閑話 お茶会
ネーファ・ルウ・バルム伯爵夫人は現在、伯爵家の中庭で優雅にお茶を飲みながら会話を楽しんでいる。娘のアンジェ・ルウ・ウィール男爵夫人、孫のポアラと新しい魔法の教師のリリア、そして使用人希望のマリーと五人でお茶会を楽しんでいる。娘のアンジェが年に一回しか帰らないのでこの時期のお茶会は楽しみにしている。今回はアンジェやポアラの他にもリリアとマリーも参加している。アンジェやリリアはお茶のマナーは出来ているが子供のポアラやマリーはまだまだ。去年に比べればポアラは上達しているが、格上の爵位を持っている貴婦人が相手ではまだまだね。
来年の学校までにはキチンと教育をしないといけない。マリーの場合、お茶会は初めてだからリリアに作法を教わりながら学んでいる。初めてのお茶会だから緊張をしている様だが一回教えてもらった事は忘れないのか良くできている。
「マリーちゃん、お茶のお代わりはいかが?」
「ありがとうございます、ネーファ様」
「あまり、硬くならないで頂戴。今日のお茶会は家族しかいないのだから」
ニッコリ微笑んでマリーにお茶を入れる。
「お母様もあまりマリーちゃんをいじめてはダメよ。こんなに緊張をしているじゃないの」
「あらあら、いじめるなんて酷い言われ様ね」
「いきなりみんなをお茶に誘うなんて、もう少しゆっくりでいいのに」
「あら、私の楽しみを奪うの?家族のお茶会が私の楽しみなのに」
「私やリリアさんだけでいいじゃない、マリーちゃんは初めてのお茶会よ。もう少し後でも良いじゃないの」
「あら、初めては誰でもあるわ。今でも良いじゃないの」
「まったく、お母様は」
綺麗な庭で貴族とお茶を飲む、平民の女の子にはハードルが高いのは分かっているが娘や孫と一緒に居る時間があまりないから、少しでも一緒にいても良いはず。マリーは緊張しながら、ポアラは相変わらず表情が読めないけどチラチラとリリアとマリーに目をむけている。
「今日のお茶はどうかしらポアラ」
「美味しい」
話題を振っても簡単な言葉で終わってしまう。格式の高い貴族のお茶会に呼ばれてこの会話術ではダメね。
「この葉はロンギア男爵領の茶葉でしょうか?」
リリアさんがお茶を飲み、茶葉の産地を当てた。さすが伯爵家に居た人だ。
「正解よ、今日の為にとっておきの葉を出したの。いかがかしら」
「とても良い香りのするお茶ですね、このようなお茶を飲むのは初めてかもしれません」
ニッコリ笑いながら優雅なしぐさでお茶を飲む。
「ロンギア男爵領ではこの茶葉を特産として出しているわ。王都でも人気があるみたいよ」
この茶葉に金貨を出す貴族もいるらしいけどね。私はコネで格安で譲ってもらっている。
「ロンギア男爵領と言えば確かムーア伯爵領内ですよね。王都の隣の領地でワインの産地で有名でしたがお茶の葉も特産にするなんてすごいですね」
リリアさんがポアラとマリーに分かるように説明している。良い教師になるだろう。
「そういえば、リリアさんに教えて頂きたい事があるのですが良いですか」
「なんでしょうか、アンジェ様」
「子供達の教育についてです。どうしたらトルクのような子供になるのか、どのような教育をしたのですか?」
「トルクの教育ですか……」
少し考え込んでいるようだ。私から見てもトルクは年齢の割には考え方や振る舞いが成熟している。今回の旅でドイルを助けるために魔法を使って賊からドイルを守った。考え方も子供の考え方ではない。エイルドやポアラと同じ年齢のはずだが明らかに考え方が違う。
「実を言うとトルクには文字や算術、魔法を教えましたが教育に関しては何も出来なかったのです。村に戻ってからしばらくして体調を崩してベッドに居る時間の方が多かったので教える事が少ししか出来ませんでした。しかしトルクは私を助けるために水魔法を使って生活水を作ったり、狩りでサウルを捕って料理を作ったり、家の掃除や薪割りや洗濯などを一人でやっていました」
「……それは何歳からですか?」
「……六歳からです」
六歳からと聞いて驚いた。今のドイルと同じ年齢ではないか。リリアさんの話を聞いたアンジェもポアラも驚いている。
