閑話 頑張れイーズ君1
遅くなって申し訳ありません。
やる気がなくてサボってました。
やる気が出たので頑張ります。
僕の名はイーズ。伯爵家の料理人見習いだ。父や母は街で料理店をしている。結構大きい料理店なんだ。僕も将来は好きな人と一緒に料理店の主として暮らしていきたいと思っている。
伯爵家の料理人見習いになって二年位たった。毎日毎日、雑務に精を出している。かまどの火の管理や、野菜を洗ったり、皿を洗ったり、厨房の掃除をしたり、大変だけど見習いだから当然の仕事だよ。毎日が忙しいけどそれでも頑張った。もう少しで料理人見習いから料理人になれる。頑張って一人前の料理人になるんだ。
僕が一人前の料理人になりたい理由はもう一つある。伯爵夫人に仕える使用人のエリーだ。一年前からみんなに内緒で付き合っている。彼女は伯爵夫人の使用人、僕はただの料理人見習い。身分差があるから付き合っているのが他の人にバレたら大変だ。だから僕は急いで一人前の料理人になって彼女と結婚をして幸せになるんだ。
僕達はいつも決まった場所で、決まった時間に二人きりで会う。二人で話す内容はいろいろだ。今日の事、明日の事、将来の事、昔の話。二人で笑いながら話す時は僕の一番大切な時間だ。しかし、そんな大切な毎日は永遠には続かない。
今日、エリーが暗い顔で待ち合わせの場所に来た。理由を聞くと伯爵夫人から縁談を勧められたそうだ。エリーはまだ考えていないと言って断ったけどずっとは断れない。次に伯爵夫人から縁談を勧められたら受けるしかないだろう。彼女は騎士伯の娘で、僕は街の料理店の息子だ。身分差がある。せめて僕が一人前の料理人だったら。彼女は泣きそうな顔で僕に言った。「どうしようもない」と。
僕は諦めない。何か手はないか考えるが時間だけが過ぎていく。一番良いのは僕が騎爵位を貰って伯爵夫人に許可をいただくことだが、料理人にそんな事は出来ない。毎日一日中考えているので仕事も疎かになり料理長に叱られてしまった。
そんなある日の事だった。執事長と料理長が言い争っている。見てみるとその近くには子供がいる様だ。誰だ?見た事が無い子だな。
執事長との話が終わった後、料理長は子供を裏口に連れて行って僕を呼んだ。
「黙れ、オレは忙しいんだ。イーズ」
「は、はい、料理長」
「このガキの面倒はお前がみろ」
「は、はい」
料理長はいつも怒っているけど、今日は特に怒っているな。執事長との言い争いが原因だろう。そして争った原因はこの子かな。怪我をしているのか顔に包帯を巻いている。多分、十歳位の子供だ。結構、良い服を着ている。どこかの貴族の子弟か裕福な所の子供かな?
