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精霊の友として  作者: 北杜
四章 男爵家使用人編
86/276

17 バルム領内の砦

PV 178,000アクセス突破。もう少しで200,000アクセス!

ユニーク 30,000件突破しました。

「トルクをしばらく貸してほしい」


真剣な表情でサムデイル様がみんなに言った。


「どういう意味ですか? トルクは王都に行く予定ですよ?」


アンジェ様がサムデイル様に言う。オレは王都に行きエイルド様達のお世話をしないといけないのだ。王都の学校でエイルド様とポアラ様の世話をしないといけない。

サムデイル様は周りを見渡してみんなに伝えるように言った。


「王国と帝国の境界線にある我が領地の砦があるだろう。砦で兵が足りないのだ。今まで何度も帝国が砦を攻めてきたが、地の利も有って撃退出来ていた。だが怪我人が多く戦死する者も増えている。医者も少なく傷で動けない兵も多い。王都で回復魔法が使える者を砦に派遣してもらおうとしているのだが、いつも断られてばかりだ。今回王都に行くのも回復魔法が使える者を砦に派遣して貰う為だった。このままだと砦の兵が少なくなり負けるかもしれない。怪我人の治療ができる、回復魔法が使えるトルクを砦に送りたいのだ」


王国と帝国が戦争しているのは知っている。先日の洗脳された兵達も帝国の魔法使いのせいだ。伯爵様の領地は帝国に近いため帝国兵が領地に入り村を襲ったりしているのも知っている。男爵様の領地もオレが住んでいた辺境の村も帝国兵に襲われたのだから。


「王都からも増援が送られて来たのだが徴兵された平民ばかりで魔法使いは一人もいない。これでは砦が守れないかもしれない」


徴兵された平民か……。前線でおとりにされて敵に殺される捨て石なんだろうな。そして戦死して働き手が少なくなった村は税を納める量が減って悪循環が発生する。


「男爵領の農園で物資は何とかなっているが兵の数自体が減っている。怪我人も多くて治療されなくて死ぬ人間も多い」


この世界の医療技術がどうなっているか知らないが、医療技術は前世の中世レベルなのかな?破傷風の治療は?腹を刺されたら致命傷レベル?そうなると回復魔法でしか重体患者は回復できないのではないか?


「騎士や魔法使い等の増援はもう一つの砦の方だ。王国側から帝国に攻める為に人員が必要だからと言ってもう一つの砦に行った」

「その砦はアイローン伯爵領の砦でしょうか?」

「……そうだリリア殿。アイローン伯爵領の砦だ。アイローン伯爵は帝国を攻める為に増援を出した。そしてその増援には王族が一人いる。なんでも武勲を上げる為に帝国を滅ぼして王国中に自分の名を知らしめる為らしい。その為に王国中から増援が決まり、私にも声が掛かっている。バルム領地の砦よりもアイローン伯爵領の砦に来いと」


アイローン伯爵って確かオレの父親だっけ?どうしてあのクソ親父は迷惑な事しかしない。


「義父上、それは……」

「残念ながら王からの要請だ。ワシも行かなければならない。だからトルクに頼みたいのだ。回復魔法が使えるトルクに砦に行ってほしい」

「何を言っているの! お父様。トルクはまだ子供よ。王都の学校に行くためにここにまで来たのよ。どうして回復魔法が使えるからって戦争に行かないといけないの」

「戦争では何人もの人間が死ぬ。傷を負って治療が間に合わなくて死んでいく……。クレインもレオナルドも経験が有るはずだ。戦争で知り合った人間が死ぬのを……」


クレイン様とレオナルド様は戦争経験者だったな。戦争で人が死ぬのを直で見たんだった。


「回復魔法の使い手が居れば治療が間に合って生き残る可能性がある。戦争で砦の人員も不足している。一人でも魔法が使える人間がほしいのだ」

「トルク一人で怪我人の治療なんて!何百!何千の怪我人を治療なんて出来っこないじゃありませんか」


そんなに怪我人がいるの?それ以前に砦に居る人は何人だ?それに戦争に参加している砦の人間や怪我人はどのくらいの数だ?


