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……目が覚める。ふかふかのベッドにいる様だ。なんで寝ているか考えていると横から懐かしい声がした。
「トルク、目が覚めたのね」
「お兄ちゃん、よかった」
母親とマリーの懐かしい声だ。意識を向けるとマリーがオレに抱き着いてきた。母親はオレの頭を撫でる。段々と意識がハッキリしてきた。確か賊がドイル様を人質に捕ろうとしたから阻止をして殴られたんだっけ。意識がハッキリした。ドイル様はどうなった?
「ドイル様は無事か?」
周りを見渡すとどこかの屋敷の部屋の様だ。急いでベッドから起きようとするが、体が痛くてうずくまる。
「痛たた、体が痛い」
「お兄ちゃん、ドイル様は無事だよ」
「トルク、ドイル様は無事だから貴方はまだベッドで寝てなさい。怪我をしているのよ」
母親とマリーが居る。辺境の村に帰ってきたのか?でも辺境の村にはこんな豪華な部屋は無い。
「あれ?母さん、マリー。何でいるの?」
「貴方は賊に襲われて三日間も寝込んでいたのよ。怪我をして熱を出して大変だったんだから」
「あのね、私達も男爵様の所で働く事になったの」
……男爵様の所で働く?下人になったのか。マリーの代わりにオレが下人になったのにどうしてだ。母親もマリーも下人になったのか?
……オレは考えた。男爵様に直訴して二人を下人から解放して貰おうと。下人以下の存在になっても二人だけは無事に辺境の村に帰らせる。
そう決めた。
コンコンとドアからノックが聞こえる。母親が客人を部屋に招いた。
「トルク、無事に目が覚めた様だな」
「心配をしたぞ」
男爵様とレオナルド様が部屋に入って来た。丁度いい、今から直訴だ。ベッドから跳ね起きて二人の前に座って土下座をする。
「クレイン様!どうか母さんとマリーを助けて下さい。お願いします。私が二人分、いえそれ以上働きます。何卒二人を助けて下さい。お願いします」
……全員、誰も喋らない。痛さを堪えながらオレは男爵様に直訴した。
「お願いします。母さんは病気がちですし、マリーはまだ子供です。下人には向きません。私がその分を負担しますから何卒、二人を故郷の村に帰してください」
……全員、誰も喋らない。まだ足りないのか。オレが出来る事は他に何がある?
「お願いします。二人を帰してください。オレは下人でも奴隷でもペットにでもなりますから」
「待て待て!トルク。何か勘違いをしてないか?」
レオナルド様が沈黙を破りオレに言った。
「リリア殿は魔法の教師として雇うつもりだ。マリーはお前と同じポアラ様の使用人兼友人として雇う。下人ではないぞ」
二人とも下人ではなくきちんとした雇用で雇うのか。ん、オレと同じ使用人?
「トルク、お前は男爵家の使用人として雇っているのだぞ。クレイン様はお前を下人のつもりで雇ってはいない。何を勘違いしている」
「え、村から出るときに私は下人として売られたと聞いていますけど」
「誰にそう言われた」
「村長です」
……また部屋が静かになる。誰も喋らない。
「……レオナルド、お前は……」
「待ってください。私は魔法が使える子供を使用人として雇ったつもりですが、村長が下人と勘違いをした様なのです」
「だがトルクはこの一年間ずっと下人と勘違いをしていた。トルクの給金はやっていたのか」
「辺境の村の村長から給金はリリア殿に渡す様に頼まれたと聞いたので渡していました。後は、私個人がトルクの為にお金を貯金しています」
オレは下人ではなくて使用人?
いつの間にランクアップしたんだ?まだ少し混乱している。村長はオレをマリーの代わりに下人として売ったけど、レオナルド様はオレを使用人として雇っていたのか?村長が使用人と下人を勘違いしたのか。だったらオレのこの一年の苦労はなんだったんだ。
「クレイン様、申し訳ありませんが、トルクをベッドに戻しても良いでしょうか?」
母親がクレイン様に言ってオレをベッドに運ぶ。オレは怪我をして寝込んでいたんだった。痛い体をゆっくり動かしながらオレは母親の助けでベッドに戻った。
それから今の状況をレオナルド様や母親から聞いた。
「トルクには内緒にしていたが、リリア殿をポアラ様の魔法の教師として雇おうと考えてな。それにアンジェ様のお茶の相手や話し相手にも良いと思っている。マリーはポアラ様の使用人として雇う予定だ。来年からエイルド様とポアラ様は王都の学校に通うからその為に年齢が近い使用人が居た方が良いと思って雇った。トルクもエイルド様とポアラ様の使用人として王都の学校に行く予定だぞ」
……初めて聞きました。学校に行くなんて初耳だぞ。続いて母親からは。
「トルクが私に黙って男爵様の所に行ってから、私はしばらく寝込んでいたけど、マリーちゃん達に助けられたわ。貴方が出て行ったから村人からの無視は終わったけど、それでも貴方を犠牲にして生活をするのは苦しかった。そんな時にレオナルド様から魔法の教師として雇ってくれると聞いて、私は直ぐに教師として雇われたわ。その事を知ったマリーは「私も一緒に行く」って言ったのよ。弟、貴方の叔父にも相談をしたの。弟もトルクの事を考えていた様で将来はトルクを買い取る為に色々と準備をしていたようなの。私が男爵家に行くって言った時に弟も「男爵領にオレも行っても良いか聞いてくれないか」だって。私の父、貴方のおじいさんも「村の安全の為に娘や孫を犠牲にする仕事は出来ない」って言って村長を辞める予定よ。村長の地位は弟のお嫁さんの弟に譲るし、貴方に謝りたいから準備が出来たら男爵領に住んで働くのよ」
……なんだかすごい事になっているな。そしてマリーも言った。
「私もお兄ちゃんと一緒に男爵家で働くの。文字も魔法も勉強したし大丈夫だよ」
マリーよ。ポアラ様の使用人は大変だぞ。魔法を当ててくるから避け方を伝授した方が良いだろう。最後に男爵様。
「トルク。ドイルはお前のお陰で助かったぞ。人質になったドイルを助けた後に二人が川に落ちて流された時は焦ったが、あの激流から良く生き延びたな」
本当によく生き延びたよ。賊には殴られ、川に落とされて溺れかけ、また賊に殴られた。
「クレイン様、私が気絶した後を教えてくれませんか」
後の事が気になる。賊はどうなった?ドイル様は?他の皆は?