「君は何をしたんだ。料理長があそこまで怒るなんて」
「知らないよ、オレは此処に料理をしに来たんだが、どうも歓迎されていない様だ」
裏口にある古びた小屋を見ながら返事をする。この小屋はかまどが壊れて使わなくなった小屋だ。昔は此処でも料理人の食事を作っていたらしい。
「あたりまえだろう。君みたいなよそ者が料理をするなんて聞いたことない」
「仕方がないだろう。クレイン様の頼みだ」
クレイン様って確かクレイン・ルウ・ウィール男爵。伯爵様の一人娘、アンジェ様の旦那様だよね。エリーとの話で聞いた事が有る。学生時代から付き合っていて武勲を立てて男爵令息が伯爵令嬢を妻に娶った話。この子は男爵様の知り合いなのかな。
「料理人の縄張りにはふつう貴族も使用人も入ってこれない。これは常識だよ」
「貴族の命令もダメなのか」
「確かに貴族の命令は絶対だけど、普通の貴族は台所には入ってこない。料理人は貴族の希望通りに料理を作るだけだ。君は料理を作るって言っているが無理だ。伯爵家の料理人はよそ者に台所を使わせないよ」
この子は僕の話を聞いているのか?ずっと小屋を見て回っているし、返事も空返事だし。
「子供の遊び場では無いんだ。オレも料理人見習いだけどまだ料理もした事ないのに、君みたいな子供に何が出来るんだよ」
「とりあえずは食材を見に行くか。なあ食材は何処にあるんだ?」
「話を聞いていないのか?君みたいな子供には無理だよ。食材は料理長の管轄だ。料理長の許可が無いと食糧庫は見れないよ」
何でこんな子の面倒を見ないといけないんだ。男爵家族や使用人が来ていつもよりも多く料理を作らないといけないのに。その分、雑務も増えるんだよ。エリーの事も考えないといけないのに。
「とりあえず、料理長に許可を得るか」
「だから無理だよ」
僕の言葉を無視して台所に入り料理長に話をして殴られる。ついでに僕も殴られた。
「ここはガキの遊び場じゃない。ガキが料理なんて出来るか。今度来たらぶっ殺すぞ」
裏口から放り出だされた子供は痛みで動かないのかじっとしている。僕も料理長から殴られた頬を押さえながら言った。
「もう諦めたら。僕もこれ以上、殴られるのは嫌だよ」
どうしてこんな事をしているんだろう。僕は一人前の料理人を目指しているはずなのに、こんな子供の面倒を見るなんて。ここ数日、運が悪いよ。
「ここは伯爵家だよ。格下の男爵家とは違うんだ。料理人も偉いんだよ。たかが男爵家の当主の命令よりも伯爵家の安全が大事だよ。君が作った料理で体を壊したら料理長の責任になる。たかが男爵家使用人が伯爵家の料理長に逆らうなんて馬鹿だろう」
伯爵家は男爵家とは違う。その為、安全を考慮しないといけない。伯爵様がもしも亡くなったら領内は大変な事になるだろう。伯爵様に出す食事も安全な物を御出ししなければならない。その為にキチンとした食材を選び、信用できる料理人が作るんだ。そしてその料理を毒見する人達。僕達、料理人は伯爵家の食事を作っている誇りがある。遊び半分で来た子供には厨房は触らせないよ。
あれ、子供の様子がおかしい。どうしたんだ。
「たかが男爵家使用人だ?伯爵家の料理人がそんなに偉いのか。ボケが、絞めてやる」
「ち、ちょ、ちょっと待て、何をする気だ」
「ぶち殺すだけだ」
「待て、待て。殺すな。料理長だぞ」
やばいよこの子、キレてる。僕は必死で子供の右腕を掴む。そうしないとこの子は料理長を殺すかもしれない。いつの間にか右手には包丁を持っている。ちょっと待て、それは僕の包丁だ。なんで君が持っている?僕は必死に彼を止める。僕の包丁で人を刺すかもしれない。そんな事はさせない。この包丁は僕のお爺さんがくれた大切な包丁だ。僕は絶対に包丁を守る。
「だから何だ、同じ人間だぞ」
「だから殺すな、殺すなら料理で殺せ」
「安心しろ、フライパンで殴り、包丁で首を切って血抜きをしてから細かく切り刻んでかまどで焼くだけだ。料理で殺せるぞ」
何て事を考える子供だ。普通の考えじゃない。この子供は僕達とは違う環境で育った子供だ。きっと戦争を経験した子供だろう。そうじゃなきゃこんな殺人的な事を考え付かない。
