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精霊の友として  作者: 北杜
三章 伯爵家滞在編
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閑話 頑張れイーズ君2

朝起きて身だしなみを整えて僕は厨房に向かう。厨房の仕事はやることが多い。水汲みや厨房の掃除、皿の整理など色々ある。まずは見習いが水汲みや掃除をして料理人達がかまどに火を付けて朝食の準備を始める。その後に副料理長が今日の予定を皆に話して、料理長が来てから食事の支度を始める。本当は料理長が毎日の予定をみんなに話すのだが今は副料理長がしている。「オレはそんな暇はない」と言って副料理長に怒ったと他の料理人から聞いた事がある。料理長は偶に寝坊して食事の時間を遅らせた事もあるが、本当によく辞めさせられないものだと思う。

今日も料理長は遅いな。これ以上遅くなると朝食の時間に間に合わないけど大丈夫なのかな。そしたら執事長と男爵様の部下、レオナルド様とあの子が入って来た。どうしてあの子が厨房に来るんだよ。朝から料理長に殴られるのは勘弁してほしい。僕は隠れながら皿を拭くふりをする。


「おーい、イーズ。何をしているんだ?」


やっぱり見つかった。朝からついてないよ。この子は厄災を運んでくる奴だ。今回も何をされるか分かったもんじゃない。


「なんで、君が朝から厨房にくるんだ」


声に力が無い。この子からまた無理難題を押し付けられると思うと泣きたくなる。


「料理を作る為に決まっているだろう。とりあえず手伝ってくれ。朝食を作らないといけないから」

「まだ料理長が来てないから無理だよ」

「料理長は解任されました。次の料理長は未定です。副料理長は朝食の準備をしてください」


執事長の言葉に皆が驚いた。いきなり料理長の解任を聞き、周りを見渡す。他のみんなも戸惑っている様だ。その後、執事長と副料理長とのやり取りの後で食糧庫に向かった。僕は混乱しているのか、あの子に連れられて今は食糧庫に居る。食糧庫のドアが開かないからレオナルド様が剣でぶった切って中に入り、あの子の指示でカゴを持って食材を入れる。食材でカゴが重くなりあの子が僕に尋ねた。なんだろう?


「おいイーズ、クリーム有るのか?」

「え、クリーム?作れば有るけどどうして」

「すぐに作れるか」

「えーと多分、大丈夫と思うよ?」


僕は副料理長を見た。基本的な料理は副料理長がして味付けを料理長がして仕上げるのが現在の伯爵家の厨房のやり方だ。副料理長が食材を揃えて料理をして、最後に料理長が味付けをして伯爵家の食卓に出す。先代料理長は材料の仕入れから料理まで全部やっていたらしいが辞めた料理長は最後の味付けにしか手を出さない。あ、食材の仕入れはしてたな。


「副料理長、すいませんがクリームを作ってください」

「バターは良いのかい?」

「クリームをお願いします」

「分かった、作らせよう」


副料理長が周りに指示を出してクリームを作る準備をする。その間にあの子は野菜や果物を探し始めた。朝食とは関係ないものまでカゴに入れていく。頼むから柔らかい果物の上に硬い野菜を乗せないでくれないかな?


「副料理長、クリームを作ってください。レオナルド様は男爵家の使用人を二・三人くらい呼んできてください、他の人は野菜や果物を洗ってくれ、イーズはパンをここに持ってきてくれ。あとパンを切る包丁だ」

「急いで行動をしろ。時間が無いぞ」


それからは忙しい時間になった。いつもよりも遅い時間に料理を作る。それも見た事も無い新しい料理だ。あの子は男爵家の使用人まで使って料理を作る。あの子はみんなに指示を出して、副料理長が細かい指示を出している。しかしどうして、あの子は僕にだけ直接指示を出すんだ。他の人を頼ってくれよ。僕は料理人見習いだよ。

