閑話 頑張れイーズ君3
僕は思った、伯爵家の厨房はおかしくなったと。変なあの子の指示で夕食の支度を手伝っている。どう考えても普通じゃない。でもみんな嬉々としてあの子の指示に従って料理をしている。
「なんて斬新な料理法だ」
「ここの料理人になって良かった」
「この料理は一体なんだ?」
「料理長が居なくなったからオレ達も料理がやりやすいな」
「全くだ。アイツのせいで腕のいい料理人が首になったりしたからな」
「それだけじゃないぞ。歯向かった奴は裏の人間を雇って利き腕を折ったらしいぞ」
「オレもその話は聞いたことある。その他にも街の料理店に食材が入らない様にしたとか」
「聞いた事あるぞ。その料理店の娘を手に入れる為にしたんだろう」
「それよりも、この皿を見ろよ。食材で綺麗に飾り付けてあるぞ」
「見た目も美しくて美味しい料理か」
「オレ達がやってきた料理は子供が作ったおままごとみたいなものだな」
「この料理を習いに行くのはイーズとイーズの父親のモータルさんって聞いたぞ」
「その通りだ。モータルさんは料理の腕は副料理長に同じくらいって先代の料理長が言っていた」
「じゃあ、イーズは?」
「そりゃ、トルク殿の友人だからな。アイツは運がいいよ。半年くらい料理を習いに行って帰って来たら料理長補佐の役職にはなれるだろうな」
僕は絶対に絶対に絶対に運は良くないよ。あの子のせいで酷い目に遭っているんだ。絶対に運は良くないよ。
「どうした、イーズ。そろそろ食事を運ぶ用意をするぞ。ぼさっとしないで動け動け」
どうして君は僕の所に来るんだよ。他にも人は居るだろう。
料理を運ぶ準備をして、副料理長達と伯爵家で働く使用人達の料理を作る。今日の夕食は伯爵様達に出したカラアゲなる物を作る。肉を使う料理だから一人一人の量は少ないが初めて食べる料理だからみんな喜んで食べている。みんなが笑って料理を食べている顔を見ているとやっぱり料理人になって良かったと思う。そして好きな人や家族に食べさせたいな。
後片付けをしていると副料理長が声をかけてきた。
「イーズ、明日は休みだ。男爵領に行く準備もしっかりしとけよ」
やっぱり僕は男爵領に行くのか。
「副料理長、僕は伯爵家の厨房で働きたいです。他の人が代わりに行く事は出来ないのですか?」
「なに馬鹿な事を言っている。それならオレが男爵領に行くぞ。寝ぼけた事を言ってないで真面目に料理を覚えて来いよ。帰って来たら料理長補佐になるのだからな。それから私が料理長になったからな」
やっぱり無理か。エリーに何て言えばいいんだ。僕は厨房での仕事を済ませて、待ち合わせ場所に向かった。何て言おうか考えながら歩いていると、待ち合わせ場所には既にエリーが待っていた。僕は男爵領に行く事を伝えようとしたが、エリーが先に喋りだした。
「イーズ、聞いて聞いて。明日だけど、夕方までお休みになったの」
え?
「奥様が明日にアンジェ様とポアラ様と劇を見に行くから私は夕方まで休んで良いって」
そうなんだ。
「じゃあ、明日は街にでも行かないか?僕も明日は急に休みになったんだ」
「本当?じゃあ、明日は街で遊びましょう。待ち合わせの場所はいつもの所ね」
「そうだね。いつもの所で落ち合おう」
それからエリーと話を続けたが僕が男爵領に行く事は言えなかった。明日は必ず言おう。
朝、実家に帰り服を着替えてから人気のレストランで昼食の予約を取ってエリーとの待ち合わせの場所に向かう。
待ち合わせの広場で待っていると声が聞こえた。
「遅くなってごめんね」
「そんなに待ってないよ。あれ、その髪飾りは」
「気づいた?前のデートで貴方に買ってもらった髪飾りよ。似合うでしょう」
「勿論、似合っているよ」
「ありがとう。それじゃ、行きましょ。来るときに綺麗なネックレスがあったの。そこに行ってみよう」
広場から出て商店街の方に向かっていると、エリーが仕事の話をし出した。
「そういえば男爵家のレオナルド様が連れて来たリリア様とマリーちゃんはもう見た?」
リリア様はあの子の母親だよね。マリーって子供はあの子の妹かな?お兄ちゃんって呼んでたし。しかしあの子は二人に似てない気がする。きっとあの子は捨て子なんだろう。赤ん坊の頃に橋の下あたりに捨てられて不憫に思ったリリア様が拾って育てたんだ。
