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「何をしているんだ?トルク」
伯爵様がオレに声をかけた。
「謝っています。サムデイル様、褒美はお母様と一緒に謝ってください。二人で謝って許しを請いましょう」
「・・・その、なんだ、リリア殿。トルクも反省をしていると思うから許してやったらどうだ?」
伯爵様が平民の為にマジで謝ってくれた。これで勝てる。二人の勝利だ。
「サムデイル様の謝罪はありがたいですが、この子の母親として少し話させてください。私が病に倒れたときからこの子には今まで助けて貰ってばかりでした。この子は私の代わりに家の仕事や畑仕事をしてベットから起き上がる事が出来ない私を助けてくれたのです。私の為にいろんな事をしてもらっているのに私は何も出来ませんでした。この子は私に心配をかけない様に頑張っているのに私は辺境の村では何も出来ない事がとても悲しく苦しかった。私のせいで村では友達と遊ぶ事もしなかった。病が治りかけた時も私の為と言って男爵家に行ってしまい、私は泣きたいほど自分の無力さを実感しました」
土下座の最中で母親の告白を聞く。オレが前世を思い出してから最初の記憶が父親から捨てられた事だもんな。そりゃ母親に同情するよ。そんな母親の為に頑張るのは当たり前じゃないのか?いや当たり前だ。幸薄い母親の為に頑張って炊事洗濯掃除狩りをする事は当たり前だ。村では村八分されて子供達からは物を投げられたけどマリーが居たし母親から魔法を教えてもらったからそんなに寂しくはなかった。
「この子が村から居なくなって私は一日も早く動けるように、そして子供達を助ける事が全てでした」
辺境の村でオレの妹の事を考えていたからな。良く寝言で妹の名前を言っていたっけ。
「やっとトルクに再会してもこの子は怪我をしたり私に心配をかけて寿命が縮まる思いです。アンジェ様から男爵家でトルクの生活を聞いてみましたが平穏な生活をしていると思っていたのに、私がここで聞く事は心配事ばかりです」
確かに伯爵領に来てから怪我や事件が多いよな。でも事件が向こうからやって来るから不可抗力です。
「この子には後で詳しく男爵家の生活を聞きますが、今までトルクに迷惑を掛け続けた母親なのに、迷惑を掛けた母親が子供を叱る事が出来るのかと思いました。この子が居なければ私は辺境の村で死んでいたでしょう。私が死んでいたらこの子は辺境の村で私の弟やマリーと生活が出来たのではないか?と、考えた事もあります。それなのにこの子は私の為に一生懸命でした。私はトルクの足枷になっているのではないかと。そんな迷惑を掛け続けた母親が子供を叱る資格があるのか考えてしまいました」
オレは立ち上がって席に座っている母親を抱きしめた。
「母さん、オレは貴方の子供です。親の心配をしない子供は居ません。だからそんな事を言わないでください。二人で妹を助け出して家族で幸せに暮らす事がオレの望みなのだから、そんな事を言わないで」
母親がオレを抱きしめ返して静かに泣いた。母親は今まで苦労をしてきたんだ。それを幸せにするのは子供の役目だ。
「母さんが幸せになるようにオレも頑張るよ。必ず妹を助けるし、なるべく心配かけない様にする。心配をかけたら叱ってもいい。だからそんな事を言わないで。オレのたった一人の母親なんだから」
オレは母親が泣き止むまで抱きしめた。母親はオレが居なくなった後はとても苦労をしていたのではないか?叔父さんやマリーの助けがあったとしても二回も子供と離れ離れになる事になったのだから。きっと心労は凄かったのだろう。本当に母親には迷惑をかけたな。
母親を慰めながらオレはどうやってこの後の母親との話し合いを逃げれるか考えていた。だって母親にこれ以上の心労はかけたくないし、何より今回の事件よりも大事は無いし・・・。無いよね多分。
それからアンジェ様や伯爵夫人が母親を慰め、気持ちを落ち着かせていた。男どもはそれを見ているだけ。オレは母親を抱きしめた後は母親の手を握り、アンジェ様達と母親を慰めた。男衆よ、少しは手伝えよ。
それから母親は皆に謝り気を持ち直した。そして、クレイン様が母親に謝る。
「リリア殿、トルクの件は誠に申し訳ない。私もトルクが無茶をしない様に心掛けよう」
「私もトルクが変な事をしない様に見守るわ」
アンジェ様も母親に言う。オレってそんなに周りに迷惑をかけたかな?男爵領では変な事はしてないし、伯爵家では厄介事が向こうから来たから仕方ないと思う。要するにオレに厄介事を振りまいた奴が悪いんだ。伯爵家を害しようとした帝国の人間が悪い。帝国に敵視される伯爵家が悪い。伯爵家の当主が悪い。だから原因はサムデイル様が悪い。だからオレは悪くないと思いたい。こんな事を言ったら不敬罪で罰が下されるだろうな。
「ワシも男爵家に向かわせる兵にもクレイン達とトルクを守るように言っておこう」
「それから、料理修行に来るイーズ達も守ってもらっていいですか?」