出来上がった料理はパンに野菜やチーズ、ハムが挟んであるサンドイッチ、ベーコンと卵のスクランブルエッグ、パンにクリームと果物が入っているフルーツサンド、かぼちゃとミルクのパンプキンスープと言う料理らしい。これが男爵家で何時も食べている朝食らしい。僕はこんな料理は初めて見た。いや他の料理人や使用人も初めて見ただろう。執事長とレオナルド様が他の使用人達と一緒に朝食の説明の為に食堂に行くようだ。僕達、料理人は一気に疲れが出て厨房の床に座った。こんなに忙しかったのは何時ぶりだろうか?少し休んでいると副料理長が檄を飛ばす。


「お前達、次は伯爵家で働いている者達の料理だ。さっきの料理を作るぞ。全員準備をしろ」


僕達は副料理長の指示に従って再度料理を作った。僕は何故か知らないが副料理長の補佐をしている。どうしてその位置にいるんだろう?副料理長に聞いてみると。


「お前があの子の料理を一番近くで見ていただろう。間違っていないか確認をしてもらいたくてな」


確かにあの子に近くにいたけどそんなに料理法を見てないよ。だってあの子の指示で料理を見る暇が無いし、子供の料理だからそこまで見てなかったんだよね。そんな事を副料理長には言えないし、あの子に関わるとろくな事にならないよ。



伯爵家で働く使用人の朝食が終わったら今度は後片付けをして昼食の準備だ。僕達も遅い朝食を食べている。しかし本当にこの料理は美味しいな。今まで食べていた料理とは全く見た目も味も違うよ。昼食はどんな料理なんだろう。僕は食事を取りながら料理人見習い仲間達と話している。


「しかし本当にこの料理は美味しいな」

「こんな濃厚なスープは初めてだよ。いつもの薄い塩味のスープなんか比べ物にならない」

「全くだ。しかし本当に子供が作った料理にしては完成度が高いよね」

「そうでもないぞ。この料理を味見した副料理長と騎士様が味見をしたときに二人は絶賛していたが子供はイマイチと言ったらしい」

「この料理がイマイチか。これ以上まだ旨くなるのか」

「このサンドイッチという物も旨いよな。何個でも腹に入るよ」

「普通、パンに野菜を挟むと水分でパンが不味くなるが、パンにバターを引いて水分を遮断しているんだな。すごく丁寧な技だ」

「それにこのフルーツサンドってやつも旨いよな。クリームの甘味と果物の酸味があってすごく美味しいよ」

「しかし、料理長はどうして辞めさせられたのかな?誰か知っているか?」

「オレは知らないな」

「オレもだ。執事長から聞いて初めて知った」

「僕も知らないな。偶に寝坊する人だから今日も寝坊して遅れていると思ってたよ」


やっぱり昨日、夕食の時に何かあったのかな。僕はレオナルド様を家に案内していたからな。


「イーズは知らないか?」

「僕も知らないよ」

「そうか、昨日はあの子といたんだろう。なんか知らないのか?」

「夕食時になにかあったと思う。詳しくは知らないよ。僕はその場に居なかったからね」

「まあ、嫌われ者の料理長がいなくなってオレは嬉しいよ」

「オレもオレも」

「全くだ」

「これで理不尽に殴られなくて済むというのは嬉しいね」

「いつも機嫌が悪い料理長だったからな。今度の料理長はだれかな?やっぱり副料理長かな」

「そうだな、普通はそうだろう」

「でも、料理長に辞めさせられた人もいるよね。その人達が帰ってきて料理長に就任するとか」

「それはないだろう。今まで辞めないで頑張った副料理長が、次期料理長にふさわしいと思うが」

「確かに副料理長が料理長にふさわしいと思うが、こればかりは伯爵様が決める事だからな」

「全くだ」

「さてとそろそろ昼食の準備だな。昼は何だろう?あれ、あれってイーズの父親じゃないか?」


本当だ。そういえば今日、伯爵様に会う約束があったんだっけ。朝の忙しさですっかり忘れていたよ。副料理長と一緒に何か話している様だ。


「副料理長と仲がいいよな、お前の父親は」


父さんと副料理長は伯爵家の料理人見習いの頃から仲が良かったらしい。僕も子供のときは可愛がってもらったし、この職場で働いている時もなにかと話してくれる。料理長に叱られている時も良く助けてくれた。副料理長には本当に世話になったよ。

しかし、父さんと副料理長は何を話しているのだろうか?僕に気付いたのか二人はこちらに向かってくる。なんだろう?