「マリーちゃんと私は名前が似ているでしょう。私が自己紹介した時に名前が似てるねって言ったらね。
「お姉ちゃんもそう思う?」って言われたの。なんだか妹が出来たみたい」
「そうなんだ。確かに二人とも雰囲気が似ている気がするな。二人とも可愛いしね」
「でね、リリアさんって人がとてもきれいなの。奥様とアンジェ様とお茶をしている時に私も見たけど綺麗よ。お子様がいる様だけど、どんな子供かしら?きっと可愛い子ね」
「リリアさんの子供か、きっとリリアさんとは違う子だな。性格は悪辣で陰険な子供だろう。刃物を持ったら猟奇的な事をするに違いない」
「あはは、イーズってば。今日は冗談ばかり言って。どうしたの?」
「職場できつい事があってね。その時思ったんだ、エリーと一緒に街に遊びに行こうって」
本当にここ数日はとても忙しかった。主にあの子のせいで。
「私もイーズに誘ってもらって嬉しかったわ」
「僕も喜んでもらって嬉しいよ」
「こんな日が毎日続けば良いのにね」
「毎日続くよ、絶対に」
その為に絶対に男爵家に行かないようにしないと。
「ねえ、手を繋いでもいい?」
「勿論、いいよ」
「イーズの手は温かいね」
「水仕事で手が硬くて荒れているだろう」
「そんな事ないわ、貴方の手は温かくて優しい手だわ」
「エリー」
「イーズ」
後ろからいきなり声が聞こえた。僕達の甘い会話が聞こえたかもしれない。
「お前達、刺されたくなければ静かにしてそこのその道を曲がれ」
その声は料理長?どうして?
「料理長、貴方がどうして」
「黙って歩け。騒いだら殺すぞ。エリーも黙ってろ」
「は、はい」
僕達は料理長の指示に従って裏路地の方に向かう。震えるエリーの手を握って僕は強気で料理長に言った。
「料理長。僕達をどうするのですか?」
「黙って歩け。理由は後で教えてやる」
刃物を突き付けられて僕は恐怖で黙る。大通りから結構離れ、貧民が住むスラム町の古びた家に連れていかれた。中に入ると明らかに悪人っぽい人達がいた。
「こいつらがお前の言っていた奴か」
「男の方は伯爵家の料理人だ。細工する事は出来る」
「ふん、お前が伯爵家の料理人を辞めたからこんな事になったんだ。手間をかけさせやがって。おい、そこのガキ。お前が伯爵家の料理人だってな」
男が僕に言った。僕はエリーの前に立ち言った。
「そ、そうだ、僕は伯爵家に務めている。何が目的だ。僕達に手を出したらタダでは済まないぞ」
「タダの料理人が何を言っている。なに、お前にちょっとしたお願いがあるんだよ。聞いてくれるなら何もしないさ」
ニヤニヤと笑いながら男はテーブルに小瓶を置いた。なんだ?
「これを男爵様の料理に入れて欲しいんだよ。ただでとは言わねえ。手間賃も出してやる。簡単な仕事だろう。この小瓶の中身は栄養剤だ。ベットでは無敵になれるお薬だ」
周りの男たちがゲラゲラ笑いながら「それはオレも欲しいな」「お前には女が居ないだろう」「親分、オレにも分けてくれよ」と言っている。明らかに嘘だ。そんな物を料理に使うわけにはいかない。ふと、先日のあの子の言葉が頭によぎった。「料理に毒が盛られたら自分たちの責任になる。そんな所では料理は出来ない」と伯爵様達の前で言い切った言葉だ。僕も伯爵家の料理人としてそんな変な物を料理に入れるなんてありえない。料理人にとって侮辱だ。食材を作った人にも申し訳がない。
「だから、これを男爵の食事に入れろ」
「そんな事は出来ません。毒を混ぜるなんて無理です。すぐに見破られます」
「安心しろ。この毒は遅効性で一ヶ月後に熱が出始めていずれ高熱で死ぬ。お前が入れたとは分からない」
「そんな事は出来ません」
「出来なければそこのお嬢さんが痛い目を見るぞ」
「そんな、エリーは関係ないだろう」
エリーを守る為に僕は逃げる方法を考えたが思いつかない。そんな事を考えているうちに男がエリーに手を出してきた。エリーが男に腕を掴まれている。くそっ、このままではエリーが。言う事を聞いたふりをして伯爵様に助けてもらうしか方法がないのか? だが、エリーを助ける為にこいつらの言う事を聞いてもエリーを傷つけるだろう。どうにか出来ないか?どうして僕は料理人になったんだ。騎士になっていれば悪人どもを懲らしめてエリーを助ける事が出来たのに、騎爵位ももらえたのに。
「こんにちはー、ご注文の品を届けに来ましたー」
⋯⋯どうして、君がいるの?