「以前の家でも私達は教育を出来ませんでした。出来る事は簡単な読み書きと礼儀作法くらいです。もしかしたら侍女が教育をしていたかもしれません」
「侍女というと伯爵家のですか?」
「はい、私の友人です。彼女がいなければ私はどうなっていたのか分かりません。彼女にはいろいろと助けられました」
遠い目をしている。その頃の生活を思っているのでしょう。
「トルクはマリーの面倒を見たりしてましたね。私の代わりに勉強や魔法を教えていました。マリーも魔法の才能が有るみたいで水の中級レベルになっています」
マリーも魔法が使えるのは知っていたが水魔法の中級レベルとは知りませんでした。思わずマリーを見たが緊張した顔で固い笑顔をしています。
「私も中級魔法は使えるもん」
ポアラがいきなり会話に入ってきた。そして両手を前に出して手のひらを上にして両手から水の玉を出す。
「今ではこんな事も出来る」
両手で魔法を出す事はとても難しいはずだが簡単にやってしまう孫を見て驚いた。その後に両手から火の玉や石礫を出している。
「ポアラちゃんすごい。どうすれば出来るの」
「頑張った」
「私も出来るかな」
「大丈夫だと思う」
「じゃあやってみるね」
マリーが魔法を使おうとするがリリアさんに止められた。
「マリーちゃん、お茶の席で魔法を使うのはダメよ。ポアラ様も魔法を止めて下さい」
残念そうにポアラが火の玉を消してしまう。ポアラはこの一年で成長をした様ね。
「マリーちゃんも言葉使いを習わないとね。ポアラ様と呼ばないとダメよ。皆さんにも敬語で話さないとね」
「は、はい、分かりました」
「ポアラ様、申し訳ありません。まだ教育が出来ていないのです。お許しください」
「別にいい」
ポアラがお茶を飲みながら返事をする。ポアラのしぐさにリリアさんがアンジェを見た。
「アンジェ様、ポアラ様は貴族の教育はどのくらいできていますか?」
「男爵家だから平民と一緒の事が多くてね、少しずつ教育をしているけどね」
二人の言いたい事はわかる。ポアラは貴族と平民の差が分かっていない。貴族が平民と仲良くなるのは良いが、けじめをつけないといけない。
平民は貴族のいう事を絶対に聞く。貴族のいう事を聞かない平民は殺されてもかまわないが、有事の際は平民を守るために貴族はいる。
ポアラやマリーは貴族の教育がまだ出来ていない様だ。トルクはどうなのかしら?そんな疑問をリリアさんが聞いた。
「アンジェ様、トルクの教育はどうなのでしょうか?」
「トルクも教育は出来ていないみたいね。うちの執事のダミアンから習っているけどまだまだよ。前にポアラと一緒にお茶をしていたけど意味が分かっていなかったしね」
……ポアラと一緒にお茶をしていた。ポアラも異性とお茶をする意味を分かっているのかしら?普通に考えたらポアラの婚約者か恋人と判断するけどトルクは平民よね。
「ポアラ様、トルクと一緒にお茶をする意味は分かっていますか?」
「異性をお茶会に呼ぶのは婚約者か恋人・許嫁しか呼ばないと後で知った」
ポアラの言葉にリリアとマリーが驚いた。マリーは異性をお茶会に呼ぶ意味を知ったみたい。リリアさんはトルクが犯した罪を考えている。
この場合の罪は平民のトルクにある。知らないからと言って貴族のお茶会に参加するなんてクレインが知ったらどうなる事やら。しかし明るい声でアンジェが言った。
「大丈夫よ、リリアさん。これは練習という事でクレインも納得したわ」
「誠に申し訳ございません。トルクには言って聞かせます」
「別に良いわよ。トルクは将来甥っ子になるもの。もしくは義理の息子かしら」
笑いながらとんでもない事をアンジェは言った。確かにうちの夫はリリアさんとトルクを守るとは言ったけどまだリリアさんを養女にするとは言っていない。そんな事を言って大丈夫なのかしら。リリアさんが困った顔をしてるわよ。
「アンジェ様、この事は内密ですよ」
「大丈夫よ。ね、ポアラ。将来は誰と結婚をしたい?トルクはどう?」
ポアラに結婚相手を聞いてくるが答えが残念だった。
「私を領主にしてくれる人」