「それは料理で殺すじゃなくて料理道具で殺すだ。頼むから殺すな」
「お前もクレイン様を馬鹿にしたよね。死んでも良いよね」
「待て待て、オレは男爵様を馬鹿にしていない。頼むからその目を止めてくれ」
やばい、この目はやばいぞ。何十人いや何百人も殺している目をしている。僕は子供の右腕を握り締めた。隙が出来たらこの子は包丁で僕を殺すだろう。僕はまだ死ねない。エリーを幸せにするんだ。
「お前もうるさい。死ねよ」
「待ってくれ、許してくれ。なんでもするから」
「たかが料理人見習い程度が何を言うか」
「確かに料理人見習いだけど僕はこの街のデカい料理店の息子だぞ。結構偉いんだぞ」
「だから何だよ、死んでいく人間には関係ないよ」
プライドなんて高尚なモノは死の恐怖には勝てない。子供に許しを請う。情けないが、僕の最後のプライド、エリーを幸せにする為に生きる事。その為にそれ以外のプライドなんて捨ててやる。だから助けて下さい。
「おい、イーズ。なんでもするんだよな。だったらオレの手伝いをしろ」
「分かったから首から手を放してくれ」
何とか助かった。僕の命も包丁も。プライドは投げ捨てたモノが多かったけど後で回収しよう。
その後もこの子は酷かった。僕にお金をせびったり、街の案内をさせたり、使い走りにしたりした。プライドを捨ててなかったら僕はきっと心が折れただろう。ハッキリ言ってこの子が怖い。顔から血を流しながら大人の人から金をせしめる様な事をする。行動力が有り決めたら一直線に進む。あの殺意に行動力が備わっていたら料理長は死んでいただろう。僕の包丁を使って切り刻まれたはずだ。
この子は食材を買ったあと今度は僕の家の料理店で仕込みをして屋敷で仕上げるそうだ。
「僕の家で料理をするの?」
「仕方ないだろう、あの小屋にはフライパンと椅子しかなかったぞ」
「いやでもね、いきなりは難しいかもしれないよ」
「安心しろよ、厨房の隅を使わせてもらうから」
「この時間は仕込みの最中だから使う事は出来そうだけど、許可が下りるかどうか」
「大丈夫だよ、まだお金が残っているからこの金で厨房を借りる」
「え、確かに銀貨一枚は残っているけど」
「いいんだよ、オレ達には失敗は許されないんだからな」
「オレ達って僕を巻き込まないでくれよ。僕は関係ないよ」
「細かい事はいいから。さあ行くぞ」
「あーもう、どうしてこいつに出会ってしまったんだ」
「叫んでないで行くぞ。お前の案内が必要なんだからな」
今日は僕の人生の中で一番運が悪い日だ。どうしてこうなった。子供に言われるがまま、僕は両親が経営している料理店に向かった。店に入ると厨房から母さんが出てきて、僕が帰ってきたことに驚いている。この時間はいつも伯爵家で仕事をしているからね。厨房を使わせてもらう為には父さんの許可が必要だ。母さんに父さんを呼んでもらう。
「いきなり帰ってきてどうした、イーズ。伯爵家の仕事はどうしたんだ?」
「急の訪問、誠に申し訳ございません。私はウィール男爵家使用人のトルクと申します。私がこの街に不慣れなため、イーズ殿に案内をしていただいておりました。諸事情で、買ってきた食材を此処で下ごしらえさせて頂きたいのですが……」
・・・誰この子?いきなり人が変わったような喋り方をしてるよ。街のチンピラのような喋り方から伯爵家の使用人のような話し方だ。子供と父さんの会話を聞いているが僕の耳がおかしくなったのかな?あの子が敬語を使えるなんて・・・。
話が終わり二人とも奥の厨房に行く。
「・・・あいつ、誰?」
「ねえ、イーズ。あの子は貴族様?それとも裕福な街の子供?礼儀正しくて可愛い子ね。顔の怪我は大丈夫かしら?薬を持ってきた方が良いかしら?・・・イーズ、聞いてる?」
母さんの声は僕には聞こえなかった。
母さんに揺すられて意識がハッキリした。さっきの父さんと子供の会話は幻聴だろう。働きすぎかな?今度、エリーと一緒に街に遊びに行こうかな。エリーとお揃いのペンダントを買おう。エリーは喜んでくれるかな?