「喜べイーズ。オレと二人で男爵家に料理を習いに行くぞ」


え、どういうこと?


「ウィール男爵家に新しい料理を習いに行くのがモータルとイーズの二人だ。良かったな新しい料理が習えるぞ」

「僕もウィール男爵家に行くの?」

「そうだ。お前達二人を男爵様が推薦してな。良かったな二人とも。半年間しかないがその間にいろんな料理を覚えてきてくれ」


副料理長と父さんは今朝、伯爵様と話して僕達に新しい料理を習いに男爵領に行く事になったらしい。本当は副料理長が行きたかったが伯爵家の副料理人が行けないから他の料理人、ハンバーグが作れてあの子と面識がある僕達が男爵領に行く事になった。


「良かったな」

「おめでとう」

「帰って来たら見習いがなくなってるな」


周りが祝いの言葉をかけるが僕は伯爵家から出たくない。エリーの側に居たいのだ。僕が男爵領に行っている間にエリーが縁談を勧められるかもしれない。


「男爵領に行くのは決定なんですか?」


僕は副料理長に聞いた。他の料理人でもいいじゃないか。


「お前はトルク殿と面識があるしレオナルド様も褒めていたぞ。きっと良い料理人になれると」

「オレの息子はすごいな。騎士様に認められるとは」

「そんな事より、男爵領に行く準備をしておけよ。いつも一週間くらい滞在するからあと二日くらいじゃないか」

「そうか、では昼の料理を手伝って帰るとするか。昼食も新しい料理だろう?」

「全く、新しい料理にどん欲だな。オレも男爵領に行きたいぞ」

「安心しろ、帰って来たら教えるさ。半年しかないからな。次は他の料理人に男爵領に行かせれば良いかもしれないな。他の領地で料理の修業をするのもいいかもしれないぞ」

「確かに面白そうだな。今度、執事長と相談をしてみるか。それからイーズ、見習いは卒業だ。今からお前は正式に伯爵家の料理人だ。男爵家に行くのに見習いはダメだろう」


僕は男爵領に行くのは決定のようだ。どうすればいいのか分からなくなった。僕はただエリーと一緒に居たいだけなのに。伯爵様の命令に従って男爵領に行くか、伯爵様の命令を断るか。断ったら伯爵家に居る事は出来ないだろう。そしたらエリーと別れてしまう。一体どうしたらいいんだろう。


「トルク殿、今から昼食の準備だ。今度は何を作るんだい」

「とりあえずはレオナルド様のリクエストでピザを作ります。材料を取りに行ってきます」

「私も行こう。どんな材料がいるんだい?」


僕がなにを考えても時間は進む。どうにかしてエリーと別れない方法を考えていたらあの子が厨房に来たみたいだ。副料理長達があの子を取り囲んでいる。副料理長達が食糧庫に行っている間に僕達見習いは料理を作る準備をした。まもなく副料理長達が帰って来るとあの子の指示で料理を始めた。小麦粉の生地を丸く広げて赤いソースとチーズをのせて肉やトマト、野菜をかまどでパンのように焼く。出来た料理は綺麗で良い匂いがする料理だ。みんなが「うまい」「初めての味だ」「こんな料理初めてだ」と褒めるがあの子は難しい顔をしている。その後、昼食を作りあの子は配膳を手伝いに行ったようだ。あの子が厨房から出て行ったら今度は使用人の為の昼食だ。朝の料理が忘れられないのか昼食の時間になると伯爵家で働いている人達がいっせいに食堂に集まった。外まで良い匂いがするので仕事を早く終わらせて昼食を取りに来たようだ。食の力ってすごいな。