「料理長。命令通りにギルドに行ってきましたよ」
「貴様、何故ここにいる」
何をしているんだ君は。ここは危ないから。それよりもどうしてここに君がいるんだ?
「料理長が教えてくれたじゃないですか。この場所を」
「おい、どういう事だ」
「知らな「料理長がギルドに行けって言っただろう」い。私は何も言っていない」
混乱している僕が正気に戻ったのはあの子が魔法を使って僕とエリーの手を引いて外に出たときだ。
「どうしてここに?」
「お前はエリーさんを連れてギルドか伯爵家に行け。そこで応援を呼ぶんだ。オレが囮になるから。エリーさんを頼むぞ」
「わ、分かった。急いで応援を呼ぶから」
僕はエリーの手を取って急いで傭兵ギルドに向かう。ここからならそんなに遠くはない。大通りにむかって走ると後ろから追手が迫っている。エリーが何か言っているが手を握り締めて急いでギルドに向かった。
ギルドに着くと受付の男性に叫んだ。
「悪人に追われてここに来たんだ。助けてください」
「どうしました?」
「大変なんだ。伯爵様を害する人達がいる。助けてください」
「もう少し詳しく教えて下さい」
「あの子が囮になっているんだ。早くしないとあの子が殺される。だから助けてください」
「えーと、少し声を下げて、ゆっくり説明をしてください」
「僕達は悪人から変な薬を男爵様の料理に入れろって脅されて、エリーに手を出して、脅迫されたんだ。助けてください」
「だから少し落ち着いて」
「そして僕達を捕まえる為に追ってきたんだ。急いで助けないとあの子が死んでしまう」
「お願いだから落ち着いて」
「追手が迫っているんだ。早くしないとエリーが危ない」
「落ち着けって言ってるだろうが、この馬鹿たれが。ぶん殴るぞ」
・・・あれ?頭が痛い?どうして床に寝ているの?
「それで、どうされました?」
起き上がって受付の人を見る。目が笑ってないのにニッコリ笑って対応をしている。雰囲気が怖い。周りが「流石、元C級だ。目にも止まらぬツッコミだ」「あれがツッコミか?」「オレは見えたぞ、ピンポイントで顎を打ちぬいて頭を叩いた」「それで立ち上がれるとはあの小僧すごいな」「半日は寝ていると思ったのにもう目覚めたぞ」「何を言っている。あの速度で正確に狙える方がすごいぞ」「流石は元A級」・・・何だったけ?何を言おうとしたんだっけ?
「私達は伯爵家の者です。申し訳ありませんが至急、ギルド長にお伝えしないといけない事があります」
エリーが僕の代わりに説明をしている。僕も喋ろうとしたが顎が痛くて上手く喋れない。どうして?
「分かりました。少々お待ちください」
受付の人が奥に移動したので僕達はギルド長が来るのを待った。痛みが引いて口が上手く動き出した。何があったのかな?
「申し訳ありません。ギルド長は現在外出中です。ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
ギルド長が不在?こんな時に居ないなんて。
「どうした?ワシに用事なのか?」
声のした方を振り向くとギルド長がいた。どうやら戻って来たようだ。
「初めまして、私はエリー。伯爵家の使用人です。こちらは伯爵家の料理人のイーズです。私達は伯爵様の命を狙う者達に捕まりましたが助けて貰って、ギルドか伯爵家に助けを頼めって言われて来たのです」
「お嬢さん、少し落ち着いてくれ。何を言っているのか良く分からない」
エリーも少し混乱をしている様だ。男の僕がキチンと説明をしないといけないな。
「僕達は伯爵家の料理長に捕まって、伯爵様達の命を狙う賊達に捕まったんですが、男爵家使用人のトルクに助けて貰いました。トルクは私達を逃がす為に囮になり別れましたが、こちらに来ては居ませんか?」
「⋯⋯作戦と違うな。どうなっている?」
作戦って聞こえたがどういう意味だ?そんな事よりトルクを助けて貰わないと。
「お願いですから、トルクを助けて下さい」
「お願いします」
「大丈夫だ。後ろを見ろ、トルクがいるぞ」
振り向くとトルクと男性がいた。確か魔法ギルドのギルド長だ。伯爵家で見た事がある。どうして一緒に居るんだ?