「ポアラ、女性は爵位を貰えないわ。領主にもなれないのよ」
「ポアラ様、領主は男性にしかなれません」
アンジェとリリアさんがポアラに言うが。
「爵位はそのままで私に領主の座を渡してくれれば大丈夫」
大丈夫ではありません。そんな貴族の男はいません。領主の座はその領地で一番偉い人ですから、その地位を渡す人はいませんよ。
私が呆れていると中庭にクレインが入って来た。
「お茶会の最中に申し訳ない。エイルドとドイルとトルクが家に居ないので探しているのだが知らないだろうか?」
「いえ、私達は知りませんよ」
アンジェの言葉にリリアさんもうなずく。しかし私は思い当たる事が有る。
「そういえば、去年の話だけど「傭兵ギルドでランクを上げる」って言ってなかったかしら」
その事を聞いたクレインが「まさか」と言った後、
「ランクを上げる為に傭兵ギルドに行ったのか?しかし身分証が必要だろう。エイルドは持っていないはずだ」
「身分証はお父様に預けているわよ。なんでも伯爵領で身分証を替えるって言っていたから」
エイルド達が傭兵ギルトに行っているかもしれないわね。それを聞いたリリアさんがクレインに言った。
「クレイン様、トルクの身分証は私が今持っていますが、ランクを上げるのは止めて頂ければと思います。トルクの父親の事もありますので」
「そうだな、義父上に聞いて身分証の所在とエイルドの居場所を聞いてくる、お茶会を邪魔してすまなかった」
クレインがあの人の所に行くようね。相変わらず忙しい子ね。若くして男爵家を継いで領地や農園を管理するのは大変だと思うけどもう少しゆとりを持って行動をしてほしい。まあ、動かず口だけの貴族達よりも何倍も良い。
クレインも娘と結婚するために戦争で武勲を上げたりして口よりも行動で結果を出して義理の父である私の夫にも信頼されているし、なにより娘が不幸でなく幸せの様だ。子供にも恵まれて良い事だわ。本来なら伯爵家にはアンジェしかいないから入り婿としてクレインが伯爵家を継ぐはずだったけど「孫に伯爵家を継がせても良い」と旦那が言ったからクレインは男爵家を継いだのだ。
伯爵の継承権はエイルドとドイルだけど、どちらが伯爵を継ぐのやら。
「どっちが伯爵位を継ぐのかしら?エイルドは爵位には興味ないしドイルはまだよく分かっていない様だし」
アンジェの言葉は頭が痛い言葉ね、どちらかが爵位を継いでもらわないと。
「だから私が爵位を継ぐ、二人に任せると領地が荒れる」
「ポアラ様、女性は爵位を継げませんよ」
リリアさんがやんわりとポアラをたしなめるが、アンジェがすごい事を言った。
「だったらトルクが爵位を継いでポアラがトルクと結婚をしたら領地を貰えるかもよ」
リリアさんが固まった。養女になれば継承権はトルクにもあるしアンジェの娘のポアラと結婚すれば血縁的にも問題ない。
「アンジェ様、それは」
「リリアさん、いいではないですか。これで私達は姉妹になりますよ」
まだ姉妹になる事を諦めていないのですね。昔から妹が欲しかった子だから。
しかし、アンジェの言葉を聞いたポアラが言った。
「トルクはダメだと思う」
「ダメ?どうしてなの?ポアラ」
ポアラがダメ出しをした。
「トルクと結婚すると苦労しそう」
「結婚したら苦労するの?」
「トルクは苦労人だから結婚したら私も苦労する。だから止めておいた方が良いと思う」
「確かにトルクお兄ちゃんは苦労人だよね」
その言葉を聞いたリリアさんは頭を抱えて考え込んでいる。
「でも、今は苦労人だけど将来は分からないわよ」
アンジェはトルクを随分信頼しているみたいね。確かにトルクはよく男爵家の為に働いているけどまだ使用人よ。
「まあまあ、将来の話はまた後日にしましょう」
まだ、結婚は早いだろう。アンジェの考えは置いといてお茶を楽しみましょう。
でも、トルクの事を考えたらかわいそうになったわ。子供二人に苦労人扱いされて。今度はトルクの将来が心配になってきたわ。
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