母さんと一緒に厨房に入るとあの子と父さんが料理を作っていた。買ってきた肉や野菜を切り刻んでいる。なんでかな、あの子が怖く見える。刃物を持つと人格が変わる人がいるって聞いた事が有るけど、彼もそうなんだろう。肉や野菜を細切れにしながら笑っている顔を見ると殺人鬼のようだ。
「なるほど、肉を細切れにして丸めるのか。確かに新しい料理法だ」
「少し焼いてみましょうか。完成品を食べてみてください」
厨房から肉の焼く良い匂いがする。匂いがする場所へ行きフライパンの中身を見る。肉を細かくして味付けをして焼く。これなら歯が無い老人でも食べられるだろう。本当に美味しそうだ。そんな料理を作る人間が性格破綻者だけどね。おや、出来上がった様だ。
「どうぞ、召し上がってください」
「これは、なんて旨さだ。肉が柔らかくて噛めば噛むほど肉汁が出る。初めて食べたぞ」
「そんなに美味しいの?」
「お前も食べてみろ。これはすごいぞ」
父さんや母さんが性格破綻者の料理を食べている。味にうるさい両親がベタ褒めだ。
「僕も一口」
残りの一口を食べる。
なんだ、この料理は、本当に美味しい。僕が伯爵家で食べた料理よりも美味しい。なんて美味しいんだ。こんな変な子が作った料理が美味しいなんて。世の中、間違っているよ。伯爵家の料理長を殺そうと考えるし、僕の首を絞めて殺しかけた奴が作った料理なんてまずいと決めつけてしまっていた。人を脅迫するような奴に料理なんて無理だと思っていたけど、なんてすごい料理を作るんだ。
こんな性格破綻者で殺人未遂の子供が、これほどおいしい料理を作るなんて世界は間違っている。
「僕の方が年上なのに使用人か召使と勘違いをしている子供がこんな料理を作るなんて、わがままで嘘つきで自分勝手だし、料理長にケンカを売ってる馬鹿だし、身分を知らないアホだと思っていた子がこんな料理を作るなんて」
こんな料理を作る子供にどうして会ったんだ。この料理を知った僕はこの子に脅されるだろう。「この料理で料理長を殺す。お前が言った言葉だぞ。これでお前もオレと同じ殺人犯だ」と。僕は何て事を言ったんだ。この極悪の性格破綻者はきっと料理長を殺すだろう。僕はただエリーと幸せに暮らしたいだけなのに、どうしてこんな子に邪魔をされるんだ。
後日、親から優しくされて、温かい目で見られるから理由を聞くと僕の心の声が口から出ていた事が分かった。あの子に会ってから僕の夢が壊れていく感じがするよ。
僕は伯爵家の厨房の裏の小屋に居る。どうやって戻ったのかよく覚えていない。確かあの子が料理を作ったショックでおかしな事を口走った様な気がする。厨房を見ると伯爵様の夕食の準備は終わったみたいだ。料理を食堂に運んでいる。
「もう食事が始まっているみたいだね」
「分かった。急いで準備するぞ」
あの子の指示に従って僕も準備を手伝う。フライパンを洗ったり皿の準備をしたり、二人で小さい小屋で料理を作る。肉が焼けるいい匂いがしてきた。もう一度食べたいな。出来ればエリーに食べさせたい。
「よし、出来上がりだ。持って行くぞ」
「待ってくれ、毒見をしないといけないだろう」
伯爵家の料理には基本的に毒見が必要だ。基本的に執事の人達に確認を取ってもらって食べてもらわなければならない。その為、料理が冷めてしまう事もある。
「アホか、そんな時間はない。温かいうちに食べて頂くんだ」
あの子はワゴンに料理を置いて僕に向かっていった。
「イーズ、食堂に案内しろ。急げ」
「分かったよ、こっちだ」
僕達は台所から出て食堂に向かった。でも本当に大丈夫なのかな?食堂には許可なく勝手に入れないんだけど。
二人で食堂にたどり着いたけど入り口には他の使用人の人達がいる。僕達とワゴンの上にある料理を見ている。食堂には許可なく入れないけどこの子はどうやって入るつもりなんだ?
