閑話 祖父の後悔3
トルクが男爵の下人になってしばらくたった。
長女は現在、次男の家に住んでいるがトルクがいなくなった事でまた体調を崩した。
ばあさんと次男と孫のマリーが懸命に看病をしているが、トルクがいなくなってからは泣いたりして笑顔がなくなった。
笑顔が無くなったのはマリーもだ。マリーもトルクがいなくなり最初は泣き続けたが今では。
「私がトルクお兄ちゃんを助ける」
と言って勉強や魔法の訓練に励んでいる。
次男は次期村長としての仕事を手伝ってもらっているがあまりやる気がない。
村の為に家族を犠牲にする村長の考えが出来ないみたいだ。
今年も豊作を期待していたが作物が上手く育たない。前と同じ不作になりそうだ。
去年の備蓄が有るとはいえ、また村の誰かが身売りをしなければいけないかもしれない。
サウルの被害も深刻になっている。トルクが毎日サウルを捕っていたから畑は荒らされず、肉が食卓に並んでいたが、トルクがいなくなったのでサウルの被害も増えた。
長女とトルクが帰ってきたときは豊作に恵まれたが、トルクが村から出て行ったら例年通り、不作になっている。
今年も貴族の文官様がやってきた。
例年通り税の取り立てと村の現状を報告する。
「今年は平均より少し下がったな、去年と一昨年は多かったが、またその前に戻ったようだ」
「はい、申し訳ありません、村のみんなで懸命に育てていますが今年は出来が良くなかったです」
貴族の文官、レオナルド様が考え込んでいる。今年も豊作を期待して来たのだろう。しかしこのありさまだ。
「村長、畑に腐葉土は撒いているのか?」
「腐葉土?」
「トルクに教えてもらったが、森の土を畑に撒くと畑の栄養が回復をするらしい。現在は男爵領の農園でもやっているが、この村ではやってないのか?」
そういえば次男は畑に他の土を混ぜているな。多分それだろう。
「この村では次男の畑でしかしていません。変な物を撒いて畑が全滅したらいけないので」
「農園では実りが豊かになったぞ、お前達もやってみたらどうだ」
「分かりました、村のみんなに伝えておきます」
「それからトルクの母親に用事があってな、案内をしてもらってもよいか」
長女に用事があると聞いたとき、心臓が速くなる音が聞こえてくる。体から汗が出てくる。また、長女が苦しむのか。私の様子を見たレオナルド様が言った。
「村長、大丈夫か?」
大丈夫ではない。長女がまた、不幸になるかもしれない。なんとかしなければ。
「実はリリア殿には魔法の教師をしてもらいたくてな。それにトルクも男爵家にいる。二人で住めばトルクも嬉しいだろう。今回はそれを言いにきたのだが、リリア殿の体調の事もある。急に男爵家に行くのは難しいだろう。来てもらうのは来年の春くらいに考えている。」
男爵家でトルクと一緒に住む。その言葉を聞いて嬉しかった。レオナルド様もトルクを心配してくれている。長女もトルクの所にいけて嬉しいだろう。体から汗が引いて、心臓の音もゆっくりになっていく。これはうれしい知らせだ。ワシは長女の所に案内をする。
次男の家の前で次男に会った。長女の事で相談があると言ったら同席を求めたのでワシはレオナルド様に許可を取ってみんなで家に入る。
家の中には長女とマリーとばあさんがいた。
現在、長女は次男の家に住んでいる。今日はベットから起き上がって、リビングの椅子に座って縫物をしながらばあさんと話している。
隣でマリーが文字の勉強をしているようだ。
「どうしました、おじいさん」
「レオナルド様がリリアに用事があって案内をした。みんなも聞いてくれ」
「初めまして、リリア殿。私はウィール男爵家に仕えるレオナルドです。貴方の事はトルクから聞いてますよ」
「初めまして、レオナルド様。リリアと申します。トルクは元気にしているでしょうか?」
「クレイン男爵様の元でよく働いてくれている。とても賢い子供だ。クレイン様のお子様達とも仲が良く、使用人達からも評判も良い。あの子を育ててくれた貴方に感謝をしたい」
「ありがとうございます。母として嬉しい知らせです」
トルクは男爵家でよく働いているみたいだ。貴族の世界は平民に厳しいがなんとかなっているようだな。
「今回はリリア殿にお願いが有ってきたのだが良いだろうか。男爵家ではクレイン様の長女、ポアラ様が魔法を使えるが魔法の教師が男爵領にはいないのだ。トルクに魔法を教えた貴方に魔法の教師をしてもらいたい。良かったら男爵家に来てくれないだろうか?」
「私が魔法の教師ですか?」
「今はトルクと一緒に魔法の勉強をしているが、やはり教師がいた方が良いと思ってな。魔法以外の勉強も教えてくれれば幸いだ。それにトルクと一緒に住める。クレイン様の奥様、アンジェ様もトルクが母親と別れた事を気にしておいでだ。男爵家に来てくれないか」