オレは伯爵様に頼んだ。
「今回、イーズやエリーさんも被害者です。特にエリーさんは誘拐されて心に傷を負っているでしょう。エリーさんも守ってください。出来ればイーズがエリーさんの心の傷を癒せればいいと思いますが、イーズが男爵領に来れば伯爵家に残るエリーさんが心細いでしょう。どうにか出来ませんか?」
「ふむ。なあ、ネーファ。エリーも男爵家に向かわせてはどうだろうか。アンジェの話ではイーズとやらとエリーは付き合っている様だ。エリーの心傷を癒すのに男爵家に行くもの良いと思うが」
伯爵夫人に言うがあまり良い顔をしない。エリーさんは結構信頼をされているんだな。
「私の侍女にしていれば危険も無いわよ。それにマリーちゃんの教育係もさせるし、私もエリーの事を気に掛けるから大丈夫よ」
アンジェ様が伯爵夫人を説得する為にあの手この手を使って押すようだ。
「男爵家に行くのは承諾しますがエリーの結婚の相手は平民ではダメです。少なくとも騎爵位を持っている人でないと私は納得しませんよ」
「何を言っているの、お母様。平民でも良いじゃないの。二人とも愛し合っているのに」
「それとこれとは話は別です」
「どうして騎爵位の人でなくちゃダメなの。二人とも付き合っているのに」
・・・うーむ。この二人の会話は平行線だな。オレは母親に視線を向けて助けを頼んだ。
「落ち着いてください。お二人の言い分は解りますが、エリーさんの本心はどうでしょうか?仮に騎爵位の方と結婚してもエリーさんは幸せになれるのでしょうか?そしてイーズさんと結婚しても身分違いで周りが騒動を起こすなら不幸になるのではないでしょうか?皆さんのエリーさんを思う気持ちは解りますが、幸せを願うのでしたらエリーさんの希望を叶える方が良いと思います。私みたいに周りから決められたら彼女は後悔をするでしょう」
流石は母親だ。すごく説得力がある。古傷をえぐる様な事を言わせてごめんなさい。でもアンジェ様も伯爵夫人もすごく反省をしているようだ。確かに二人ともエリーさんを幸せにしたいが、二人の言い分がエリーさんを幸せにする事が出来るか分からないからな。しかし今後の展開は予想がつくな。
「では、エリーを呼んで直接聞きましょう」
だよね、本人に直接聞くのが一番手っ取り早いよね。流石はアンジェ様。予想通りだ。
「それから、料理人見習いのイーズも呼びましょう。イーズがエリーを幸せに出来るか見て確かめます」
伯爵夫人も平民のイーズがエリーを幸せに出来るか確認するようだ。頑張れイーズ。貴族の圧迫面接を乗り越えてエリーさんをゲットしろよ。ヘタレには難しいと思うからオレもフォローをしてやろう。
レオナルド様がアンジェ様の命令で二人をここに連れて来るように頼み部屋を出た。伯爵夫人は侍女を呼んでお茶の用意を頼む。クレイン様と伯爵様は考え込んでいる。きっとどうしてこんな状況になっているのか考えているのだろう。オレは母親と話をした。
「なあ、母さん。やっぱり平民が貴族や騎爵位の人と結婚するのは難しい?」
「そうね、平民の男性が貴族の女性と結婚するなんて駆け落ちくらいかしら。仮に両親を納得させて婚約できたとしても周りが騒いで無かった事になる方が多いわね」
「じゃあ、平民の男が爵位を貰って貴族の女性と結婚するのは?」
「平民が爵位を貰う事なんて騎爵位ね。それ以上は貴族院の許可が必要だから余程の事がない限り無理でしょうね」
「貴族院?」
「簡単に言えば貴族によって構成されている議院だ。貴族の記録や爵位の変更、法の決議や変更。罪を犯した貴族の裁判等だな」
クレイン様が説明をしてくれた。前世の貴族院と似ているな。
「では、クレイン様も貴族院の議員ですか?」
「議員だけど男爵だから立場は下の方だな。しかし義父は私よりも立場は上だぞ」
「伯爵家の当主だ。男爵よりも立場は上だが、ワシ等も派閥は少数派だからな。そこまで力はないぞ」
貴族も大変だな。派閥が有ったり、賊から命を狙われたり、戦争に参加したりおまけに今回は面接か。
「確か平民が男爵の位を貰ったのは十年くらい前だったな。戦争で敵の将軍を倒して英雄に祭り上げられ、男爵の位を貰ったはずだ。その後、他の貴族の命令でまた戦争に参加して戦死した。その男爵には子供がいない上、貴族院が他の親族を後継者として認めなかったから男爵家は取り潰しになり、その後は他の貴族の領地になったそうだ。平民が貴族になっても他の貴族達から厄介事を押し付けられて早死にするな」
貴族こえーな。ドロドロとして近づきたくないぞ。そんな事を考えていたらドアからノックが聞こえた。
「失礼します」
レオナルド様の後ろからイーズとエリーさんが部屋に入って来る。イーズよ、エリーさんの為にも頑張れよ。
そういえばオレや母親は面接会場に居ても良いのかな?場違いだと思うけど。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。