「すみません、エイルド様とドイル様の食事をお持ちしましたので入らせてください」
「そんな話は聞いていない」
「ですがクレイン様の命令で作ってきましたので、クレイン様に聞いてください」
「だが、私は許可が無いとドアを開けられない」
段々と声が大きくなっている。こんなに騒いだら食事をしている伯爵様達にも聞こえるよ。何て事をしてるんだよ。貴族の食事の邪魔をするなんて殺されても文句が言えないよ。
「クレイン様の許可はありますよ」
「しかし私は聞いていない」
「ねえ、諦めて帰ろうよ。みんなの食事の邪魔をしてはダメだよ。罰せられるよ」
頼むから諦めようよ。僕はまだ死にたくないよ。お願いだから頼むから。
「やかましい、早く許可取ってこい。ドアぶち壊すぞ、こっちとら忙しいんだボケ」
あ、死んだ。貴族に無礼を働いて罰せられて殺される。ごめんよエリー。先に逝く僕を許してくれ。それからドアから男爵様が出てきた。男爵様に殺されるのか。僕はすべてを諦めて殺される時を待つ。
「トルク、やけに遅かったな」
「遅くなり申し訳ありません。ハンバーグの準備に手間取りまして。では失礼します」
男爵様が引きつった顔で食堂に入れてくれた。周りの使用人達も驚いている。伯爵様や男爵様にあれほど無礼を働いてお咎め無しで食堂に入ろうとする子供。どうなっているんだ?そうか食堂で殺すんだな。だったら僕は食堂に入らずに厨房の仕事に逃げようと思ったのに。
「一緒に来い」
あの子に言われて僕は泣く泣く食堂に入った。周りの人の視線が痛い。
食堂では伯爵様ご夫婦と男爵様ご家族が食事を取っている。その周りには給仕する使用人の人や執事長がいる。エリーも伯爵夫人の給仕をしている様だ。エリーが僕を見て驚いている。あの騒ぎに僕も関わっていると思っていなかったようだ。僕はエリーの前で死ぬことになるのか。
「お待たせしました、チーズハンバーグです」
そんな僕の考えなんて隅に置いてあの子は行動する。毒見をされていない料理を男爵様の子供達に出した。執事長が止めるが子供達はそれを無視してハンバーグを食べる。
「うん、やっぱりトルクのハンバーグはうまいな」
「あ、中にチーズが入っている」
確かにこの子の料理は美味しいけど食堂に乱入するし、毒見を無視するし、周りの迷惑を省みないしもうこの子のお守りは嫌だよ。
「トルク、私の分は?」
「申し訳ありません。食材が無かったので二人分しか出来ませんでした」
確か、男爵家の長女のポアラ様だったかな。あの子の料理をポアラ様の分まで用意が出来なかったから泣きそうな顔をしている。これって大丈夫なの?罪に問われない?