長女が嬉しさのあまり泣いている。ばあさんとマリーが慰めているがやはり嬉しいのだろう。トルクに会えるのだから。
「もちろん男爵家に行きます。お願いします」
「分かった。しかし、体調が悪いと聞いている。だから治ったら来てほしい」
確かに今の体調では旅は無理だろう。男爵家まで一週間位かかると聞いている。
「大丈夫です、すぐに準備をしますので」
「待ってくれ、ここから男爵家まで一週間はかかる。私も他の村に行くから今回は無理だ。だがここから四日くらいで伯爵領の町がある。男爵家は毎年、春先に伯爵領の街に行くからその時期に行こうと考えている。体調が治ったら春先に私がリリア殿と一緒に行けば問題も無い」
春までおよそ四ヶ月。それまでに長女は体調を回復させて男爵領に行く。今すぐにでも行きたいだろうがこればかりは仕方がない。
「この金で体調を整えて支度をしてくれ」
懐から袋を出す。お金のようだ。長女は中を確認した。
「銀貨がこんなに、いいのですか?」
「前金と支度金だ。これで体調を整えて用意をしてくれ。春先にまた来る」
「ありがとうございます。必ず体調を整えておきます」
長女はトルクに会いに男爵家に行く。そして今度こそ親子で幸せになってほしい。肩の荷が少し降りた感じがする。
「あ、あの、お願いがあります。私も連れてってください」
全員が一斉にマリーの方に顔を向ける。
「お願いです。私も連れてってください。使用人にして下さい」
「マリー、どうしたんだ。何てことを言う」
次男がマリーをとがめる。マリーが真剣な顔でレオナルド様に言った。
「叔母さんだけじゃなくて、私もお兄ちゃんの所に行く。その為に勉強も魔法も頑張ったもの。今度は私がお兄ちゃんを助けるの」
マリーが頑張っている事はみんな知っている。体調を崩していた長女を助けるために色々していた。勉強や魔法の訓練も頑張っている。
「レオナルド様、どうかマリーも一緒に連れて行ってくれませんか?マリーは姉さんから勉強を教えてもっているし魔法を使えます。男爵家で礼儀作法を教えて頂きたい」
次男よ、何を言っている。貴族に関わって良い事なんてほとんどないのに。そして次男は私の方を向いた。
「父さん、オレは村長にはなりたくないよ。貴族様の勝手な命令で兄さんを戦争で無くし、姉さんは貴族にさらわれた。姉さんが村に戻ってきても貴族の陰険な命令に従った。オレは村長にはなりたくない。出来れば男爵様の領地で暮らしたいよ」
「何を言っている、村を出て行く気か」
「オレも考えたよ、ずっと。しかしマリーの幸せを考えてくれ。また変な貴族に目を付けられたらどうする。それなら男爵様の庇護下に入った方がいい。次期村長はオレの亡き妻の弟ができるだろう。引継ぎをしたら父さん達も一緒に来ればいい。姉さんとオレの稼ぎで何とかなるだろう」
……ワシも年だし村長をするのは疲れた。子供や孫の為には良いのかもしれない。ばあさんもこっちを見ている。娘や孫と離れたくないのだろう。この年になって他の土地に行くか。それも良いかもしれない。
「村長の事は今度の集会で話し合おう。引継ぎも一年位はかかるが何とかなるじゃろう。その間にワシらが住める所を探してくれ」
みんなに言った。これでまた家族が幸せに生活が出来るかもしれない。
「では、マリーもリリア殿と一緒に行くことで良いかな。マリーにはご息女のポアラ様の見習い使用人になってもらおう。私が男爵様に伝えておく」
「ありがとうございます。頑張ります」
マリーが元気に返事をする。トルクに会えるのが嬉しいのだろう。
「では、私はこれで失礼をする。では春先に会おう」
レオナルド様が立ち上がる。
「ありがとうございます。村の外までお見送りします」
私も立ち上がりレオナルド様を見送る。次男も一緒についてきた。
「今回はありがとうございました。娘の事を考えていただいて」
「トルクもまだ子供だ、母親と一緒にいたいだろう。それにリリア殿にはアンジェ様の話し相手も出来そうだ。同じ世代の子供を持つ二人だ。話も合うだろう」
「しかし、マリーも一緒でよかったのですか」
「マリーはリリア殿から教えを受けている。魔法も使えるしポアラ様も同年代の友人が必要と考えていたからな。マリーの事は安心をしてくれ」
レオナルド様が次男に言った。この方は気配りが出来る人だ。本当にこの方が村の管理をしてくれて助かる。
「ありがとうございます。私も将来、男爵領に移りますのでまた、よろしくお願いします」
「うむ、楽しみにしているぞ、では私は次の村へ向かう。また春先に会おう」
レオナルド様が馬に乗って村を出る。ワシは次男に話しかけた。
「本当に、村から出て行くのだな」
「この村は戦争の被害にもあっているし魔獣もいる。マリーの幸せを考えたら辺境より町の方が幸せになれそうだよ」
「そうか……」
「亡き妻の願いはマリーの幸せだ。その為にならなんだって出来る」