「だがトルクが居たら怪我人を治療できる」

「ですが!」

「アンジェ! 砦を守る為に、領地を守る為、王国を守る為に必要なのだ。アンジェ、リリア殿、解ってくれ!」

「リリアさんの気持ちを考えて下さい!子供を戦場に行かせるのですよ!トルクが行く必要は無いではありませんか!」


オレも戦場には行きたくない。母親と別れるのも嫌だし、殺し合いをするのも嫌だ。でも行かないといけないのだろうな。伯爵家の当主が行けと言っているのだ。クレイン様もレオナルド様も母親も反対しない。アンジェ様はサムデイル様の子供だから反対しているが、それは子供の我儘でしかないのだろう。

オレ達下位の人間は上位の人間の貴族の命令を聞かなければならない。


「わかりました。砦に行きます」


オレがサムデイル様に言うとアンジェ様と母親は泣きそうな顔になる。仕方ないだろう。オレが行くだけで死亡する人が減って砦も守れるなら行くしかないだろう。


「すまない」


サムデイル様が頭を下げる。クレイン様もレオナルド様も目を落とした。

この年で戦場に行くなんて……。やっぱり回復魔法をみんなの前で使わなければよかったよ。でもアンジェ様が死ぬのを見ないといけないか。

また同じことが起きてもオレはきっと回復魔法を使うだろうな。


「私もトルクと一緒に砦に行って説明をさせる。トルクを守る兵を用意するし、砦ではそれ相応の身分を用意するつもりだ」

「私もトルクと砦に行きましょう。リリア殿の代わりに」

「……クレイン。お前にはワシの代わりにこの領地を守ってほしい。何かあったら男爵領にも王都にも行ける。レオナルドは男爵領の守りだ」

「ではトルクには誰を付けさせますか?」

「先日、洗脳された兵達はどうでしょうか? 彼らはトルクを知っていますし恩を感じていますので、その兵達にトルクを守らせてはでどうでしょう?」


レオナルド様がオレを守ってくれる兵の候補に洗脳された兵達を挙げる。……オレの知っている人達だし洗脳も解いているから問題ないな。再度洗脳される事もないと信じたい。


「トルクが砦に居る期限はどのくらいでしょうか?」

「……最低でも半年、トルクが学校に通うまでには王都に戻させる。すまないが我慢してくれ、リリア殿」


母親が伯爵様に期日を聞くが最低でも半年、長くて一年か……。男爵家の一年はあっという間だったが、今度の一年は長くなりそうだな。


「わかりました」

「リリアさん! いいのですか? トルクが戦場に行くのですよ? 子供を戦場に行かせるなんて!」


アンジェ様が母親を責める。子供を戦場に行かせる母親を責めるが仕方がないだろう。オレと母親は平民だ。貴族の言う事を聞かないといけない。それに。


「サムデイル様には私達の為にいろんな事をしてくださっています。クレイン様やアンジェ様にも私やトルク、マリー、母親を助けて頂いています。私も娘を助けるためにはサムデイル様の力が必要です。出来ればトルクの代わりに私が戦場に行きたいです。ですがそれは無理ですし許さないでしょう」

「当たり前です。女性が戦場に行くなんて」

「私やトルクは平民です。私の兄も徴兵されて戦場に行き、戦場で怪我を負って亡くなったそうです。私もトルクには戦場に行かせたくありませんが、死亡する人が減れば兄のような人が無くなるかもしれません」


……うちの親族に伯父が居たのか。四人兄弟だったんだな。初めて聞いた。オレって親族の事を知らなかったんだな。まあ、教えてもらおうにも村八分されていたし、母親や叔父からは聞く雰囲気じゃなかったからな。


「トルクが回復魔法を使った時、最悪の状況を考えていましたが私が考えていた状況よりもまだ良い方です」


どんな状況を考えていたんだよ! お母様!これよりも悪い状況って……結構思いつくな。確かに最悪の状況じゃないな。護衛の兵は居るし、伯爵様が身分を用意するって言っているし、長くて一年戦場で怪我人を回復するだけの仕事だ。考えてみたらそんなひどい仕事ではないのではないか?

食事の心配はないだろう。寝る所もある。仕事は奥の方で怪我人の治療。戦場の断末魔や悲鳴が聞こえるがオレが前線に出る必要はないだろう。問題は仕事量だな。きっと何百・何千の怪我人を見る事になるのではないか。オレ一人で大丈夫か?