遅めの昼食を食べようと食堂に向かったら父さんと会った。


「今から食事か、一緒に食べるか?」

「わかったよ、しかし良いの?使用人でもないのに伯爵家で食事をして」

「大丈夫だ、伯爵様の命令で男爵領に行くんだ。今は伯爵家で働いているようなもんだ」

「それでいいの?」

「問題ない。それに昔はここで働いていたんだ」


父さんと話しながら僕達は食堂に向かう。


「それから明日は休みだぞ、イーズ。明日は男爵家に行く準備をしないといけないからな」

「やっぱり、男爵家に行かなければならないよね」

「大丈夫だ。男爵領は伯爵領の食材庫と呼ばれるほど広い農園があるらしいぞ。きっと新鮮な食材があるのだろうな」


父さんは行く気満々のようだ。僕は行きたくないのに。そういえばエリーに男爵領に行く事を伝えなければならなかった。どうしよう。


「どんな料理を教えてもらえるのか楽しみだな」

「でもあの子から教えてもらうのはどうかな。あの子、料理長に殴られたときに怒って僕の包丁を持って料理長を殺す勢いだったよ。キレて、フランパンで殴り、包丁で首を切って血抜きをしてから細かく切り刻んでかまどで焼くだけだ。料理で殺せるぞって言ってね」

「⋯⋯なかなか個性的な子だな」


父さんは苦笑いをしている。個性的よりも猟奇的な子供だよ。そんな会話をしていると食堂に着いた。あの子も食堂で昼食を食べようとしている様だ。僕達に気付いて声をかけてきた。


「おーい、イーズ。こっちで昼食を食べようぜ」


あの子の勧めで父さんはあの子の横に座った。相変わらずおかしな子供だと思う。伯爵家の料理長にケンカを売ったり、伯爵家の食事に乱入したり、年上の僕を下人扱いだし、この子は何を考えて生きているんだろうか?


「こっちで一緒に昼食を食べよう。おじさんも座りなよ」

「ありがとう、トルク殿」

「敬語はいいよ、オレは子供なんだから」

「そうかい」

「イーズも敬語は使ってないよ。イーズも使ってないのにおじさんが使うのは変だしね」


君に敬語を使う人物は君の事を知らない人だよ。君の本性を知ったら誰も敬語は使わないよ。


「わかったよ。では昼食を食べるか。イーズも座ったらどうだ」

「わかったよ」


やっぱり僕は下人扱いのようだ。この子を教育した人は誰だろう。両親か男爵家の人達だろうな。全く子供くらいキチンと教育してほしいよ。ため息をついてあの子の正面の席に座った。


「ため息ばかりついていると幸せが逃げるぞ、イーズ」

「誰のせいだよ。君に出会ってからため息しか出ないよ」

「オレのせいにするなよ。ため息が出るのはイーズの日頃の行いの結果だ」

「君のせいだよ。男爵領に行って新しい料理を習ってくる。どうして僕達が男爵家に行く事になるんだよ」


日頃のうっぷんを子供にぶつけた。全部この子のせいだ。男爵家に行くのも、エリーと別れるのも、休みが少ないのも、職場が忙しいのも、エリーに縁談が持ち上がるのも全部この子のせいだ。

「なんで男爵領に行かなければならないんだよ。新しい料理なんてここで作れば良いじゃないか。この街から出て男爵領に行くなんてどうかしているよ。だいたいなんで僕達親子なんだよ。父さんは伯爵家とは関係は無いじゃないか。僕も料理人見習いだよ。なんでこんな事になるんだよ」

「お宅のお子さんは結構もろいね」

「私は楽しみにしているんだが、生まれてこの方、街を出た事が無くてね。伯爵領の食料庫と言われている男爵領には興味が有るんだよ」


父さんはあの子と話している。父さんはどうしてこんな悪魔的な子供と仲良くできるんだ。父さんは病気にでもかかっているのか?それともこれは夢か幻か?


