夕食を持ってきました」
マーナさんとミーナさんがオレ達の夕食を持ってきた。二人共ありがとうございます。あれ?量が多くない?
「私達も一緒に食べて良いですか?」
あ!二人も今から夕食ですか?オレは良いよ。でも周りの男達の視線が痛い。二人共綺麗だから嫉妬の視線が……。料理長の視線が一番怖い……。
「私は問題ない。では冷めないうちに食べるか」
レオナルド様って周りの視線が気づいていないのか、気にしないのか、無視しているのか平然としている。
周りの視線を無視して四人で食事をとる。野菜スープ……鶏ガラにニンニクの風味と野菜の甘い匂いがするな。美味い!
ハンバーグもソースと合って美味しい。トマトケチャップの酸味と甘味が合って男爵領で食べた物よりも美味いかもしれない。流石はプロの料理人だ!
「トルクが考えた料理を元に作ったものだな。このハンバーグはとても美味い」
「このハンバーグも美味しい!」
「ソースが違いますね」
「……どうした?トルク。難しい顔をして。美味しくなかったか?」
三人がオレの顔を見る。難しい顔をしている?そんな顔をしたつもりではないのだけど。
「……いえ。美味しいのでこの料理のレシピがほしいと思って」
「トルク殿に褒められて嬉しいですね。私の料理はどうですか?」
おや、料理長がオレ達のテーブルに来たよ。
「うむ、素晴らしい料理だ」
「とても美味しいです」
「男爵家で食べた料理よりも美味しいと思います」
「……ニンニクを油でいためて風味を出しその後、鶏ガラでスープを取って野菜を入れて塩で味付けをしたのですね。とても美味しいスープでした。鶏ガラだけじゃなく他の野菜と一緒に煮込んでスープにすると味に深みが出て良いかもしれません。ハンバーグソースはピザのトマトケチャップを基として使ったんですね。ハンバーグと一緒に煮込んだら美味しいですよ」
「……まだ改良の余地があるのですね。明日こそはトルク殿を美味いと言わせます」
いや十分美味かったよ。料理長は笑顔から真面目な顔になり厨房へ速足で戻る。料理長が居なくなりテーブルが静かになる。
「トルクの料理の基準がおかしいのは知っているが、この料理にもダメ出しが出るのか」
「私もおかしいと思います」
ミーナさんもオレを見て頷く。マーナさん、おかしいって料理の基準?それともオレ?
食事を終えて部屋に戻る。部屋には母親とマリーが居る。やっと戻ってきたよ。
「ただいまー」
今日は色んな事があったな。洗脳された兵に襲われ、賊に襲われ、アンジェ様が怪我して回復魔法を使って、伯爵領で砦行きが決定し、エイルド様達を説得して、精霊共の馬鹿話を聞き、レオナルド様から授与式のマナーを教わり、大変な一日だった。
ようやく一日が終わる。後は寝るだけだ。
「お疲れ様、トルク。準備はどう?」
「お兄ちゃん、お疲れ様」
母親とマリーが労う。部屋についてベッドに腰掛ける。このまま横になりたいが寝間着に着替えないと。
「今日は色々あって疲れたよ」
「ねぇ、トルク。本当に砦に行くのね」
母親がオレに尋ねる。
「行かないと駄目だよね。サムデイル様から直々のお言葉だよ。命令を聞かないと罰せられるよ。オレだけじゃなく母さんやマリーも連帯責任で罰せられる可能性も……」
「トルク!砦に行くと言う事は戦争に参加するのよ。私の兄も参加して死んでしまったわ。あの悲しみは忘れない。私はトルクに戦争に行ってもらいたくはないの!」
「でも……」
「私の事はどうでもいい!トルクはどうしていつも私達の事を思って勝手に行動するの。私は貴方の母親なのに貴方の負担にしかなっていない。貴方は勝手に男爵家に行くし、やっと会えると思ったら怪我で死にそうになる。今度は戦争に行く!どうして私はあの時にトルクの代わりに私が行くと言えなかったの!貴方が死ぬかもしれないのに……」
泣きながらオレを責める母親。マリーはオレと母親を見ながらオロオロ。どうしよう。
「……私が貴族に強制的に村から連れ出された事はトルクも聞いた事あるでしょう。その時思ったの。貴族には逆らえないと。逆らって周りの人が不幸になるのが耐えられなかった。私は貴族の言う通りに言いつけを守って自分の心を守ったわ。そうでなければ心が死んでしまいそうだった。自分の心を殺して諦めて、貴族達の嫌な事も無茶な命令だって聞いたわ。貴族に逆らったら何をされるか分からないから」
母親が貴族のせいで不幸になったのは知っている。そして苦労しているのも理解しているつもりだった。でもオレが思っているよりもずっと苦労していたみたいだ。
「クレイン様やアンジェ様は平民に優しくとても人間的にも良い貴族だわ。でも私は怖いの。貴族や上位の人間というだけで怖くなる。無茶な事を言って罰せられるかもしれない。ふとした事で何か言われるかもしれない。アンジェ様がそんな事を言うとは思わないけど怖いの!クレイン様が暴力を振るわないのは分かっているけど駄目なの!怖いの!」
……心に凄い傷が残っていたのか。全然気づかなかった。母親がアンジェ様と一緒に笑いながら世間話したり、クレイン様と話したりしているのが演技だったのか?
「サムデイル様が貴方を砦に行かせるって言って、私は無意識に諦めの境地に入っていたわ。子供を守るよりも自分の心を守ってしまったの!私は自分の子供を守る事が出来なかった!どうすればいいの?」
涙を流しながら泣く母親。どうすればいいんだ?
こんな状況のときは……全然思いつかない。前世の経験を活かして……このような状況は記憶にないよ。
「サムデイル様が娘を助けてくれると言って私は嬉しかった。他の貴族とは違うと思っていた。でも貴方が戦場に行ってしまう事になってしまったわ。サムデイル様に逆らって娘を助ける事が出来なくなるかもしれない。トルクも戦場に行かせない様にする事も出来ない」
……どうしよう。泣き崩れる母親を見ていると母親が近づいてきて抱きしめられた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
……マジでどうしよう。母親に抱きしめられて動けないので首だけマリーの方を向いて助けを頼もうとするがオロオロしている。これでは助けを頼む事は無理だな。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
母親が力尽きるまでオレとマリーは呪いの様な謝罪を聞き、二人で母親をベッドに寝かせたあと倒れるように寝た。
……明日はきちんと起きられるかな?
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