「二人とも無事だったか。良かった」
僕達の無事に安心してあの子は笑う。
「良かったじゃないよ。どうしてあんな無茶をしたんだ」
「エリーさんが居るんだぞ。エリーさんの安全が第一だ」
「でも、どうして君が囮になったんだよ」
「仕方ないだろう。イーズじゃあっけなく元料理長や賊に捕まってしまうからな。お前の運動神経じゃ賊から逃げるのは無理だろう」
確かに運動神経は良くないが子供よりは強いはずだ。
「でも、子供がする事ではないわ。私達のせいで貴方が怪我したら貴方の家族が悲しむわ」
「確かにその通りですが、貴方が怪我をしたら伯爵夫人や伯爵家で働く人たち、イーズが悲しみます。今後は気を付けますので許してください」
「どうして、僕とエリーでは言葉使いが違うんだ?」
この子はオレを下に見ているな。今度、年上の威厳を示さないといけないな。
「⋯⋯さて、ギルド長。少しいいですか」
「どうした?」
「なんだ?」
「無視しないでくれよ」
この子、絶対ワザとやっているだろう。
「賊と元料理長はどうなりました?」
「とりあえず、ワシの部屋に行こう。ギルドの入り口で話す事ではないからな」
僕の主張は無視され全員でギルド長の部屋に向かった。部屋に入り席に座った所で傭兵ギルド長が説明をしてくれた。料理長は捕まえて牢屋がある伯爵家に護送中、賊達も捕まえている最中だという事だ。良かった、これで安全だ。
しかし、あの子が僕達と別れた後の行動が凄いというか酷かった。賊に追われながら建物の中に入り屋根によじ登り、屋根の上で賊から逃げて、煙突から降りた所が魔法ギルドだったとは。この子は何をしているんだ。どうして屋根に登るんだよ。そして煙突から降りるなんて下に火やお湯があったら火傷するよ。
本当にこの子は何を考えて生きているんだ?僕を脅迫するし、料理長を陥れるし、猪突猛進で考えなし、目的の為ならどんな事でもする悪魔のような子だ。早く縁を切りたい。でも僕達を賊から救ってもらったんだ。本当は良い子だと思いたい。
そういえば毒薬があったんだ。
「あの、賊からもらった毒薬があります。これはどうしましょうか?」
テーブルの上に置いた。みんなの視線が小瓶に向かう。そういえば走ったりギルドで倒れた?けど小瓶は無事のようだ。
「そうか、こちらで預かっておこう。中身を確認しよう」
「待ってください。小瓶を開けないで下さい」
「待て、開けるな」
あの子と魔法ギルド長が大声を出して止める。どうしたんだ?魔法ギルド長が小瓶を奪う。
「小瓶を開けないでください。少しおかしいと思いませんか?どうして証拠の毒をイーズに渡したのか」
「それは男爵様達を害する為だろう」
なんだか話が大きくなっている。そしてどうしてここに僕がいるんだろう。何事もなければエリーとデートをしているはずなのに。
「ふむ、液体でも粉のような固体でもない様だ。中身は何も入っていない様だが、これは毒より危険なものだな」
「瓶の中身は空だろう?なんで毒より危険なのだ?もやしよ」
「もやしと言うな、脳筋殿め。この瓶は魔法ギルドに戻って調べる。安心しろ、後で報告をする」
そういえばエリーと一緒に昼食を食べようと予約をしていたレストランで食事を取れるだろうか?
「急いで、伯爵家に行って今回の事を話そう。傭兵ギルドの長はこいつらと一緒に伯爵家に行ってくれ。私はこの瓶の中身を解析する。他の領地でこの毒が使われていたら大変な事になる。それにこの毒がこれだけとは考えられない」
「そうじゃな、お前達もワシと一緒に伯爵家に行くぞ。その方が安全じゃ」
え?ごめんなさい、聞いてなかった。結局どうなったの?
「だが、小僧は私と一緒に魔法ギルドに戻る。少し詳しい話がしたい」
えーと、僕とエリーは傭兵ギルド長と一緒に伯爵家に行くって事かな?レストランを予約したのが無駄になった。どうしよう。
僕とエリーは傭兵ギルド長と一緒に馬車で伯爵家に戻った。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