「トルク、何故ハンバーグを二人分しか作らなかったんだ?」
「そうよ、私も楽しみにしてたのに、お父様とお母様にも食べて頂きたかったのよ」
何故か、ハンバーグが食べられなかった事に怒られている。伯爵家の食堂に無理やり入って毒見も済ませていない料理を出したのに罪に問われないのか?もしかして僕も命が助かるのかな?男爵家の子供達がお代わりを催促してきたがあの子は材料とお金が無いから無理と断っている。これで男爵家の子供達全員が絶望的な顔をする。子供達にこんな思いをさせて悪いと思うが仕方がないよね。材料が無かったし、僕たちの罪ではないよね。
「なぜだ。オレは大盛りを頼んだはずだ」
「お金と材料が無かったのです。申し訳ありません」
「待て、お金?材料?どういう事だ」
あ、そういえば僕が材料費が銀貨一枚って言ったからその分しか買わなかったんだ。僕が銀貨三枚と言っていれば全員分用意できたかもしれない。これは僕のせいだ。材料費をもっと貰えば良かったのに。どうしてあの時に銀貨一枚って言ったんだ。
「レオナルド様から銀貨を二枚借りて、街で食材を買い、イーズの実家の台所を借りて仕込みをしました。銀貨一枚分は材料と調理道具代に、残り一枚は台所の使用料として渡しました」
「なぜ、そんな事をする?伯爵家の台所を借りたら良かっただろう。食材もあったはずだ」
「台所を使おうとしたら料理長からかまどが壊れている台所の裏の小屋に案内されました。食材を見せてもらおうと思ったら料理長に殴られてしまって使えませんでした。「オレの視界に入るな」と言われて」
確かにその通りだけど。なんで本当の事を言うんだよ。これじゃ料理長が罪に問われるよ。確かに料理長は良く怒るし人望は無いけどどうして君は他人に罪を擦り付けるんだ。・・・待てよ、料理長が食糧庫の材料を使わせて、厨房で料理をさせていたらこんな事にはならなかったんじゃないか?子供だから料理が出来ないと決めつけた料理長が悪いんじゃないかな?そうだよ、悪いのは料理長だよ、全部料理長が悪いんだよ。僕が苦労したのも、罪を犯して殺されそうになったのも、あの子に殺されそうになったのも全部料理長のせいだ。
「レオナルドを此処に来るように。大至急だ」
「料理長をすぐに呼びなさい」
なんだか周りがうるさいな。どうしたんだろう?僕がいろんな事を考えているのに。現実逃避じゃないはずだ。僕は悪くない、悪いのは料理長とあの子だ。絶対に悪くないから、そんな目で見ないでよエリー。
「トルクがハンバーグのレシピをここにいるイーズの料理店に教えた様だ。今すぐに口止めをするんだ」
「わかりました、すぐに行きます。イーズとやらも一緒に来い」
呼ばれて反射的に返事をして、あの子がお金を借りた人、レオナルド様と一緒に食堂を出る。
「あの、どういうことですか?」
僕がレオナルド様に詳しい内容を聞く。
「あのレシピは伯爵様の派閥に教える事になっている。その為にあの料理法を広める訳にはいかないのだ」
「そんな、あの子が勝手に広めたんです。私や父は全く知りませんでした」
ハンバーグを教わった事が罪になるようだ。あの子は勝手に秘密のレシピを僕の父さんに教えたのか。なんでそんな事をするんだ。あの子が勝手に教えたのにどうして僕達親子が犯罪者になるんだ。
「トルクには料理を広めるなと言ってなかったからな。先に言っておけば良かったが色々あったから仕方がないか。まあトルクが考えた料理法だからな。あいつの料理がこんな事になるなんて考え付かないだろう」
「ハンバーグはあの子が考えた料理なのですか?」
「そうだ、他にもピザにホットケーキやサンドイッチ、パンプキンスープ等いろいろあるぞ。それにまだ考えた料理がありそうだな」
「・・・あの子は何者ですか。本当に男爵家の使用人ですか?」
「現在は使用人だな。将来は騎爵位を貰う予定の子供だ」
あの子は騎爵位が貰える。僕が欲しいと思っている爵位があの子は貰える。どうしてこんなにこの世界は理不尽な事ばかりなんだ。僕はあの子を今日一番強く恨んだ。
伯爵家から馬で僕の料理店に向かう。この時間は客も多い時間だ。料理店の近くに行くにつれて肉の焼ける匂いがする。間違いなく父さんはハンバーグを作っている様だ。レオナルド様は急いで料理店に入り厨房に許可なく入る。
「私はバルム伯爵領ウィール男爵家のレオナルドだ。責任者を出せ」
「は、はい。私がこの料理店の責任者です」
父さんが出てきてレオナルド様に膝をつく。周りの料理人も客も母さんも手を止めて僕達を見る。