「お前が賊に殴られて気絶した後は、私達が相手をして賊の一人は死亡。もう一人は捕まえた。捕まえた賊の一人は拷問してアジトの場所を聞き出した。伯爵家の兵が今頃アジトを襲撃しているだろう。賊は問題ない。そしてドイルもお前の事を心配していた。お前が居なかったらドイルは人質のままで私達家族は全員死んでいただろう」
「ドイル様が無事で良かったです。どうも記憶があいまいで……」
「では賊が私に炎の魔法をぶつけようとしたがお前が水の壁を作って相殺したのは覚えているか?」
……なにそれ、カッコイイな!でも覚えていない。オレが覚えているのはドイル様を落とし穴に落とした事までだ。
「いえ、私が覚えているのはドイル様を落とし穴に落として賊から避難させた事までです。その後の事は覚えていません」
「そうか……、ドイルを穴から助け出したら殴られてぼろぼろのお前を見て泣いていたぞ。その後はお前とドイルを連れて馬車に戻り家族を安心させたが、怪我をして気絶をしているお前を見て、エイルドはお前を殴ってたたき起こそうとするし、ポアラはお前に抱き着いて泣くし。その時の私の怒りが分かるかトルク。お前は娘を泣かせたんだぞ」
……話が脱線してませんか?気絶しているオレに言われても困ります。
「アンジェはドイルの無事を確認してドイルからその後の事を聞いていた。川に落ちて意識を失って気づいたらお前におんぶしてもらっていたそうだ。どうやってあの川から助かったんだ?」
川の精霊の力を借りました。そんな事を言ったら絶対に何かありそうだ。最悪、頭がおかしい子だと思われる。上手くごまかそう。
「頑張りました」
……ごまかせたかな?
「どう頑張ったのだ」
……男爵様、くどいな。
「すごく頑張りました」
「具体的に言ってくれ」
……レオナルド様も話に参加してきた。
「うーん、ドイル様を確保して川岸の方に頑張って泳いで助かりました」
「トルク、貴方は泳げたの?」
……母親も乱入。
「だから頑張って泳いだ」
「まあ良い。兎に角、助かったんだからな。その後はどうした?」
よし!ごまかせた。
「川から出た後、私は上流に向かって歩きました。その途中にドイル様が起きたので服を乾かすためにたき火をして休憩をしました。たき火の煙でクレイン様達が見つけてくれると思ったので」
「確かに、兵から下流の方で煙が上がっていると報告が有ったから行ってみたら、トルクが賊と戦っているので驚いたぞ」
「休憩をしていたら、逃げてきた賊と会ってこちらも驚きました。賊がドイル様を人質に捕ろうとしたので逃げましたが、賊の魔法、たぶん石礫を背中に当てられて倒れてしまいました。その後は賊に殴られて、気が付いたらこのベッドの上にいました」
「改めて二人ともよく無事だったな。ここでゆっくり怪我の治療に専念してくれ」
男爵様、ありがとうございます。
「後でドイル様やアンジェ様が見舞いに来るだろう。ドイル様はお前を心配していたから元気付けてやってくれ」
レオナルド様もありがとう。
「お兄ちゃん、お腹減ってない?ごはん持ってこようか?」
「そうね、三日も寝ていたからお腹も減っているでしょう。持ってくるから待ってなさい」
母上様、マリー、二人ともありがとう。
皆が部屋を出たのでオレは回復魔法を使った。痛い背中と腹の部分の痛みを取ったら大分、楽になった。顔も痛かったがいきなり治ったら回復魔法が使えるとバレるから顔には使わない。手で顔を触ってみると結構痛かった。やっぱり顔にも回復魔法を使おうかな。ベッドで横になりながら考えているとドアからノック音が聞こえてきた。ドイル様とアンジェ様が部屋に入って来た。
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