「これは夢ではないかな。僕は今ベッドで寝ているんだ。そして朝起きたらいつもの日常が待っているはず」


僕は料理人として一人前になりエリーとの仲を伯爵夫人に認めてもらいエリーと結婚をして一緒に暮らすんだ。子供はエリーと相談をして決めよう。僕は男の子と女の子が一人ずつ欲しいな。エリーはどうだろう?子供が好きだからいっぱい欲しいと言われたらどうしようか?僕も頑張らないといけないな。そして子供達が大きくなったら料理を教えよう。料理だけじゃなくいろんな事を教えよう。エリーの父親が騎士だったから騎士になりたいって言ったらどうしようかな?副料理長に相談をしてみよう。きっと良い人を紹介してくれるはずだ。間違っても男爵領の人達の紹介はしないだろう。

あれ、いい匂いがするな。なんの匂いだろう?


「おお、昼食がきたようだ。これがピザか。赤と黄色と緑の色合いが良いな」

「赤はトマトのソース、黄色はチーズ、緑は野菜だね。ではいただきます」


昼食の匂いか、本当にいい匂いだな。僕も食べようか。


「そう言えば男爵領に来るって言っていたけど家の料理店はどうするの?」

「料理人は私だけではないからな。他の料理人でも大丈夫だ。それに妻の両親もいるから大丈夫だろう」

モグモグ、ゴックン。本当に旨いな、このピザって食べ物は。昨日のハンバーグも美味しかったし。今朝の朝食も美味しかったよね。本当にこの子が指示を出して作っているし、普通に考えたらおかしいよね。絶対にこんな料理は子供には作れないと思う。やっぱり男爵領は魔境ではないだろうか。こんな子が大勢いたらこの世は破滅するよ。やっぱり男爵領には行きたくないよ。


「どうすれば男爵領に行かなくて済むだろう。仮病でもしてみるか。怪我でも良いかな。でも怪我は後遺症が怖いな。一ヶ月位、謎の病気になってみようかな。そうすれば男爵領に行かなくていいかもしれない」

「なんでそんなに男爵領に行きたくないんだよ。料理を覚えれば伯爵領に戻れるだろう。その後は見習いが取れて料理人になるんじゃないか?それとも料理長補佐代理かな?」


僕の会話に入って来る子供。父さんも僕を不思議そうに見ている。確かに半年の期日で伯爵家に戻れるけど僕は半年間もエリーと離れたくないんだ。それから料理長補佐代理って何さ?それに見習いはさっき卒業したよ。


「だって男爵領に行くんだよ。旅の途中で賊に会ったらどうするんだ。殺されるよ」


男爵様が伯爵家に来る途中に賊に会ったのは聞いている。しかし見事に撃退しているから問題ないと思うが万が一の事がある。それで死んだら元も子も無い。死んだら終わりだよ。僕は絶対に行きたくないんだ。エリーを幸せにするために。


「女か」


あの子がボソッと呟いた。女という言葉から僕はエリーの事を思い出してビクッとした。


「気になる女性がこの街にいるから離れたくないのか」

「そ、そんな、そんな事ないよ」


そんな事ないよ。君は気にしなくていいよ。


「なんだ、好きな子がいるからこの街を離れたくないのか」

「ち、ち、違うよ。そうじゃないから」


君が知る必要はないんだ。君が知ればどんな事になるやら。


「で、誰だ。父さんに教えてもいいじゃないか」

「ち、違うから、そうじゃないから」


父さんも便乗しないでくれ。この子に知られたら何が起こるかわからないじゃないか。


「おじさん、大丈夫だ。オレがこれからイーズの好きな子を探してみるよ。なに簡単だよ。この男爵家使用人にかかれば簡単さ。アンジェ様はこの手の話が好きだからな。アンジェ様に教えたら簡単に好きな子が分かるよ」