「今日、トルクという子供が料理を教えたがその料理を作ることも広める事も許可できない」
「申し訳ありません。その料理を作って客に出しました」
「これ以上作るな。客に口止めをしろ。この料理法は今後禁止とする」
「わかりました。客には口止めをします。ですから私だけの命で許してください。他の人間はなにも知りません」
「安心をしろ。命は取らぬ。だが明日、伯爵家に来てもらうぞ。お前の今後を少し話したい。名前はなんという」
「はい、私はモータルと申します」
「ではモータルよ。明日、伯爵家に来い。お前達の事をサムデイル様とクレイン様と一緒に相談する。安心しろ、罪には問わないから」
レオナルド様の言葉に父さんや周りの人達はホッとしたようだ。そしてレオナルド様が厨房のハンバーグに目を付けた。
「ここにあるハンバーグは処理しないといけないな。捨てるのはもったいないから私が食べよう。すまないが個室は有るか?まだ夕食を食べていないからここの料理を注文してもいいだろうか?」
「は、はい。では個室にご案内します。それからハンバーグと他には何が良いでしょうか?」
「そうだな。料理長に任せる」
「かしこまりました。イーズ、レオナルド様を個室に案内を」
「は、はい、こちらです」
僕はレオナルド様を個室に案内した。
「こちらになります。すぐに食事を持ってきますので少しお待ちください」
「イーズ、すまないが少し話し相手になってくれ。今回はトルクが世話になったようだな」
「は、はい。僕はたいした事はしてないです」
「ははは、今回は私も責任の一端がある。トルクに銀貨を渡したのは私だからな。もっと詳しく内容を聞いておくべきだったが、トルクの血を流した顔の迫力に負けたのが原因だな。どうしてそうなったのか詳しく聞いていいだろうか?」
「はい、実はあの子が厨房に来た時・・・」
僕はレオナルド様にあの子の出会いから今までの事を話した。話が終わった頃に父さんが料理を持ってきてくれたがハンバーグの量が多い。これは一人では食べきれないだろう。
「うーむ、これは一人では無理か。イーズ、お前も食べないか?夕食はまだだろう?」
「申し訳ありません、私はただの料理人見習いです。貴族様と一緒に食べる事は出来ません」
「安心しろ、貴族と言っても騎爵位だ。そんなに変わらない。それに男爵家ではそんな事はあまり関係が無いからな。お前も一緒にどうだ?」
「それでは失礼します」
レオナルド様が父さんにも食事を勧めた。流石に父さんも爵位もちの人には逆らえず席に着く。レオナルド様は父さんが作ったハンバーグを食べて感想を述べた。
「うん、なかなか旨いな、いい腕だ。どこで料理の腕を磨いた?」
「はい、数年前まで伯爵家の厨房で勤めておりました。ですが結婚を機にこの料理店で働いています」
「そして息子は伯爵家の料理人見習いか」
「はい、現在の副料理長は私の友人でして頼み込んで伯爵家の厨房で雇ってもらっております」
僕の父さんは副料理長と仲が良い。昔は二人で先代の料理長に鍛えられたそうだ。今もこの料理店に食べに来てどこかのコネで入って来た現在の料理長の愚痴を父さんに言っている。
「私の一存では決めれないが現在、男爵家に料理人が必要でな。新しい料理を教えるから男爵家に来ないか?」
え、男爵家に?そしたら僕はエリーと離れる事になる。僕はレオナルド様に断ろうとするが。
「新しい料理ですか?行きます、行きますとも。ハンバーグみたいに新しい料理ですね。もちろん行きますよ、断るなんて料理人では有りません。お願いです、推薦をお願いします」
「しかし料理店は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。私が抜けても他の料理人がいます。新しい料理の為なら義父も許してくれるでしょう。それ以前に義父が男爵様の所に料理を習いに行きますよ」
「そうか、では二人ともクレイン様に推薦をしておくが、詳しくは明日の話し合いで決めるからそのつもりでな」
「はい、ありがとうございます。良かったなイーズ、新しい料理を習えるぞ」
僕は父さんの笑顔に答えられなかった。僕が男爵家に行けばエリーと別れる事になる。そしたらエリーは他の男と結婚するかもしれない。僕はどうにかして男爵家に行かなくてもよい方法がないかを考えた。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