「トルク! 貴方は戦場に行くのよ! なに諦めた顔をしているの! 行きたくないなら言いなさい。私が皆を説得するわ」


アンジェ様が母親の説得を諦め、オレを説得にかかった。諦めた顔ってなんだ?とりあえずサムデイル様に今度の仕事内容と職場環境を聞く。


「サムデイル様、砦では食事と寝る所はありますか?」

「……食事は用意される。寝る所はお前の安全の為に入口に護衛が居る部屋を準備するつもりだ」

「私がする仕事は怪我人の治療でしょうか?」

「トルクには基本的に怪我人を治療してもらう。それだけでよい」

「一人で治療するのは大変ですので、他の人に手伝ってもらう事は出来ますか?」

「勿論、お前には何人か部下を付ける。護衛の兵もその中に入っている」


この年で部下が付くなんて偉くなったもんだ。他に質問は……。


「トルク!待ちなさい!貴方は何を言っているの。砦に行くつもりなの?」


アンジェ様が席を立ちオレを責めるが伯爵様の命令だ。オレは諦めて砦に行くつもりだ。母親も諦めているし、クレイン様もレオナルド様も擁護しないから、オレが行けば丸く収まるだろう。


「アンジェ様、申し訳ありません。エイルド様とポアラ様の従者には他の人をお願いします。マリーならポアラ様の従者は出来ると思いますがエイルド様の付き人には誰か他の人をお願いします」

「貴方は砦に行くのですか?」

「サムデイル様の命令ですから」

「お父様の命令ではなく、貴方がどう思っているか聞きたいのです」

「……砦に行って怪我人を治療します。砦を守らないと領地やみんなを守れません」


力なく椅子に座るアンジェ様。オレの説得は諦めたようだ。オレも戦争には行きたくないがこの御時世だ。運が悪いと思って諦めよう。貴族の機嫌を損ねたら大変な事になるかもしれないし。一年間の我慢だ。


「すまない、トルクの安全は私が責任をもって対処する」

「義父上、それではお願いがあります。トルクに爵位を与えて頂けますか?男爵家からの騎爵位ではなく伯爵家からの騎爵位をお願いします」

「クレインはそれで良いのか?」

「トルクが守れるなら」

「分かった、レオナルドは爵位授与の準備を頼む」

「分かりました。準備を進めます」

「リリア殿、」

「……分かりました。トルクの事をお願いします」

「すまない、トルクの事は出来るだけの事をする」


全員の意見が纏まったところで今度は出発日を聞かないといけないな。


「砦への出発はいつですか?」

「三日後だ。クレイン達が王都に行った後に砦に向かう。私とトルクで砦に行ってその後アイローン領の砦に向かう予定だ」


三日後か……。準備が必要だな。その後、サムデイル様の指示でオレと母親とアンジェ様は部屋から出た。

この後、サムデイル様、クレイン様、レオナルド様で話し合いをするようだ。部屋から廊下に出たらアンジェ様が話しかけてくる。


「トルク! 本当にいいの? エイルド達やリリアさんと別れて砦に行くのよ?」


アンジェ様の必死の表情にオレは少し嬉しく思った。こんなにも思われているなんて知らなかった。


「何を笑っているの!死ぬかもしれないのよ」


少し顔がほころんで怒られる。


「すいません。アンジェ様に心配されて嬉しく思いました。こんなにも心配されて私は……」


言葉が出ないです。でも安心してください。必ず帰ってきます。あれ?視界が暗くなる。母親に抱きしめられている?恥ずかしいから放してくれないかな?


「ごめんなさい、トルク。ごめんなさい」


大丈夫だから。出来れば離してほしい。息が出来ない!そろそろ限界!タップして何とか母親の抱擁から離れる。


「では私は準備をしますので失礼します」

「待ちなさい! 今から私達と一緒にエイルド達の所に行くわよ」


……そうだよね、エイルド様達にも説明しないといけないよな。オレ達はエイルド様がいる部屋に向かった。

部屋に入るとエイルド様、ポアラ様、ドイル様、マリーが出迎える。


「トルク! やっと戻ってきたか。お爺様からお褒めの言葉を貰ってきたか? それとも褒美か?」


明るい声でオレに話しかけるエイルド様。しかし、オレ達の表情は暗い。それを感じたドイル様がアンジェ様に言った。


「お母様、どうしたの?」

「トルクはお父様の頼みで王都ではなく砦に行く事になりました」


その言葉に子供達の表情が変化する。驚いた顔をしてオレ達を見る。


「どうしてトルクが砦にいくんだ?オレ達と王都に行くのだろう?