「そうじゃの……」
ワシはいま生きている人の幸せを考えたい。ワシが死んだ後もみなが幸せならそれで良い。次男の家に戻ると。マリーが騒いでいる。
「叔母さん、礼儀作法を教えて。今のうちに覚えるの」
「先に体調を回復するのが先よ。母さん、このお金で栄養の有る物を買ってきて。体を良くしないと」
「二人とも、もう少し落ち着きなさい。倒れるわよ」
ワシ達が帰ってきたのに気づいたマリーが言った。
「お爺ちゃん、お兄ちゃんからの手紙はもらった?今度来るときに手紙を持ってくるって言っていたよね」
……レオナルド様が手紙を渡すのを忘れたのか、トルクが手紙を書くのを忘れたのかどっちだろう。
それから月日がたち、春になった。今日、レオナルド様がこの村に来ると手紙が来た。しかしトルクの手紙は無い。手紙を書いていないな。
この冬はいろいろあった。畑に森の土を混ぜたり。集会で次の村長を決めたり、次期村長に文字を教えたり。長女が春を待たずに男爵領に出ようとして説得したり、マリーが礼儀作法の勉強したり、次男に再婚相手をすすめたり、ばあさんが長女とマリーの気苦労で倒れたり。
ワシも気苦労で倒れる所だった。次女には手紙を送り近いうちに男爵領に引っ越す事を書いた。その返信はまだ来ないが引っ越すまで時間がある。それまでには届くだろう。そういえば次女から結婚をしたという手紙はまだ来ていない。まあ、次女は要領が良いから大丈夫だろうがもう行き遅れの年齢だ。今度結婚相手はいるのかを次女の手紙に書いておこう。
旅の準備をした長女とマリーが村の出口でレオナルド様を待つ。もう少しで着くだろう。
お、来たようだ。
「待たせてすまない。では行こうか」
「はい、道中よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
マリーも礼儀が良くなったものだ。長女がキチンと教えていたからな。
「姉さん、マリーを頼んだよ。オレも後でみんなといくから」
「分かっているわ。住む家も調べておくから」
「お父さん、お爺ちゃん、おばあちゃん。行ってきます」
「いってらっしゃい。二人とも体には気を付けてね」
ばあさんが二人に別れの挨拶をする。一年位の辛抱だ。すぐに家族みんなで暮らせる日が来る。
「二人とも頑張ってな。あと、ワシからトルクに謝罪をしたいと言ってくれ。あの子には村では酷い事をした。次にトルクに会うときは謝りたい。頼むぞ」
トルクに謝って、今度は孫と暮らす。そんな将来を考えたら幸せになれそうだ。
「おお、これを忘れていた。トルクが稼いだお金だ。リリア殿に渡しておく」
レオナルド様が懐から袋を出して長女に渡した。トルクが稼いだお金?下人には無いはず。
「え、銀貨が百枚位ありますよ」
長女がお金の量に驚いている。銀貨は百枚といえば半年は遊んで暮らせる金額だ。
「正当な報酬だ。トルクは男爵家の使用人だが、将来は当主の下で働く騎士爵位を貰えるだろう。トルクが男爵家で働き始めてから良い事がいろいろあってな。これからもずっといて欲しい」
……はて?使用人?騎士爵位?
「待ってください、トルクは下人として農園に行ったのではないのですか?」
「最初は農園の働き手が欲しくて探していたが、噂で魔法が使える子供がいると聞いて、男爵家の使用人に変更をしたのだ。男爵領に帰る時にトルクと一緒に話をしていたが、農園の仕事を覚えさせて男爵家で働いた方が良いと判断して最初は農園で働いて現在は男爵家の使用人、いやクレイン様のお子様達の側で働いている」
レオナルド様は下人を探しているのではなく、使用人を探していた?
「お子様達の側で一緒に勉強したり、鍛錬したり、魔法の勉強をしたり遊んだりしている。私の仕事も手伝ってもらっている。トルクは計算が得意でな。役に立っているぞ。後は建物の掃除や料理を作っているな」
「レオナルド様、少し待ってもらっていいですか」
ばあさんと長女と次男とマリーがワシの方に顔を向ける。言いたい事は分かる。
「あなた、トルクは下人になったと言わなかった?」
「お父さん、トルクは下人になったって言ったわよね?」
「父さん、トルクはマリーの代わりに下人になると言ったが」
「お爺ちゃん、お兄ちゃんは大丈夫なの?」
ワシの勘違いだったのだろうか。レオナルド様が下人ではなく使用人を探している事は知らなかったわい。困ったな、これはみんなから責められる。
「おっとワシは用事があった。ではレオナルド様。二人をよろしくお願いします。ワシは用事を思い出したので村に戻ります」
四人から責められるのと二人から責められるのなら、数が少ない方が良いに決まっている。
ワシは速足で村に戻りながら言い訳を考えた。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