「ちょっと待て、君は何をする気だ」


本当に何をする気だ。君は思考が普通の人よりもおかしいから何をしでかすかわからない。絶対に阻止しないと。


「お前の好きな子を探して、一緒に男爵領に来させる。そうすればお前も男爵領に行くだろう」

「関係ない人を巻き込むなよ」

「関係なくないぞ。お前の好きな子だろう?一緒に行けば楽しいだろう」

「そんな事をさせるか。エリーを巻き込むな」


この子供からエリーを守らなければいけない。僕のすべてをかけて。


「おじさん、エリーさんってどんな子か知ってる?」

「確か、子供の頃からここに居た子だと思う。今は知らないが昔は可愛くて明るい子だったぞ」

「よし、後で見に行こうかな」

「私も行こう。将来の娘になるかもしれないからな」

「待ってくれ、頼むからなにもしないでくれ。お願いだから。なんでもするから」


頼むから二人ともなにもしないでくれ。お願いだから。エリーに何かあれば僕は伯爵夫人から怒られるよ。伯爵夫人だけじゃなく他の使用人の人達からも怒られそうだ。


「お前が男爵領に行きたがらない理由は彼女か?」

「⋯⋯そうだよ」

「両思いなの?」

「⋯⋯そうだよ」

「おじさん良かったね。義理の娘だよ。結婚式は何時する?結婚資金は大丈夫か?」


結婚資金は大丈夫だよ。貯めているからね。


「なんてめでたい日だ。早速、妻に言わないと。義父達も喜ぶだろう」


確かにお爺さんやお婆さんや母さんは喜んでくれるだろう。母さんは口が軽いからすぐみんなに話すだろうな。井戸端会議だっけ?それで街中に広がるだろうな。お爺さんやお婆さんもひ孫が抱けると喜んでくれそうだけど。


「だから待ってくれ。彼女とは両思いだけど無理だよ。彼女の死んだ父は騎爵位だったそうだ。ただの料理人の息子と騎爵位の娘じゃ結婚は無理だよ」


身分差で僕たちの結婚は難しい。僕が偉くなって周りに認められれば良いが最低でもエリーの父親と同じ騎爵位くらいじゃないと無理だろう。父さんは平民の料理人だ。平民にしては大きい料理店の料理人だが平民だ。騎爵位の父を持つエリーとはつり合いがとれない。

身分差で結婚できない事を知った父さんは俯いている。ごめんよ、父さん。でもエリーと離れたくないんだ。将来ずっとエリーと暮らしていきたいんだ。


「でもお前達は両思いなんだろう?伯爵夫人の専属侍女のエリーと」

「伯爵夫人がエリーに良い縁談を考えているそうだ。オレはただの料理人だ。何のコネもない」

「好きなら駆け落ちでもすればいいじゃないか」

「そんな事はだめだ。恩ある伯爵家に申し訳ないだろう。僕達も考えたよ。でもダメだ。彼女は幼いころに父親を亡くして伯爵夫人に助けてもらったんだ。そんな恩人を裏切る訳にはいかないだろう」


僕もエリーも伯爵領で育ってみんなに可愛がられて育った。もし僕達が駆け落ちをしたら伯爵家のみんなや父さんや母さん、祖父や祖母、それに実家で働いている人達にも迷惑が掛かる。最悪、父さん達は罰せられるかもしれない。そんな事出来る訳ないじゃないか。


「でも、どうしてお前は男爵領に行きたくないんだよ。戻って来たら料理長補佐代理くらいにはなれるかもしれないじゃないか」

「⋯⋯近いうちに伯爵夫人が勧める縁談が有るらしい。だから僕は行きたくないんだよ。何も出来ないけどエリーの近くに居たいんだよ」

「分かったよ、イーズ。すまないな。オレ達は何もしないよ」


それから僕達は静かに食事を食べた。あの子や父さんは考え込みながら食事を取っている。僕は食べながら男爵領に行かない様にする方法を考え続けた。


誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。

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