「トルクは戦争に参加するの?」


エイルド様とドイル様がオレ達に質問する。母親とアンジェ様は伯爵様達の話し合いの内容を話した。


「トルクは回復魔法が使えるから砦に行って怪我人を治療する任務を受けました。王都には行かずに砦に向かいます」

「砦の任務期間は長くて一年くらいです。エイルドとポアラの従者ですが他の者になります。だれか貴方達が推薦する者はいますか?」

「ちょ、ちょっと待って!どういう事ですか?トルクが帝国と戦争している砦に行く?どうして?」

「回復魔法が使えるので砦の怪我人を治療する為です。リリアさんが言ったでしょう」

「トルクは王都に行かないのですか?お母様」

「王都には行かずに砦に行きます。エイルドとポアラの従者は出来ません」

「……どうして黙っていた! トルク!オレに内緒で何をしている?」


待ってよ! エイルド様。オレもその話を聞いたのは今さっきだよ。相談も何も出来ないよ。


「先程の話し合いで決まった事です。エイルドに話す暇は無いでしょう。貴方はどうしてトルクに当たるのですか!」

「ですが……」

「この件はお父様が決めた事です。トルクは私達と王都に行きません」


アンジェ様にきつく言われて黙るエイルド様。オレを見て怒って部屋を出て行く。きっと伯爵様に直談判しに行ったのかな?


「トルクは平気なの?砦に行くんだよ?戦争に行くんだよ?」


ドイル様がオレに向かって言う。腕を掴んで離さない。確かにオレは砦に行くが……。


「私は後方で怪我人の治療をするだけです。サムデイル様から護衛の兵や部下を付けてくださります。危険は少ないでしょう」

「でも! 戦争に行くんだよ?どうしてそんな平気な顔をしているの?」


平気な顔だったか?ドイル様から掴まれていない腕で顔を触る。……いたって普通の顔だ。特に問題ないだろう。


「……本当なの? お母様、リリアさん」

「本当です。貴方の婚約者は王都には行かずに砦に行きます」

「どうしてそんな許可をお爺様は出したの?」

「……伯爵家の、ひいては王国の為です」

「お母様はそれでいいの?」

「……お父様の、伯爵家当主の決定です」


無表情で話すアンジェ様。逆に感情を出して話すポアラ様。いつもとは逆の表情だな。そんな事を考えている場合じゃない。ポアラ様を説得しなければいけないな。


「ポアラ様。アンジェ様は最後まで反対をしましたが、私が砦に行くと決めたのです。砦が落ちたら帝国が伯爵領や男爵領を攻めて人が死んだり畑が焼かれます。そんな事をさせない為にも私は砦に行こうと思います。それに」


バシッ! という音が部屋に響く。頬が痛い。ポアラ様に泣きながらビンタされたようだ。どうして叩かれた?

あ!今度は泣きながら部屋を出た。伯爵様に直談判かな?

頬が少し痛い。今思えば異性に泣きながら叩かれた事は生まれて初めてだな。少し心が痛い。

あ! エイルド様が部屋に戻ってきた。


「ポアラが泣きながら部屋を出て行ったかどうしたんだ?」

「ちょっと……」

「トルク! 早く姉様の所に行って慰めないと」

「早くいけトルク!ポアラは中庭の方に行ったぞ!」

「お兄ちゃん! 早くポアラ様を追って!」


子供達にせかされてオレは部屋を出て中庭に居るであろうポアラ様の所に向かった。

本当にどうして叩かれたんだ?

……オレが砦に行く事を黙っていたから怒って叩かれた? でも決まったのはさっきだから相談は無理。

回復魔法を使える事を黙っていたから?多分それか……。

母親との約束だから仕方ないが、それでポアラ様が納得するかな?……無理だよね。


誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。

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